みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第5部2章 迷いの果てに

02 祝福の花

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 また静寂が訪れる。

 しかし、驚きはしなかった。この場にいる全員、セシルの秘密については理解していたからだ。
 セシルは『祝福の花』から生まれた存在である。だが、皇族の血はしっかり流れており、現皇帝陛下と皇后陛下の血のどちらも流れていると判明している。ただ、生まれが特殊なだけだ。


(実物を見るのは初めてかもしれない……)


 何の変哲もないただの種に見えるが、よく見れば、光の反射によって色が異なって見える。種子という体をたもちながらも、その表面は青くゴツゴツとしている。見るからに固く、ここから開花するような兆しは一向に見えない。

 祝福の花――それは、三体の竜が生きていた神話自体から存在している太古の花。
 どういった経緯で発見されたかは不明で、種自体も数が少ないと聞く。

 この種は、二人の愛し合うものが同量の魔力と愛情を注ぎ開花するものであり、開花した時二人の血を受け継ぐ子供が生まれるという特殊な花なのだ。ファンタジー世界だからあり得ると、ゲームをしていた時は思ったが、実際同性であっても花から自分たちの血を受け継ぐ子供が生まれるなどありえない話だ。
 でも、その前例としてセシルがいる。そして、ネーベル殿下もまた同様にだ。


(現皇后陛下は、子供が産めない体質だった。だから、皇后陛下を下ろそうとしていた人間も多くいたって聞く……)


 だが、皇帝陛下は愛した皇后のため側室は取らないといい、祝福の花を用いて跡継ぎを残した。祝福の花は、同性以外であっても魔力を注ぎ、愛を注げば開花するという性質を持っている。ただ、愛という感情の不特定さと、魔力を注ぎ続けなければならないという苦行はそう簡単に耐えられるものではなかった。
 ゆえに、祝福の花が開花することはまずないと。

 しかし、皇帝陛下と皇后陛下はそれをやってのけた。そうして、セシルが生まれたが、通常の出産とは違い、花から生まれたセシルを奇怪な目で見る人は少なくなかった。この事実を知っている人間は多くはないが、知っている多くはセシルを気味悪がったのだ。
 だが、セシルに皇帝陛下と皇后陛下の血が流れていることが判明してからはその噂はパタリと止まった。それ以上言えば、自分の首が飛ぶと思ったのかもしれない。
 でも、陰湿な嫌がらせというか、セシルに向けられる目はすぐに変わらなかった。陛下の見ていないところであればセシルにどんな目を向けても構わないと。セシル自身も、それを密告しなかったし、無視していた。
 けれども、幼い彼の心に傷をつけたのは言うまでもない。


「祝福の花の種子……ですか、父上。それを、どうしろと」
「賢いお前なら分かるだろう。それが試練だ。お前が学園を卒業するまでの半年の間にこの種子を開花させよ」
「……っ、それは」
「無理だというのなら、エヴィヘット公爵子息との結婚はあきらめろ」


 陛下の冷たい言葉にセシルは頭が上がらなくなる。
 初めて彼の瞳に迷いが浮かぶ。あのセシルが動揺を隠しきれていない。それほどまでに困惑しているのだろう。


(無理難題だ……)


 確かに、祝福の花は愛情と魔力を注ぎ続ければ半年ほどで開花するだろう。だからこそ、そのタイムリミットは妥当……だが、半年というのは最短での話であり、これまた前例がない。セシルだって一年ほどかけて生まれてきたわけだし、その半分ともなれば話が変わってくる。
 また、セシルが懸念しているべき点は魔力を注ぐということ。

 セシルの夜色の瞳が俺を見た。寂しさに揺れているその瞳を見て、俺は声をかけてあげたかったのにどう言葉をかけるべきか浮かばなかったのだ。

 開花の必須条件は魔力を注ぎ続けること。

 陛下も俺の身体のことについては理解しているはずだ。それでも、それしか方法がないのだろう。
 セシルの皇族の血を引く子供が生まれれば、ツァーンラート侯爵を黙らせることができる。しかしそれは、あまりにもハードルが高すぎることだ。

