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第四話 空の星 海の星(上)
ステージ2 希望をすべてに
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「さあ、いよいよ世界の恋人、スーパーアイドル・赤葉さまの、赤葉さまによる、赤葉さまのための世界征服の第一歩! まずは関東制覇に向け、しゅっぱ~つ!」
赤葉がほとんどヤンキー漫画の主人公のノリで右腕を突きあげ、そう叫ぶ。
本人としてはあくまでも真摯に、誠実に、アイドル業に向き合っているのだけなのだが、ノリがノリなので他のメンバーがついていけず、一緒になって叫んでくれないのが悲しいところなのだった。
唯一、『お母さん』黄葉だけが、幼稚園児のごっこ遊びに付き合う母親のノリで『おお~』と、右腕をあげて見せただけで、他のメンバーは誰ひとり付き合わない。黒葉は恥ずかしそうにうつむいているし、白葉は『あはは……』などと困ったように曖昧に笑っているし、青葉は青葉でいつも通り『我関せず』と言った印象。赤葉はそんなメンバーに向かって腰に両手をつけて怒って見せた。
「ちょっと! なによ、その態度は。ふぁいからりーふ初のツアーなのよ。もっと気合い入れなさいよ」
赤葉は熱量のあがらないメンバーたちに不満たらたらである。
ふぁいからりーふ初のツアーに出発するその日のことだった。
神奈川、東京、千葉、埼玉、茨城と、メンバーの出身県を一通り巡るのだ。小さめの会場ばかりだがツアーはツアー。ふぁいからりーふがはじめて地元をはなれて飛躍するのだ。それはまぎれもなく世界征服への第一歩。そのための決起集会……と、赤葉だけは思っている。実際には単に出発前に『ハンターキャッツ』オフィスに集合したと言うだけのことなのだが。
「付き合えるわけないでしょう。そんな恥ずかしい宣言」
と、黒葉。いつもながらのあきれ顔である。
「なに言ってるの。あたしたちはアイドル。アイドルは見られてナンボ。恥かく覚悟がなくてどうして人に見られることが出来るのよ」
赤葉は憤然としてそう言い放つ。言っていること自体は立派なものだが、赤葉が言うと軽薄さの方が先に立つ。
「で、でも、やっぱり、恥ずかしいよ……」
『あはは……』と、困ったような笑顔で頬などかきながら白葉が言う。
赤葉はわざとらしいぐらい大きく溜め息をついた。
「まったく、覚悟が足りないんだから。アイドル不覚悟!」
「常識の問題よ!」
赤葉の叫びに黒葉がツッコむ。
ふいに青葉がいま、思いついたばかりの曲を奏ではじめる。
黄葉が『あらあら』とばかりにやり取りを見守っている。
いつも通りのふぁいから風景。そのとき――。
「これを振れ」
男の声とともに赤葉目がけて野球のボールほどもある大きなサイコロが飛んできた。
これが白葉であればとても反応できず、まともに顔面に食らっていたことだろう。しかし、そこはさすがに赤葉。いきなりの声にもしっかり反応し、サイコロを片手で受け取った。そして、
「えいやっ!」
と、声をあげてサイコロを放り出す。
投げられたサイコロは地面に落ちて、転がって、何度かコロコロしたあと動きをとめた。しばしグラグラ揺れながら、それでも確定した、上の面に記されていたものは――。
『勝』の一文字。
「ほう。さすがだな。ひとつしかない『勝』の文字を出すとは」
森也がいつも通り、妹のさくらを引き連れて現れた。
赤葉はサイコロに近づき、身を屈めると手にとった。サイコロの各面に記されている文字を確かめる。
敗。
滅。
壊。
亡。
死。
そして、勝。
言葉通り『勝』の字以外はろくなものがそろっていない。
赤葉はサイコロ片手にニマっと笑って森也を見つめる。
「ふっふ~ん。こんなものをわざわざ作ってくるなんてさっすが兄貴。彼女もいない暇人なだけあるわね」
「マンガ家だからな。こう言うときには景気づけのイベントを用意するのがお約束というものだ」
「景気づけって言うならもっと縁起のいい言葉を並べるものだと思うけど」
と、さくら。もっともなことを言う。
「縁起の良い字が五つに縁起の悪い字がひとつ。その状況で縁起の悪い字が出たらそれこそショックで立ちなおれんだろう。これなら悪い字が出て当たり前だし、うまいこと勝の字が出れば万々歳。それこそ景気づけというものだ」
