文明ハッカーズ2 〜智慧の使い手と夢追う少女たち〜

藍条森也

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第三話 太陽イブ!

明日のためにその4 明日の経済勉強

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 「おおっ~」
 と、赤葉あかばたちふぁいからりーふ五人衆がそろって感嘆かんたんの声をあげた。
 富士ふじ幕府ばくふ赤葉あかばライフベース。オーベルジュ脇の観光農園。そこに、ふぁいからりーふ五人のイラストが満開に描かれていた。
 農園の一画にある溜め池。その溜め池の上にかけられた太陽電池の屋根。その太陽電池の屋根にふぁいからりーふ五人のイラストが描かれているのである。太陽電池の屋根に描かれているので地上からは見えないが、オーベルジュ二階のテラス席からははっきり見える。当然、空からもはっきり見えるわけで、飛行機が上空を飛べば乗っている人々にはさぞかし目に付くことだろう。もちろん、屋根だけではなく太陽電池を支える柱にもそれぞれふぁいからりーふのイラストが描かれており、その存在をアピールしている。
 「おお~、すごい、すごい。やっぱり、あたしの絵は様になるなあ。うん! これならあたし目当てのファンが押すな押すなと詰めかけることまちがいなし! いやあ、兄貴、いい買い物したねえ」
 「図に乗るなよ。本来、お前たちに課金された金で買うべきものなんだ。だが、現状、そんな課金はされていない。だから、こっちで自腹を切って注文した。現時点では出費ばかりで一円の利益も出ていないんだからな」
 森也の言葉に――。
 白葉しろは黒葉くろは青葉あかば黄葉おうはの四人は多かれ少なかれシュンとした様子になった。とくに白葉など見ている方が気の毒になるぐらい小さくなっている。そのなかで赤葉ひとりはあくまで堂々と胸を張っている。
 「だいじょうぶ、だいじょうぶ。すぐに何万倍にもなって返ってくるって。みんなの恋人、アイドル・赤葉を信じなさい!」
 言いながら、森也の背中をバンバン叩く。
 まだCD一枚出していない、赤字覚悟で小さなライブハウスに出演するのがせいぜいの駆け出しアイドルの分際ぶんざいで、まるで世界的スターのような態度で太鼓判たいこばんを押す赤葉であった。
 「まあ、お前のそういうところはきらいじゃないが……」
 森也はそう言ってからつづけた。
 「ともかく、現状、お前たちが富士幕府唯一のタレントだからな。せるだけ推していく。太陽電池のイラスト以外にも、オーベルジュではふぁいからりーふをイメージしたメニューを出すし、農園の方にも定期的にふぁいからりーふの歌を流す」
 「農園に歌なんて流していいんですか?」と、白葉。
 「流すからいいんだ。野性動物避けになる」
 「あ、なるほど」
 「でも、太陽電池に絵なんて描けるものなの?」
 いつも通り、森也に同行しているさくらが尋ねた。
 「将来の大量普及に向けて有機系太陽電池を使っているからな。有機系太陽電池は発電効率は低いが、安くて、簡単に作れる。表面の色を自由にかえることもできるから組み合わせ次第でどんな絵も描ける。宣伝用にはうってつけだ」
 「へえ、そういうものなんだ」
 と、さくら。実のところ、全然ピンとは来ていないのだが、どのみち専門的な話をされても理解出来そうになかったので適当にうなずいておいた。
 「アイドル業界とソーラーファームのコラボなんてもちろん、はじめての試みだ。その点も含めてマスコミにも売り込む。当面は、さくらのブログで宣伝することになるが……」
 「さくらのブログ~? そんなもので宣伝になるの?」
 と、赤葉。露骨ろこつうたぐっている。
 さくらがムッとした顔付きになった。
 「失礼ね。これでも広告収入で小遣い稼ぎが出来る程度には読者がいるんだから」
 「小遣い稼ぎ? セコいなあ~。どうせならもっとこう、ド~ン! と、億万長者になれるぐらいにさあ」
 「そうなれるかどうかはお前たちの売れ方次第だろ」
 と、森也はそう言う表現で赤葉に釘を刺した。
 「とにかく、富士幕府としてはできる限りの売り込みはしていく。だが、結局、うまく行くかどうかはお前たち次第だ。忘れるなよ。『プロジェクト・太陽ソラドル』が始動すれば他のアイドルたちとの競争になる。他のアイドルに対する課金額がお前たちへの課金額より高くなれば赤葉ライフベースもそのアイドルの領地になるんだからな。お前たちは追い出されて滅亡、と言うことになる」
