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最終話 歴史の決着
一一章 残る歴史・消える歴史
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戦いは数ヶ月に及んでいた。
無限にいるかと思われた鬼部の群れもさすがにその数を減らしていた。鬼界島を埋め尽くしているかのような大群はすでになく、数えることが出来る程度の数にまで減っている。それはまぎれもなく、人類が自分たちの世界を守ろうと必死の勇戦をした結果だった。しかし――。
その代償はあまりにも大きかった。
人類側の被害も鬼部と同じ、いや、それ以上。投入された兵の大半はすでに亡く、海上に展開していた船団も壊滅。残っているものは人類軍総将ジェイをはじめ、羅刹隊数千のみというありさま。
こんな消耗戦にいったいなんの意味があるのか。
この戦いを見るものがいればそうおののくような『明日なき戦い』。それでもなお、その場に立つものたちは戦いつづける。自分たちの種族の誇りにかけて。
最前線に立って戦うジェイの前にひときわ大きく、筋骨隆々たる鬼が現れた。他の鬼が生まれたままの姿でなにひとつ身につけていないのに対し、その鬼だけは全身をきらびやかな装身具で飾り立てていた。
それがなにを意味するものか、ジェイはむろん知っていた。
「お前が……かんなぎ部族の王か」
「そうだ」
その巨大な鬼は答えた。ずしりと肚に響く重々しい声だった。
「我はカラガ。かんなぎの王なり」
「やっと出てきたか。最初から出てきていればすぐに終わったものを」
「ほう? それはまさか、我を殺せるという意味かな?」
「もちろん」
「ふっ、面白い。しょせん人間風情の言うこと、通常ならば戯言と聞き流すところだ。だが、お前たちはよく戦った。実によく戦った。とくにお前の奮闘振りは賞賛に値するものであった。そのお前が言うからには我もまた真摯に対応しなければなるまいの」
「あいにくだがな。お前たちに褒められるつもりはない。お前たちが口にすべきはおれへの憎悪。おれへの怒りと憎しみ。ただ、それだけだ」
「ふっ、面白い。ならば、言わせてみるがいい。我をぶちのめし、我が部族ことごとくを殺し尽くし、我の口からきさまへの憎悪を吐き出させてみるがいい!」
「やってやるさ!」
鬼部の王と人類軍総将。ふたりの戦いがはじまった。その頃――。
ジェイたちが死力を尽くして鬼部の群れと戦っているその間、ハリエットやアーデルハイドたちもそれぞれの戦いをつづけていた。
ハリエットは馬車のなかを執務室にかえて移動の最中に諸国連合の主としての職務を果たしながら大陸中を巡った。各国に赴き、都市網国家の導入を認めさせるために。
「ただ、鬼部との戦いに勝利するだけでは、いつかまた人と人の争いがはじまるだけ。そんな無意味なことのためにこれほどの被害を出したというのですか? この戦いのあと、少しでも良い世界に、人と人が争う必要のない世界を生み出してこそ、死んでいった人たちも報われるのではありませんか?」
「たしかに、都市網国家を導入したところで人と人の争いがなくなるとは限りません。ですが、いままでとはちがう仕組みを考えてもいいのだ、導入してもいいのだ、と言う実例を作ることはできます。その実例が呼び水となり、さらに新しい試みが為され、いつかは本当に人と人が争わなくてすむ世界の仕組みが作られることでしょう。その世界の実現のためにいま、我々と共に歩んでくれませんか?」
ハリエットは訪れるすべての国でそう語りかけた。
王宮で、王や、宰相や、将軍に対してそう語るだけではない。時間の許す限り町中に出て市井の人々相手にそう語りかけた。草の根からの波を起こし、国内からかえていくために。
もちろん、自分で国を動かすことなど考えたこともない人々に、そんなことをいきなり語ったところでまともな反応など返ってくるはずもない。ほとんどの人間は『なにを言っているんだ?』と理解できないものを見る目で通りすぎていくだけ。しかし、ほんの少し、それこそ千人にひとり、万人にひとりの割で立ちどまり、耳を傾けるものもいる。そんなたったひとりのためにハリエットは街角で語りつづける。
