みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第5部1章 再び戻った日常

10 暴露と暴走

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「ニル、ずいぶんと嬉しそうだな」
「えっ、いや、別に嬉しいというか。セシル、怒んないでよ。まさか、知り合いに会えるなんて思ってなかったから」
「俺は会いたくなかったが」
「ああ、そぉ? セシルらしいね……」


 彼が現れた瞬間、セシルの周りに漂っていた気が一変した。すぐにも威嚇モードに入り、嫉妬むき出しのとげとげしい言い方で俺に言葉を投げてくる。こういうところはちょっと子供なんだよな、と思いつつも俺のことがそんなに大好きなのかと思えてうれしくもある。
 まあ、ゼラフとはもうちょっと仲良くしてくれると嬉しいんだけど。


(俺の命の恩人でもあるし……)


 魔塔の件は、ゼラフの貢献が大きい。
 だが、ゼラフはズィーク・ドラッヘンの甥ということもあり非難されていた時期もあった。その件に関してはヴィルベルヴィント公爵が場を収め、収拾がついているのでそういった噂は今ではもう飛び出さなくなった。
 最もヴィルベルヴィント公爵があの件に関して大きく貢献し、支援したこともあり魔塔への侵入が楽になったというのもある。だから、ズィーク・ドラッヘンに一時支配されていたゼラフはお咎めなしだと。
 それに、ゼラフがいなければズィーク・ドラッヘンをあそこまで追い詰めることはできなかった。ただ、あの場にいた人間は俺を含めて、五人ほどで、そのうち二人は自国に帰っている。それで、証言者が少ないし、ゼラフが力を貸してくれたといっても俺の言葉じゃ誰にも届かない。あの件の英雄はセシルになっているから、それ以上の噂を流したくないのだろう。
 とにかく、やたらとセシルを英雄としてまつり上げたいらしい。


(それも、宰相の思惑……)


 帝国の未来を拓くのは、皇太子のセシルだと帝国民に知らしめるような担ぎ方だ。
 まあ、冷戦状態にあり長く脅かされてきた魔塔を討った英雄ともなればその信頼度は高いだろうし、今の皇室を倒そうなんていう輩も出てこなくていいのではないだろうか。
 信頼というのはそういった功績で作り上げるものだから。


「それで、何の用だヴィルベルヴィント」
「用がなきゃ話かけちゃいけないのかよ。俺も父親が今回パーティーに出席してるから出てるだけだよ。ニルとおんなじ立場だ」
「じゃあ、君も居心地悪いってこと?」


 俺がセシルの背中からはみ出してそう聞くと、ゼラフは「ああ」と短く返した。


「家にいるほうがつまんねえし、だったらお前らがいるだろうパーティーに来たほうが楽しいだろ?」
「ゼラフらしい考えだね」


 俺と同じ気持ちの人がいるだけで、少しだけ心が楽になった。
 俺たちと出会う前のゼラフだったら、つまらなくても家にいるだろうし、わざわざ自分の気が下がるような場所に来ないと思う。
 それと、単純に俺たちに会えるかもと思ってきてくれたことは嬉しい。


「それはそうと、皇太子殿下。このパーティーの主役が、英雄様が顔出さなくていいのか? みんなお前を探してんぞ?」
「……しばらくしたら行くつもりだった。貴様に言われずともわかっている」


 セシルは、親に言われて「今やるところだったんですー」とへそをまねが子供のような返し方をした。それを見てか、ゼラフはフハッと噴き出して笑い、セシルの顔を覗き込んでいた。セシルはゼラフにだけ煽り耐性が低いため、ゼラフの行動すべてに反応してしまうのだろう。ゼラフもわかっていて、その反応を楽しんでいるように見えた。
 またいつものが始まった。そう思いながらも、いつものやりとりをみれて楽しかった。
 学園に戻って昼食時はいつものように一緒に食べていたが、それぞれ面談もあり、卒業も近いとのことで疎遠になっている感じはしていた。だからこうして、ゼラフから絡んできてくれたことはとても嬉しかったのだ。
 この光景もあと半年だろうか。
 二人の言い合いを見ていると、ふとセシルがこちらに顔を向けた。何だろうと思っていると俺の隣を通り過ぎて歩いていく。