 追い出されて滅亡。
 その言葉に――。
 白葉たち四人は緊張の面持ちで唾を飲み込んだ。そのなかで赤葉ひとりは相変わらず余裕の態度である。正直に言うと『何も考えてない』と言いたくなる態度。
 「だから、だいじょうぶだって。アイドル・赤葉はみんなの恋人、無敵のスター。他のアイドルなんか敵じゃない! 領地を奪われるどころか、空前絶後の課金額を達成して全国制覇してみせるって」
 「……その自信はどこから来るのよ」
 あまりに脳天気な態度に目眩めまいを感じ、思わず頭を押さえるさくらであった。
 「森也さ~ん! 試食の準備できましたあっ」
 脳天を突き抜けるようなキンキン声が鳴り響く。オーベルジュの料理人、桃瀬ももせゆりである。森也の姉、菜の花な かが胴人業界のネットワークを駆使して連れてきた料理人なのだが、『素でこんな声ってありえるのか?』と言いたくなるぐらいのかわいらしいアニメ声。とっくに成人しているというのに見た目といい、仕種といい、例えばおとなびたクールビューティーである黒葉などより、よほど『アイドル!』と言った感じのキラキラ感がある。しかし、料理人としての熱意と腕は本物。その点は森也も信頼している。
 ゆりにうながされ、森也たちはテーブルに移った。そこにはすでに人数分の料理が用意されていた。
 「さあ、召しあがれ! ふぁいからりーふをイメージして作りあげた珠玉しゅぎょくのディナー、その名もふぁいからでぃっしゅ!」
 ゆりは両手を大きく広げ、満面の笑みでそう言った。なるほど、その言葉通り、目の前のテーブルの上にはふぁいからりーふのイメージカラーに合わせた五色の料理が並んでいる。ゆりの説明を聞きながら試食をはじめる。
 「まずは、クールビューティー黒葉くろはの『ブラックリーフ・サラダ』。黒い葉物野菜を中心に黒ニンジンも加えた黒一色の健康サラダ! まさに、モデル系美人の黒葉ちゃんにふさわしい!
 次いで、おっとりお母さん黄葉おうはの『菜の花な はなエッグ』。菜の花を散らせたふわふわのスクランブルエッグが黄葉ちゃんの優しさを感じさせる逸品いっぴん
 そして、メインとなるのは炎のアイドル赤葉あかばの『ホットチリヌードル』! トウガラシをたっぷり効かせた熱くて、辛くて、真っ赤なスープに、太めの麺と肉も加えた食べ応え抜群の一品! センター赤葉ちゃんの名に恥じないボリューム満点の一皿!
 辛いスープにしびれた舌をやすのは、癒やしのアイドル白葉しろはの『ヨーグルトジュース』。甘味を加えた冷えたヨーグルトが厚さと辛さに痺れた舌を優しく癒やしてくれる、まさに、白葉ちゃんの優しさをイメージした一品。
 そして、お待ちかね! とりを務めるデザートは歌姫青葉あおばの『青のムース』。透明感ある歌声をイメージしたさわやかなミント風味をご賞味あれ!」
 「黒い葉っぱってこんなにあるんだ。なんか意外」
 「うわっ。この卵、本当にふわふわ」
 「辛っ! このヌードル、辛すぎ!」
 「おおっ! この熱さ、この辛さ! これこそ、炎のアイドル赤葉にふさわしい!」
 「ヨーグルトジュースで口を休めながら食べればちょうど良いよ」
 「このムース、ミントの香りが効いててさわやか~」
 口々に言いながら食べていく。そのペースに作った側も大満足。ゆりはJK六人の食べっぷりをニコニコしながら見守っている。そのなかで森也はひとり、なにも言わずに目を閉じてゆっくり咀嚼し、静かに味を感じている。
 「森也さんはどうですか?」
 ゆりが尋ねた。
 森也は自身、料理の腕に自信をもっているだけに料理に関してはかなりうるさい。どこかの見せに食べに行ってもまずまちがいなく、その味にケチを付ける男である。味の好みの範囲がせまい、食べ慣れた味の方を好む、と言うのもあるが。
 ゆりもそのことはすでに知っている。それになにより森也は雇い主。味を尋ねる口調にもさすがに緊張の色がある。
 「ああ、うまい。これなら客として充分、金を出す気になる」
 雇い主の言葉に――。
 ゆりは『よかったあっ』とばかりに胸をなで下ろして見せた。そのあたりのオーバーアクション振りがやっぱりアニメキャラっぽい。