「そうそう、この赤葉さまの向かうところには勝利しかない! 確率なんて関係ない!」
と、世の絶対真理を説くがごとく言い放つ赤葉であった。
「ま、そういうわけで行ってくるから。あたしに会えないのはさびしくて我慢できないだろうから、いつでもこっそりあとを付けてきていいわよ」
ニマニマと、いかにもイケナイ下心のありそうな笑みを浮かべながら付け加える。
「それとも、あたしのお人形、プレゼントしてあげようか? 彼女もいなくてさびしい人生送ってる兄貴が、あたしを思い出して夜なよなイケナイことにふけれるように」
「いらん」
プシュッ、と、音を立てて赤葉の顔面にアルコール除菌スプレーをぶっかける。
「ぷわっ! ひどい、兄貴! 恋人の顔にそんなスプレーぶっかけるなんて。そういうプレイが好みなの⁉」
「だから、あなたは兄さんの恋人じゃないでしょ!」
と、さくら。目には見えない心の角を頭の上に乱立させて怒鳴りつける。
「いい加減にしなさい、赤葉。遊びに行くんじゃないのよ。もっと真剣になりなさい」
静かななかにも厳しさを秘めた声とともに『ハンターキャッツ』社長、倉田葵が現れた。その横には時任かあらが立っている。
赤葉は社長に向き直った。両手を腰に付け、頬をふくらませて言ってのける。
「失礼な! あたしはいつでも真剣よ」
社長相手であろうとそうしてタメ口で主張してのけるのが、自称・世界の恋人、スーパーアイドルの赤葉。この態度のせいで白葉などは毎度まいどハラハラさせられる。
「しかし、よくいきなりツアーなんて組んだな」
と、森也。葵に向かって言った。
「まだ大して知名度があがってるわけでもないというのに。赤字になる公算の方が強いだろう」
「なに言ってるの、兄貴。このスーパーアイドル・赤葉がいて赤字なんかになるわけないじゃない」
いまだ、一度のライブで二〇人以上の客を呼んだことがない――ライブ会場が小さいところばかりというのもあるが――というのに、堂々とそう言ってのける赤葉である。
葵は赤葉を無視して森也に答えた。
「たしかに賭けだけどね。賭けなしには大きな成果は見込めないわ。まだまだ知名度が低いのはたしかだけど、でも、プロジェクト・太陽ドルのおかげでメディアに取りあげられているのも事実。注目度があがっているいまの時点は逃せないわ。この機に一気に勝負を懸けてメジャーにのしあがる」
逆に言えばここでコケたらもう終わり、と言うわけだ。
ふぁいからメンバーもそのことがわかっているだけに一様に緊張した面持ちになる。生真面目な黒葉や、いつも弱気な白葉は言うに及ばず、天然の青葉、『おっとりお母さん』の黄葉でさえ、普段と表情がかわっている。
唯一の例外が赤葉だった。赤葉だけはいつも通り『根拠のない自信』を振りかざし、言ってのけた。
「任せて! この世界の恋人、スーパーアイドル・赤葉がいる限り、ふぁいからりーふに敗北なんてあり得ない! 帰ってくるまでに必ずや全世界注目のトップメジャーにしてみせる!」
今回のツアーがどんなに大成功を収めようとも『全世界注目』はさすがに無理。しかし、そんな無理なことを本気で言ってのける赤葉の姿が頼もしいものであることは事実だった。
「今回のツアーはふぁいからりーふだけではなく、プロジェクト・太陽ドルや部屋えもんのお披露目の場でもある」と、森也。
「本当ならおれも同行して解説したいんだが……いまは、ここをはなれるわけにも行かないからな」
「安心してくれ、兄上」
かあらがそう言い切った。
「解説役はわたしが立派に務めてみせる。兄上は兄上にしか出来ないことをやってくれ」
今回のツアーは部屋えもんのお披露目も兼ねている。そのために当然、ふぁいからりーふの移動は部屋えもんを使って行われる。また、プロジェクト・太陽ドルの宣伝も兼ねている。そのために、今回のライブで使用される電力はすべて、部屋えもんに搭載された燃料電池を使って賄われる。その予定である。使用される水素ももちろん、赤葉城にて、太陽電池を使って生産されたものだ。
