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第四話 空の星 海の星(中)
ステージ12 運命の恋
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その日、藍条森也と赤岩あきらは学校側から招かれ、LEOを訪れていた。
仮にも学校の生徒を自分たちのビジネスのために活用しようというのだから、学校側ともそれなりの折衝が必要になるのである。
「我が校としても、怪我で将来を絶たれた生徒が再起できるとなれば、これほど喜ばしい話はない。また、『誰にでも将来への希望を』という富士幕府の理念には大いに共感する。全力でサポートさせていただく」
「ありがとうございます。もちろん、まだ学生であることは忘れずに学業に支障のない範囲で計画は進めていきます」
お互い、相手を尊重し、また、相手の立場を理解し合い、協力体制を整える。その上で、当人の再起を図る。
傍目にはいたって見目麗しい美談に見えるだろう。それが嘘、と言うわけではないが、裏を覗けば少々、俗な面もある。
未来の世代の教育を担う学校と言えど営利企業にはちがいない。優れた生徒の存在は大きな宣伝材料であり、新しい生徒を呼び込むための『餌』でもある。その学校側にとっては『世界を狙える天才少女!』が入学してくると思っていたのに怪我で普通の生徒になってしまった、というのは大きな損失であり、落胆。正直、
『こんなことなら、他の生徒を招けばよかった』
と言う思いはある。しかし――。
その生徒が挫折に負けず、新たな道で再びスターになるとなれば話はちがう。なんの挫折もなくスターダムにのしあがるよりもよほど話題になるし、おまけに『すべての人間に将来への希望を』という理念を掲げる計画とのコラボ。うまく行けば、学校側にとってこれほど大きな宣伝はない。ネットに流れればバズるのは確実だし、世間のイメージも爆上がり。全力でサポートしようという気にもなるというものだ。
もちろん、森也は学校側の裏事情などすべて承知している。学校という名の営利企業が生徒に対する善意だけでなにかをする思うほど、幼稚でもなければ青臭くもない。その裏事情を知ってどう思っているかというと、
「動機なぞどうでもいい。やることをやるなら充分だ」
いたっておとなな森也なのであった。
お互い、本音に社交辞令をまぶした上での交渉を一時間ほど行い、今後のスケジュールを調整。つつがなく合意にいたり、交渉は終わった。もともと、問題になるのはなつみの出席日数と活動時間――真夜中はダメ――ぐらいなので、森也でなくてもまとめるのは難しくなかった。
別れの挨拶をすませて廊下に出ると、そこに思い掛けない人物がまっていた。北條雪菜である。
「おお、北條雪菜ではないか。いや、相変わらずの美しさ。まさに、真善美の化身。それが、ステージの上で思う存分、舞い踊るとなれば、まさに生きた芸術。おぬしに踊ってもらえるならバレエの演目も幸せだな」
美少女大好きのあきらがここぞとばかりに褒め言葉――口説き文句?――を並べ立てた。その言葉の羅列に、雪菜は――。
美しく、凜々しい顔立ちにわずかにムッとした表情を浮かべた。
――外見ばかり問題にしないで。
そう思ったのだろう。
子供の頃から外見偏差値に恵まれ、『きれい』、『かわいい』と言われつづけた女性が外見ばかり褒められることに反発するようになるのはままあることだ。
――見た目ばかりでなく、中身だってあるのよ!
と。
とくに雪菜の場合、なつみと並んで『日本のバレエ界の将来を担う』と期待されてきた逸材。スポーツ万能なのは当然として学業優秀、品行方正、中学時代は生徒会役員も務めていたという完璧振り。おまけに、『運を良くするため』と言うことで幼い頃からボランティアでの清掃作業にも参加してきた。
しがない一般人から見れば『嫌味か!』と言いたくなるぐらい、中身も充実しているのだ。ちなみに、なつみの方はスポーツ万能は同じだが、学業成績は平均的。素行においても悪いわけではもちろんないが、特筆するほどのこともない。バレエをのぞけばわりと『普通』の生徒である。
そんな『中身もすごい』雪菜であってもやはり、一目見てすぐにわかるのはその外見の良さ。物心付いたときから『きれい』、『かわいい』と言われつづけてきたし、いまでもとにかく『きれい』、『美しい』の連呼。外見を褒められることにはうんざりしている。
一〇〇回生まれ変わっても雪菜ほどの外見は望み得ない一般女子からすれば『贅沢!』と叫びたくなるところだろうが、
――中身を見てよ!
