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第七話 ときにはこんな休日を
三七章 見合いはよそでやってくれ!
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「おおっ!」
ハリエット、ジェイ、アステス、その三人がそろって感嘆の声をあげた。
人形使いシバキ。
家屋建築士カキン。
都市設計者コウケン。
星詠みの王国オウランからやってきた三人の男たち(注)による家型のゴーレム、『ゴーホーム』のお披露目の場であった。
『ゴーホーム』とは、言うまでもなくゴーレム+ホームの造語であるが、同時に敵である鬼部に対し『自分の家に帰れ!』と叫びかけるための名前でもある。いま、新しき国の女王ハリエット、その第一の騎士にして騎士団長たるジェイ、その補佐役である副団長アステスの三人の前で、ゴーホームの性能を示すための模擬戦が行われたのだった。
ジェイの部下一〇人を向こうに回し、ゴーホームは見事、なかの住人を守り抜いた。ハリエットたちの感嘆の声はその性能の見事さに対するものだった。
「……驚きました。まさか、家型のゴーレムなどと言う発想があろうとは」
「まったくです。動きの遅いゴーレムでは鬼部相手の戦闘の役には立たないとばかり思い込んでいましたが……まさか、このような使い方があったとは」
「たしかに。自らの意思で住人を守る家。これが大陸中に広まれば、人々の守りは家そのものに任せて、人間の兵士は攻勢に専念できます。これは、戦況を一変させる可能性をもったとてつもない発明です」
ハリエットが、ジェイが、アステスが、口々に褒め称える。それを聞いた遙か東の国オウランからやってきた三人の男はいずれも鼻高々な様子だった。
とくに、人形使いのシバキは胸をそっくり返すようにしてふんぞり返っており、何とも得意気な様子。人によっては傲慢と思い、不快になりそうな態度である。しかし、それはシバキのことを知らないから。ここに至るまでにシバキがさんざんになめてきた苦渋の味を知れば、その姿を応援したくなりこそすれ、不快に思うことはないだろう……。
「素晴らしい模擬戦でした。ゴーホームの性能、たしかに承知しました。すぐに国中に広めてください」
「はっ!」
ハリエットの言葉にオウランからやってきた三人の男たちは声をそろえて答えた。
ふと、ジェイが首をひねった。
「しかし、気になるのだが……貴公たちはゴーホームを大陸中に広めようとしているのだろう? レオンハルトには行かなかったのか?」
「それが……」
と、シバキは苦いものを噛んだような表情になった。
「国王レオナルド陛下から門前払いを食らいまして……」
「門前払いだと? 話を聞いてもらうことさえ出来なかったと言うのか?」
「……はい」
「あの御仁らしい話ですよ」
副団長のアステスが露骨な蔑みを込めて吐き捨てた。『紅顔の美少年』という表現そのままの愛らしい顔立ちに、忌々しいと言わんばかりの表情が浮いている。
「あの国王三きょうだいは自分たちの力だけで鬼部を倒せると思っている。他人の提案なんて聞くわけがない」
「言い過ぎだ、アステス」
指揮官であるジェイが、腹心の補佐官であるアステスを窘めた。
「国王三きょうだいの末弟、勇者ガヴァンは、仮にもハリエット陛下の婚約者であった人物だ。陛下のお気持ちを考えろ」
「……はっ」
ジェイに言われてアステスは、まるで拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまった。
それを見たハリエット、いまや『陛下』と呼ばれる立場になった新しき国の女王は、ジェイの方にこそ注意した。
「いいのですよ、ジェイ団長。しょせん、わたしとガヴァンさまの関係は国によって決められた政略に過ぎません。お互い、愛情などもってはいなかった。まして、今となってはなんの関係もない御仁。わたしに気を使う必要はありません」
「陛下がそう仰るのであれば」
いかにも忠実な騎士らしく、しゃちほこばって答えるジェイを見て、アステスはますますふくれた様子だった。