かあらは部屋えもんの主兼整備士として同行する。同時に、各方面に対する解説役ともなるわけだ。たしかに、技術的な面に限ればかあらの方がずっとくわしく説明できる。些末な技術上の問題ばかりを語って相手をうんざりさせてしまう怖れもあるが。
「ああ、任せる。人数制限もあるしな」
しょせん、飛行船と同じ原理である部屋えもんでは図体の割に大人数は運べない。ふぁいからりーふの五人と葵、それにかあらの七人で精一杯。森也まではとても運べない。
「早く、反重力が実用化されて重量制限から解放されたいものだな」
「安心してくれ、兄上。反重力に関しても世界中の同志たちとともに研究中だ」
と、かあら。胸を張って答える。
言われた方も本気だが、言った方も本気中の本気である。このふたりに『常識』という概念は通用しない。
「さあ、みんな。もう時間よ。乗り込んで」
葵が声をかけた。ふぁいからりーふメンバーが部屋えもんに乗り込んでいく。
「じゃあ、兄貴。行ってくるね。あたしに会えなくてさびしいからって泣かないようにね」
「幸運を」
森也はそう声をかけた。
『がんばれ』とは言わない。ふぁいからりーふメンバーがすでに充分『がんばって』いることを知っているからだ。人として出来ることはすでにすべてやっている。あとは幸運に恵まれるかどうか。今回のツアーが成功するかどうかの分かれ目はそこだった。
部屋えもんがゆっくりと浮きあがった。どんどん上昇し、やがて小さな点となる。そのままゆっくりと空を移動しはじめる。
その姿を見送っていたさくらが森也に言った。
「……行っちゃったね」
「……ああ」
そう答えた森也の声がやけに深刻そうだったので、さくらは気になった。
「心配なの?」
「あいつらの結果について心配しているわけじゃない。やるべきことはきちんとやっているし、どんな結果になろうとそれをプラスの方向にもっていくのはおれの役目だ。だが……」
「だが?」
「ふぁいからりーふメンバーは本当によく努力している。その態度は尊敬に値する。だろう?」
「……うん」
さくらは引け目を感じながら答えた。
白葉が目に涙をいっぱいに溜めながら、それでもメジャーアイドル目指して必死に練習している姿を思い出すと、そんな風になにかに真剣になったことのない自分とのちがいを感じてどうしても引け目を感じてしまうのだ。
「あいつ等はたしかに努力している。しかし、それは『努力できる条件』がそろっているからだ」
「努力できる条件?」
「訓練できる場所があり、そこに通える金があり、所属できるプロがある。その環境が少なくとも一〇年以上つづくという保証があってはじめて、目的のために努力できる。しかし、そんな環境に恵まれるのは結局、都会に生まれた人間だけだ。田舎の農村に生まれた人間にはそもそも努力できる環境がない。訓練を受けられる場所もないし、そこに通える金もない。この日本に限ってさえ、田舎の農村の生まれでは、本人がアイドルになりたいと思い、実際になれるだけの才能があったとしても、その才を磨ける環境がない。あきらめる以前にまず、望むことさえ出来ない。将来の大きな希望をもって生きられるのは都会の人間だけ。田舎の人間には望むべくもない。それではあまりにも理不尽だ。誰もが希望をもって生きるためにはその点を何とかしないとな」
森也はそう言ってあたりを見た。豊かな自然のなかに田畑の広がるのどかな風景。しかし、それは、自然と農家しかない貧しい風景でもある。
「……日本の農村にも神楽や田歌、田楽祭りといった伝統芸能はある。しかし、それらがアイドルのような魅力をもって子供に響くわけじゃない。まして、世界に出て勝負できるわけじゃない。田舎の農村に生まれた子供でも充分な希望がもてる。そういう環境を作らないといけないんだが」
森也はそう呟くと沈黙の思考に入り込んだ。そんな兄を――。
さくらは黙って見つめているしかなかった。
学校にやってきてもさくらの頭のなかには沈思黙考の見本と化した森也の姿が刻み込まれていた。できることなら力になりたい。でも――。
――兄さんに考えつかないことならあたしにわかるわけがないし。あたしの役目は兄さんと世間をつなげることなんだけど……。
今回の森也の要求に応えられるような、そんな都合のいい人間がいるのだろうか?
いたとしても自分は、その人物と森也とをつなげることが出来るのだろうか?