「え、セシルどこに行くの?」
「あいさつ回りに行ってくる。とっとと終わらせて帰ってくるから心配するな」
「じゃあ、俺も行くよ。君のそばにいなきゃ」


 俺がそういうと「大丈夫だ」とセシルに止められてしまう。
 一歩前へ身体が傾いたが、それ以上俺は踏み込めなかった。


「ヴィルベルヴィント、ニルを頼む」
「ふ~ん、へいへい。分かりましたよ。でーんか」


 どういう風の吹き回しだろうか。それだけ言うと、セシルは俺の前から姿を消し、階段を下りていった。
 会場の警備は手厚いし、何かがあればすぐに分かる。目撃者も多いため、何かが起こってもその噂やら情報は出回るので、何かをしでかす輩はいないだろう。そんなことをする輩は、ただのバカかよっぽど腕に自信のある暗殺者だけだ。
 だから、セシルがこの会場で狙われる心配は百パーセントとは言わないが薄かった。でも、彼が離れた途端、こんなにも寂しく思ってしまうのだから、俺はセシルがいないと生きていけないようだ。


「俺じゃ不満か? ニル」
「ううん。セシルは君に託していった。ということは、少なくともセシルは君に信頼を置いているってことだよ……はあ」
「それ、俺にため息ついたのか?」
「被害妄想……違うよ。別に……」


 セシルはしっかりしているなと本当に思う。
 ゼラフは、俺のことを心配して後ろからいつもより優しく声をかけてくれた。俺に何かあってはいけないと、信頼のおける人物を近くに置いて置こうとするのも、セシルらしい行動だ。
 それに、たまたまゼラフがここに来たのを利用して、彼を俺につけてくれたなんて、機転の利く行動をとれるのもまた彼らしい。
 不満も不安もないが、セシルだってこういう場が嫌いなはずなのに、それから逃げず、俺には甘いところを見ると何とも言えない気持ちになる。
 まあ、ぶっちゃけ俺が、このパーティーで彼の隣にいても何か言われそうな感じはするけど。それを避けるためだと考えれば、本当にやさしい。


「はあ~~~~~~気になるんなら尾行でもするか?」
「え?」
「ニルは、皇太子殿下のことが気になるんだろ? だったら、ついてきゃいいだろう。別についてくるなとは言われてねえんだし。あいつがいったのは『大丈夫だ』って」
「でも、それは一人で大丈夫って意味で」
「んなことわかってんだよ。けど、気になるんだったら言ったほうがいいだろ? お前、ほんと早死にするぞ」
「はやっ……」
「いや、今のは言い方が悪かったな。胃に穴が開くぜ? お前の心配症は今に始まったこっちゃねえだろうが、そんなんじゃいくら心臓があっても足りねえし、胃に穴あきまくりだぜ?」


 と、ゼラフは鼻で笑うように言った。彼も彼で俺のことを気にかけてくれているのだろう。

 二人に気にかけてもらって俺は幸せ者だ。
 だったら、心に従うのが一番いいだろう。


「ゼラフ、一緒に来てくれる?」
「ハッ、もちろん。ニルを守ってやんよ」
「心強いね。でも、君も嫌なこと言われたら言ってね? すぐにどうこうできる話じゃないけど……ああ、あと、手は出しちゃダメだから。手を出すなら証拠を残さず、人に見られないところでしよう、ね?」
「殴るのは手、止めねえんだな」
「言っても聞かないでしょ、君」


 俺が疑いの目を向ければ、ゼラフは面白そうにニッと口の端を上げた。


「さあ、どーだろうな。お前にかわい~くお願いされたら聞くぜ? 俺は、お前には甘いんだからよ」
「君の好きにしなよ。俺は責任取らない。以上」
「ひっでえ。じゃあ、行くとするか」


