みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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過去編

あの頃の僕ら ※7、8のおまけ、セシルside

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、今何をしようとした」


 恐ろしく早く、そして恐ろしく冷たく、美しいその姿に、俺は見惚れていた。

 自身の頭上に浮かんだ魔法陣なんてどうでもいい。その気になれば破壊できるだろうそれを、俺は放置して、ただただニルの姿を見ていた。


 最悪の入学式後の歓迎パーティー。本当はもっと、晴れやかで、和気あいあいとしたものを望んでいたが、それもこのクソ野郎によってぶち壊された。何が、騎士科の伝統だとその性根と伝統を叩きなおしたくなるほどには、俺は怒っていた。それがいけなかったんだろうな。周りに広がった、恐怖というか戸惑いの空気が。さすがの俺でもわかった。だが、ここで止めてしまえば、口先だけかとまた見下される。それはいい。俺だけならいい。だが、ニルにまで被害が及ぶのは俺は何としてでも避けたかった。
 いったことは、責任もってなしえなければ。
 それが、俺の中で決めたルールであり、ニルに守られるべき俺の姿。そして、皆が望む皇太子の姿だった。

 だから――


(ニル……お前は)


 俺の攻撃を弾くだけでは怒りが収まらなかったのだろう。俺が、待てという前に飛び出していった彼を俺は追いかけることをしなかった。見惚れていたのもそうだが、あれだけ怒っているニルを見るのは人生で二度目だったから。一度目は、俺がまだ十にも満たない時に誘拐されようになったとき。あの時、初めてニルは彼の中で一番負荷のかかる魔法を発動させた。そのせいで魔力不足になり、倒れた日のことを俺は一生涯忘れない。あんなこともうさせない。そのために俺は強くなった。
 ニルの魔法は特殊だ。特殊であり、強力であり、そして危険だ。それを、あいつはためらうことなく使う。自分を大切にしない部分があると、薄々感じてはいたが、それをどうこう俺は言う権利がなかった。
 きっと、あいつは何を言っても自分の信念を貫く。俺があいつを止められるほど、あいつの大切になれていればいいのだが。

 凍てつく空気。呼吸すら、皆忘れているようだった。動いたら、自分が殺されてしまうのではないか。そんな緊張が走っている。三つも上の先輩をあそこまで追い詰めるニルの気迫に、俺も身震いしてしまう。

 ニルが激怒している。
 俺のために。

 本来であればすぐに止めに行かなければならないのに、その事実に歓喜している自分がいたのも事実だ。ああ、なんて黒い感情だろうか、こんなの俺じゃない。
 心の底から喜びたい衝動に駆られる。ニルが、俺のために、怒って。
 だが、理性とこの場でニルを止められるのは俺だけだと体がゆっくりと動く。ニルの注意はすでにあのクソ野郎に向いており、こちらを気にする様子はない。もう魔法陣もないので、魔法が俺に飛んでくることもない。飛んできたとしても、俺はそんなものに当たって死ぬほどやわじゃない。


「死にたいのか? 『俺のセシル』を殺そうとしたお前を、今ここで俺が串刺しにしても許されると思うけど。皇太子暗殺未遂で――」


 足が止まりそうになる。

 なんだ、『俺のセシル』って。

 笑いが漏れそう以前に、その言葉の重みや、ニルの口から『俺のセシル』と出たことにどれほど俺の身体は昂っただろうか。抱きしめて、「俺のニル」と言いたいほどにはまたバカな頭がこんな時にはしゃいでいる。いけない、いけない、と自分を抑えるのに必死だった。本当にどこまでも、ニルは俺のことを揺さぶるのだから。


「ニル、やめろ」


 まるで魔法が解けたように、ニルの中からスッと殺意が引いていく。
 彼の肩を叩けば、なぜかニルの身体は冷たくなっていた。先ほどは確かな温度を感じていたはずなのになぜだろうか。


(魔法の影響か……感情に呼応して、漏れ出たか)