「陛下のお言葉を賜るたびにそんなに緊張して固くなられて。いっそ、陛下のおそばにはご自分の銅像を置いておかれてはいかがですか。誰も見分けなんて付きませんよ」
「どういう意味だ、それは⁉」
「別に」
と、アステスは完全にそっぽを向いてしまう。
そんなふたりのやり取りを見てハリエットは微笑ましそうに笑って見せた。
「ふふ。おふたりとも、本当に仲がよろしいのですね。まるで、恋仲の男女を見ているよう」
「どういう意味ですか⁉」
ジェイとアステス、ふたりの叫びが見事に重なったのだった。
急ごしらえの執務室で、女王たるハリエットはジェイとアステスのふたりから各種の報告を聞いていた。
「ゴーホームが普及すれば防衛力は格段に強化されます。とは言え、そうたやすく広められるものではない。さしあたっては従来通り、堀と土壁を張り巡らすことで対処することになります」
「作業に関しては、スミクトル、オグル、ポリエバトル三カ国の軍人たちが協力してくれるので格段に効率的になりました。土壁を二重に巡らし、その間に水を湛えて水堀とします。第一の土壁を跳び越えた鬼部が水堀に落ちたところを、第二の土壁から攻撃する。その二段構えの防壁です。そのために、第二の土壁の上には防衛用の兵器を設置します。また、水堀は井戸のかわりであり、魚や貝を育てるための養殖場としても機能します」
「兵士たちのなかには手足を失っているものも多くいましたが、意動工肢のおかげで何不自由なく行動できるようになりました。生身の頃より反応が早く、力も強い。これなら鬼部とも戦える、と、士気もあがっております」
「食糧に関してはアーデルハイドさまから届けられたリンゴの木を植え付けているところです。話の通りなら二年ほどでかなりの量の収穫が得られるはず。当面の間は、通常の作物を栽培すると共に、周辺の獣たちを狩ることで確保します。また、燻製肉を大量に作り、籠城戦に備えます」
「馬の繁殖場の整備が終わりました。すでに希望者が繁殖に取り組んでおります。馬の繁殖が軌道に乗れば、ポリエバトルとの交易で安定した収入を得られることでしょう」
ジェイとアステス、ふたりが交互に述べる報告を聞いて、ハリエットは重々しくうなずいた。
「軍備、食糧、経済。すべての面で国としての体裁が整いつつあるようですね」
「はい。ですが、気がかりなのはエンカウンです」
そう言うジェイの表情が曇った。アステスの愛らしい顔も。もとはエンカウン騎士団の団長と副団長だった身。国王レオナルドとその弟たちを見限り、追放されたハリエットの後を追ってここまできたとは言え、エンカウンのことを忘れたわけではない。やはり、鬼部の襲撃にさらされつづけているかの地のことは気にかかる。
「報告によれば昼夜を問わぬ鬼部の攻撃によってかなりの劣勢に追い込まれているとか。エンカウンが陥落すればいよいよこの地も鬼部たちの攻撃にさらされることになります」
「事実、小鬼たちの目撃情報も増えています。早急に準備を整える必要があります」
言われて今度はハリエットが表情を曇らせた。
「勇者ガヴァンさまとその一行が鬼界島に乗り込み、なんの成果もないままに帰ってきたそうですね」
「……はい」
「馬鹿げた話です」
アステスが遠慮もためらいもなく吐き捨てた。
「鬼界島の地理も、敵の本拠地も、何ひとつわからないままに乗り込み、鬼王討伐を目指すなど。失敗して当然。あの勇者はどうかしているとしか思えません」
「しかも、今度は熊猛紅蓮隊が乗り込むとか」
と、ジェイ。こちらはアステスほど露骨に示しはしないがやはり、国王三きょうだいに対する怒りと苛立ちを含んでいる。
「無謀な話です。なんの情報もないままに敵の本拠地目指して軍を送り込むなど。補給ひとつままならないでしょうに。まして、町の守りはどうするつもりなのか。防衛戦は数の勝負。勇者ひとりの力でどうにか出来るものではないと言うのに」
「……やはり、エンカウンの陥落は避けられないでしょうか」
「確実です」
きっぱりと――。
ジェイはそう言い切った。
「あのきょうだいは自分たちが攻めることばかりで、守ることも、引くことも、他者と協力することも知りません。まして、陛下を追放したことにより各国の支持を失ったいま、完全に孤立しています。陥落は時間の問題です」
「……我々の手で支援することは出来ないでしょうか?」
