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育てたい、この天然
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翌日のティータイムにも、やはりピンク色の旋風が舞い込んできた。
「エレノア様!やっぱりここにいらっしゃったのですね!」
リリアーナは、わたくしの姿を発見するなり、真っ直ぐ駆け寄ってきて椅子を引いた。周囲にいたわたくしの取り巻き――というよりは、わたくしに同調しているように振る舞っているだけの令嬢たち――は、一瞬ぎょっとして顔を引きつらせている。
ああ、彼女の辞書には『遠慮』や『躊躇』という言葉が一切載っていないらしい。
それはそれで素晴らしいことではあるが、少々無防備すぎて心配になる。
「リリアーナ、もう少し静かにして貰ってもよろしいかしら?ここは一応、子爵家以上の貴族専用の席よ」
「ごめんなさい!嬉しくてつい!わあっ、美味しそうなお菓子!わたしもいただきまーす!」
謝罪の言葉にもまったく反省の色はなく、リリアーナは満面の笑顔で、用意されていたプチガトーを頬張り始めた。むしろ、わたくしに諭されて喜んでいる節すらある。
「それで、今日は一体何のご用?」
「もふもふ……ごっくん……んんっ、実はわたし、エレノア様のためにクッキーを焼いてきたんです!」
そう言って彼女が取り出したのは、可愛らしいピンクのリボンで丁寧に包まれた紙袋であった。
嫌な予感がしたが、リリアーナの目は既にきらきらと輝いており、逃れる術はなさそうだ。
「……あなたが、ご自身でお作りになったの?」
「ええ!わたし、村にいた頃からお菓子作りが大好きなんです!」
彼女の『平凡な村娘』という設定は、どうにもこうにも崩れ去っているが、今それを指摘しても仕方ない。
ため息を心の中だけで押し殺し、包みを受け取ると、中からはやはり、ピンク色の砂糖菓子でコーティングされたクッキーが現れた。焼き加減は多少いびつではあるものの、意外にも良い香りが鼻をくすぐった。
「……ふぅん」
「さ、どうぞ召し上がってください!」
何だか、ずいぶん期待されているようだ。周囲の視線も一気にわたくしの手元に集中する。
ここまできたら食べないわけにはいかない。慎重に一口かじると――予想に反して、きちんと美味しかった。
「まあ、悪くない味ね」
控えめに言ったつもりだが、リリアーナはもう今にも踊り出しそうなくらい喜んでいる。
「やった!エレノア様に褒められちゃいました!」
彼女の周囲には、既に『またあの子がエレノア様を困らせているわ』という視線が刺さっている。しかし、そのような敵意を浴びても彼女は一向に気づかず、純粋に幸せそうである。もはや憐憫さえ覚えるほどだ。
それから毎日、リリアーナは色々な『手作りの品』をわたくしに献上してきた。
ある日は不思議な色をしたジャム、ある日は不揃いな花冠、またある日は斬新すぎるデザインのハンカチ。すべて微妙に残念な出来ではあったものの、何故だろう、だんだんそれが楽しみになってきた。
そんな日々が数週間続いたある日、予期せぬ事件が起こった。
「あ、あのっ……エレノア様!」
朝の教室で、珍しく真っ青になったリリアーナが駆け込んできた。いつもの明るさは影を潜め、涙目で今にも泣きそうな表情だ。
「どうしましたの?」
まさかの変化に、わたくしも思わず真顔になる。
「わ、わたし、皆に怒られてしまったんです!エレノア様に迷惑をかけているって……それで、『もう話しかけるな』って言われちゃって……!」
ああ、なるほど――ついに取り巻きたちが動いたらしい。
「それで、あなたはどうするおつもり?」
わたくしが淡々と尋ねると、リリアーナは真剣な表情で答えた。
「迷惑をかけるのは嫌だけど……でも、わたし、エレノア様ともっと仲良くなりたいんです!」
なんて正直な子なのだろう。その単純さに、わたくしは思わず吹き出しそうになった。
まったく、この子の天然さには本当に参ってしまう。
ならば――。
わたくしは、わざと周囲にも聞こえるように、ゆっくりと微笑みながら口を開いた。
「迷惑だなんて、そんなことはありませんわ。むしろ、あなたが来ないと退屈で仕方ありません」
その瞬間、教室がざわりと揺れた。だが、そんなことは知ったことではない。
「え、エレノア様……!」
「これからも、楽しくやりましょう。あなたが育つのを見るのが、最近のわたくしの楽しみですもの」
「そ、育つ……?」
意味が分からず首をかしげるリリアーナに、わたくしは優しく微笑んだ。
――この子がこの学園に巻き起こす騒動の数々、ぜひとも最後まで見届けなくては損というものだ。
「さあ、泣き顔なんてあなたには似合いませんよ。いつものように元気にお笑いなさい」
「はい!」
リリアーナは頬を紅潮させ、破顔した。
その笑顔を見ながら、わたくしは改めて確信する。