それはまぎれもなく国内における秩序転覆の扇動であり、内政干渉。普通であればたちまちのうちに捕えられ、反逆者として処刑されるところだ。しかし、ハリエットはいまや一国の王であり、諸国連合の代表。さすがに、そんな立場の人間相手に軍を差し向けるわけにもいかない。ハリエットは自分の立場を最大限に生かして語りつづけた。
それだけではない。都市網国家の導入を進めるのと同時に各国間の条約の締結、争いのない世界を作るための全大陸規模での共通教育の導入、各国の王族の相互留学などを提案し、実現のための説得をつづけた。
共通教育とは未来を担う子どもたちに武力以外での問題解決を図るよう教育すること、王族の相互留学とは互いに王族を送り込むことで交流を深め、相互理解を進め、さらに、いざというときには人質にもできるようにすることで争いを未然に防ぐことを目的とするものだった。
すべては人と人との争いを終わらせるため、
新しい文明を築きあげるため、
人類の歴史を勝利させるためだった。
そして、それらの活動を書にしたため、須弥山に住む目覚めしものに送りつづけているのがアーデルハイドだった。
人類の取り組みを目覚めしものを通じて天界の神々に届けてもらい、人類こそが世界の管理者としてふさわしい。そう納得してもらうために。
「いつもながら精が出ますね、アーデルハイドさま」
にこやかにそう言ったのは目覚めしものの使役する式神だった。
最初のうちはベルンに手紙を運んでもらい、さらにチャップに届けてもらっていたのだが、最近では目覚めしものの方からこうして式神をよこしてくれるようになった。
「神々がわたしたち人類に対して好意的になってくれた。そう考えていいのですか?」
「さて、どうでしょう」
ほんの童子の姿の式神はにこやかに小首をかしげて見せた。
「しょせん、神々の思考など、わたしには計りかねますので」
「そう……ですね。たしかに、天界の神々がわたしたちと同じ思考をするなどと期待する方がまちがいなのでしょうね」
「では、どうします? これ以上、神々に手紙を送るのはやめにしますか?」
「いいえ。人類の未来のためにいま、わたしにできることはこれしかない。ならば、最後までつづけるだけです。これが今日の分。たしかに届けてください。そして、明日も、明後日も」
「はい」
と、童子の姿の式神は優しく微笑んだ。
「たしかに、神々にお届けします。お約束できるのは『届ける』と言うことだけですけどね」
「それで充分です」
アーデルハイドはそう答えた。
ジェイとカラガの戦いはつづいていた。
ジェイはすでに右腕と右目を失っていた。しかし、カラガもその全身に致命傷と言っていい傷を受けていた。大量の血が流れ、足元に血の沼を作っている。
そのまわりには何人もの人間たちの死体が転がっていた。ジェイに勝利させるべく、鬼部の王に隙を作るために生命を捨てて挑んだ人間たち。そのなかにはあのオグルの烈将アルノスさえいた。アルノスほどの戦士が犠牲になってなお、倒しきれない相手。
それが、鬼部の王カラガ。
しかし、人間たちの犠牲はたしかにカラガの力を削っていた。生命の炎を消そうとしていた。そして、ジェイには鬼部にはない、格闘の技と装備があった。人類の戦いの歴史のなかで磨き抜かれた技と、多くの人々の思いで作られた装備。それらの力がついに鬼部の圧倒的な体力を越えるときが来た。
ジェイの拳ついにカラガの心臓を貫いた。
鬼部の王が人間に敗北。それはおそらく、人類と鬼部の戦いがはじまって以来はじめてのことだったろう。その事実に――。
残った鬼部たちの間から嘆きの声がもれ出した。
それを合図とするかのように異変は起こった。
消える、消えていく、鬼界島が。
その場に残る鬼部たちとともに。
まるで、朝靄のなかに映る幻想のように。
「これは……」
呆然と立ちすくむジェイと、その隣に控えるアステスの前に目覚めしものの式神が現れた。にこやかに告げた。
