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無口な獣人と出会った日
01.出会い
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職業斡旋所に併設された食堂は、夕方になると一気に騒がしくなる。ランプの煤でくすんだ木製の壁も、汚れがしみになった床も、気にする請負人なんかいない。大切なことは安く腹を満たすパンとスープ、そして喉を潤すエールが飲めることだ。
今日の成果、ケチな依頼主の愚痴、次の仕事の計画。笑い声と酒臭い空気が飛び交うなか、オレはいつもの壁際の席でぬるくなったスープをすすっていた。
どこからか、新しく入ったメンバーを大きな声で褒める声が聞こえてくる。
ああ、あれは。あの笑い声は、少し前までオレがいたパーティの物だ。
一体、何がダメだったんだろう。ずっとソロだったオレが金級へのランクアップを狙って加入した銀級で構成されたパーティ。気を遣って、出来ることを片っ端からやって、頑張ったつもりだったのに。役割分担がはっきりしていたパーティの中で、なんでもやろうとしたオレは微妙に浮いて、どこかで歯車がかみ合わなくなった。自分の一番の得意である弓で貢献することだけに集中したところで、今度は手を抜いていると言われる始末。
きちんと依頼料を分配してくれたんだから良識のあるパーティだったが、どうにも合わずに自分から脱退すると言ったあの日。パーティの纏め役の剣士が浮かべた、ホッとしたような笑顔が目に焼き付いている。
どうすれば良かったのか。所詮、田舎者の自分には金級など夢なのか。
堂々巡りの思考に沈んでいたときだった。
「“微笑む麗しきエルネヴィアに感謝を”」
不意に聞こえたのは、この辺りでは滅多に聞かない獣人語。しかも月の女神を讃える、かなり丁寧な夜の挨拶だったはず。
「“失礼。良いか“」
低く、落ち着いた――けれど不自然なくらい感情が掴めない声に、オレは顔を上げた。
そこに立っていたのは、大きな影。
熊のような体格、じゃなくて、実際に熊の特徴を持った獣人だった。体を覆う黒に近い焦げ茶色の濃い毛、重厚な鎧、無骨な大盾と大剣を背負っているというのに、声をかけられるまで気づけないほど物音を立てない身のこなし。見ただけで玄人だとわかる隙のなさ。
「……どうぞ」
驚いたけど断る理由もなかった。そもそも、この席は二人用だ。
手の平で対面の席を促してみたが、相手は腰を下ろさず、テーブルに手を置いてオレをじっと見下ろしてきた。
「“組む、私と”」
「は?」
よほどオレが間抜けな顔をしていたのか、相手がぱちぱちと瞬いた。思ったより、まつげが長い。いや、そうじゃない。相手が喋っているのは獣人語じゃなく、ヒト族との間で使われる共通語だ。
「君、銀級。私、導く。」
「いや、待ってくれ。あー……、“待て、座れ。話す”」
獣人族が活動していない訳じゃないが珍しい人族のこの国で、頭一つどころか二つ大きい熊獣人はとてつもなく目立つ。今も食堂中の視線が相手とオレに向かってきている気がするほどだ。とにかく一旦座るように示せば、丸太をぶった切っただけの椅子とも言えない椅子に相手は腰を下ろした。
「我、ガルド。請負人。等級、低い」
冷静になるために、ジョッキのエールを煽り、改めて相手を観察する。
大型の熊獣人。オレが知っている狼獣人や狐獣人と比べても、2周りは大きな体格。上背だけでなく分厚い胸板や太い腕が見掛け倒しのはずはない。袖なしのシャツに厚手のズボン、金属でできた胸甲、ガントレット、脛当て。防具だけで、結構な重さになりそうなのに、防具なんかつけていないような身のこなし。
オレたち人族の国々と獣人族の国々は離れている。ざっくりと言えば、大陸中央に連なる高い山々『女神の背骨』の東が人族、西側が獣人族の土地だ。それに獣人族は3つだか4つだかの国で戦争をやっていたんじゃなかったか。いかにも軍人らしいのに、戦争から逃げてきたとも思えないし何者だろう。
「今、何級?」
ジョッキを置き聞いてみれば、相手は無言で胸元から革紐に通したタグを取り出した。
「……銅? 嘘だろ?」
請負人登録証。通称、タグ。オレの国、ソラリヴェ王国では12歳から請負人登録ができる。斡旋所に依頼される仕事をこなし依頼料を得る請負人は、町の雑用係と言っていい『木級』から、国に認められた数人しかいない『金級』まで等級がつけられる。木、銅、鉄、銀、金と5つの等級があり、どの等級かを示すソレはまさかの木札に銅枠だった。
前に斡旋所で講習を受けて片言とは言え共通語が話せるようになったオレに、世話を押し付けようとしてる職員がいるなコレは。
「嘘、ない」
「仕事、選ぶ、断る、やめる」
「しない。仕事、する」
オレの言葉に気を悪くするでもなく、淡々と答えが返ってくる。
