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第6部1章 君の隣で歩みだす未来
04 ディーデリヒ先生の訪問
珍しい訪問者がエヴィヘット公爵邸に訪れた。
「お久しぶりです。ディーデリヒ先生」
「もう、君の先生じゃないんだ。先生なんて呼び方はよしたまえ」
「それでも、ディーデリヒ先生は俺にとって先生ですよ。俺の進路担当の先生……先生が、俺を否定しずに背中を教えてくれたおかげで俺は、今ここにいるんです」
「はあ……そう言ってもらえるのは嬉しいが。それは君たちの力だ。私が何かしたわけではない。エヴィヘットくんが決め、そうして悪意に立ち向かった。これからもきっと二人でやっていくだろう」
茜色の瞳が伏せられる。
とある休日の昼下がり。エヴィヘット公爵邸に戻ってきた俺に、ディーデリヒ先生が訪ねてきた。
ディーデリヒ・ブリッツ――伯爵家の次男で、モントフォーゼンカレッジの教師。そして、魔塔と敵対していた組織に属する男。
俺が四年生の時に、俺の進路担当をしてくれた先生で、何かとお世話になっている。そんな先生がわざわざ俺を訪ねてきた理由はまだ分からない。ただ、彼と話すのは久しぶりだったため、こちらも近況報告をしたいなとは思っていた。
「ありがとうございます。でも、本当に感謝してるんですよ。先生には」
「まあ、そういうことにしておこう」
ディーデリヒ先生は、ため息交じりにそういって、石のように固い顔をこちらに向けた。
セシルと似ているが、ディーデリヒ先生はさらに感情が読めない人である。やはり、魔塔にスパイとして潜り込んでいるだけある特殊部隊の人らしい人間だ。纏っているオーラは独特なものに感じる。
でも、だからといってやりにくいわけでもないし、先生が優しい人であることは知っている。
(……前言撤回、ちょっとやりにくい!!)
関係値としては、元進路担当。しかし、学科が違ったためにほぼ関わっていないに等しい。どちらかと言えば、ゼラフやあの後輩二人のほうが関わりあるだろう。
(訪ねてきたってことは、気にかけてくれているってことだろうし。う~ん、ディーデリヒ先生が積極的に会話を広げるタイプじゃないだけで……)
セシルよりもやりにくい。いや、セシルとは関係が構築された結果今に至るわけで、最初のうちはたどたどしかったことを思い出した。
ディーデリヒ先生も攻略キャラだ。そのため、俺は元死にキャラなので、本来であれば全くかかわりがないまま終わるはずだった。どういった縁か、彼と関わることとなったのだが、如何せん謎の多い人でもあるため、どこまで踏み入っていいかラインが分からない。
俺は、この何とも言えない空気をどうにかするべく、パッと話題を変えることにした。それは、ある話を小耳にはさんだからである。
「そうだ、先生。アイネとフィリップは元気ですか?」
「リヒトヤーくんと、ツァーンラート……いや、今はツークフォーゲルくんだったか。ああ、元気だ」
「それは良かったです。先生は、今年から魔法科三年生の担任になったと小耳にはさんだので」
「その話は誰から?」
「えっと、フィリップ……ツークフォーゲルくんからです」
俺がにこりと笑うと、ディーデリヒ先生の顔が少しだけむすっと中心に集まった。彼も、表情筋は機能しているのかと安心する。
ディーデリヒ先生が顔を歪めたのは、あの軽いノリの後輩フィリップが、その軽さを裏切らない、口の軽さだったからだろう。別に、漏れても何の問題もない情報だが、情報統制に厳しい組織に属している先生からしてみれば、そういった些細なことでも漏れてしまっているのが許せないのだろう。
まあ、それはおいて置いて。
フィリップは、セシルの協力もあり、あの元宰相ツァーンラート侯爵を懲らしめる前に何とかツァーンラート侯爵家の親戚の養子になることができた。
現在は、フィリップ・ツァーンラート改め、フィリップ・ツークフォーゲルと名乗っている。
養子に行った先は、ツァーンラート侯爵家よりも温かい雰囲気で、何より自由に生きたいという彼の願いを真正面から受け止めてくれているらしい。今後改革される魔塔への就職を希望しているフィリップに対しても、苦言を呈さない。彼にとっては過ごしやすい環境だろう。
また、ツークフォーゲル家での彼の立ち位置は、三男にあたるため、アイネともし上手くいったとしても結婚はできるだろうとのこと。そこが、彼にとっては重要だろう。
「エヴィヘットくん、ツークフォーゲルくんとは、仲が良かったのか?」
ディーデリヒ先生は、心配そうに俺を見てきた。
彼は、ツァーンラート侯爵のした一連の出来事を知っているため、その息子だった彼について聞きたいのだろう。