 うん、と答えて俺が歩き出せばその後ろを一定の距離を保ってついてくるゼラフ。何だか護衛されているようで少しむずがゆかった。
 いつもは俺がそのポジションなのに、今はゼラフが俺を守ってくれている。なんだか不思議な感覚だ。


(でも、皇太子妃になるっていうんだったら護衛もつけなきゃだろうし……)


 守られる感覚にも慣れておいたほうがいいのかもしれない。
 頭の中でいろんなことが同時に浮かんでは消えていく。先のことだと言ってはいられない。そのいつかは、近いうちに訪れる。
 俺たちはゆっくりと階段を降り、一階へ着いた。二階にいるよりも音は大きく感じ、和気あいあいとした雰囲気の中にまざる貴族特有の毒に俺は口が渇いてきた。
 顔は笑っているが目は笑っていない感じ。相手の懐に潜り込み、良縁を結ぼうとしているのは丸わかりだ。だからこそ、相手の機嫌やら表情やらに敏感になる。
 このパーティーはただの祝いの席じゃない。
 そういうのを感じ取れてしまう自分が恨めしかった。駆け引き無しの関係がいいと思いながらも、そうはいっていられない社会に生きている。前世はそこまで感じなかったが、社会に出ていたらもっと違ったのだろうか。


「ニル、大丈夫か? 顔色わりぃぞ」
「大丈夫。俺、パーティーとか苦手だから」
「ふーん、だからあいつは俺に任せたのか。まあ、理由はどうだっていいが。俺にもたれかかってもいいぞ?」
「そんなかっこ悪いことしないよ。君に迷惑をかけたいわけじゃないし。それに、俺だって貴族の家系の人間だ。パーティー会場ではそれなりにしゃんとするよ」
「我慢強いことで」


 と、ゼラフは目を細めていった。

 ゼラフはこういう場でも常に自分らしくいられるのだろう。だから、わざわざしっかりしていなければと思う俺の気持ちを理解できないのかもしれない。
 俺だってそっちのほうが気が楽だが、どうしても気を張ってしまうのだ。
 それはセシルの護衛としての経験が身に染みているからか、あるいはエヴィヘット公爵家の貴族としての振る舞いを考えてか。
 どちらでもないのかもしれないが、こういった場は気づまりしてしまう。


(まあ、いいや。セシルのことさがそう……)


 広い会場の中、セシルを見つけるのは至難の業だろうがきっとすぐに見つけられるだろうという自信もあった。
 なぜなら、セシルはとても目立つから。そうでなくとも、俺が見つけられなきゃいけない。だって俺は彼の恋人だから。
 そんな思いを胸に会場を歩き始めると、すぐにも令嬢たちに取り囲まれているセシルを見つけてしまった。
 このパーティーの趣旨を思い出し、そりゃそうかともなり足を止める。元から、婚約者もいない皇太子。しかも、魔塔との因縁を断ち切った英雄。そんな彼が囲まれないわけがなかった。
 令嬢たちの近くには目をギラギラと光らせた夫人たちが令嬢たちを見守っており、必ずや皇太子の心を射止めてこいという視線を送っていた。


「ハハッ、あいつは人気だなあ。とられちまうんじゃねえの?」
「はあ……ゼラフはさ、自分が見られていることに気づいてないの?」
「どうせ、俺には話しかけてこねえよ。ああいうやつらは、度胸がねえ。俺は壁に飾れている絵画じゃねえってのにな」


 セシルが囲まれているのはよくわかるが、ゼラフもその他令嬢に熱烈な視線を送られていた。実際には話しかけに来ないが「かっこいい」や、「ヴィルベルヴィント公爵子息様がいるの珍しい」など彼の話題で盛り上がっているようだ。直接言いに来ないのは、ゼラフの性格を知っているのか、単に話しかけに行くのが恥ずかしいのか。
 めったにパーティーごとに顔を出さないものだから、こうやってひそひそと話されるのではないかと俺は思うのだが。
 案の定ゼラフ自身はそんな視線にみじんも興味がなく、セシルを見ながら「あいつのどこがいいんだか」と呟いていた。
 セシルの魅力は容姿だけじゃない。今回は英雄になったとのことで強いのはもちろんだが、学園にいる人であれば彼の頭の良さも知っているわけで。でも、俺が一番セシルの魅力をよくわかっている。