 「ただ、独自性はないな。最初に会ったときに言ったが、富士幕府の理念は『クリエイターにとっての楽園を作る』ことだ。料理人もれっきとしたクリエイターのひとり。富士幕府で料理人として活動するからには単に『うまい料理』を作るだけではなく、創造性を発揮として独自の料理を追求するように」
 「はい、わかってます! 今回はふぁいからりーふをイメージした料理と言うことでこうなりましたが、あたしオリジナルの料理もどんどん発案中です。楽しみにしていてください!」
 「ああ、楽しみにしている」
 と、森也は優しい笑みを浮かべた。
 つれない、厳しい、偉そう、と、三拍子そろった態度をとっておいて最後はしっかり優しげな笑顔でしめる。このあたりがさくらに言わせると『卑怯』と言うことになるのだった。
 「う~ん、おいしかったあっ!」
 赤葉が試食を終えて思いきり伸びをした。試食とは言え食欲のままに食べまくり、お腹も心も大満足。その表情が食事後の猫のように輝いている。
 本来、食べたいだけ食べるなどスタイル維持が絶対条件のアイドルにとってはあるまじき行為のはず。それを平気でやってのけるのは赤葉が自分に正直な性格だと言うこともあるが、それよりなにより、レッスン量が半端ないのでいくら食べてもその分を消費できる、という自信があるからだ。普段はどうあれ、アイドル業に関しては一切、手抜きのない赤葉である。
 「ありがとうね、ゆりさん。あたしのイメージ通りの料理を作ってくれて嬉しかった」
 「どういたしまして。赤葉ちゃんはわかりやすいキャラだから、料理を思いつくのも簡単だったわ」
 「そうか。やっぱり、あたしは万人に理解されるのね」
 ――ゆりさんの台詞、よく考えてみるとめているようで、けなしている気もするけど、まあ、本人が喜んでるならいいか。
 ふたりのやり取りを聞いてそう思うさくらだった。
 「さあ、エネルギーを補給したところで次はレッスンの時間ね。プロなんだからレッスンはちゃんとやらなきゃね。まず、あたしはダンスね」
 「あたしはモデルの練習ね」と、黒葉。
 「あたしはボイス・トレーニング」と、青葉。
 「お母さんは演技の練習ね~」
 全員、レッスン内容がバラバラだが、これは社長の倉木くらきあおい意向いこうによる。
 「ふぁいからはどうせ全員バラバラで統一なんてとれないんだから、無理してそろえようとするより、それぞれの持ち味を伸ばして個性化した方が良いわ」
 「……そもそも、何でそんなにバラバラのユニットを組んだんだ?」
 との森也の問いに葵は、
 「いまの時代はユニットを組まないと売れないもの。だから、余っているタレント全員、放り込んだのよ」
 と、答えた……。
 社長の意向はともかく、タレントの方はそれぞれに自分のレッスンの場に出向いていった。ただひとり、白葉だけがその場に残ったままだ。
 「え、えっと……」
 白葉はオロオロした様子で言った。
 他の四人とちがい、なんの取り柄も特徴もない白葉には個人レッスンが設けられていない。やることがない。そんな白葉に森也が言った。
 「お前はこっちだ。おれのもとで経済の勉強だ」
 「経済?」
 森也の言葉に――。
 さくらと白葉はそろって目をパチクリさせたのだった。

 「さて。まずは復習しておこう」
 森也の家の書斎、と言うより、図書室。さくらと白葉のふたりを前に森也が講義口調で言った。
 「アイドル業界とコラボすることで太陽電池を普及させる。それが『プロジェクト・太陽ドル』。芸能プロはアイドルに課金された金を使ってアイドル印の太陽電池を購入。それを各地のライフベースに無料レンタル。ライフベースの利益のなかから配当金を受け取ることで収益とする。それが『プロジェクト・太陽ドル』で芸能プロが稼ぐ仕組みだ。では、アイドル自身の稼ぎはどうなる?」
 「あっ……」
 「そう。もし、課金された金額すべてを太陽電池の購入に回してしまえば芸能プロはその分、稼げるが、アイドルは一円にもならない。アイドルに対して課金されたのにアイドルには一円も入らずに芸能プロばかりが儲かる、などと言うことになったら理不尽りふじんきわみ。と言うより、完全な詐欺さぎだ。だから、課金された金額を分け合い、一部をアイドルの収入とし、残りを太陽電池の購入にてるわけだ。では、ここで白葉に質問。アイドルの取り分は全体の何パーセントが適当だと思う?」
 「え、ええと……じゅ、一〇パーセントぐらい?」
 白葉はいかにも白葉らしく自信なさげに答えた。
