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第3部4章 執着のその先に
03 王子様
しおりを挟む午後の授業も終わり、寮に帰っている途中、昼休みの出来事を思い出して俺の足は鉄球でもはめられたかのようにずぅんと、動かなかった。それでも、前を歩くセシルに置いていかれたくなくて、必死に足を動かしてついていく。
「セシル、留学の件どうだった?」
「特に変わったことはない。ただ、男子校で少しモントフォーゼンカレッジと違うかもしれないが、くれぐれも騒ぎになることを起こさないようにと」
「起こしたら、外交問題じゃない?」
「かもしれないな。それと、先ほど授業の合間に手紙を渡されたんだ」
「教師から?」
いや? と、セシルは言って鞄から一枚の手紙を取り出した。それは、上品なレース柄の封筒で、可愛らしいピンク色の封蠟が押してある。
「ラブレターだな」
「ラブレター……」
セシルはそれだけ言うと、手紙を鞄の中にしまった。
気になって、彼の隣まで行ってみたが、セシルの瞳はラブレターだといった手紙に対し全く興味を持っていないようだった。どこを見ているかわからない夜色の瞳に、少し恐怖を感じつつも、俺はよかったと胸をなでおろした。
俺が抱いた恐怖は、セシルの目がどこを見ているかわからないからじゃない。セシルが、もしそのラブレターに少しでも興味を持ってしまったらと、彼をとられるかもしれないという想像をしてしまったからだ。それが何よりも恐ろしい。
「そういうニルも、何かあったんじゃないか?」
「えっ、俺?」
部屋の前までつき、セシルはドアノブを回しながら聞いてきた。ちらりと、彼の瞳がこちらに向けられ、俺はビクッと体を震わせてしまう。そのせいで、隠そうにも隠しきれなくなった。
部屋に入り、セシルは鞄を置き、上着を脱ぎながら「何があったんだ?」と聞いてくる。
その質問に拘束力はないと分かっていても、喋らなければ不誠実だ、と俺は乾燥した唇を開いた。
「――その、告白された」
「は?」
セシルの制服を脱ぐ手が止まる。そして、胸元がさらけ出された中途半端な状態で、俺に近づいてくると、ガッと肩を掴んだ。
「誰にだ!?」
「えーっと……誰だっけ、エーデ子爵家の次女?」
「……子爵家?」
「うん。騎士科の下級生」
「……………………………………そうか」
「何? セシル」
しばらくの沈黙の後、セシルは、はぁああ~~~~~~と過去一長いため息をついた。
それは安堵のため息のようにも見えるし、呆れているようなため息にも聞こえる。その”呆れ”が誰にかかっているかはわからないが、セシルは「そうか」と今度は小さく言うと、顔を上げた。
「それで、返事は?」
「そりゃ、断ったよ……ああ、でも、セシルのことは何も言ってない、こともない。今は、仕えたい人のために、この命を、すべてを捧げてるって。結婚のことは考えられないって」
「ニルらしいな」
「俺、もしかして疑われてた?」
「疑うわけがないだろう。どのようにいって断ったか気になっただけだ」
と、セシルは本当なのか嘘なのかわからないことを言って、俺から手を離した。掴まれたところはかなりしわがいっていて、後で伸ばさないと跡になるなあ……なんて俺はぼんやりと思いながら、服を着替えるセシルを眺めていた。
「セシルは、ラブレター……どうするの?」
「どうもしない。受け取るときに、受け取れないと言ったが、押し付けられてな。中身も見ていない」
「脅迫状だったらどうするのさ」
「そんなことはないだろう。百パーセントとは言えないがな。だが、明らかに気があるようなそぶりを見せた。演技ではないだろう」
「だから、言い切れる確証は」
俺は自棄になって問い詰めてしまった。
同じタイミングで、同じように告白されたのに、セシルは全く波風一つ立てていないから。むかついた。