「話しかけづらくない……?」
「俺が割って入ってやろうか?」
「なんかそれは……申し訳なさと、セシルと喧嘩しちゃうんじゃって不安があるからやめて。頃合いを見てから……」


 セシルを見つめていると、ふと何者かの気配に気が付き、俺は顔をそちらに向ける。
 俺の目に映ったのは、少し色あせたゴールデンイエローの髪をオールバックにした貴族の姿だった。顎に生えた髭を触りながら、敵意のある目でこちらを見、ゆったりとした足取りで近づいてくる。


「これはこれは、エヴィヘット公爵子息じゃありませんか」
「……ツァーンラート侯爵」


 アンスガー・ツァーンラート侯爵――この国の宰相を務める男。

 今最も会いたくない相手に出会ってしまい、俺は少したじろいでしまった。だが、こちらが身構えていることに気づけば有利を取られると思い、俺はすぐに挨拶を返す。


「久しぶりです。ツァーンラート侯爵。まさか、侯爵から声をかけてもらえるなんて思ってもいませんでした」
「見知った顔を見つけたからな。話しかけずに通り過ぎることができなかっただけの話だ。エヴィヘット公爵子息」
「そうですか、それはどうも……」


 違う。

 明らかに俺を探していたか、たまたま見つけて話しけて来たという感じだった。言いたいことがありそうな顔を見ればすぐに分かることだ。
 それをわざと隠さず喋りかけてきたところを見るに、何やら良からぬことを考えているらしい。とにかく穏便に……できるのであればこの場をすぐに去りたい気持ちでいっぱいだった。
 何を言われるか予想がつかない。
 俺が笑顔を張り付けたまま攻防戦を続けていると、ふと俺の肩に手を置きグッとゼラフが前に出てきた。


「ツァーンラート侯爵ともあろう方が俺は無視ですか?」
「ああ、すまなかったね。ヴィルベルヴィント公爵子息。君がこのパーティーに出席しているのが驚きだったのだよ。君は社交の場にあまり出てこないだろう?」
「ヴィルベルヴィント公爵が出席しているので、たまには親の背中を見習って社交の場に出ようかと。人脈は大事ですからね?」


 と、ゼラフはいつもとは違う丁寧な口調で言いつつも、どこから荒々しく、こちらも敵意を感じる言い方だった。挑発しているつもりなのだろう。

 だが、こんな安っぽい挑発に引っかかるほどツァーンラート侯爵はバカではない。
 ツァーンラート侯爵は俺とゼラフを交互に見て、顎を撫でた。その気味の悪いねっとりとした麻色の瞳を見ていると、胸の奥にドロッとした気持ち悪い何かを植え付けられてしまうような感覚がする。青鈍色の瞳は、まるで俺たちを値踏みしているようだ。


「いやはや、エヴィヘット公爵子息は確か殿下の護衛騎士ではなかったですかな? なのに、どうしてヴィルベルヴィント公爵子息と一緒にいるのだ? 職務放棄かね?」
「あはは……セシルは…………皇太子殿下が一人で行くといったので、殿下の意思を尊重したまでです。それに、今日は殿下の騎士として出席しているわけではありませんし。ですが、職務放棄というように映るようでしたら、仕事に戻らせていただきますが」
「いいや、結構。だが、どうも私の目には怪しく映るのだよ。君とヴィルベルヴィント公爵子息が一緒にいるというこの光景が。君は男をとっかえひっかえするような男娼だったのか?」
「は……?」


 あまりに、言葉がストレートすぎる。
 黙って聞いていればよくも、といった感じに俺は思わず拳を握った。ダメだ、挑発に乗って下手に出てはいけない。これもきっと計算の内だ。
 だが、ゼラフまで巻き込んでしまった事実は変わらず、彼もまた一緒に侮辱された。セシルがいないからってこんな……