と言う思いは人一倍、強い。あきらの大げさな褒め言葉の羅列に腹を立てるのはかの人にとってはごく自然なことだった。
その思いをはっきり表に出すことなく、かすかに表情をかえる程度に抑えたのはやはり、幼い頃からバレエ界で生きてきた経験の賜。どんな業界でもそうだが、上の人間に対して悪感情を見せているようでは上には行けない。
「なにか用か?」
そのあたりの面倒くささを骨身に染みて知っている森也である。これ以上、あきらが『外見ばかりを』褒めまくって気分を害させないよう、さりげなく口をはさんだ。
雪菜はうなずいた。
「あなたたち、マンガ家なんでしょう?」
「おお、その通りだ!」
と、あきら。両手を腰に当て、背筋の運動のように反っくり返る。
「大人気マンガ家、マンガ界の命運を担う大黒柱、世界の英雄、『海賊ヴァン!』の作者、赤岩あきらさまとはわたしのことだ!」
『ふん!』と、鼻息荒くそう語るその姿。本人自身がすでにマンガのキャラクター。そのわかりやすい性格が人気の一因となっている点は否定できない。
「おれは現状、開店休業状態だけどな」
森也が付け加えた。
あきらの宣言に比べればなんとも景気の悪い話だが、隠すでもなく、卑下するでもなく、事実は事実として淡々と語るのが藍条森也。
実際、ここ最近、森也はマンガを描いていない。唯一の連載作品であった『罪のしきよめ』は連載打ち切りとなってそのまま消滅。他の依頼などあるはずもなく、マンガの仕事は一切なし。カフェでの作品も肝心の『欠点を補ってくれる作画担当』が見つからず、手つかずのまま。マンガ家業に限れば失業状態の森也であった。
雪菜はそんなふたりに向かって言った。
「マンガ家なのを見込んで頼みがあるの。屋上まで来てくれる?」
雪菜に乞われるままに森也とあきらは校舎の屋上へとやってきた。
学園物では定番のシチュエーションにあきらのテンションは爆上がりである。
「さあ、屋上に来たぞ! 告白なら存分にするがいい。それとも、フリーハグの方か? どちらにしても安心するがいい。我が全力で受けとめてやるぞ」
「バカ」
と、森也が短く口にした。いつもの『あほう』ではなく『バカ』なのは、雪菜が言いたくても言えないことをかわりに言ったからである。
森也がかわりに言いたいことを言ってくれたので気が晴れた……というわけでもないだろうが、雪菜はあきらの言葉は無視して言った。
「マンガ家なら動きを捉えるのは専門家でしょう? わたしの動きを見てほしいの」
「動きを?」
「ええ」
と、雪菜は真顔でうなずいた。
「最近、納得の行く動きができなくて。コーチやまわりの子たちからは問題ないって言われているんだけど、自分ではどうしてもしっくりこなくて。だから、専門家ではない、観客視線の意見がほしいの」
「おお、なるほど。そういうことなら我らはまさに適任だな。バレエには素人だが、動きを捉える目はしっかりある。その意気や良し! いくらでも見てしんぜるぞ」
ノリと勢いだけでバカ殿ぶっているので時々、表現がおかしくなるあきらである。
「おれもかまわない。ただ……」と、森也。
「『ただ……』、なに?」
雪菜は森也の言葉にムッとした様子で眉をひそめた。あきら相手に比べて表情の変化が露骨なのは男に対する警戒心が残っているからだろう。
森也はそんな雪菜の制服の下半分を指で指し示した。
「いいのか? 男の前でミニスカートで踊って?」
「……体操服に着替えてくる」
雪菜はそう言って駆け出していった。その姿が見えなくなったとき――。
バン! と、音を立ててあきらが森也の背中を叩いた。
「グッジョブ、藍条!」
「体操服って、なんであんなにそそるんだろうな」
実はスケベ心も普通に持ち合わせている森也であった。
校舎の屋上を舞台に体操服姿の美少女が思いきり躍動し、舞い、踊る。
それは確かにめったに見ることの出来ない演目だった。