 ツァーンラート侯爵はどう思っているのだと見れば、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
 彼は二度も、祝福の花の開花を目の当たりにしている。そして、セシルの誕生を祝っていなかった、むしろ反対していた貴族の一人でもあった。
 当たり前だ。前例のない方法で子供を産むと言い出した陛下に対し、ツァーンラート侯爵は側室を迎え入れろと言ったのにそれを聞き入れてもらえなかった。陛下もまた頑固者であり、愛に溢れた人だったから。政略結婚だったとはいえ、愛したたった一人の妻以外の子供は産まない、側室はとらないと拒否したのだ。
 そして、皇后陛下もそれに応え祝福の花による子供を授かる方法を選んだ。子供が産めないという体質だったために、その時期は酷い言葉を浴びせ続けられた。それでも、皇后陛下は強かな人で、その言葉に耐え、セシルを授かった。
 しかし、セシルが生まれてからも、皇族の血を引く人間が一人では――と言われ続け、二人目となるネーベル殿下を授かったのだが、過度な魔力放出により、現在はベッドで寝たきりの状態になっている。
 祝福の花を開花させるためにどれほどの魔力が必要かセシルは知っている。皇后陛下の容態のことを知っているために、その提案を飲めないのだろう。

 皇后陛下は、現在波長の合う従者に魔力を注がれ生きている状態だ。また、ネーベル殿下も母親である皇后陛下に魔力を注いでいると聞く。そうしなければ、皇后陛下は死んでしまうのだ。


(俺の魔力は少ない……だから、祝福の花に魔力を与え続けていたら、皇后陛下のように……)


 いや、それよりもひどいかもしれない。
 最悪の想像は頭をよぎったが、それしか方法がないのなら俺は陛下がくれた提案に乗ろうと思う。
 セシルとの未来を諦めたくない。
 身体のことは最悪どうにかなる。まず、セシルとの未来を築くための土俵にすら立てないなんて嫌だ。


「陛下」
「どうかしたか、エヴィヘット公爵子息」
「……俺は、陛下のその提案を受け入れたいと思っています。陛下のご慈悲に感謝申し上げます」
「エヴィヘット公爵子息は、覚悟が決まっているようだな。それで、我が息子であるセシルはどうなのだ?」
「俺は……」


 セシルは口ごもった。
 本当に珍しい彼の顔を見て、今すぐにでも抱きしめてあげたい気持ちになる。俺の気持ちを伝えて、頑張っていこうと励ましたい。
 けれど、それはこの話し合いが終わってからだ。今、ここでセシルがうんと言わなければこの話自体がなかったことになる。
 そうなれば、ツァーンラート侯爵に負けたことになるし、俺たちの未来は永遠に絶たれてしまう。
 それだけは避けたい。
 セシルは、星のない夜のような瞳を閉じ、整った口を開いた。


「分かりました。父上……父上の慈悲に感謝します」
「うむ。では、本日から始めるといい。時間は有限だぞ」
「はい、承知しました」


 セシルも覚悟を決めてくれたのだろうか。だったら嬉しい。
 そう思っていると、話に取り残されたツァーンラート侯爵が口を開いた。今ので話し合いはまとまったじゃないかと、見れば、青鈍色の殺意にこもった瞳と目があってしまった。ぞわぞわっと背筋に冷たいものが走っていく。
 どうしてこの人はそこまで、歴史やら昔の考えに縛られ続けているのだろうか。


「ツァーンラート侯爵、何か言いたいようだが」
「陛下。勝手に決められては困ります」
「……今の話は、君にとって何のデメリットもない話だろう。歴史や規律を重んじる君に対しても受け入れてもらえる提案だと思ったが」
「陛下は、またそのような方法を勝手に!!」
「花が開花しなければ、君の言う通りにしよう。そのときは、セシルの相手については、君に任せることにする」
「はは……陛下…………それでは、ファルファラ王国の第一王女との縁談を進めるということでよろしいですか」
「半年後の話だ。今進められても困る」


(ファルファラ王国の第一王女って……レティツィアのこと?)


 ツァーンラート侯爵が提案したのは、レティツィアとの結婚。
 確かに、ファルファラ王国にも恩があるし、両国の王家が結ばれればその力は強固なものになる。貿易やら他の問題も、もっとよくなるかもしれない。ツァーンラート侯爵の狙いは初めからそれだったのだろう。
 半年後、花が咲かなければセシルはレティツィアと結ばれることになると。

 これまた複雑な気持ちだったが、まずは目先のことに集中しようと思う。

 ツァーンラート侯爵の言葉は一旦無視して、やれることをやるしかない。この男が邪魔してくる可能性も考えられなくはないが、与えられた時間は短い。
 話し合いはそこでいったん終わり、俺たちは祝福の花についての話を聞くこととなった。
 育て方は魔力と愛情を注ぐ以外は、他の植物と同じで土に埋めると。水は与えなくてもいいし、日光に当てなくてもいい。だが、花への接し方次第で、生まれてくる子供の性格が変わるとかも言われた。しかし、それらすべてこれまで伝承に乗っていた不確かな情報なので何とも言えないと。
 そんな話を聞いていると、なんだか不安になってくる。
 提案自体に忖度はないものの、俺たちは想像以上に険しい道を選んでしまったのかもしれない。でも、他に方法がないのだから仕方がなかったのだ。
 むしろ、これで花が咲けばセシルは皇族としての役目を果たしたことになるし、万々歳じゃないだろうか。