「おめでとうございます。神々はあなた方の行動を認め、あなた方、人類をこそ世界の管理者として認めました。あなたたちの勝利です。もう二度と、人類と鬼部の戦いが起こることはありません」
式神はジェイたちの前だけではなく、ハリエットやアーデルハイドの前にも同時に姿を現わしていた。そして、同じことを告げた。
「では……わたしたちはもう二度と鬼部との戦いを体験しなくていいのですね?」
「はい。歴史はついに定まったのです。あなた方、人類の行動が神々の心を動かしたのです」
「鬼界島に残る鬼部は……人々はどうなるのです? やはり……消え去るのですか?」
「はい」
と、式神は無慈悲までににこやかに言った。
「人類の歴史が勝利した以上、鬼部の歴史はそのすべてが消え去ります。鬼部たちはもちろん、鬼部に飼われている人間たちも。それが、世界の掟なのです」
ジェイとアステスは立ち尽くしたまま消えゆく鬼界島の姿を目に焼き付けていた。
「おれたちが勝った……ということだな?」
「……はい。そのはずです」
ふたりとも、その声には喜びなどない。むしろ、拍子抜けしているような、そんな声。いきなりのことに実感が湧かないのだ。だが、鬼界島が消えていき、ついにその姿をなくしたとき、はっきりとそのことが実感できた。
「人類の勝利だ」
ジェイが残された左手をグッと握りしめ、そう宣言した。そのときだ。
「おーい、おーい!」
海の上から声がした。声の主を見たとき、ジェイもアステスも仰天した表情になった。
「ジャイボス、スタム! 生きていたのか!」
海に浮かんでいたのはまぎれもなく、もう何ヶ月も前に船ごと海のモクズとなったはずのジャイボスとスタムだった。ジャイボスは泳ぎながら笑って見せた。
「へっ。おれさまが死ぬもんかよ。なあ、スタム」
「う、うん……」
スタムもなにやら照れくさそうに笑っていた。
「まあ、船が沈んだときにはさすがにお終いかと思ったけどよ。うまいこと鬼界島に漂着したのさ。そんでまあ、逃げ出す機会を探して隠れてたんだけどよ。なんか、鬼界島が消えちまったから泳いで帰ってきたのさ」
「ふっ……」
「はは……」
その場に――。
人類の勝利を告げる笑い声が響き渡った。
無限にいるかと思われた鬼部の群れもさすがにその数を減らしていた。鬼界島を埋め尽くしているかのような大群はすでになく、数えることが出来る程度の数にまで減っている。それはまぎれもなく、人類が自分たちの世界を守ろうと必死の勇戦をした結果だった。しかし――。
その代償はあまりにも大きかった。
人類側の被害も鬼部と同じ、いや、それ以上。投入された兵の大半はすでに亡く、海上に展開していた船団も壊滅。残っているものは人類軍総将ジェイをはじめ、羅刹隊数千のみというありさま。
こんな消耗戦にいったいなんの意味があるのか。
この戦いを見るものがいればそうおののくような『明日なき戦い』。それでもなお、その場に立つものたちは戦いつづける。自分たちの種族の誇りにかけて。
最前線に立って戦うジェイの前にひときわ大きく、筋骨隆々たる鬼が現れた。他の鬼が生まれたままの姿でなにひとつ身につけていないのに対し、その鬼だけは全身をきらびやかな装身具で飾り立てていた。
それがなにを意味するものか、ジェイはむろん知っていた。
「お前が……かんなぎ部族の王か」
「そうだ」
その巨大な鬼は答えた。ずしりと肚に響く重々しい声だった。
「我はカラガ。かんなぎの王なり」
「やっと出てきたか。最初から出てきていればすぐに終わったものを」
「ほう? それはまさか、我を殺せるという意味かな?」
「もちろん」
「ふっ、面白い。しょせん人間風情の言うこと、通常ならば戯言と聞き流すところだ。だが、お前たちはよく戦った。実によく戦った。とくにお前の奮闘振りは賞賛に値するものであった。そのお前が言うからには我もまた真摯に対応しなければなるまいの」
「あいにくだがな。お前たちに褒められるつもりはない。お前たちが口にすべきはおれへの憎悪。おれへの怒りと憎しみ。ただ、それだけだ」
「ふっ、面白い。ならば、言わせてみるがいい。我をぶちのめし、我が部族ことごとくを殺し尽くし、我の口からきさまへの憎悪を吐き出させてみるがいい!」
