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第二話 エンカウン攻防戦とはじまりの刻
一一章 戦う女たち
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「なるほど。これがエンカウンの町を守る新兵器、ファイブボウか」
アンドレアは防壁上に設置された巨大な弓形兵器を前に、満足げにうなずいた。昂然として胸をそびやかすその姿からは、自分たちの世界を守るために工夫にくふうを重ね、決死の戦いをつづける人類への限りない誇りが見て取れた。
実際、アンドレアにとって防壁上に設置されたこの巨大な弓形兵器は『人類は鬼部には決して屈しない』という断固たる医師の象徴そのものだった。見ていて誇らしくなるのも自然なことだった。
アンドレアはいま、エンカウンの防衛体勢を確認するために町中を視察して回っているところだった。誰に命令されたわけではない。『女は家庭にあって子を産み、育てることに専念すべし』との信条をもつ国王レオナルドが自分自身の未来の妻に向かってそんな仕事を与えるわけがなかった。
――誰かが与えてくれることなどまっていられるか。自分の仕事は自分で見つける。
その思いのもと、アンドレアが個人として『勝手に』視察しているのである。
――わたしは必ず、戦いの役に立ってみせる。そうして、レオナルドを納得させ、女たちを戦力として活用することを認めさせる。
その一念で。
アンドレアの隣には案内役として任命された女性が立っている。アンドレアより少し年上で、もともとは夫とふたり、パン屋としてパンを焼いて暮らしていたのだが、鬼部の襲撃が重なるにつれ、いても立ってもいられず、義勇兵として志願したのだという。
「『パン屋とは喧嘩するな』って言う格言まであるぐらいですからね。日々のパン作りで鍛えたこの腕力が役に立つなら、そりゃあ、戦うしかないでしょうよ」
そう言って高らかに笑うパン屋の女将だった。
毎日まいにち重い粉を運び、こね、叩きつける。そんな暮らしをしていれば筋肉は鍛えられ、自然と腕っ節は強くなる。『パン屋とは喧嘩するな』とはまさにそのことを差しているのだ。女性とは言え、日々、パン作りに励む女将ともなれば、その腕力はそこいらの文学青年などよりよほどたくましい。
アンドレアは女性の言葉に力強くうなずいた。
「見事な覚悟だ。まさに、あなたこそ戦う女性の鑑」
「いやですよ、そんな。あたし等がこうして戦えるのだって、アステスさまがこのファイブボウを作ってくださったおかげなんですから」
「アステスと言うと騎士団の副団長だったな。あの、やけに可愛らしい顔をした……」
「ええ。あたしらはアステスさまのことを陰で『天使さま』とお呼びしてるんですよ」
パン屋の女将はそう言って恥ずかしそうに笑った。夫君が見れば嫉妬に怒り狂いそうな表情ではあった。
「なるほど。あの副団長、背も低いし、体も小さいし、妙に華奢だし、強いようには見えなかったが、このような才があったわけか」
そう言えば、事務処理も手際よくこなしていたし、団員たちのこともよく把握していた。戦場でのパートナーと言うよりも騎士団の運営役として副団長に抜擢されたのか。
アンドレアはそう納得してうなずいた。
「たしかに、この武器はよくできているな。防壁上に設置された台から同時に五本の槍を放つとは。これなら狙いを付ける必要もない。とにかく発射すればどれかは当たる。いや、当たらなくてもいい。相手を警戒させて足止めさせることだけでも出来れば部隊を立て直す時間を稼げる。立派な戦力だ」
鬼部たちの戦い方は単純だ。
『策を弄する』という発想がないようで、搦め手で攻めてきたことはこれまでに一度もない。常に正面から押し寄せ、力で圧倒する。ただ、それだけ。それだけだからこそ、狙いも付けずに矢や槍を放っているだけでも効果がある。戦える。武器や防具をもたないことに加えてこの単純すぎるほど単純な戦いこそが、身体能力ではるかに劣る人間が鬼部と戦えている理由。もし、鬼部が人間並みの装備に身を固め、策を弄して戦うことを覚えれば人間などたちまちのうちに制圧されてしまうだろう。
――そう。そこが連中の奇妙なところなんだ。
アンドレアは心に思う。