いや、本当にむかついたのは、告白まがいのことをされたあの一瞬、少しだけ揺らいでしまったことだ。もちろん、好きとか興味という感情じゃない。けれど、セシルのことでいっぱいのはずの頭に、少しでも他の人が入れるスペースがあることが嫌だった。そこに、他者をねじ込まれる感覚が嫌だった。
セシルは、どうして、ラブレターをもらっても平然としていられるのだろうか。
俺の意地悪な質問に対し、セシルは動揺することなく答える。上半身にまとっていたものはすべて床に落ち、鍛え上げられたたくましい身体と、美しい顔をこちらに向けた。
「ニルと同じ目をしていた」
「……俺?」
「いや、ニルが俺を見るときの目よりももっと夢見がちなものだったな。期待や、希望に満ちた。あれは、演技じゃあ出せないものだ。よく知っている」
「俺と同じ……」
「だから違うといっているだろ……違わないこともないが。ニルはこう、もっとな。現実をみつつも、俺の本質的な部分を見てくれているというか。言葉にしづらい……が、似ても似つかない目をしてた。俺にラブレターを渡してくれた相手は」
「よくわかんないけど……まあ、わかった。わかったことにする。その子が本気だったってこと。どんな子か知らないけど」
「……妬いてるのか?」
「別に」
妬いているといったら、どうなのだろうか。
俺は、セシルの服を拾い上げながら彼の隣を通る。ぐっちゃぐちゃにしてさ。後からハンガーにかけるのかもしれないけど。
俺は拾い上げたセシルの服に鼻を押し当てながら、目を細める。彼の匂いが、身体に染みていくような感覚に、くらくらする。それですべて忘れようと思ったが、そう簡単に忘れることはできなかった。
自分の未熟さというか、小ささに。
「俺は、告白されたとき、少しだけその子のこと考えちゃった」
「なっ……」
「……婚約者はいませんかっていわれた。実際いないから。でも、婚約者とかそういう拘束力のある関係じゃなくて、もっと心でつながっている、大切な人がいるからその子の気持ちにはこたえられないって言った。でも、揺らいだというか。その子のこと少しでも考えた自分っていうのが、許せなかった、かな」
「ニルは優しいからな」
「アルチュールにも言われた」
俺がそういうと、セシルは「なぜそこでアルチュールが出てくる」と驚いた様子だった。
俺が、その時の状況を説明すると、頭が痛いというように眉間をつまんでいたが、セシルは理解した、とグッと飲み込んでいってくれた。
「セシルのことでいっぱいのはずの頭に、他人が入る余裕があるんだって。それが嫌だった。なんか、変、というか女々しすぎるよね。俺……最近、ずっとそう」
寿命のこととか、魔塔のこととか、リューゲのこととか。
思い出せば、死にキャラだからこそ、背負っているものが多いのだろうし、常に死が隣り合わせになっている。そして、その死に触れられる場所にいて、その死神もいつでも刈り取ってやるからなと俺を嘲笑っている。
それが俺を不安にさせて、セシル以外のことが頭を埋め尽くしていく。
セシルとの思い出まで暗いものにされるようで、俺は心底気持ち悪かった。
セシルの前ではしっかりしていたいのに。
そう思っていると、セシルは何かを決めたように静かに息を吸うと満天の星々が輝く空の瞳を俺に向けた。
「――好きだ、ニル」
「……せ、しる?」
何度も聞いたはずのその言葉。
なのに、どうしてか初めていわれたような衝撃を受けた。初めて、というよりもあの日のような……
セシルの告白に驚いていると、彼は間合いを詰め、優しく問いかけるように俺に聞いてきた。
「ニル、俺の告白覚えているか?」
「告白……覚えてる。覚えてるに決まってるじゃん。逆に忘れるほうがおかしいよ」
両思いってわかったけどロマンチックなセシルは、告白はある日にしたいって延長して。でも、両思いだってわかって同じ屋根の下で。あの時はめちゃくちゃだよ、と思いながらも彼の告白の言葉を毎日、毎日待っていた。
