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第2部3章 テストと新たな刺客
06 勝者の要求
しおりを挟む週末が過ぎ去って、答案用紙がかえっくる。
教室内は阿鼻叫喚、絶望といった感じで皆、点数に肩を落としていた。多分テスト勉強をしたが、結果が伴っていなくて落ち込んでいるのだろう。していなくて、点数が低いやつは知らない。
前世の記憶を取り戻してからは、この世界にも「俺ノーベン」とかいっている人がいて驚いたのは記憶に新しいというか。そういうやつにかぎっていい点数を取るか、赤点かの二択。ただ、所詮は他人なので、正直点数なんてどうでもよかった。自分の以外は。
現在の授業で、全ての答案用紙が返ってき、昼休みに掲示板に順位と点数が張り出される。そこで、間違いのないものだと、俺たちの勝負に決着がつくと。
セシルの答案用紙を見ていたが、やはり高得点ばかりで、もしかしたら負けているかもしれないと思った。しかし、俺も負けてはいられない高得点キープ。きっと今回も、同点が、一点、二点の差だとは思う。
「ニル、どうだった?」
「ん~、まあ、こんなもんなんじゃない? ケアレスミスがあったのは否めないけど、前よりはよかったかも」
「そうか。ちらちらと俺の点数を見ていたな。計算したか?」
「してない。自分ので精いっぱい。てか、セシルも俺のみてたでしょ。それで、ちょっと、俺より点数高くて喜んでいた。性格悪い」
「うっ……仕方ないだろ。俺は、どうしても勝ちたいんだ」
と、セシルは、申し訳なさそうに謝って、答案用紙をさっと机の下に隠した。
まあ、見られても問題ない点数だからいいけど。
ほとんどが百点で、時々九十点。それでも、魔法薬学はあれだけでやっても、ケアレスミスと計算がミスっている。今度までに対策しないといけない。それでも、八十点台は出せたのだが足を引っ張っている感じがして嫌だ。
セシルも、歴史の教科だけは、目に見えて点数が低かった。といっても、八十九点で、平均の三十点よりは上。
「まあ、この瞬間が一番盛り上がるしいいけど」
「そ、そうだな……」
「もう、気にしてないって。俺も、セシルより点数高くてはしゃいじゃってたから、お互い様」
俺はそう付け加えて、同じように点数がでかでかと書かれている答案用紙を机の下に隠した。
勝負なんだから、相手より点数がよかったら喜ぶに決まっている。
俺たちはそんなことをいいあいながら、その授業を終え、順位が張り出されている掲示板へ向かって歩くことにした。ここで、ようやく勝敗がつく。
廊下には、いつも以上に人がいて、広がって歩いている集団がいて邪魔だなとは思った。俺は、セシルの一歩後ろを歩いてついていったのだが、セシルはわざわざ俺に歩幅を合わせて歩き出す。
「セシル、自信のほどは?」
「俺が勝つ」
「それは、こっちのセリフなんだけど。ねえ、セシル。本当に何でもお願い聞いてくれるの?」
「ああ。そういう約束だしな。俺が叶えられることはなんでもかなえてあげたい」
セシルは、俺がこの間言ったようなことを口にして、俺の手にぶつかるように触れる。セシルの厚い手が、俺の手に当たって、やけどしそうになる。手袋越しでも、誰に触れられているかなんてすぐにわかる。
ちなみに、母に手紙を書くと言っていたが書いて、先日返事ももらった。すっと細くて美しい母の字にはいつも惚れ惚れとする。父は字は下手なので、いつも暗号解読になって読むのが困難だ。けど、母はそういったストレスがない。それで、返事としてはウィンターホリデーに会えるのを楽しみにしていると。
セシルにその話をしたら「ついていきたいが、団長殿に聞いてからだな」と、今度の休みに話をつけに行くらしい。家族水入らずでもいいが、やはりセシルにも俺の母に会ってほしいというか。久しぶりだし、何より母がセシルに会いたがっていたから。
魔力のことや心臓のことを聞いたが、それに関しては直接会って話したいとのことで、教えてはもらえなかった。ただ、魔法を使わなければ大丈夫だと、皆と同じ意見がかえってきた。
主治医にも見せているが、悪化しているわけではないと言われたので、一安心というか。それでも、魔法が使えないことは不便だ。
「うわ~これだけ、人が群がってたら見えないかも」
「抱っこすれば見えるか?」
「ねえ、だからそれは恥ずかしいからやめてって言ってるじゃん。いいよ」
順位が張り出されている掲示板の前には、人だかりができていた。いつぞやのように、セシルは俺を抱っこしようとしたので俺は止める。腰に手が触れたとき、ゾクッと体が震えたので恥ずかしいことこの上なかった。
騎士科の学生が多く見て取れたが、魔法科はそれほどでもなく、ゼラフやアルチュールの順位でも見るか、と目を凝らしてみると、九百点満点という高得点が目に入る。