――鬼部は能力は高く、戦意もさかん。それなのに、戦い方そのものはまったくの素人。まるで、戦争経験などまったくないかのようだ。しかも、武器も防具ももとうとしない。人間相手にこれだけ長く戦っているのだから、人間のもつ武器や防具の有効性はわかっているはず。それなのに、自分たちで作ろうとしないばかりか、人間の武器を奪って使うことすらしない。目の前にいくらでも剣や槍が転がっているというのに決して使おうとはせず、常に素手で向かってくる。その点ではむしろ、素人と言うより動物のようだ。武器を使えないほど知能が低いはずはないんだが……。
その辺りの不自然さに関してはレオナルドの婚約者にされる前、一介の騎士として戦場で戦っていた頃から感じていた。王都の研究班にとっても重要な考察対象となっているが、いまだにその理由についてはつかめていない。
「アンドレアさま?」
女将の声がした。急にむずかしい顔になって押し黙ってしまったアンドレアに奇異な視線を向けている。
「どうしました? 急に黙ったりして……」
「あ、ああ、いや、すまない。あまりに立派な武器なのでつい感銘を受けてな」
言われて女将は誇らしげに笑って見せた。
「ええ。これなら、あたしら、戦闘訓練を受けたことのない女でも使えますからね。みんなで弦を引いて、合図があったら手を放せばいいだけですから。アステスさまのおかげであたしらも町を守るために戦えるようになったんですよ」
そう言うパン屋の女将の両手のひらには血のにじんだ包帯が巻かれていた。もちろん、アンドレアはそのことに気が付いていた。理由も推測できた。何回、何十回とファイブボウの弦を引きつづけて手の皮が裂け、血が噴き出したのだ。そして、医薬品の足りない、というよりも、王都から支給してもらえないいまの状況では完全に止血することもできず、包帯に血がにじんでしまう。いまも傷口はジクジクと痛んでいるはず。それなのに、そんなことはおくびにも出さずに町を守るために戦えることに誇らしげに語っている……。
それを思うと、アンドレアはたちまち胸が熱くなった。ガッシリと女将の両手を握りしめた。血さえ止まっていない傷口をつかまれ、女将が悲鳴をあげる。アンドレアはあわてて手を放した。
「す、すまない……! つい、感動してしまって……。いや、本当に感服した。あなたは紛れもなくこの町を守った英雄だ」
熱のこもったアンドレアの賛辞に女将は――握りしめられたせいで痛みのぶり返した両手を振りながら――笑って見せた。
「いやですよ、そんな。この町に生きるものとして当然のことをしているだけなんですから。それに、あたしだけじゃありませんよ。この町の女たちはみんな、自分の生まれ故郷を守るために自分に出来ることを精一杯やっているんですからね。これぐらい、当たり前ですよ」
「うんうん、その謙虚さも素晴らしい。これからもその意気で頼むぞ。我々も全力で支援するからな」
「任せといてくださいよ。この町はあたしらの手で守ってみせます」
そう誇らしげに宣言し、力瘤を作ってみせる女将だった。
アンドレアはそれからも町中を視察して回った。町の外では大勢の女たちが赤ん坊を背負いながら、町を守るために死んだ仲間たちの遺体を運び、矢や槍を回収し、次の戦いに備えて手入れしている。男たちと一緒に狩りに出ては獣や魚を捕ってきて、せっせと燻製にし、非常食作りに励んでいる。薬草を採集し、医師や薬師のもとに運び、薬品作りの手伝いをしている。町中では少しでも鬼部が侵入しにくくなるようにと防壁の補修を行い、土嚢を用意し、守りを固めている。
鍛冶屋では年端もいかない少女までが、同じ年頃の少年たちと一緒に鉄を運び、武器と防具を作る手伝いをしている。もっと小さい女の子たちはさらに年少の子供たちを背負い、子守をしている。
ここでは男も、女もない。町の住人の誰もが役割を持ち、一致団結して町の防衛に当たっている。だからこそ、これまで防衛してこられたし、今回の侵攻にも持ちこたえることができたのだ。国王の政策によって女たちが家庭に閉じ込められ、子を産み、育てる道具としてのみ使われている王都や、その他の地域ではとうてい見られない光景だった。
――どうだ、見ているか、レオナルド。
誇らしさで胸をいっぱいにしながらアンドレアは思う。
――この町は女たちを戦力として活用することで町を守り抜いている。これこそ本来あり得るべき姿だ。まちがっているのはお前の方だ、レオナルド。