なんていわれるのか想像を膨らませた日々のこと。そして、実際に言われた言葉を俺は覚えてる。
「さっきも言ったが、ニルは誰よりも優しい。他人のことも見過ごせないだろう。そして、真摯にその気持ちを受け止め、答えようとしたんじゃないか?」
「そう、かも、だけど……」
「そんなニルが、俺は好きなんだ。だから、いい。今は、俺のことだけ考えてくれているだろ? ニルに告白した学生に対しても、ニルは俺を選んでくれた。騎士として」
「こ、恋人のほうがよかった?」
「そんなの誤差だ。俺の騎士であり剣であるニルも、俺の恋人のニルも。俺にとってはたった一人のニル・エヴィヘットなのだから」
「セシルらしい」
少しくらい怒ってくれるとか、それこそ嫉妬してくれてもいいのに。
セシルの嫉妬パラメーターが何に反応するかわからなくて、少し困ってしまう。でも、どんな俺でも好きだって言ってくれるまっすぐなセシルに、応えるには、俺は素直にならなくちゃと思った。
もう少し近づいて抱き着きたいと思ったが、彼が上半身裸なことに気づき、変な羞恥心から、俺は顔を覆ってしまった。手で顔を隠してはいるが、そんな俺を覗き込むセシルの気配に気づいてしまい、さらに手をどけられなくなる。
「服着てほしいかも……」
「何故だ。見慣れているだろう」
「そういう問題じゃなくて……もう、バカセシル」
「ははっ……なんだ、ニル。恥ずかしいのか」
バカにされているような気がして、俺はうるさい、と思い切って顔を上げる。すると、顔から手を離した瞬間その腕をグッと引き上げられる。セシルが自分のほうへ俺を引っ張ったのだ。
いきなりのことでバランスが取れず、俺は、セシルの胸筋に顔面からダイブすることになり、彼の体温を感じた瞬間、ぶわりと自身の体温も上昇した気がして再度顔を上げる。すると、一ミリの狂いもなく、セシルと目があった。
「セシル……」
「ニル、好きだ。お前が」
一瞬だけ夜色の瞳が揺らぐ。だが、次の瞬間には、俺の唇が奪われ、俺の意識はそっちへとそらされた。また恥ずかしくなって、目を閉じてしまい、見られていると感じつつも、セシルのキスに翻弄され、次第に見られている感覚さえ薄れていった。
「ん……んん……っ」
「俺は、嫉妬しないと思ったか? ……っ、言っておくが、したぞ。したにきまっている……っ」
「え、ぇ、そぉなの?」
「……ああ。ニルの魅力は、周囲にバレてしまったからな。閉じ込めておきたい、そう思っている」
唇を割ってセシルの舌が潜り込んでくる。あわせろといわんばかり俺の舌の上を、さわさわとなぞり、俺がそれに答えれば、にゅるりと絡めては離れてを繰り返される。
唾液をまとわせねっとりと絡みつく彼の舌に、俺の思考回路が溶けていく。脳から、幸せがあふれ出て、身体に染みていく。
たどたどしくも、俺がセシルに合わせれば、セシルはそれに答えるかのように俺の後頭部に手を添えると、さらに深いキスを仕掛けてくる。
「んむ……っ」
「はぁ……ニル……」
「あ……っ」
唇が離れる瞬間までずっと舌を絡められ、俺はもう限界だと、セシルにしがみついた。
「ずるい……」
「悪かったな。ずるくて。好きなのは俺だけでいい」
「やだ。父上も、母上も俺のこと好きだもん」
「それと、これは別だ」
なぜか、反抗心が生まれて、そういえばセシルにこら、というように頬をつねられてしまう。
「シていいか?」
「いいっていわなくても、するでしょ?」
「ニルに嫌がられたらしない。ニルの嫌なことはしない」
「言わせたいだけじゃん……ん、シよ」
俺は、セシルの頬に優しくキスをして、同意だと伝える。俺のキスを受けて、セシルは嬉しそうに頬を緩ませた。
「嬉しいな。ニルからキスしてもらえるのは」
「かなりしてると思うけど。足りない?」