空高く飛翔し、回転し、手足が意思あるもののように伸びやかに動く。力強く、ダイナミックで、それでいて女子特有の優美さをいささかも失わない。常にバランスが取れ、無駄な力が加わらず、脱力した状態で手足を動かし、肝心の部分にだけきちんと力を入れる。だからこそ、力強さと美しさを両立させることの出来る動き。素人目にもその技術の高さが知れるダンスだった。
「ほおお」
と、美少女大好きのあきらがそのことを忘れ、純粋にダンスの技術に対して感嘆の声を何度も漏らす。それほどに完璧な踊り。普通の観客であればただただ褒めそやすことしかできなかっだろう。
雪菜は一〇分ばかりのダンスを終え、フィニッシュを決めた。
あきらと森也が同時に拍手をする。あきらは激しく、森也は静かに、しかし、深みを込めて。決して礼儀ではない。本心からの拍手である。
「どう?」
雪菜が汗を浮かべた体操服姿で尋ねた。一〇分の間、踊っていたのにまったく息を乱していないのはさすがだった。
「うむ、素晴らしかったぞ」と、あきら。
「力強くダイナミック。それでいて、美しい。まさに、理想的な舞いであった」
「たしかに。素人目にも技術の高さがわかる。その点に関してはケチの付けようがない」
「……だが」
「ああ、だが……」
あきらと森也は口をそろえて言った。
「感動はない」
はっきりとそう言われ――。
雪菜は目を見開いた。その態度は雪菜自身、そのことを感じていたことを示していた。
あきらが告げた。
「技術の高さは認める。その点は申し分ない。しかし、それだけだ。言ってみれば絵はうまいがキャラクターの感情を描けないマンガ家のマンガのようなもの。いくら、見た目が良くてもそれでは見るものを感動させることは出来ない」
「機械がプログラムにそって動いているようなものだな。動きそのものは完璧だが、個性がない。演技者としての表現がない。教えられたことを教えられたとおりにやっているだけ。技術の高さはわかっても、ダンサー自身に対する魅力は感じない」
容赦のない批評だが、それもこれも雪菜『プロ』として認めていればこそ。『プロがプロに対して』行う批評であれば厳しくなるのが当たり前。『容赦』など入り込む余地はない。
そう言われて――。
雪菜は溜め息をついた。
「……さすが、プロね。わたしが感じていたことをズバリ指摘してくるんだから。そう。言われたとおりここ最近、踊ることはできても表現が出来ていなくて。どうにも、もどかしい気がしているの」
「ふむ。これはやはり、アレだろうな。藍条」
「アレだな」
あきらと森也が同じことを口にした。雪菜は目をしぱたたかせた。
「アレ?」
「なんのためにバレエをしているのか、と言うことだ」
「なんのために?」
「そうだ。なんのためにバレエを学び、踊っているのか。その点がわからなければ個性も自己表現もあり得ない。いまの君は『バレエをする理由』を見失っているんだろう。その点を思い出してみることだ」
「バレエをする理由……」
森也の言葉に――。
雪菜は深刻な表情で考え込んだ。
雪菜は家に帰ってからもずっと森也の言葉を考えつづけていた。
――わたしがバレエをする理由。
たしかに、今まで考えたことはなかった。考えなくても自然とやってこれた。なのに、なぜ、それができなくなったのか。
――わたしがバレエをはじめたのは四歳の頃。わたしは別に興味はなかったけど、母さんが習い事をさせたがったから。
最初は嫌でいやで仕方なかった。練習時間になってもふてくされて踊ろうとしないこともめずらしくなかった。教室でも嫌われ、幾つものバレエ教室を転々とした。けれど――。
あるとき、見たのだ。自分と同じ歳の女の子が舞台の上で楽しそうに踊っているのを。
その姿に引き込まれた。
――どうして、あんな風に楽しそうに踊れるの?
そう思った。
――あたしも真面目に練習すれば、あんな風に踊れるようになるのかな?