 ――アイドルに課金されたお金なのに、肝心のアイドルの取り分が一〇パーセントって少なすぎるでしょ。
 さくらはそう思ったが、口には出さなかった。
 他人が発言している間は発言しない。
 他人の発言を責めるようなことは言わない。
 それが会議中のルールであることを森也から伝えられているからだ。正直、歯がゆいことも多々あるのだが……森也に言われたことなので守っている。
 森也は白葉に重ねて尋ねた。
 「一〇パーセントか。なぜ、そう思う?」
 「え、そ、それは……」
 白葉はあわてたが森也が逃げなど許すはずもない。
 「どんな理由でもかまわない。ちゃんと自分で言葉にして言え。なぜ、一〇パーセントと思った?」
 「あ、あの、その……実はいくらがいいかなんてわからなくて適当に言いました……」
 白葉はそう言って身を縮めた。『叱られる』と思ったのだろう。日頃から自信のなさそうな表情がよりいっそう、心許ないものになっている。もちろん、森也は他人の発言を責めて萎縮いしゅくさせるようなことはしない。ひとつ、うなずくと静かに言った。
 「そう。いまのお前ではそれしかできない。だから、経済の勉強をする。これはアニメ界の話だが、現場のアニメーターの境遇きょうぐう悲惨ひさんなものだ。膨大ぼうだいな仕事量に比べ、ろくに金にならないんだからな」
 「そうなの?」
 と、さくら。思わず、声を出してしまった。
 じろり、と、森也は声をあげてさくらを見た。
 「他人の発言を邪魔しない。自分の番が来るまで黙っている。それが、会議中のルールだ」
 「……はい」
 「つづけるぞ。アニメーターの境遇は悲惨だ。では、なぜ、そんなことになっているのか。最初の段階できちんと条件を整備しなかったからだ。週一回のペースで三〇分のアニメを作る。その苦行くぎょうじみたミッションをつづけるために、創成期のアニメ業界は現場のアニメーターに犠牲を強いるようなシステムを作りあげてしまった。それがそのまま現在までつづいている。
 同じてつを踏むわけにはいかない。アイドルを犠牲にするような真似をすれば一時的には儲かるが、長続きはしない。アイドルを使い潰すような真似をしていては本物のアイドルなど育たないし、ファンの怒りも買うことになる。だから、最初の段階、つまり、いまのうちにきちんと条件を整備しておく。アイドルが充分な利益を得られるシステムを構築こうちくする。そのために、アイドル自身が経済を知っておく必要がある。アイドルと芸能プロ、それぞれの立場、役割、労力、その他様々な要因を計算し、どちらがどれだけの取り分を得るのが正当か。それを自分で判断できるようになる必要がある。そして、アイドルの権利を守るために芸能プロと正面から交渉できるようになる必要がある。それを白葉。お前がやるんだ」
 「あ、あたしが……?」
 「そうだ。はっきり言っておくが、お前にアイドルの適正はない。今後、お前がアイドルとして人気になることはない」
 「うっ……」
 はっきり言われて白葉は思い切りへこんだ。自分でも自覚しているだけになにも言えない。
 「だが、だからこそ、この役割はお前が適任だ。他の四人はそれぞれ自分の役割を果たすのに忙しくて芸能プロとの交渉までやっていられない。だから、お前がやる。アイドルとして人気が出ず、その他のことをやる時間があるお前がな。みんなを後ろから支えるために、チームリーダーとしてみんなの権利を守るために。そのために今後、集中的に経済の勉強をしてもらう。いいな?」
 「はい!」
 弱気ですぐに不安になる白葉だが、それでも、精一杯の覚悟を込めて答えた。
 「それと、さくら」
 「は、はい……!」
 突然、名前を呼ばれてさくらはあわてて答えた。
 「なぜ、お前までこの場に呼んでいるかわかるか?」
 「えっ?」
 「お前にはおれと世間の架け橋になるという役目を任せてある。と言うことはつまり、世間に関しておれの考えや発想をきちんと伝える能力が必要と言うことだ。そのためにはおれのやろうとしてることを徹底的に理解していなくてはならない。そのため、お前には今後、常におれの側にあり、おれのすべてを学び、理解し、世間に向かって説明できるようになってもらう。それが、お前の役割だ。いいな?」
 「はい!」
 「けっこう。では、はじめるぞ。まずは経済の基本からだが……」
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