アンドレアはそう確信した。そして、思った。
この町の事例があればレオナルドを説き伏せることが出来る。
『子沢山の法令』を撤回させ、女たちを家庭から解き放ち、戦力として活用することができるようになる。しかし――。
視察中、アンドレアは女たちから心配する声を聞いた。
「アンドレアさま、噂で聞いたのですが、ジェイさまが国王陛下によって処罰されるというのは本当ですか?」
「騎士団長が⁉ 馬鹿な。そんなことがあるはずがない。騎士団長はこの町を守り抜いた英雄ではないか。山ほどの恩賞に囲まれこそすれ、処罰される理由などあるものか」
「でも……わたしたち女を働かせていたことがバレて、それで、法令違反として処罰されるって……」
「馬鹿な。いくら何でも、そんなことが……」
たしかに、レオナルドは徹底した法令遵守を掲げる冷徹な国王だ。その第一目標は秩序の維持にあり、秩序を乱すものには容赦なく排除する。しかし、だからと言って、町を守った英雄を処罰するほど愚かな人間ではないはずだ。
きっと、何かのまちがいだ。
おそらく、町を守った功績として恩賞を与えるという話がどこかでねじ曲がり、処罰云々という話になったにちがいない。きっと、そうだ……。
アンドレアはそう自分に言い聞かせた。しかし、まちがっていたのはアンドレアの方だった。
その日、騎士団長ジェイと副団長アステスのふたりが逮捕され、牢屋に放り込まれたという報が町中に流れた。そして、すぐに付け加えられた。
『騎士団長ジェイ並びに副団長アステス。以上、両名を戦勝記念の式場にて、国王自らが法令違反の罪で審判する』
それを聞いたアンドレアは激怒した。
「馬鹿な! そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
しかし、それは事実だった。アンドレアはあちこちを駆けまわって調べたが、そのいずれにおいても確実に審判が行われると聞かされた。そして、事実上、死罪になることも決まっていると。
ギリッ、と、アンドレアは歯を食いしばった。あまりに強く食いしばったので歯という歯がガタガタになってしまいそうなほどだった。
「……させない。そんなことは」
アンドレアはそう呟いた。
そして、水ごりして身を清めると、死装束に身を包んだ。
戦勝記念の式場に乗り込み、一命を賭して国王の愚行をとめる、そのために。
アンドレアは防壁上に設置された巨大な弓形兵器を前に、満足げにうなずいた。昂然として胸をそびやかすその姿からは、自分たちの世界を守るために工夫にくふうを重ね、決死の戦いをつづける人類への限りない誇りが見て取れた。
実際、アンドレアにとって防壁上に設置されたこの巨大な弓形兵器は『人類は鬼部には決して屈しない』という断固たる医師の象徴そのものだった。見ていて誇らしくなるのも自然なことだった。
アンドレアはいま、エンカウンの防衛体勢を確認するために町中を視察して回っているところだった。誰に命令されたわけではない。『女は家庭にあって子を産み、育てることに専念すべし』との信条をもつ国王レオナルドが自分自身の未来の妻に向かってそんな仕事を与えるわけがなかった。
――誰かが与えてくれることなどまっていられるか。自分の仕事は自分で見つける。
その思いのもと、アンドレアが個人として『勝手に』視察しているのである。
――わたしは必ず、戦いの役に立ってみせる。そうして、レオナルドを納得させ、女たちを戦力として活用することを認めさせる。
その一念で。
アンドレアの隣には案内役として任命された女性が立っている。アンドレアより少し年上で、もともとは夫とふたり、パン屋としてパンを焼いて暮らしていたのだが、鬼部の襲撃が重なるにつれ、いても立ってもいられず、義勇兵として志願したのだという。
「『パン屋とは喧嘩するな』って言う格言まであるぐらいですからね。日々のパン作りで鍛えたこの腕力が役に立つなら、そりゃあ、戦うしかないでしょうよ」
そう言って高らかに笑うパン屋の女将だった。
毎日まいにち重い粉を運び、こね、叩きつける。そんな暮らしをしていれば筋肉は鍛えられ、自然と腕っ節は強くなる。『パン屋とは喧嘩するな』とはまさにそのことを差しているのだ。女性とは言え、日々、パン作りに励む女将ともなれば、その腕力はそこいらの文学青年などよりよほどたくましい。
アンドレアは女性の言葉に力強くうなずいた。