森也ではなく、さくらこそが沈思黙考の生きた見本となったかのように考え込んでいた。そのとき――。
「大ニュース、大ニュース!」
『未来の大ジャーナリスト』を自認する校内スピーカー、広渡風噂が文字通り教室に走り込んできた。
「謎の転校生、発見!」
赤葉がほとんどヤンキー漫画の主人公のノリで右腕を突きあげ、そう叫ぶ。
本人としてはあくまでも真摯に、誠実に、アイドル業に向き合っているのだけなのだが、ノリがノリなので他のメンバーがついていけず、一緒になって叫んでくれないのが悲しいところなのだった。
唯一、『お母さん』黄葉だけが、幼稚園児のごっこ遊びに付き合う母親のノリで『おお~』と、右腕をあげて見せただけで、他のメンバーは誰ひとり付き合わない。黒葉は恥ずかしそうにうつむいているし、白葉は『あはは……』などと困ったように曖昧に笑っているし、青葉は青葉でいつも通り『我関せず』と言った印象。赤葉はそんなメンバーに向かって腰に両手をつけて怒って見せた。
「ちょっと! なによ、その態度は。ふぁいからりーふ初のツアーなのよ。もっと気合い入れなさいよ」
赤葉は熱量のあがらないメンバーたちに不満たらたらである。
ふぁいからりーふ初のツアーに出発するその日のことだった。
神奈川、東京、千葉、埼玉、茨城と、メンバーの出身県を一通り巡るのだ。小さめの会場ばかりだがツアーはツアー。ふぁいからりーふがはじめて地元をはなれて飛躍するのだ。それはまぎれもなく世界征服への第一歩。そのための決起集会……と、赤葉だけは思っている。実際には単に出発前に『ハンターキャッツ』オフィスに集合したと言うだけのことなのだが。
「付き合えるわけないでしょう。そんな恥ずかしい宣言」
と、黒葉。いつもながらのあきれ顔である。
「なに言ってるの。あたしたちはアイドル。アイドルは見られてナンボ。恥かく覚悟がなくてどうして人に見られることが出来るのよ」
赤葉は憤然としてそう言い放つ。言っていること自体は立派なものだが、赤葉が言うと軽薄さの方が先に立つ。
「で、でも、やっぱり、恥ずかしいよ……」
『あはは……』と、困ったような笑顔で頬などかきながら白葉が言う。
赤葉はわざとらしいぐらい大きく溜め息をついた。
「まったく、覚悟が足りないんだから。アイドル不覚悟!」
「常識の問題よ!」
赤葉の叫びに黒葉がツッコむ。
ふいに青葉がいま、思いついたばかりの曲を奏ではじめる。
黄葉が『あらあら』とばかりにやり取りを見守っている。
いつも通りのふぁいから風景。そのとき――。
「これを振れ」
男の声とともに赤葉目がけて野球のボールほどもある大きなサイコロが飛んできた。
これが白葉であればとても反応できず、まともに顔面に食らっていたことだろう。しかし、そこはさすがに赤葉。いきなりの声にもしっかり反応し、サイコロを片手で受け取った。そして、
「えいやっ!」
と、声をあげてサイコロを放り出す。
投げられたサイコロは地面に落ちて、転がって、何度かコロコロしたあと動きをとめた。しばしグラグラ揺れながら、それでも確定した、上の面に記されていたものは――。
『勝』の一文字。
「ほう。さすがだな。ひとつしかない『勝』の文字を出すとは」
森也がいつも通り、妹のさくらを引き連れて現れた。
赤葉はサイコロに近づき、身を屈めると手にとった。サイコロの各面に記されている文字を確かめる。
敗。
滅。
壊。
亡。
死。
そして、勝。
言葉通り『勝』の字以外はろくなものがそろっていない。
赤葉はサイコロ片手にニマっと笑って森也を見つめる。
「ふっふ~ん。こんなものをわざわざ作ってくるなんてさっすが兄貴。彼女もいない暇人なだけあるわね」
「マンガ家だからな。こう言うときには景気づけのイベントを用意するのがお約束というものだ」
「景気づけって言うならもっと縁起のいい言葉を並べるものだと思うけど」
と、さくら。もっともなことを言う。
「縁起の良い字が五つに縁起の悪い字がひとつ。その状況で縁起の悪い字が出たらそれこそショックで立ちなおれんだろう。これなら悪い字が出て当たり前だし、うまいこと勝の字が出れば万々歳。それこそ景気づけというものだ」
「そうそう、この赤葉さまの向かうところには勝利しかない! 確率なんて関係ない!」