「うわっ、凄い……三年生の魔法科。九百点満点って」
「………………だな」
「どうしたの? セシル」
あまりの点数の高さに、不正を疑っているのか、と俺はさらに目を凝らしてみる。
魔法科のテストは、騎士科よりも難しいと聞く。何個か重なっているテストはあれど、基本的には違うというか。それで、九百点満点なんて、どうやってたたき出すというのか。相当、がり勉なんだろうな、と点数の横に書いてある名前を見る。いつもは、魔法科の順位表を見ないというか、気になる人がいないから見ない。今は、ゼラフやアルチュールがいるから嫌でも目についてしまうというか。
そして、俺は九百点満点の横に書いてある名前を見て、信じられずに瞬きしてしま。
セシルが驚いたわけがすぐに分かった。
「三年生の魔法科にヴィルベルヴィントって、二人いたっけ?」
「いない。そもそも、ヴィルベルヴィントに兄はいない。あいつは長男だぞ」
「……えっと、ゼラフが九百点満点? 何かのバグ? 不正?」
「あいつは、そんな小細工しないだろう。実力だろう、な」
そこは認めるんだ、と俺は嫌そうに順位表を見てるセシルを見て、もう一度間違っていないかとみる。だが、どう見ても、一位ゼラフ・ヴィルベルヴィント九百点満点と書いてあるのだ。
ゼラフはいったいいつ、勉強をしているのだろうか。
(留年してるから、大体内容は分かってるって感じなのかな……けど、同じテストじゃないし)
傾向はあれど、それを対策して何度も解き直してやっと身になるものだ。授業も、去年とまるっきり一緒とは限らないわけだし。それなりにテスト勉強しなければならないとは思う。
俺たちでもさすがにあんな点数取ったことない。
よく見れば、その下に、アルチュールの名前があったが、ゼラフとは、三十点近く差がある。かといって、アルチュールに届く人も少ないようだったが。
そうこうしていいるうちに、少しだけ人ができ、隙間ができた。
「セシル、少し前開いたから移動しよう」
「ああ、そうだな。どうだろうな、結果」
自身に満ち溢れた表情を見て、ムッとなる。勝ちを確信しているようだった。しかし、こっちだってベストはつくしたし、それなりにいい点数は叩き出せたと思っている。ゼラフほどではないことは分かっていても、セシルとは、どの勝負も、引き分けか勝ち負けの比率が一緒だから。
俺は、セシルの手を引っ張って空いたスペースに、スッとはいって順位表を確認する。しかし、学年を間違えたのか、そこに俺たちの名前はなかった。横へ移動し、三年生と書いてある紙を見て、俺はすぐにもセシルの名前を見つけた。
八百七十二点。その下に、八百七十点と、点数と俺の名前が書いてある。
二点差だった。
誰よりも早く、セシルの名前を見つけられた。もちろん、一番上に書いてあるからというのもあるが、探すまでもないというか。
それで、俺はその下に名前が書かれていて、悔しさが胸の中に渦巻く。
二点差。たった二点差だが、その二点差は大きいと。
「セシル、表みれた?」
「ああ、見たぞ。移動するか」
「そうだね、邪魔になるといけないしね」
表を見に来た他の学科の生徒がまたぞろぞろとやってくる。俺たちは、その学生と入れ違うようにその場を去った。それから、一度寮に戻ろうとなって、寮の部屋へと戻る。
ちょっと自信があっただけに、ショックは強い。俺がもっと勉強していればよかっただけの話なんだけど。
「ニル……」
「………………やっぱり、セシルはすごいね。負けちゃった」
何か言われる前に先手を打とう。俺の勝ち、なんて今は聞きたくないかもと、俺はわがままになってしまう。負けを認めたくない。でも、自分の口で負けといわなければならない気がした。
俺がそう取り繕って笑って言えば、セシルは少しだけ眉を下げた。
「泣きそうか?」
「……泣かないよ。負けたのは事実だけど、今度は絶対勝つ」
「ニルらしい。だが、ニルが教えてくれなければ俺は高得点をとれなかっただろうな。教えてくれたところがそのまま出た」
「俺だってそれはそう。セシルが教えてくれたことが、ドンピシャで出たから。そこはあってたよ」
でも、二点差。ケアレスミスが痛い。
セシルからしたらフォローを入れたつもりだったのだろう。俺が教えたことが無意味にならなくてよかったとは思った。セシルらしい、律儀というか、きっちりしているというか。
ゼラフの点数を見て、若干絶望していたが、それでもセシルは騎士科で成績最上位だ。何度か勝ったことはあったが、今回は負けた。ただそれだけ。入試でも、セシルに負けてたし、勝率が五分五分とはいえ、セシルにいつも負けているような気がする。
けれど、セシルは完璧じゃない。完璧すぎないところがセシルらしいというか、しっかりと人間性が残っている感じがして俺は好きだけど。本人としては、もっと上を目指したいのだろう。その向上心も好きだ。