「見事な覚悟だ。まさに、あなたこそ戦う女性の鑑」
「いやですよ、そんな。あたし等がこうして戦えるのだって、アステスさまがこのファイブボウを作ってくださったおかげなんですから」
「アステスと言うと騎士団の副団長だったな。あの、やけに可愛らしい顔をした……」
「ええ。あたしらはアステスさまのことを陰で『天使さま』とお呼びしてるんですよ」
パン屋の女将はそう言って恥ずかしそうに笑った。夫君が見れば嫉妬に怒り狂いそうな表情ではあった。
「なるほど。あの副団長、背も低いし、体も小さいし、妙に華奢だし、強いようには見えなかったが、このような才があったわけか」
そう言えば、事務処理も手際よくこなしていたし、団員たちのこともよく把握していた。戦場でのパートナーと言うよりも騎士団の運営役として副団長に抜擢されたのか。
アンドレアはそう納得してうなずいた。
「たしかに、この武器はよくできているな。防壁上に設置された台から同時に五本の槍を放つとは。これなら狙いを付ける必要もない。とにかく発射すればどれかは当たる。いや、当たらなくてもいい。相手を警戒させて足止めさせることだけでも出来れば部隊を立て直す時間を稼げる。立派な戦力だ」
鬼部たちの戦い方は単純だ。
『策を弄する』という発想がないようで、搦め手で攻めてきたことはこれまでに一度もない。常に正面から押し寄せ、力で圧倒する。ただ、それだけ。それだけだからこそ、狙いも付けずに矢や槍を放っているだけでも効果がある。戦える。武器や防具をもたないことに加えてこの単純すぎるほど単純な戦いこそが、身体能力ではるかに劣る人間が鬼部と戦えている理由。もし、鬼部が人間並みの装備に身を固め、策を弄して戦うことを覚えれば人間などたちまちのうちに制圧されてしまうだろう。
――そう。そこが連中の奇妙なところなんだ。
アンドレアは心に思う。
――鬼部は能力は高く、戦意もさかん。それなのに、戦い方そのものはまったくの素人。まるで、戦争経験などまったくないかのようだ。しかも、武器も防具ももとうとしない。人間相手にこれだけ長く戦っているのだから、人間のもつ武器や防具の有効性はわかっているはず。それなのに、自分たちで作ろうとしないばかりか、人間の武器を奪って使うことすらしない。目の前にいくらでも剣や槍が転がっているというのに決して使おうとはせず、常に素手で向かってくる。その点ではむしろ、素人と言うより動物のようだ。武器を使えないほど知能が低いはずはないんだが……。
その辺りの不自然さに関してはレオナルドの婚約者にされる前、一介の騎士として戦場で戦っていた頃から感じていた。王都の研究班にとっても重要な考察対象となっているが、いまだにその理由についてはつかめていない。
「アンドレアさま?」
女将の声がした。急にむずかしい顔になって押し黙ってしまったアンドレアに奇異な視線を向けている。
「どうしました? 急に黙ったりして……」
「あ、ああ、いや、すまない。あまりに立派な武器なのでつい感銘を受けてな」
言われて女将は誇らしげに笑って見せた。
「ええ。これなら、あたしら、戦闘訓練を受けたことのない女でも使えますからね。みんなで弦を引いて、合図があったら手を放せばいいだけですから。アステスさまのおかげであたしらも町を守るために戦えるようになったんですよ」
そう言うパン屋の女将の両手のひらには血のにじんだ包帯が巻かれていた。もちろん、アンドレアはそのことに気が付いていた。理由も推測できた。何回、何十回とファイブボウの弦を引きつづけて手の皮が裂け、血が噴き出したのだ。そして、医薬品の足りない、というよりも、王都から支給してもらえないいまの状況では完全に止血することもできず、包帯に血がにじんでしまう。いまも傷口はジクジクと痛んでいるはず。それなのに、そんなことはおくびにも出さずに町を守るために戦えることに誇らしげに語っている……。
それを思うと、アンドレアはたちまち胸が熱くなった。ガッシリと女将の両手を握りしめた。血さえ止まっていない傷口をつかまれ、女将が悲鳴をあげる。アンドレアはあわてて手を放した。
「す、すまない……! つい、感動してしまって……。いや、本当に感服した。あなたは紛れもなくこの町を守った英雄だ」
熱のこもったアンドレアの賛辞に女将は――握りしめられたせいで痛みのぶり返した両手を振りながら――笑って見せた。