「ああ、足りない。本当は、唇がとけるくらいしてほしい」
「溶けたらそれ以上キスできないよ?」
冗談だと分かっていても、俺がそう返してやれば笑ってくれるセシル。
セシルのこの顔を知っているのは俺だけなんだと、先ほどの迷いやら、モヤモヤはどこかに行ってしまう。
俺は、セシルの上半身に指を這わせ、前よりも大きくなった胸筋を両側から上に押し上げた。
「ど、どうした。ニル」
「ずるい……やっぱり、大きくなってんじゃん」
「鍛錬を積んだからな。そもそも、ニルは筋肉がつきにくいタイプだろ? 筋肉のつき方は人それぞれで……おい、ニル!」
「セシルがいつもやることじゃん。何びっくりしてんの」
「くすぐったいのだが」
俺が筋肉ないことを気にしていれば、個人差だと片づけるセシル。俺は、ムッとなって彼の胸の先端を指の腹で擦ってやったが、俺がセシルにやられるときのような反応を彼は見せてくれなかった。ただただ、くすぐったいと、笑いをこらえている顔が見える。
俺はいつもここを触られて、気持ちよくなるのに……
やけになって、くにくにとつまむようにセシルの乳首をつまみ上げれば、くすぐったいというように、彼は噴き出した。
「ダメだ、ニル」
「気持ちいいから?」
「くすぐったすぎる。俺は、ニルのようにそこでは感じない」
「俺が、感じすぎるみたいな言い方やめて?」
「実際にそうだろう。俺が開発したのだから」
「はあ!? 何言ってんだよ! バカセシル!」
なぜか誇らしげに胸を張っていうセシルに、俺は思わずびんたを食らわせてしまった。そのたくましい胸筋に、乳首めがけてベシンと叩いてしまい、さすがのセシルも「痛っ」と声を漏らした。
確かに、俺の胸は散々セシルに弄られて、よわよわだけど。口にされると恥ずかしいし、それだけで、服の下の乳首が勃ちあがって嫌だ。触ってほしいって主張しているみたいで。
胸を手で押さえながらセシルは、よろめいていた。だが、どことなく嬉しそうに顔を上げ、ニッと笑う。
「くっ……今のは効いたぞ」
「ほんと、何言ってんの……」
「ニルは弱いわけじゃないだろ。今のままでも十分……いや、これからもお前の成長を隣で見ていたい」
「はっずかしいなあ。そうだね、セシルがそう言ってくれるなら、俺は成長し続けられると思う」
セシルが俺の髪を撫でる。彼のきれいな指の隙間を、俺の黒髪が通り抜けていく。そして、少し伸びた横髪をすくいあげてキスする。俺はたまらず、身をよじって、恥かしさに顔をそらした。
「そういうのよくないと思う」
「どういうのだ?」
「だ、だから。なんか王子様っぽいの……心臓に悪い」
「俺は、お前の王子様になれないのか?」
堅くてきれいな形の指が俺の頬をなぞる。そういえば、いつも学内では白い手袋をしていたな、と思い出し、何も纏わないセシルの指が触れるのは俺だけなんだよな、と思わず彼の手首に手を添えてしまう。
俺に触れるときはいつだって素手なのに、意識すればするほど、俺のために、特別にそうしてくれているような気がしてならない。俺の自惚れだったとしても、セシルが俺に触れるのは、俺を特別に思ってくれているから。
(王子様かあ……じゃあ、俺がお姫様?)
絶対に似合わない。
俺は、守られてキャーキャーキュンキュンしているお姫様じゃなくて、主君を守る騎士のほうが絶対にあっているのだから。
「……それは、騎士にとっての王子様になれないのかって、意味でもいい?」
「ん? ああ、そうだな……騎士にとって守り守られる唯一の王子様になれないか? ニル」
どんなんだよ、というツッコミはさておいて。チュッと今度は俺の手を取ってキスをしたセシルに、俺は真っ赤になりつつも、迷うことなく本当に小さく、数センチほど首を縦に振った。
「俺の王子様だよ。セシルは」
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