「やってやるさ!」
鬼部の王と人類軍総将。ふたりの戦いがはじまった。その頃――。
ジェイたちが死力を尽くして鬼部の群れと戦っているその間、ハリエットやアーデルハイドたちもそれぞれの戦いをつづけていた。
ハリエットは馬車のなかを執務室にかえて移動の最中に諸国連合の主としての職務を果たしながら大陸中を巡った。各国に赴き、都市網国家の導入を認めさせるために。
「ただ、鬼部との戦いに勝利するだけでは、いつかまた人と人の争いがはじまるだけ。そんな無意味なことのためにこれほどの被害を出したというのですか? この戦いのあと、少しでも良い世界に、人と人が争う必要のない世界を生み出してこそ、死んでいった人たちも報われるのではありませんか?」
「たしかに、都市網国家を導入したところで人と人の争いがなくなるとは限りません。ですが、いままでとはちがう仕組みを考えてもいいのだ、導入してもいいのだ、と言う実例を作ることはできます。その実例が呼び水となり、さらに新しい試みが為され、いつかは本当に人と人が争わなくてすむ世界の仕組みが作られることでしょう。その世界の実現のためにいま、我々と共に歩んでくれませんか?」
ハリエットは訪れるすべての国でそう語りかけた。
王宮で、王や、宰相や、将軍に対してそう語るだけではない。時間の許す限り町中に出て市井の人々相手にそう語りかけた。草の根からの波を起こし、国内からかえていくために。
もちろん、自分で国を動かすことなど考えたこともない人々に、そんなことをいきなり語ったところでまともな反応など返ってくるはずもない。ほとんどの人間は『なにを言っているんだ?』と理解できないものを見る目で通りすぎていくだけ。しかし、ほんの少し、それこそ千人にひとり、万人にひとりの割で立ちどまり、耳を傾けるものもいる。そんなたったひとりのためにハリエットは街角で語りつづける。
それはまぎれもなく国内における秩序転覆の扇動であり、内政干渉。普通であればたちまちのうちに捕えられ、反逆者として処刑されるところだ。しかし、ハリエットはいまや一国の王であり、諸国連合の代表。さすがに、そんな立場の人間相手に軍を差し向けるわけにもいかない。ハリエットは自分の立場を最大限に生かして語りつづけた。
それだけではない。都市網国家の導入を進めるのと同時に各国間の条約の締結、争いのない世界を作るための全大陸規模での共通教育の導入、各国の王族の相互留学などを提案し、実現のための説得をつづけた。
共通教育とは未来を担う子どもたちに武力以外での問題解決を図るよう教育すること、王族の相互留学とは互いに王族を送り込むことで交流を深め、相互理解を進め、さらに、いざというときには人質にもできるようにすることで争いを未然に防ぐことを目的とするものだった。
すべては人と人との争いを終わらせるため、
新しい文明を築きあげるため、
人類の歴史を勝利させるためだった。
そして、それらの活動を書にしたため、須弥山に住む目覚めしものに送りつづけているのがアーデルハイドだった。
人類の取り組みを目覚めしものを通じて天界の神々に届けてもらい、人類こそが世界の管理者としてふさわしい。そう納得してもらうために。
「いつもながら精が出ますね、アーデルハイドさま」
にこやかにそう言ったのは目覚めしものの使役する式神だった。
最初のうちはベルンに手紙を運んでもらい、さらにチャップに届けてもらっていたのだが、最近では目覚めしものの方からこうして式神をよこしてくれるようになった。
「神々がわたしたち人類に対して好意的になってくれた。そう考えていいのですか?」
「さて、どうでしょう」
ほんの童子の姿の式神はにこやかに小首をかしげて見せた。
「しょせん、神々の思考など、わたしには計りかねますので」
「そう……ですね。たしかに、天界の神々がわたしたちと同じ思考をするなどと期待する方がまちがいなのでしょうね」
「では、どうします? これ以上、神々に手紙を送るのはやめにしますか?」