と、世の絶対真理を説くがごとく言い放つ赤葉であった。
「ま、そういうわけで行ってくるから。あたしに会えないのはさびしくて我慢できないだろうから、いつでもこっそりあとを付けてきていいわよ」
ニマニマと、いかにもイケナイ下心のありそうな笑みを浮かべながら付け加える。
「それとも、あたしのお人形、プレゼントしてあげようか? 彼女もいなくてさびしい人生送ってる兄貴が、あたしを思い出して夜なよなイケナイことにふけれるように」
「いらん」
プシュッ、と、音を立てて赤葉の顔面にアルコール除菌スプレーをぶっかける。
「ぷわっ! ひどい、兄貴! 恋人の顔にそんなスプレーぶっかけるなんて。そういうプレイが好みなの⁉」
「だから、あなたは兄さんの恋人じゃないでしょ!」
と、さくら。目には見えない心の角を頭の上に乱立させて怒鳴りつける。
「いい加減にしなさい、赤葉。遊びに行くんじゃないのよ。もっと真剣になりなさい」
静かななかにも厳しさを秘めた声とともに『ハンターキャッツ』社長、倉田葵が現れた。その横には時任かあらが立っている。
赤葉は社長に向き直った。両手を腰に付け、頬をふくらませて言ってのける。
「失礼な! あたしはいつでも真剣よ」
社長相手であろうとそうしてタメ口で主張してのけるのが、自称・世界の恋人、スーパーアイドルの赤葉。この態度のせいで白葉などは毎度まいどハラハラさせられる。
「しかし、よくいきなりツアーなんて組んだな」
と、森也。葵に向かって言った。
「まだ大して知名度があがってるわけでもないというのに。赤字になる公算の方が強いだろう」
「なに言ってるの、兄貴。このスーパーアイドル・赤葉がいて赤字なんかになるわけないじゃない」
いまだ、一度のライブで二〇人以上の客を呼んだことがない――ライブ会場が小さいところばかりというのもあるが――というのに、堂々とそう言ってのける赤葉である。
葵は赤葉を無視して森也に答えた。
「たしかに賭けだけどね。賭けなしには大きな成果は見込めないわ。まだまだ知名度が低いのはたしかだけど、でも、プロジェクト・太陽ドルのおかげでメディアに取りあげられているのも事実。注目度があがっているいまの時点は逃せないわ。この機に一気に勝負を懸けてメジャーにのしあがる」
逆に言えばここでコケたらもう終わり、と言うわけだ。
ふぁいからメンバーもそのことがわかっているだけに一様に緊張した面持ちになる。生真面目な黒葉や、いつも弱気な白葉は言うに及ばず、天然の青葉、『おっとりお母さん』の黄葉でさえ、普段と表情がかわっている。
唯一の例外が赤葉だった。赤葉だけはいつも通り『根拠のない自信』を振りかざし、言ってのけた。
「任せて! この世界の恋人、スーパーアイドル・赤葉がいる限り、ふぁいからりーふに敗北なんてあり得ない! 帰ってくるまでに必ずや全世界注目のトップメジャーにしてみせる!」
今回のツアーがどんなに大成功を収めようとも『全世界注目』はさすがに無理。しかし、そんな無理なことを本気で言ってのける赤葉の姿が頼もしいものであることは事実だった。
「今回のツアーはふぁいからりーふだけではなく、プロジェクト・太陽ドルや部屋えもんのお披露目の場でもある」と、森也。
「本当ならおれも同行して解説したいんだが……いまは、ここをはなれるわけにも行かないからな」
「安心してくれ、兄上」
かあらがそう言い切った。
「解説役はわたしが立派に務めてみせる。兄上は兄上にしか出来ないことをやってくれ」
今回のツアーは部屋えもんのお披露目も兼ねている。そのために当然、ふぁいからりーふの移動は部屋えもんを使って行われる。また、プロジェクト・太陽ドルの宣伝も兼ねている。そのために、今回のライブで使用される電力はすべて、部屋えもんに搭載された燃料電池を使って賄われる。その予定である。使用される水素ももちろん、赤葉城にて、太陽電池を使って生産されたものだ。
かあらは部屋えもんの主兼整備士として同行する。同時に、各方面に対する解説役ともなるわけだ。たしかに、技術的な面に限ればかあらの方がずっとくわしく説明できる。些末な技術上の問題ばかりを語って相手をうんざりさせてしまう怖れもあるが。
「ああ、任せる。人数制限もあるしな」