 本人がそれに気づいていればいいのだが。気づいたとしても、俺には言わないだろうなと目に見えてしまい、気づいたくせに、俺は肩を落とした。
 ニルの殺気が消えたことにより、ようやく会場に安どの空気が広がっていく。止めに入って正解だった。
 しかし、ニルは俺の存在に気づいたが剣を下ろそうとはしなかった。殺させてくれ、と目で訴えかけてきているようで、俺はどうしたものかと止まる。そこまでしてほしいわけじゃない。けれど、ニルはそれほど……
 あまり嫌だが、こういうしかないのだろうか。


「下ろせ。俺は気にしていない」
「セシル、でも……」


 やはり食い下がってくるようだ。これだけでは、足りないとニルは俺に許可を求めている。そんなこと、俺が許可するなんて絶対に思っていないくせに。


(嫌だな、俺たちの関係はただの主従じゃないだろ?)


 心の中でそう唱えつつも、俺は息を吐いて無機質な声で彼に命令する。


「命令だ。おろせ、ニル」
「……」


 そこで諦めたように、ニルは剣を下ろし素早く鞘にしまった。でなければ、きっと彼は鞘にしまう前にもう一度目の前のクソ野郎を何とかしていただろう。
 よかった間に合ったと、俺は心の中でほっとしつつも、今度はいたたまれないような、申し訳なさそうなニルの顔を見て、ハッとした。この顔を見せたくない。
 そう思ってからの行動は早かった。
 ニルの背中に手を回し、とんと押すように会場の出口へと俺は歩き始めた。もちろん、この後、このパーティーを続けてくれてかまわないと声をかけておく。


「世話になったな。パーティーの続きを楽しんでくれ」


 だが、これが失敗だったと気づくのもまた今度……これがきっかけで孤立したのは言うまでもない。ただ、ニルといられれば、俺はどこにいっても、世界を敵に回してもいいと思っているんだがな。
 ニルは、きっと望まないだろうが、俺は望む。口にしないだけで、思っていることは許してほしいと、俺は、道中会話のないニルの背中を押しながら寮の部屋へ戻った。
 寮の部屋に戻ってもニルの表情は浮かないままだった。よほど、反省しているのか、自分を責めているようにも見えるその顔が痛々しい。俺がそうさせてしまったのに、ニルがそんな思い詰める必要はない……そう言いたいのに、きっとそれじゃあ、ニル自身が許さないんだろうなとも思ってしまった。
 俺がもっとはっきり言える人間であればニルは苦労せずに済むのか。


「――ニル」
「……何、セシル」


 口から出たのは怒っているかという言葉。起こっているわけがないのに、どうしてそんなに確認したがるのだろうか。
 手に触れれば、やはり冷たくて、俺の心臓もツキンと痛む。ニルは、驚いて俺の手を振り払おうとしたが、俺はそんなことさせないと握り込んだ。


「やめてよ、びっくりする」
「冷たいな。魔法は使っていないはずだが?」
「ちょっと、感情コントロールに失敗して、漏れ出てたみたい。俺の魔法って、氷属性だから、ほら……ね」


 笑ってごまかす癖も悪い。

 俺がしばらく手を温めていれば、ありがとうとほほ笑むニル。そうやって、ありがとうと、笑ってくれればいいのに。こいつには難しいんだろうな。


「改めて、ありがとう。セシル。セシルがいてくれて本当によかった」
「礼をいうのはこちらのほうだ。それに、ニルがあんなことを言うなんて思っていなかったからな」
「あんなことって?」
「『俺のセシル』といっただろ。何とも言えない、優越感があってよかったぞ」
「いや、あれは、主君としての主人セシルっていう意味で。あはは、そ、そんな……変な意味はないよ。俺のセシルって、その、ねえ」


 と、ニルは先ほどの言葉に対してそう補足した。

 俺はそういう意味だったのかと衝撃を受け、なんだかとても悲しい気持ちになった。まあ、それが普通ではあるが。あるのだが……


(『俺のセシル』なんて言葉、どう考えたとしても、そういうふうに聞こえるだろう!)