俺は、ふぅ、と息を吐いて、ベッドにボフンと腰かけた。少し意地を張ったのが精神的に来た。泣きそうじゃないけど、悔しい気持ちはあったからだ。
「それで、俺に勝ったセシル様は何をご所望で?」
「……忘れていた」
俺の隣にやってきて、腰を下ろすセシル。ベッドは頑丈とはいえ、二人座るとスプリングが軋む。このベッドでも何度も抱かれているが、そのうち壊れないかと心配している。壊れた場合、どう言い訳をするかも重要だ。
セシルは、俺が腰の横におろしていた手にチョンと指先を当て、俺のほうを見た。
勝ち負けにこだわったばかりに、セシルは自分が要求していた『勝ったほうの願いを聞く』ということを忘れていたらしい。しっかりしてよ、と思いながら、俺はセシルと顔を合わせる。手をつなぎたそうな彼の手に、俺は指を絡ませる。
「忘れるほどの要求だった?」
「い、いや、違う。それよりも、今お前を前にすると……その、だな」
と、セシルはだんだんとしどろもどろになっていく。セシルの手は熱い。口を堅く結んだあと、セシルは再び顔を上げた。夜色の瞳には、欲望が渦巻いている。
一週間我慢したんだ。俺たちにしては長かったかも。
「ニルの顔をこう間近に見たら、キスをしたくなった」
「する?」
「お、まえは、ムードというのがないのか?」
「セシルが、ムードとか言わないでよ。俺はしたいよ。というか、セシル、それしか考えていないって顔してるんだもん。おかしい」
「おかしくなどない。さっきの、悔しそうなお前の顔も、なかなかクるものがあった」
そうセシルは正直に暴露した。
うわ、酷い、と思いつつ本当に俺のことしか見ていないなあ、と複雑な気持ちになる。見られたくない顔を見られた恨みは大きいけど、セシルのその真っ赤で必死な表情は悪くないと思う。誰も知らないって優越感に浸れるから。
誰も、セシルのこんな顔引き出せないだろう。
(俺も、かなり強欲になったよな……)
好きって自覚してから、どれほど経つだろうか。そこまで経っていない気もするが、好きでたまらない、好きが溢れすぎる。ずっと一緒にいたのに、これ以上を望んで、離れたくなくて。セシルの隣にずっといたいと思う。
「恥ずかしいよ、セシル。俺の顔、安くないよ?」
「いくらでも払う。他の奴には見せない」
「そーいうことじゃないの……セシル、キス、したい」
「お前のそういうところが、好きだ。愛おしい、かわいいぞ、ニル」
お誘いの文句はこれでよかったらしい。
片方の手は絡み合ってきゅっと握って、そして、セシルはもう片方の手で俺の頬をなぞる。輪郭を、唇を。そして、再び頬に触れて、自身の唇をゆっくりと近づけ口づけをする。
優しくて暖かかった。ふにっとただ先端が触れただけなのに、そこからやけどしそうに熱くなっていく。でも、俺たちはこんな優しいキスじゃ物足りなくて、俺は口を開いて、セシルを招き入れる。するっと舌が入り込み、奥へ逃げていた俺の舌を絡めとる。舌同士の挨拶をしながら、セシルは、ゆっくりと俺の上あごをなぞって、歯をくすぐる。そして、もう一度俺の舌に自身の舌を絡める。角度を変えて、何度も。激しくも、優しいキスを繰り替えす。口の端から唾液がこぼれ落ちていく。俺は、目を閉じたままセシルを感じていた。
セシルは、目を開けているだろうか。でも、目があったら恥ずかしくて、開けられない。
途中で、酸素を取り入れつつも、俺たちは数十秒、いや数分長い時間をかけてキスをした。たった一週間お触り禁止、性的興奮してしまうことは禁止と約束を取り決めて。それで、肝心の勝負はセシルの勝ち。
確かに、このキスは勝敗はどうあれ、ご褒美のように思えた。
「……ん」
セシルの唇が離れていく。俺たちの間に銀色の糸がひいて、ぷつりと切れる。
それを目で追っていると、セシルは、俺の口の端からこぼれた唾液をぬぐった。
「本当に、かわいいな。ニルは」
「もう、かわいい言わない! 俺は、かわいくない……」
「そういうところが、かわいいんだ。それで、ニル、お前に要求したいことだが」
と、セシルは話をするっと変える。
なんとも、流されている感は否めないが、俺はごくりとつばを飲み込んだ。
エッチな要求でも何でも来い! と、ちょっと期待してしまっている自分がいた。セシルの大好きな拘束プレイでも何でもつきやってやる! と気合十分だったが、セシルの優しい顔つきを見ていると、どうやらそういうことじゃないようで、俺は拍子抜けした。てっきり、そういうお願いだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
俺が、ぽかんとセシルを見つめていると、彼はふっと笑って俺の頬をまた撫でる。そして、きれいな形の口を開いて、また愛おしそうに俺を見て言うのだ。
「ニル、俺とデートしてほしい」
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