「いや、君が誰とどうなろうが構わんよ。人の趣向まで制限してしまっては監視国家だからな。そんな非道なことはしない。まあ、お似合いなんじゃないか。エヴィヘット公爵子息とヴィルベルヴィント公爵子息は。そうだな、魔塔の件もある」


 と、こちらが何も言わないことをいいことに、あれこれ話すツァーンラート侯爵。

 俺は腰に手を当てたが、いつもあるはずの剣はそこになかった。用事がない時以外はリングにしまわず、腰に下げているのだが、今日という日に限ってリングにしまってある。リングにしまっているからといって、剣を引き抜けないわけでもないがこんな大勢の場でそんなことはできない。
 俺とゼラフがお似合いだと笑いながら言うこの男は、完全に俺たちを見下していた。
 ツァーンラート侯爵は、俺とゼラフの過ちやらなんやらをすべて把握している。それを弄ってきているのは確実だ。


(ダメだ、ここは耐えろ。ニル・エヴィヘット……ここで噛みついたら――)


「ツァーンラート侯爵、お言葉が過ぎるんじゃないか?」
「ほぅ、聞いていないのかと思っていたよ。ヴィルベルヴィント公爵子息」
「……チッ。俺への侮辱はいいですが、エヴィヘット公爵子息への侮辱はいかがなものかと思いますが? 彼は、腐っても後退し殿下の護衛。彼を侮辱するということは、殿下を侮辱すると同義だととらえますけど?」
「フッ……エヴィヘット公爵子息を侮辱したつもりはないのだよ。ただ、そう聞こえてしまったのならすまないね、エヴィヘット公爵子息」
「……いえ、俺は」


 ゼラフが俺を庇ってくれたため、どうにかこの場は収まりそうだった。
 早くここから消えてしまいたい気持ちでいっぱいで、俺は胃がすぼまるような痛みに耐えていた。この人を納得させるのは無理そうだ……そんな諦めさえもちらついている。
 早く終わってくれ、と願いながらツァーンラート侯爵を見ると、青鈍色の瞳と目があってしまった。酷く冷たいその目は、俺の胸に刺さった。


「ただし、一つだけ言っておこう。エヴィヘット公爵子息。殿下をこれ以上振り回さないでいただきたい。殿下は、この帝国の未来を担う存在だ。そんな存在である殿下を誘惑しないでいただきたいのだよ」
「誘惑だなんて、そんなっ」
「正直、君の存在は迷惑でしかないのだよ。騎士団長殿はあれほどいい仕事をしてくれているというのに、息子の君はいったいなんだ。殿下に愛人やらなんやら悪いうわさが出てもらっては困る。皇室に泥を塗るつもりかね、君は」
「は……そんな、そんな、俺は――」
「今の言葉を撤回しろ」
「……っ」


 凛と澄んだ声が聞こえ、俺の身体はビクンとはねた。いや、心臓がはねたのか。
 どちらでもいいが、その声と、ゼラフが掴んでいないほうの肩に手を置かれスッと俺を下がらせた銀色の髪を見て俺は息をのんだ。タイミングがいい。見計らったようなタイミングだ。
 でも、それが奇跡のように感じ、俺の胸は一気に歓喜に締め付けられる。

 セシル――と心の中でつぶやきつつ、俺はセシルの背中を見ていた。彼は、俺に言葉をかけることなく、ただまっすぐにツァーンラート侯爵を見ている。余裕がなく、怒りがにじむ背中を見て、俺は言葉を失った。
 俺は何を言われてもいいのだが、それを擁護したセシルがなんて言われるかわからない。