「いいえ。人類の未来のためにいま、わたしにできることはこれしかない。ならば、最後までつづけるだけです。これが今日の分。たしかに届けてください。そして、明日も、明後日も」
「はい」
と、童子の姿の式神は優しく微笑んだ。
「たしかに、神々にお届けします。お約束できるのは『届ける』と言うことだけですけどね」
「それで充分です」
アーデルハイドはそう答えた。
ジェイとカラガの戦いはつづいていた。
ジェイはすでに右腕と右目を失っていた。しかし、カラガもその全身に致命傷と言っていい傷を受けていた。大量の血が流れ、足元に血の沼を作っている。
そのまわりには何人もの人間たちの死体が転がっていた。ジェイに勝利させるべく、鬼部の王に隙を作るために生命を捨てて挑んだ人間たち。そのなかにはあのオグルの烈将アルノスさえいた。アルノスほどの戦士が犠牲になってなお、倒しきれない相手。
それが、鬼部の王カラガ。
しかし、人間たちの犠牲はたしかにカラガの力を削っていた。生命の炎を消そうとしていた。そして、ジェイには鬼部にはない、格闘の技と装備があった。人類の戦いの歴史のなかで磨き抜かれた技と、多くの人々の思いで作られた装備。それらの力がついに鬼部の圧倒的な体力を越えるときが来た。
ジェイの拳ついにカラガの心臓を貫いた。
鬼部の王が人間に敗北。それはおそらく、人類と鬼部の戦いがはじまって以来はじめてのことだったろう。その事実に――。
残った鬼部たちの間から嘆きの声がもれ出した。
それを合図とするかのように異変は起こった。
消える、消えていく、鬼界島が。
その場に残る鬼部たちとともに。
まるで、朝靄のなかに映る幻想のように。
「これは……」
呆然と立ちすくむジェイと、その隣に控えるアステスの前に目覚めしものの式神が現れた。にこやかに告げた。
「おめでとうございます。神々はあなた方の行動を認め、あなた方、人類をこそ世界の管理者として認めました。あなたたちの勝利です。もう二度と、人類と鬼部の戦いが起こることはありません」
式神はジェイたちの前だけではなく、ハリエットやアーデルハイドの前にも同時に姿を現わしていた。そして、同じことを告げた。
「では……わたしたちはもう二度と鬼部との戦いを体験しなくていいのですね?」
「はい。歴史はついに定まったのです。あなた方、人類の行動が神々の心を動かしたのです」
「鬼界島に残る鬼部は……人々はどうなるのです? やはり……消え去るのですか?」
「はい」
と、式神は無慈悲までににこやかに言った。
「人類の歴史が勝利した以上、鬼部の歴史はそのすべてが消え去ります。鬼部たちはもちろん、鬼部に飼われている人間たちも。それが、世界の掟なのです」
ジェイとアステスは立ち尽くしたまま消えゆく鬼界島の姿を目に焼き付けていた。
「おれたちが勝った……ということだな?」
「……はい。そのはずです」
ふたりとも、その声には喜びなどない。むしろ、拍子抜けしているような、そんな声。いきなりのことに実感が湧かないのだ。だが、鬼界島が消えていき、ついにその姿をなくしたとき、はっきりとそのことが実感できた。
「人類の勝利だ」
ジェイが残された左手をグッと握りしめ、そう宣言した。そのときだ。
「おーい、おーい!」
海の上から声がした。声の主を見たとき、ジェイもアステスも仰天した表情になった。
「ジャイボス、スタム! 生きていたのか!」
海に浮かんでいたのはまぎれもなく、もう何ヶ月も前に船ごと海のモクズとなったはずのジャイボスとスタムだった。ジャイボスは泳ぎながら笑って見せた。
「へっ。おれさまが死ぬもんかよ。なあ、スタム」
「う、うん……」
スタムもなにやら照れくさそうに笑っていた。
「まあ、船が沈んだときにはさすがにお終いかと思ったけどよ。うまいこと鬼界島に漂着したのさ。そんでまあ、逃げ出す機会を探して隠れてたんだけどよ。なんか、鬼界島が消えちまったから泳いで帰ってきたのさ」
「ふっ……」
「はは……」
その場に――。
人類の勝利を告げる笑い声が響き渡った。
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