そのときから真剣にバレエに打ち込むようになった。そして、気が付いてみれば『期待の新星』、『バレエ界の未来を担う逸材』と呼ばれるようになっていた。
そのきっかけとなった同い年の女の子。それが――。
南沢なつみだった。
――ああ、そうか。
そのときのことを思い出したとき、やっと、気付いた。
――あのとき……わたしはなつみに恋をしたんだ。
自分がバレエをしてきたのはすべて、なつみを追うためだった。なつみと同じ場所に立ち、なつみと一緒にいるため。いままでできていた自己表現が出来なくなったのは、なつみが自分の前から姿を消したからだった。
「そうか。そういうことね」
――だったら。
やるべきことはひとつだった。
翌日。
雪菜はクリエイターズカフェを訪れた。
そして、森也に向かって頭をさげた。
「わたしも水舞に参加させてください。お願いします」
第四話(中)完結
第四話(下)につづく
仮にも学校の生徒を自分たちのビジネスのために活用しようというのだから、学校側ともそれなりの折衝が必要になるのである。
「我が校としても、怪我で将来を絶たれた生徒が再起できるとなれば、これほど喜ばしい話はない。また、『誰にでも将来への希望を』という富士幕府の理念には大いに共感する。全力でサポートさせていただく」
「ありがとうございます。もちろん、まだ学生であることは忘れずに学業に支障のない範囲で計画は進めていきます」
お互い、相手を尊重し、また、相手の立場を理解し合い、協力体制を整える。その上で、当人の再起を図る。
傍目にはいたって見目麗しい美談に見えるだろう。それが嘘、と言うわけではないが、裏を覗けば少々、俗な面もある。
未来の世代の教育を担う学校と言えど営利企業にはちがいない。優れた生徒の存在は大きな宣伝材料であり、新しい生徒を呼び込むための『餌』でもある。その学校側にとっては『世界を狙える天才少女!』が入学してくると思っていたのに怪我で普通の生徒になってしまった、というのは大きな損失であり、落胆。正直、
『こんなことなら、他の生徒を招けばよかった』
と言う思いはある。しかし――。
その生徒が挫折に負けず、新たな道で再びスターになるとなれば話はちがう。なんの挫折もなくスターダムにのしあがるよりもよほど話題になるし、おまけに『すべての人間に将来への希望を』という理念を掲げる計画とのコラボ。うまく行けば、学校側にとってこれほど大きな宣伝はない。ネットに流れればバズるのは確実だし、世間のイメージも爆上がり。全力でサポートしようという気にもなるというものだ。
もちろん、森也は学校側の裏事情などすべて承知している。学校という名の営利企業が生徒に対する善意だけでなにかをする思うほど、幼稚でもなければ青臭くもない。その裏事情を知ってどう思っているかというと、
「動機なぞどうでもいい。やることをやるなら充分だ」
いたっておとなな森也なのであった。
お互い、本音に社交辞令をまぶした上での交渉を一時間ほど行い、今後のスケジュールを調整。つつがなく合意にいたり、交渉は終わった。もともと、問題になるのはなつみの出席日数と活動時間――真夜中はダメ――ぐらいなので、森也でなくてもまとめるのは難しくなかった。
別れの挨拶をすませて廊下に出ると、そこに思い掛けない人物がまっていた。北條雪菜である。
「おお、北條雪菜ではないか。いや、相変わらずの美しさ。まさに、真善美の化身。それが、ステージの上で思う存分、舞い踊るとなれば、まさに生きた芸術。おぬしに踊ってもらえるならバレエの演目も幸せだな」
美少女大好きのあきらがここぞとばかりに褒め言葉――口説き文句?――を並べ立てた。その言葉の羅列に、雪菜は――。
美しく、凜々しい顔立ちにわずかにムッとした表情を浮かべた。
――外見ばかり問題にしないで。
そう思ったのだろう。
子供の頃から外見偏差値に恵まれ、『きれい』、『かわいい』と言われつづけた女性が外見ばかり褒められることに反発するようになるのはままあることだ。
――見た目ばかりでなく、中身だってあるのよ!
と。
とくに雪菜の場合、なつみと並んで『日本のバレエ界の将来を担う』と期待されてきた逸材。スポーツ万能なのは当然として学業優秀、品行方正、中学時代は生徒会役員も務めていたという完璧振り。おまけに、『運を良くするため』と言うことで幼い頃からボランティアでの清掃作業にも参加してきた。
しがない一般人から見れば『嫌味か!』と言いたくなるぐらい、中身も充実しているのだ。ちなみに、なつみの方はスポーツ万能は同じだが、学業成績は平均的。素行においても悪いわけではもちろんないが、特筆するほどのこともない。バレエをのぞけばわりと『普通』の生徒である。
そんな『中身もすごい』雪菜であってもやはり、一目見てすぐにわかるのはその外見の良さ。物心付いたときから『きれい』、『かわいい』と言われつづけてきたし、いまでもとにかく『きれい』、『美しい』の連呼。外見を褒められることにはうんざりしている。
一〇〇回生まれ変わっても雪菜ほどの外見は望み得ない一般女子からすれば『贅沢!』と叫びたくなるところだろうが、
――中身を見てよ!