「無理です」
今度はアステスが言い切った。その言葉にはハリエットの甘さを責める響きがあった。
「我々の軍備はいまだ脆弱であり、食糧の備蓄もわずか。エンカウン支援のために遠征したりすれば、鬼部の大群に呑み込まれ、全滅することは目に見えています」
「そう……ですね」
「陛下。陛下のお気持ちはわかるつもりです。ですが、ここはどうかご辛抱ください。いま、この地には鬼部の襲撃から逃れた人々が続々と集まりつつあります。市井の民とは言え、鬼部の手を逃れてここまでたどり着くだけの気力と体力をもった人間たち。なによりも、鬼部に対する深い怒りと復讐心をもっています。かの人たちのなかからとくに体力に優れたものを選抜し、軍として編成している最中です。あと二年、二年の時があればこの地はエンカウンと同等、いえ、それ以上に強力な人類の防衛拠点となることでしょう。それまで、ご辛抱ください」
「それまで、耐えつづけるしかないのですね」
「その通りです、陛下」
ジェイとアステスが同時に答えた。
しばしの間、その場を重苦しい沈黙が支配した。
くすり、と、ふいにハリエットが微笑んで見せた。突然の表情の変化にジェイが戸惑った声をあげた。
「どうかなさいましたか、陛下?」
「いえ、なんだかおかしな気分になってしまって」
「おかしな気分?」
「ええ。いつの間にか『陛下』と呼ばれる身分になったのだなあと。ふふ。わたしのように地味で貧相な娘にはあまりにも似合わない呼称ですよね。フィオナのように高貴な光彩に包まれた貴婦人か、スヴェトラーナのような妖艶な美女であれば似合うでしょうに」
「いえ! 陛下は大陸随一の愛らしい女王陛下です」
「えっ?」
「あ、いえ……」
思わず口を滑らしたジェイにハリエットは目を丸くした。ジェイは口ごもり、頬を赤くする。すると、ハリエットも恥ずかしさが込みあげてきたらしい。一〇代の少女のように頬を赤く染め、うつむいてしまった。
ふたりはしばらくの間、頬を真っ赤に染めてモジモジしていた。たまりかねたアステスの叫びが響いた。
「ここは見合いの場ではありません!」
※注 シバキたちに関しては『自分は戦士じゃないけれど』第三話『ゴーレムが人型だって誰が決めた?』参照。
ハリエット、ジェイ、アステス、その三人がそろって感嘆の声をあげた。
人形使いシバキ。
家屋建築士カキン。
都市設計者コウケン。
星詠みの王国オウランからやってきた三人の男たち(注)による家型のゴーレム、『ゴーホーム』のお披露目の場であった。
『ゴーホーム』とは、言うまでもなくゴーレム+ホームの造語であるが、同時に敵である鬼部に対し『自分の家に帰れ!』と叫びかけるための名前でもある。いま、新しき国の女王ハリエット、その第一の騎士にして騎士団長たるジェイ、その補佐役である副団長アステスの三人の前で、ゴーホームの性能を示すための模擬戦が行われたのだった。
ジェイの部下一〇人を向こうに回し、ゴーホームは見事、なかの住人を守り抜いた。ハリエットたちの感嘆の声はその性能の見事さに対するものだった。
「……驚きました。まさか、家型のゴーレムなどと言う発想があろうとは」
「まったくです。動きの遅いゴーレムでは鬼部相手の戦闘の役には立たないとばかり思い込んでいましたが……まさか、このような使い方があったとは」
「たしかに。自らの意思で住人を守る家。これが大陸中に広まれば、人々の守りは家そのものに任せて、人間の兵士は攻勢に専念できます。これは、戦況を一変させる可能性をもったとてつもない発明です」
ハリエットが、ジェイが、アステスが、口々に褒め称える。それを聞いた遙か東の国オウランからやってきた三人の男はいずれも鼻高々な様子だった。
とくに、人形使いのシバキは胸をそっくり返すようにしてふんぞり返っており、何とも得意気な様子。人によっては傲慢と思い、不快になりそうな態度である。しかし、それはシバキのことを知らないから。ここに至るまでにシバキがさんざんになめてきた苦渋の味を知れば、その姿を応援したくなりこそすれ、不快に思うことはないだろう……。
「素晴らしい模擬戦でした。ゴーホームの性能、たしかに承知しました。すぐに国中に広めてください」
「はっ!」