 一通り、話を聞き終え、俺たちは鉢植えと土を選びに皇宮のあの庭園に向かうことになった。その道中、先ほどまでずっと黙っていた父が俺の後ろから声をかけてくる。


「ニル」
「何でしょうか、父上」


 振り返れば、これまた心配そうに俺を見ている父の姿があった。
 父も俺の身体のことを知っているし、それで心配したのかもしれない。あるいは、あれだけツァーンラート侯爵に勝手を許した自分を責めているのかもしれない。
 でも、どちらにしても、心配してくれるだけで俺は嬉しかった。そして、俺が選んだ道を否定しないでいてくれた父に何よりも感謝している。


「先ほどのことは、すまなかったな。何も言ってやれなかった」
「大丈夫です。父上。それに、陛下の前でしたし、勝手は許されなかったでしょう。父が、俺の選択に対して何も言わずにいてくれたことが嬉しいです」
「メリッサにも言われているからな。お前は好きなように生きればいい。俺もそう思う。険しい道だがな」
「それも承知です。それでも、俺はセシルと結婚したい。守りたいし、支えたい」


 覚悟が決まれば、あとは進むだけだった。だから、怖いこともあるけれどただひたすらに前を向いて歩ける気がしたのだ。
 俺の言葉に父は安心したのか、そうか、と言って俺の頭を優しく撫でた。


「俺の力が必要になればいつでも言ってくれ」
「はい、父上」
「とくに、宰相には気をつけろ。先ほどもそうだが、お前のことを本気で潰しにかかってくるだろうからな。証拠さえつかめれば、すぐにでも陛下の前に引っ張り出すがな」
「心強いです。父上」


 父は本気でやってくれそうで心強い。
 ツァーンラート侯爵が仕掛けてくる可能性は視野に入れておいたほうがいいだろう。何が何でも、祝福の花の開花を邪魔してくるだろうし。でも、それがバレればあの人もただでは済まない。


「まったく、あの宰相は何を考えているのかさっぱりだ。頭の固いやつはどうも好かん」
「父がそんなこと言うの珍しいですね」
「そうか? どうも、あの宰相とは合わないのだ。その地位に座りふんぞり返って笑っているようにも見える。見下しているんだろうな、俺たちのことも」
「あはは……まあ、そんな気もしますが」
「あの男を相手するくらいなら、元副団長殿のほうがいくらか話しやすかった」


 と、父はこぼした。

 あの日以来、父からメンシス卿に関する言葉が出てくるなんて初めてだ。
 父の顔を見れば、メンシス卿のことを考えているようにもみえ、もしかしたら好かない人間だったがそれなりにうまくやっていたんじゃないかと思う。


「父は、メンシス卿のこと……次の副団長のことをどうお考えなのですか」
「ん? まだ検討中だ。副団長の座は早くにも埋めてしまいたいが、そう簡単なことではないだろう? そういう面では、元副団長殿はしっかりとやってくれていたと思ってな。その後任を探すのは骨が折れる。ただ強いだけではだめだ。聡明で、努力を惜しまない人間でなければ」
「大変そうですね……すみません、騎士団のこと」
「いや、いい。ニルが騎士団に入ってくれることを望んでいたが、お前が一番幸せになれる道に進んでくれれば俺はお前の親として、これ以上ないほど幸せだと思う。ニル、お前も大きくなったな。ちゃんと自分の言葉で、覚悟を持って動けていると思うぞ。誇らしい」
「父上」


 素直にほめられてしまい、恥かしさのあまり口元を覆ってうつむいてしまった。
 父にそんなことを言われたら照れてしまう。
 それから、父は俺の頭をわしゃわしゃと撫で、仕事があるからと言って行ってしまった。大きな背中はあっという間に見えなくなり、寂しい気持ちも生まれる。
 だが、庭園に向かわなければと俺は足を進めた。そこで、ふと先に行っていたはずのセシルが前からやってくるのが見えた。
 銀色の髪は外から差し込む光に当たって輝いている。でも、その顔は依然として暗かった。


「セシル」
「……ニル」


 俺が話しかけてやっと彼は俺に気づいたようだった。俺は、先ほど抱きしめられなかったため、彼に駆け寄って口で話すより先に彼を抱きしめた。
 セシルの身体が冷たいように感じたのはきっと気のせいじゃないのだろう。


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