と言う思いは人一倍、強い。あきらの大げさな褒め言葉の羅列に腹を立てるのはかの人にとってはごく自然なことだった。
その思いをはっきり表に出すことなく、かすかに表情をかえる程度に抑えたのはやはり、幼い頃からバレエ界で生きてきた経験の賜。どんな業界でもそうだが、上の人間に対して悪感情を見せているようでは上には行けない。
「なにか用か?」
そのあたりの面倒くささを骨身に染みて知っている森也である。これ以上、あきらが『外見ばかりを』褒めまくって気分を害させないよう、さりげなく口をはさんだ。
雪菜はうなずいた。
「あなたたち、マンガ家なんでしょう?」
「おお、その通りだ!」
と、あきら。両手を腰に当て、背筋の運動のように反っくり返る。
「大人気マンガ家、マンガ界の命運を担う大黒柱、世界の英雄、『海賊ヴァン!』の作者、赤岩あきらさまとはわたしのことだ!」
『ふん!』と、鼻息荒くそう語るその姿。本人自身がすでにマンガのキャラクター。そのわかりやすい性格が人気の一因となっている点は否定できない。
「おれは現状、開店休業状態だけどな」
森也が付け加えた。
あきらの宣言に比べればなんとも景気の悪い話だが、隠すでもなく、卑下するでもなく、事実は事実として淡々と語るのが藍条森也。
実際、ここ最近、森也はマンガを描いていない。唯一の連載作品であった『罪のしきよめ』は連載打ち切りとなってそのまま消滅。他の依頼などあるはずもなく、マンガの仕事は一切なし。カフェでの作品も肝心の『欠点を補ってくれる作画担当』が見つからず、手つかずのまま。マンガ家業に限れば失業状態の森也であった。
雪菜はそんなふたりに向かって言った。
「マンガ家なのを見込んで頼みがあるの。屋上まで来てくれる?」
雪菜に乞われるままに森也とあきらは校舎の屋上へとやってきた。
学園物では定番のシチュエーションにあきらのテンションは爆上がりである。
「さあ、屋上に来たぞ! 告白なら存分にするがいい。それとも、フリーハグの方か? どちらにしても安心するがいい。我が全力で受けとめてやるぞ」
「バカ」
と、森也が短く口にした。いつもの『あほう』ではなく『バカ』なのは、雪菜が言いたくても言えないことをかわりに言ったからである。
森也がかわりに言いたいことを言ってくれたので気が晴れた……というわけでもないだろうが、雪菜はあきらの言葉は無視して言った。
「マンガ家なら動きを捉えるのは専門家でしょう? わたしの動きを見てほしいの」
「動きを?」
「ええ」
と、雪菜は真顔でうなずいた。
「最近、納得の行く動きができなくて。コーチやまわりの子たちからは問題ないって言われているんだけど、自分ではどうしてもしっくりこなくて。だから、専門家ではない、観客視線の意見がほしいの」
「おお、なるほど。そういうことなら我らはまさに適任だな。バレエには素人だが、動きを捉える目はしっかりある。その意気や良し! いくらでも見てしんぜるぞ」
ノリと勢いだけでバカ殿ぶっているので時々、表現がおかしくなるあきらである。
「おれもかまわない。ただ……」と、森也。
「『ただ……』、なに?」
雪菜は森也の言葉にムッとした様子で眉をひそめた。あきら相手に比べて表情の変化が露骨なのは男に対する警戒心が残っているからだろう。
森也はそんな雪菜の制服の下半分を指で指し示した。
「いいのか? 男の前でミニスカートで踊って?」
「……体操服に着替えてくる」
雪菜はそう言って駆け出していった。その姿が見えなくなったとき――。
バン! と、音を立ててあきらが森也の背中を叩いた。
「グッジョブ、藍条!」
「体操服って、なんであんなにそそるんだろうな」
実はスケベ心も普通に持ち合わせている森也であった。
校舎の屋上を舞台に体操服姿の美少女が思いきり躍動し、舞い、踊る。
それは確かにめったに見ることの出来ない演目だった。
空高く飛翔し、回転し、手足が意思あるもののように伸びやかに動く。力強く、ダイナミックで、それでいて女子特有の優美さをいささかも失わない。常にバランスが取れ、無駄な力が加わらず、脱力した状態で手足を動かし、肝心の部分にだけきちんと力を入れる。だからこそ、力強さと美しさを両立させることの出来る動き。素人目にもその技術の高さが知れるダンスだった。
「ほおお」