この桃色の髪の天然ヒロイン、ますます育てがいがありそうで、本当に楽しみだ。
「エレノア様!やっぱりここにいらっしゃったのですね!」
リリアーナは、わたくしの姿を発見するなり、真っ直ぐ駆け寄ってきて椅子を引いた。周囲にいたわたくしの取り巻き――というよりは、わたくしに同調しているように振る舞っているだけの令嬢たち――は、一瞬ぎょっとして顔を引きつらせている。
ああ、彼女の辞書には『遠慮』や『躊躇』という言葉が一切載っていないらしい。
それはそれで素晴らしいことではあるが、少々無防備すぎて心配になる。
「リリアーナ、もう少し静かにして貰ってもよろしいかしら?ここは一応、子爵家以上の貴族専用の席よ」
「ごめんなさい!嬉しくてつい!わあっ、美味しそうなお菓子!わたしもいただきまーす!」
謝罪の言葉にもまったく反省の色はなく、リリアーナは満面の笑顔で、用意されていたプチガトーを頬張り始めた。むしろ、わたくしに諭されて喜んでいる節すらある。
「それで、今日は一体何のご用?」
「もふもふ……ごっくん……んんっ、実はわたし、エレノア様のためにクッキーを焼いてきたんです!」
そう言って彼女が取り出したのは、可愛らしいピンクのリボンで丁寧に包まれた紙袋であった。
嫌な予感がしたが、リリアーナの目は既にきらきらと輝いており、逃れる術はなさそうだ。
「……あなたが、ご自身でお作りになったの?」
「ええ!わたし、村にいた頃からお菓子作りが大好きなんです!」
彼女の『平凡な村娘』という設定は、どうにもこうにも崩れ去っているが、今それを指摘しても仕方ない。
ため息を心の中だけで押し殺し、包みを受け取ると、中からはやはり、ピンク色の砂糖菓子でコーティングされたクッキーが現れた。焼き加減は多少いびつではあるものの、意外にも良い香りが鼻をくすぐった。
「……ふぅん」
「さ、どうぞ召し上がってください!」
何だか、ずいぶん期待されているようだ。周囲の視線も一気にわたくしの手元に集中する。
ここまできたら食べないわけにはいかない。慎重に一口かじると――予想に反して、きちんと美味しかった。
「まあ、悪くない味ね」
控えめに言ったつもりだが、リリアーナはもう今にも踊り出しそうなくらい喜んでいる。
「やった!エレノア様に褒められちゃいました!」
彼女の周囲には、既に『またあの子がエレノア様を困らせているわ』という視線が刺さっている。しかし、そのような敵意を浴びても彼女は一向に気づかず、純粋に幸せそうである。もはや憐憫さえ覚えるほどだ。
それから毎日、リリアーナは色々な『手作りの品』をわたくしに献上してきた。
ある日は不思議な色をしたジャム、ある日は不揃いな花冠、またある日は斬新すぎるデザインのハンカチ。すべて微妙に残念な出来ではあったものの、何故だろう、だんだんそれが楽しみになってきた。
そんな日々が数週間続いたある日、予期せぬ事件が起こった。
「あ、あのっ……エレノア様!」
朝の教室で、珍しく真っ青になったリリアーナが駆け込んできた。いつもの明るさは影を潜め、涙目で今にも泣きそうな表情だ。
「どうしましたの?」
まさかの変化に、わたくしも思わず真顔になる。
「わ、わたし、皆に怒られてしまったんです!エレノア様に迷惑をかけているって……それで、『もう話しかけるな』って言われちゃって……!」
ああ、なるほど――ついに取り巻きたちが動いたらしい。
「それで、あなたはどうするおつもり?」
わたくしが淡々と尋ねると、リリアーナは真剣な表情で答えた。
「迷惑をかけるのは嫌だけど……でも、わたし、エレノア様ともっと仲良くなりたいんです!」
なんて正直な子なのだろう。その単純さに、わたくしは思わず吹き出しそうになった。
まったく、この子の天然さには本当に参ってしまう。
ならば――。
わたくしは、わざと周囲にも聞こえるように、ゆっくりと微笑みながら口を開いた。
「迷惑だなんて、そんなことはありませんわ。むしろ、あなたが来ないと退屈で仕方ありません」
その瞬間、教室がざわりと揺れた。だが、そんなことは知ったことではない。
「え、エレノア様……!」
「これからも、楽しくやりましょう。あなたが育つのを見るのが、最近のわたくしの楽しみですもの」
「そ、育つ……?」
意味が分からず首をかしげるリリアーナに、わたくしは優しく微笑んだ。
――この子がこの学園に巻き起こす騒動の数々、ぜひとも最後まで見届けなくては損というものだ。
「さあ、泣き顔なんてあなたには似合いませんよ。いつものように元気にお笑いなさい」
「はい!」
リリアーナは頬を紅潮させ、破顔した。
その笑顔を見ながら、わたくしは改めて確信する。
この桃色の髪の天然ヒロイン、ますます育てがいがありそうで、本当に楽しみだ。
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