「いやですよ、そんな。この町に生きるものとして当然のことをしているだけなんですから。それに、あたしだけじゃありませんよ。この町の女たちはみんな、自分の生まれ故郷を守るために自分に出来ることを精一杯やっているんですからね。これぐらい、当たり前ですよ」
「うんうん、その謙虚さも素晴らしい。これからもその意気で頼むぞ。我々も全力で支援するからな」
「任せといてくださいよ。この町はあたしらの手で守ってみせます」
そう誇らしげに宣言し、力瘤を作ってみせる女将だった。
アンドレアはそれからも町中を視察して回った。町の外では大勢の女たちが赤ん坊を背負いながら、町を守るために死んだ仲間たちの遺体を運び、矢や槍を回収し、次の戦いに備えて手入れしている。男たちと一緒に狩りに出ては獣や魚を捕ってきて、せっせと燻製にし、非常食作りに励んでいる。薬草を採集し、医師や薬師のもとに運び、薬品作りの手伝いをしている。町中では少しでも鬼部が侵入しにくくなるようにと防壁の補修を行い、土嚢を用意し、守りを固めている。
鍛冶屋では年端もいかない少女までが、同じ年頃の少年たちと一緒に鉄を運び、武器と防具を作る手伝いをしている。もっと小さい女の子たちはさらに年少の子供たちを背負い、子守をしている。
ここでは男も、女もない。町の住人の誰もが役割を持ち、一致団結して町の防衛に当たっている。だからこそ、これまで防衛してこられたし、今回の侵攻にも持ちこたえることができたのだ。国王の政策によって女たちが家庭に閉じ込められ、子を産み、育てる道具としてのみ使われている王都や、その他の地域ではとうてい見られない光景だった。
――どうだ、見ているか、レオナルド。
誇らしさで胸をいっぱいにしながらアンドレアは思う。
――この町は女たちを戦力として活用することで町を守り抜いている。これこそ本来あり得るべき姿だ。まちがっているのはお前の方だ、レオナルド。
アンドレアはそう確信した。そして、思った。
この町の事例があればレオナルドを説き伏せることが出来る。
『子沢山の法令』を撤回させ、女たちを家庭から解き放ち、戦力として活用することができるようになる。しかし――。
視察中、アンドレアは女たちから心配する声を聞いた。
「アンドレアさま、噂で聞いたのですが、ジェイさまが国王陛下によって処罰されるというのは本当ですか?」
「騎士団長が⁉ 馬鹿な。そんなことがあるはずがない。騎士団長はこの町を守り抜いた英雄ではないか。山ほどの恩賞に囲まれこそすれ、処罰される理由などあるものか」
「でも……わたしたち女を働かせていたことがバレて、それで、法令違反として処罰されるって……」
「馬鹿な。いくら何でも、そんなことが……」
たしかに、レオナルドは徹底した法令遵守を掲げる冷徹な国王だ。その第一目標は秩序の維持にあり、秩序を乱すものには容赦なく排除する。しかし、だからと言って、町を守った英雄を処罰するほど愚かな人間ではないはずだ。
きっと、何かのまちがいだ。
おそらく、町を守った功績として恩賞を与えるという話がどこかでねじ曲がり、処罰云々という話になったにちがいない。きっと、そうだ……。
アンドレアはそう自分に言い聞かせた。しかし、まちがっていたのはアンドレアの方だった。
その日、騎士団長ジェイと副団長アステスのふたりが逮捕され、牢屋に放り込まれたという報が町中に流れた。そして、すぐに付け加えられた。
『騎士団長ジェイ並びに副団長アステス。以上、両名を戦勝記念の式場にて、国王自らが法令違反の罪で審判する』
それを聞いたアンドレアは激怒した。
「馬鹿な! そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
しかし、それは事実だった。アンドレアはあちこちを駆けまわって調べたが、そのいずれにおいても確実に審判が行われると聞かされた。そして、事実上、死罪になることも決まっていると。
ギリッ、と、アンドレアは歯を食いしばった。あまりに強く食いしばったので歯という歯がガタガタになってしまいそうなほどだった。
「……させない。そんなことは」
アンドレアはそう呟いた。
そして、水ごりして身を清めると、死装束に身を包んだ。
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