と、美少女大好きのあきらがそのことを忘れ、純粋にダンスの技術に対して感嘆の声を何度も漏らす。それほどに完璧な踊り。普通の観客であればただただ褒めそやすことしかできなかっだろう。
雪菜は一〇分ばかりのダンスを終え、フィニッシュを決めた。
あきらと森也が同時に拍手をする。あきらは激しく、森也は静かに、しかし、深みを込めて。決して礼儀ではない。本心からの拍手である。
「どう?」
雪菜が汗を浮かべた体操服姿で尋ねた。一〇分の間、踊っていたのにまったく息を乱していないのはさすがだった。
「うむ、素晴らしかったぞ」と、あきら。
「力強くダイナミック。それでいて、美しい。まさに、理想的な舞いであった」
「たしかに。素人目にも技術の高さがわかる。その点に関してはケチの付けようがない」
「……だが」
「ああ、だが……」
あきらと森也は口をそろえて言った。
「感動はない」
はっきりとそう言われ――。
雪菜は目を見開いた。その態度は雪菜自身、そのことを感じていたことを示していた。
あきらが告げた。
「技術の高さは認める。その点は申し分ない。しかし、それだけだ。言ってみれば絵はうまいがキャラクターの感情を描けないマンガ家のマンガのようなもの。いくら、見た目が良くてもそれでは見るものを感動させることは出来ない」
「機械がプログラムにそって動いているようなものだな。動きそのものは完璧だが、個性がない。演技者としての表現がない。教えられたことを教えられたとおりにやっているだけ。技術の高さはわかっても、ダンサー自身に対する魅力は感じない」
容赦のない批評だが、それもこれも雪菜『プロ』として認めていればこそ。『プロがプロに対して』行う批評であれば厳しくなるのが当たり前。『容赦』など入り込む余地はない。
そう言われて――。
雪菜は溜め息をついた。
「……さすが、プロね。わたしが感じていたことをズバリ指摘してくるんだから。そう。言われたとおりここ最近、踊ることはできても表現が出来ていなくて。どうにも、もどかしい気がしているの」
「ふむ。これはやはり、アレだろうな。藍条」
「アレだな」
あきらと森也が同じことを口にした。雪菜は目をしぱたたかせた。
「アレ?」
「なんのためにバレエをしているのか、と言うことだ」
「なんのために?」
「そうだ。なんのためにバレエを学び、踊っているのか。その点がわからなければ個性も自己表現もあり得ない。いまの君は『バレエをする理由』を見失っているんだろう。その点を思い出してみることだ」
「バレエをする理由……」
森也の言葉に――。
雪菜は深刻な表情で考え込んだ。
雪菜は家に帰ってからもずっと森也の言葉を考えつづけていた。
――わたしがバレエをする理由。
たしかに、今まで考えたことはなかった。考えなくても自然とやってこれた。なのに、なぜ、それができなくなったのか。
――わたしがバレエをはじめたのは四歳の頃。わたしは別に興味はなかったけど、母さんが習い事をさせたがったから。
最初は嫌でいやで仕方なかった。練習時間になってもふてくされて踊ろうとしないこともめずらしくなかった。教室でも嫌われ、幾つものバレエ教室を転々とした。けれど――。
あるとき、見たのだ。自分と同じ歳の女の子が舞台の上で楽しそうに踊っているのを。
その姿に引き込まれた。
――どうして、あんな風に楽しそうに踊れるの?
そう思った。
――あたしも真面目に練習すれば、あんな風に踊れるようになるのかな?
そのときから真剣にバレエに打ち込むようになった。そして、気が付いてみれば『期待の新星』、『バレエ界の未来を担う逸材』と呼ばれるようになっていた。
そのきっかけとなった同い年の女の子。それが――。
南沢なつみだった。
――ああ、そうか。
そのときのことを思い出したとき、やっと、気付いた。
――あのとき……わたしはなつみに恋をしたんだ。
自分がバレエをしてきたのはすべて、なつみを追うためだった。なつみと同じ場所に立ち、なつみと一緒にいるため。いままでできていた自己表現が出来なくなったのは、なつみが自分の前から姿を消したからだった。
「そうか。そういうことね」
――だったら。
やるべきことはひとつだった。
翌日。
雪菜はクリエイターズカフェを訪れた。
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