しょせん、飛行船と同じ原理である部屋えもんでは図体の割に大人数は運べない。ふぁいからりーふの五人と葵、それにかあらの七人で精一杯。森也まではとても運べない。
「早く、反重力が実用化されて重量制限から解放されたいものだな」
「安心してくれ、兄上。反重力に関しても世界中の同志たちとともに研究中だ」
と、かあら。胸を張って答える。
言われた方も本気だが、言った方も本気中の本気である。このふたりに『常識』という概念は通用しない。
「さあ、みんな。もう時間よ。乗り込んで」
葵が声をかけた。ふぁいからりーふメンバーが部屋えもんに乗り込んでいく。
「じゃあ、兄貴。行ってくるね。あたしに会えなくてさびしいからって泣かないようにね」
「幸運を」
森也はそう声をかけた。
『がんばれ』とは言わない。ふぁいからりーふメンバーがすでに充分『がんばって』いることを知っているからだ。人として出来ることはすでにすべてやっている。あとは幸運に恵まれるかどうか。今回のツアーが成功するかどうかの分かれ目はそこだった。
部屋えもんがゆっくりと浮きあがった。どんどん上昇し、やがて小さな点となる。そのままゆっくりと空を移動しはじめる。
その姿を見送っていたさくらが森也に言った。
「……行っちゃったね」
「……ああ」
そう答えた森也の声がやけに深刻そうだったので、さくらは気になった。
「心配なの?」
「あいつらの結果について心配しているわけじゃない。やるべきことはきちんとやっているし、どんな結果になろうとそれをプラスの方向にもっていくのはおれの役目だ。だが……」
「だが?」
「ふぁいからりーふメンバーは本当によく努力している。その態度は尊敬に値する。だろう?」
「……うん」
さくらは引け目を感じながら答えた。
白葉が目に涙をいっぱいに溜めながら、それでもメジャーアイドル目指して必死に練習している姿を思い出すと、そんな風になにかに真剣になったことのない自分とのちがいを感じてどうしても引け目を感じてしまうのだ。
「あいつ等はたしかに努力している。しかし、それは『努力できる条件』がそろっているからだ」
「努力できる条件?」
「訓練できる場所があり、そこに通える金があり、所属できるプロがある。その環境が少なくとも一〇年以上つづくという保証があってはじめて、目的のために努力できる。しかし、そんな環境に恵まれるのは結局、都会に生まれた人間だけだ。田舎の農村に生まれた人間にはそもそも努力できる環境がない。訓練を受けられる場所もないし、そこに通える金もない。この日本に限ってさえ、田舎の農村の生まれでは、本人がアイドルになりたいと思い、実際になれるだけの才能があったとしても、その才を磨ける環境がない。あきらめる以前にまず、望むことさえ出来ない。将来の大きな希望をもって生きられるのは都会の人間だけ。田舎の人間には望むべくもない。それではあまりにも理不尽だ。誰もが希望をもって生きるためにはその点を何とかしないとな」
森也はそう言ってあたりを見た。豊かな自然のなかに田畑の広がるのどかな風景。しかし、それは、自然と農家しかない貧しい風景でもある。
「……日本の農村にも神楽や田歌、田楽祭りといった伝統芸能はある。しかし、それらがアイドルのような魅力をもって子供に響くわけじゃない。まして、世界に出て勝負できるわけじゃない。田舎の農村に生まれた子供でも充分な希望がもてる。そういう環境を作らないといけないんだが」
森也はそう呟くと沈黙の思考に入り込んだ。そんな兄を――。
さくらは黙って見つめているしかなかった。
学校にやってきてもさくらの頭のなかには沈思黙考の見本と化した森也の姿が刻み込まれていた。できることなら力になりたい。でも――。
――兄さんに考えつかないことならあたしにわかるわけがないし。あたしの役目は兄さんと世間をつなげることなんだけど……。
今回の森也の要求に応えられるような、そんな都合のいい人間がいるのだろうか?
いたとしても自分は、その人物と森也とをつなげることが出来るのだろうか?
森也ではなく、さくらこそが沈思黙考の生きた見本となったかのように考え込んでいた。そのとき――。
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