ハリエットの言葉にオウランからやってきた三人の男たちは声をそろえて答えた。
ふと、ジェイが首をひねった。
「しかし、気になるのだが……貴公たちはゴーホームを大陸中に広めようとしているのだろう? レオンハルトには行かなかったのか?」
「それが……」
と、シバキは苦いものを噛んだような表情になった。
「国王レオナルド陛下から門前払いを食らいまして……」
「門前払いだと? 話を聞いてもらうことさえ出来なかったと言うのか?」
「……はい」
「あの御仁らしい話ですよ」
副団長のアステスが露骨な蔑みを込めて吐き捨てた。『紅顔の美少年』という表現そのままの愛らしい顔立ちに、忌々しいと言わんばかりの表情が浮いている。
「あの国王三きょうだいは自分たちの力だけで鬼部を倒せると思っている。他人の提案なんて聞くわけがない」
「言い過ぎだ、アステス」
指揮官であるジェイが、腹心の補佐官であるアステスを窘めた。
「国王三きょうだいの末弟、勇者ガヴァンは、仮にもハリエット陛下の婚約者であった人物だ。陛下のお気持ちを考えろ」
「……はっ」
ジェイに言われてアステスは、まるで拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまった。
それを見たハリエット、いまや『陛下』と呼ばれる立場になった新しき国の女王は、ジェイの方にこそ注意した。
「いいのですよ、ジェイ団長。しょせん、わたしとガヴァンさまの関係は国によって決められた政略に過ぎません。お互い、愛情などもってはいなかった。まして、今となってはなんの関係もない御仁。わたしに気を使う必要はありません」
「陛下がそう仰るのであれば」
いかにも忠実な騎士らしく、しゃちほこばって答えるジェイを見て、アステスはますますふくれた様子だった。
「陛下のお言葉を賜るたびにそんなに緊張して固くなられて。いっそ、陛下のおそばにはご自分の銅像を置いておかれてはいかがですか。誰も見分けなんて付きませんよ」
「どういう意味だ、それは⁉」
「別に」
と、アステスは完全にそっぽを向いてしまう。
そんなふたりのやり取りを見てハリエットは微笑ましそうに笑って見せた。
「ふふ。おふたりとも、本当に仲がよろしいのですね。まるで、恋仲の男女を見ているよう」
「どういう意味ですか⁉」
ジェイとアステス、ふたりの叫びが見事に重なったのだった。
急ごしらえの執務室で、女王たるハリエットはジェイとアステスのふたりから各種の報告を聞いていた。
「ゴーホームが普及すれば防衛力は格段に強化されます。とは言え、そうたやすく広められるものではない。さしあたっては従来通り、堀と土壁を張り巡らすことで対処することになります」
「作業に関しては、スミクトル、オグル、ポリエバトル三カ国の軍人たちが協力してくれるので格段に効率的になりました。土壁を二重に巡らし、その間に水を湛えて水堀とします。第一の土壁を跳び越えた鬼部が水堀に落ちたところを、第二の土壁から攻撃する。その二段構えの防壁です。そのために、第二の土壁の上には防衛用の兵器を設置します。また、水堀は井戸のかわりであり、魚や貝を育てるための養殖場としても機能します」
「兵士たちのなかには手足を失っているものも多くいましたが、意動工肢のおかげで何不自由なく行動できるようになりました。生身の頃より反応が早く、力も強い。これなら鬼部とも戦える、と、士気もあがっております」
「食糧に関してはアーデルハイドさまから届けられたリンゴの木を植え付けているところです。話の通りなら二年ほどでかなりの量の収穫が得られるはず。当面の間は、通常の作物を栽培すると共に、周辺の獣たちを狩ることで確保します。また、燻製肉を大量に作り、籠城戦に備えます」
「馬の繁殖場の整備が終わりました。すでに希望者が繁殖に取り組んでおります。馬の繁殖が軌道に乗れば、ポリエバトルとの交易で安定した収入を得られることでしょう」
ジェイとアステス、ふたりが交互に述べる報告を聞いて、ハリエットは重々しくうなずいた。
「軍備、食糧、経済。すべての面で国としての体裁が整いつつあるようですね」
「はい。ですが、気がかりなのはエンカウンです」