 ニルがひどいことをした。俺はあの言葉にどれほどかき乱されたと思っているんだ。
 やはり、バカだった、早とちりだったと、俺は頭を抱えそうになる。ニルは、何でよ、みたいな顔で俺を見ている。憎たらしい。


「ええ、だって、そりゃ。セシルは俺の主君だし、それは間違ってないでしょ? セシルが傷つけられて嫌なのは、これも本当で」
「その、他にはないのか。親友とか、それ以外とか」
「な、なに、ムキになってんのセシル。他にって、親友以外にな、何?」
「特別だろ」
「いや、特別だけど」


 俺が問い詰めれば、少しだけニルの表情が動く。
 もしかしたら、そういうおもいもあったのではないかと俺はまた期待するが、この期待が裏切られることを知っているので、心を落ち着かせる。
 ニルは、そういう人を引っかける才能がある。


(だが、その表情はいいな……)


 特別という言葉に振り回されているニル。少しずつ、俺の気持ちに気づけばいいとさえ思う。だが、この俺の感情にも、名前を付けない限りは、きっと……どうなんだろうな。


「何一人、百面相しているんだ。ニル」
「えっ、いやあ。セシルはかっこいいと思って」
「……なっ、何を。ニル」
「ええ~本音いっただけだし。それに、さっきもカッコよかったよ。新入生のため、剣士として、騎士として……あの場で、ああやって決闘を申し込めるのはセシルだけだよ。戦っているときも、瞬き忘れるくらいに、見入っていた。本当にセシルはかっこいいよ」
「……っ、ニル」


 かと思えば、やっぱり俺が振り回される。
 だからなんで、ニルはそう……俺が油断したときに限ってそういうことを言うんだ。腹立たしい。俺は、ニルの前でクールで、頼りがいのある男でいたいのに。
 ニルが、俺の知らない俺を引き出す。この感覚はどうも苦手だ。でも、ニルが俺を見たいというように引き出しているのであれば、それに乗っかるほど楽なものはない。それで、互いにもっと近づけるのであれば、変わりない。
 それにしても、今の言葉はあまりにも破壊力が。


「セシル?」
「……ニル、それは、その」
「何、顔赤くなってんの? ああ、褒められなれていないから恥ずかしい感じ?」
「そ、それもあるが。お前にそういわれるのが、はず、うれ……しくてだな」
「セシル聞こえない」


 近づいてくるニルに、俺は自分の心臓を抑える。この鼓動だけは聞かれてはならんと思ったのだ。
 しかし、そこに関しては鈍感なニルは、すぐに離れてくれた。依然として、距離感は近いが、これは許容範囲だ。
 ニルの攻撃が終わり、俺はようやく落ち着きを取り戻すことができた。感情に振りまわされて、乱れる男ほど見苦しいものはないだろうから。


(ああ、本当に、ニルにはかなわないな)


 先ほどの殺気を放った憤怒の表情も、冷たく敵を射殺さんとするその姿も。全て美しい。
 だが、それゆえの危うさや儚さも俺は知っている。ニルには長生きしてほしいが、俺の護衛である以上はどうだろうか。


(だったとしても、俺が守るが)


「まあ、そのとにかく、ありがとうね。セシル。楽しみにしていたパーティーめちゃくちゃにしてきちゃったけど、俺たち明日から大丈夫かな?」
「さあな。そこまでは考えていなかったが……ニルがいるなら、俺はいい。少しずつ、イメージを回復していけばいいだろう」


 未来のことなどそこまで気にしなくていい。

 今は俺の隣にいてくれれば、それで救われる命がある。どこにもいかないでいてくれるなら、俺の全部を上げても構わないというのに。
 すべてを敵に回しても俺はいいとさえ思う。お前が俺の隣にいてくれればそれで。

 年々、日に日に肥大化し、膨張していくこの感情にそろそろ名前を付けないといけないかもしれない。ニルへの思いだけ別に取っておくことはできないだろうか。
 いろいろ、悶々と考えてみるがこれと言ってよさそうな答えは見つからなかった。
 まあ、いい。これから見つけて、答えを出し、それをニルに受け取ってもらえばいい。


(逃がさない。ニルは俺と一緒に――)


 時々出てくるこの黒い感情に、俺は気づかないふりをする。この感情で傷つけるほど無様なことはないだろう。

 俺に微笑んでくれるニルの顔は今日も最高に愛らしかった。

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