どう見てもオレよりも実力がありそうなのに、雑用に毛が生えたような仕事しか選べない銅級だなんて、宝の持ち腐れだろう。
「説明、話す、其方、仕事」
オレを見る目が、ランプの光を受けて金色に光った。
今日の成果、ケチな依頼主の愚痴、次の仕事の計画。笑い声と酒臭い空気が飛び交うなか、オレはいつもの壁際の席でぬるくなったスープをすすっていた。
どこからか、新しく入ったメンバーを大きな声で褒める声が聞こえてくる。
ああ、あれは。あの笑い声は、少し前までオレがいたパーティの物だ。
一体、何がダメだったんだろう。ずっとソロだったオレが金級へのランクアップを狙って加入した銀級で構成されたパーティ。気を遣って、出来ることを片っ端からやって、頑張ったつもりだったのに。役割分担がはっきりしていたパーティの中で、なんでもやろうとしたオレは微妙に浮いて、どこかで歯車がかみ合わなくなった。自分の一番の得意である弓で貢献することだけに集中したところで、今度は手を抜いていると言われる始末。
きちんと依頼料を分配してくれたんだから良識のあるパーティだったが、どうにも合わずに自分から脱退すると言ったあの日。パーティの纏め役の剣士が浮かべた、ホッとしたような笑顔が目に焼き付いている。
どうすれば良かったのか。所詮、田舎者の自分には金級など夢なのか。
堂々巡りの思考に沈んでいたときだった。
「“微笑む麗しきエルネヴィアに感謝を”」
不意に聞こえたのは、この辺りでは滅多に聞かない獣人語。しかも月の女神を讃える、かなり丁寧な夜の挨拶だったはず。
「“失礼。良いか“」
低く、落ち着いた――けれど不自然なくらい感情が掴めない声に、オレは顔を上げた。
そこに立っていたのは、大きな影。
熊のような体格、じゃなくて、実際に熊の特徴を持った獣人だった。体を覆う黒に近い焦げ茶色の濃い毛、重厚な鎧、無骨な大盾と大剣を背負っているというのに、声をかけられるまで気づけないほど物音を立てない身のこなし。見ただけで玄人だとわかる隙のなさ。
「……どうぞ」
驚いたけど断る理由もなかった。そもそも、この席は二人用だ。
手の平で対面の席を促してみたが、相手は腰を下ろさず、テーブルに手を置いてオレをじっと見下ろしてきた。
「“組む、私と”」
「は?」
よほどオレが間抜けな顔をしていたのか、相手がぱちぱちと瞬いた。思ったより、まつげが長い。いや、そうじゃない。相手が喋っているのは獣人語じゃなく、ヒト族との間で使われる共通語だ。
「君、銀級。私、導く。」
「いや、待ってくれ。あー……、“待て、座れ。話す”」
獣人族が活動していない訳じゃないが珍しい人族のこの国で、頭一つどころか二つ大きい熊獣人はとてつもなく目立つ。今も食堂中の視線が相手とオレに向かってきている気がするほどだ。とにかく一旦座るように示せば、丸太をぶった切っただけの椅子とも言えない椅子に相手は腰を下ろした。
「我、ガルド。請負人。等級、低い」
冷静になるために、ジョッキのエールを煽り、改めて相手を観察する。
大型の熊獣人。オレが知っている狼獣人や狐獣人と比べても、2周りは大きな体格。上背だけでなく分厚い胸板や太い腕が見掛け倒しのはずはない。袖なしのシャツに厚手のズボン、金属でできた胸甲、ガントレット、脛当て。防具だけで、結構な重さになりそうなのに、防具なんかつけていないような身のこなし。
オレたち人族の国々と獣人族の国々は離れている。ざっくりと言えば、大陸中央に連なる高い山々『女神の背骨』の東が人族、西側が獣人族の土地だ。それに獣人族は3つだか4つだかの国で戦争をやっていたんじゃなかったか。いかにも軍人らしいのに、戦争から逃げてきたとも思えないし何者だろう。
「今、何級?」
ジョッキを置き聞いてみれば、相手は無言で胸元から革紐に通したタグを取り出した。
「……銅? 嘘だろ?」
請負人登録証。通称、タグ。オレの国、ソラリヴェ王国では12歳から請負人登録ができる。斡旋所に依頼される仕事をこなし依頼料を得る請負人は、町の雑用係と言っていい『木級』から、国に認められた数人しかいない『金級』まで等級がつけられる。木、銅、鉄、銀、金と5つの等級があり、どの等級かを示すソレはまさかの木札に銅枠だった。
前に斡旋所で講習を受けて片言とは言え共通語が話せるようになったオレに、世話を押し付けようとしてる職員がいるなコレは。
「嘘、ない」
「仕事、選ぶ、断る、やめる」
「しない。仕事、する」
オレの言葉に気を悪くするでもなく、淡々と答えが返ってくる。
どう見てもオレよりも実力がありそうなのに、雑用に毛が生えたような仕事しか選べない銅級だなんて、宝の持ち腐れだろう。
「説明、話す、其方、仕事」
オレを見る目が、ランプの光を受けて金色に光った。
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