「おや、聞いていたのですか。殿下」
「ああ、一言一句聞き逃さずにな。ツァーンラート侯爵……さきほど、ニルにかけた言葉を取り消せ」
「はあ……殿下、エヴィヘット公爵子息にそれほど惚れこんでいるのですか。貴方様は昔から賢く、聡明な方だったでしょう。感情に揺さぶられることなく、皇族としての責任を果たし続けてきたお方だ。そんなお方が、たった一人の男に惑わされるなど」
「俺は、侯爵にニルとの関係を一度でも口にしたか?」
「いえいえ、ですが誰にでもそういうふうに映ると思いますよ。殿下」


 侯爵はわざと声を張り上げていった。
 セシルとツァーンラート侯爵が言いあっている様子を、先ほどまで気にも留めていなかった人々がこちらを向いた。視線が一気に集まるのを感じている。

 祝いのパーティーだというのに、こんな――

 俺はいたたまれなさと、居心地の悪さに頭痛がしてきた。元はと言えば、俺がセシルを探しに来たのが悪いのだが。
 セシルは、侯爵の挑発に乗らないよう細心の注意を払っているのか、すぐに言葉を返さなかった。だが、無言は相手にとって有利なものだ。


「殿下、学園を卒業したら子供ではいられないのです。これまで、皇族として多くの公務をこなしてくれたではありませんか。まさか、跡継ぎも産めぬ男と結婚するなど言い出しませんよね」


 ツァーンラート侯爵は小ばかにするようにそう笑ったが、次の瞬間には鋭い目つきに変わった。

 ああ、この人のこの目が嫌いだ。

 わかり切っていることを突きつけられ、俺はこの場から消えたくなった。今すぐに耳を塞いでしまいたい。
 周りの視線は一点に集中する。そして、次にセシルに注がれる。彼が何というのか。また、この話の中心にある俺に関しても視線が向けられる。まるで、周りの人間すべてが敵のようだ。
 分かっていたはずなのに。全ての人間が祝福してくれるわけではないことを。でも、こんな場で、こんなタイミングで暴露なんて最悪すぎる。
 優雅なワルツだけが静寂をかき消し、この場に似つかわしくないくらいに響いていた。この騒動を知らない人間はいるだろうが、時期にこの緊迫感は会場全体に広がるだろう。
 そんな状況下、口を堅く閉ざしていたセシルが空気を振動させる。


「――……ああ」
「セシル……?」


 セシルの言葉に、皆が動揺する。いや、まあそうか、みたいな反応にも見えた。
 この場だからそう言っているのだろうか。それとも、今ので丸め込まれてしまったのだろうか。
 セシルもバカじゃない。この場ではそう言って切り抜けようとしているのかもしれない。でも、どっちにしろ最悪な結果になるだろう。吹っ掛けられた時点で、俺たちの負けは目に見えている。
 俺は、拳を強く握りうつむいた。
 ハハッ、と嬉しそうなツァーンラート侯爵の声がねっとりと耳にねじ込まれる。
 嘘でも嫌だな、と俺は目を閉じた。


「ですよね、殿下。やはり、殿下は聡明な方で――」
「俺はニルと結婚する。誰が何と言おうとも、俺の覚悟は揺らがない。ツァーンラート侯爵、貴様が何と言おうとな」


 動揺は、さらにざわめきに変わり、会場に一瞬にして広まった。
 顔をあげれば、ツァーンラート侯爵の驚愕の表情が目に飛び込んでき、次の瞬間にセシルに抱き寄せられた。俺は、彼にもたれかかるようにし、その場で硬直する。


「殿下、今、何と……?」
「聞こえなかったのか。ツァーンラート侯爵。俺は、ニルと結婚するといったんだ。貴様が何と言おうと、ニルは俺の愛人でもないし、俺を惑わしたわけでもない。俺が、ニル・エヴィヘット公爵子息に惚れているんだ」


 そう言い切ったセシルの言葉に、誰もが息をのんだ。
 でも、多分一番俺が驚いていたと思う。


(セシル、みんなの、前で……)


 決定事項でもない。正式な婚約でもない。
 ただ、この言葉の重みは後々のしかかってくるものだということは認識していた。しかし、見上げればセシルの覚悟の決まった顔があり、俺も腹をくくるしかないと思わされたのだ。


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