そう言うジェイの表情が曇った。アステスの愛らしい顔も。もとはエンカウン騎士団の団長と副団長だった身。国王レオナルドとその弟たちを見限り、追放されたハリエットの後を追ってここまできたとは言え、エンカウンのことを忘れたわけではない。やはり、鬼部の襲撃にさらされつづけているかの地のことは気にかかる。
「報告によれば昼夜を問わぬ鬼部の攻撃によってかなりの劣勢に追い込まれているとか。エンカウンが陥落すればいよいよこの地も鬼部たちの攻撃にさらされることになります」
「事実、小鬼たちの目撃情報も増えています。早急に準備を整える必要があります」
言われて今度はハリエットが表情を曇らせた。
「勇者ガヴァンさまとその一行が鬼界島に乗り込み、なんの成果もないままに帰ってきたそうですね」
「……はい」
「馬鹿げた話です」
アステスが遠慮もためらいもなく吐き捨てた。
「鬼界島の地理も、敵の本拠地も、何ひとつわからないままに乗り込み、鬼王討伐を目指すなど。失敗して当然。あの勇者はどうかしているとしか思えません」
「しかも、今度は熊猛紅蓮隊が乗り込むとか」
と、ジェイ。こちらはアステスほど露骨に示しはしないがやはり、国王三きょうだいに対する怒りと苛立ちを含んでいる。
「無謀な話です。なんの情報もないままに敵の本拠地目指して軍を送り込むなど。補給ひとつままならないでしょうに。まして、町の守りはどうするつもりなのか。防衛戦は数の勝負。勇者ひとりの力でどうにか出来るものではないと言うのに」
「……やはり、エンカウンの陥落は避けられないでしょうか」
「確実です」
きっぱりと――。
ジェイはそう言い切った。
「あのきょうだいは自分たちが攻めることばかりで、守ることも、引くことも、他者と協力することも知りません。まして、陛下を追放したことにより各国の支持を失ったいま、完全に孤立しています。陥落は時間の問題です」
「……我々の手で支援することは出来ないでしょうか?」
「無理です」
今度はアステスが言い切った。その言葉にはハリエットの甘さを責める響きがあった。
「我々の軍備はいまだ脆弱であり、食糧の備蓄もわずか。エンカウン支援のために遠征したりすれば、鬼部の大群に呑み込まれ、全滅することは目に見えています」
「そう……ですね」
「陛下。陛下のお気持ちはわかるつもりです。ですが、ここはどうかご辛抱ください。いま、この地には鬼部の襲撃から逃れた人々が続々と集まりつつあります。市井の民とは言え、鬼部の手を逃れてここまでたどり着くだけの気力と体力をもった人間たち。なによりも、鬼部に対する深い怒りと復讐心をもっています。かの人たちのなかからとくに体力に優れたものを選抜し、軍として編成している最中です。あと二年、二年の時があればこの地はエンカウンと同等、いえ、それ以上に強力な人類の防衛拠点となることでしょう。それまで、ご辛抱ください」
「それまで、耐えつづけるしかないのですね」
「その通りです、陛下」
ジェイとアステスが同時に答えた。
しばしの間、その場を重苦しい沈黙が支配した。
くすり、と、ふいにハリエットが微笑んで見せた。突然の表情の変化にジェイが戸惑った声をあげた。
「どうかなさいましたか、陛下?」
「いえ、なんだかおかしな気分になってしまって」
「おかしな気分?」
「ええ。いつの間にか『陛下』と呼ばれる身分になったのだなあと。ふふ。わたしのように地味で貧相な娘にはあまりにも似合わない呼称ですよね。フィオナのように高貴な光彩に包まれた貴婦人か、スヴェトラーナのような妖艶な美女であれば似合うでしょうに」
「いえ! 陛下は大陸随一の愛らしい女王陛下です」
「えっ?」
「あ、いえ……」
思わず口を滑らしたジェイにハリエットは目を丸くした。ジェイは口ごもり、頬を赤くする。すると、ハリエットも恥ずかしさが込みあげてきたらしい。一〇代の少女のように頬を赤く染め、うつむいてしまった。
ふたりはしばらくの間、頬を真っ赤に染めてモジモジしていた。たまりかねたアステスの叫びが響いた。
「ここは見合いの場ではありません!」
※注 シバキたちに関しては『自分は戦士じゃないけれど』第三話『ゴーレムが人型だって誰が決めた?』参照。
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