フィリップが、ツァーンラート侯爵に情報を横流していたことは判明したが、その後協力的な姿勢を取ってくれた。もし、あの時、一回目の襲撃で、祝福の花が枯れてしまったらきっと俺はフィリップを許せなかっただろう。でも、同時に彼も自分のせいで……と悔やんだはずだ。
彼は善悪の判断がつかない子供でもないし、心を痛めることができる常人だ。
やったことは許せないが、その後協力的な姿勢を見せてくれたことで、彼への好感度は今も横ばいである。
親に逆らえないというのはよくわかる話だし。
「仲がいいっていうか、かわいい後輩ですよ。いろいろあったけど、親と子供は別ですから。まあ、かといって切り離せるものでもないですけどね。だから、今どうしているのかなって気になって」
「……ツークフォーゲルくんは魔法の成績がいい。単純な攻撃魔法や防御魔法ではなく、特殊魔法を得意としているがために、頭の回転がいいんだろう。魔法に対する探究心もあって、目を見張るものがある……が、時々授業で寝るのはマイナスポイントだ」
「あはは、確かにフィリップはそんな感じします」
「まったく……彼のようにすべてを器用にこなせるわけではないのだから、しっかり聞いてほしいものだ。補習をしなくてもいいだけましだが」
「先生の言う彼って、ゼラフのことですか?」
俺が聞き返すと、ディーデリヒ先生は「そうだ」と頷いた。
ゼラフは、本当に出席日数ぎりぎりで卒業したと聞く。ディーデリヒ先生が、彼の授業を受け持っていたかどうかは知らないが、魔法科の学生とはいえ多く接点があったわけではないだろう。
(ああ、でも、そこは魔塔のつながりかな……)
元魔塔の元管理者ズィーク・ドラッヘン。ズィーク卿は、ヴィルベルヴィント公爵の弟にあたる存在で、ゼラフのことを手ごまとしていいように使っていた。
そういう経緯もあって、ディーデリヒ先生は魔塔に対抗する一組織としてゼラフを監視していたのかもしれない。ただ、ゼラフも監視されていることについては気づいていただろうし、どちらも相手が食えない人間だと思っていたに違いない。
「ヴィルベルヴィントくんは、サボり癖はあるものの、ほぼテストで好成績を収めていたからな。いつも学年で一位だった。私が、授業を休んだ先生の代わりに行った抜き打ちテストも、ものの数分で解いて教室を出て行くような男だったからな。もちろん、満点だった」
「ディーデリヒ先生の中で、ゼラフはかなり評価が高いんですね」
「私も一、魔法の研究者だ。彼の無限の魔力にはとてもそそられる。それ以前に、あの元魔塔の管理者のもとにいたとなれば、膨大な知識量を持っていることだろう」
ぶつぶつと、ディーデリヒ先生はそう言って指を優しく噛んでいた。
研究者にとって、ゼラフの魔力が魅力的なものに見えるのは理解できなくもなかった。だが、ディーデリヒ先生はゼラフを拉致して無理やり調べることをしないだろうし、ゼラフにわざわざ声をかけて接点を作るなんてこともしないだろう。
ゼラフ自身が、もう魔塔のことと関わらず生きていきたいと思っているから。それを、ディーデリヒ先生が知らないはずがない。
「とにかく、ヴィルベルヴィントくんはああ見えても魔法科の中で優秀な学生だった。それが、騎士になるという進路を選んだのは意外だったが、彼なりに考えた結果だろうから尊重している」
「ふっ……」
「どうした、エヴィヘットくん。いきなり笑ったりして」
「いーえ。ディーデリヒ先生って、あんまり喋らないイメージだったので、なんだかこう会話になってるって面白くなっちゃって」
「……私を何だと思っているんだ。エヴィヘットくんは」
「俺が貴方と関わったのは、ほんの半年ほどですから。深く知らないうちに卒業しちゃいましたし。今は、俺の後輩の担任を務めているってことで、そこもなんか縁を感じちゃうんですよ」
俺の言葉に、ディーデリヒ先生は頷くことも否定することもしなかった。
ただ、じっと茜色の空を彷彿とさせる瞳でこちらを見ている。その視線の先を追ってみれば、俺の白い髪の毛に行きついた。
「ああ、かなり真っ白くなったでしょ。もう三分の二程度は白いんですよ」
「見すぎてしまったか」
先生の言葉に、俺は「大丈夫です」と返して微笑んだ。
もう頭のてっぺんくらいしか黒いところはない。三分の二は雪のような真っ白な色になっている。
とはいえ、はえてくる髪の毛は黒いし、伸ばしていたらまた色が黒に戻るのではないかと期待したが、髪の毛もこの年になってくるとあまり伸びない。それかもしくは、これ以上伸びることはないみたいな呪いにかかっているのかもしれない。
どちらにしても、この髪色は、これまで俺が努力してきた証拠なので、今は悪くないと思っている。
「それはそうと、先生。ここに来た理由をまだ聞いてませんでしたね」
俺は、自分の髪を弄りながら先生のほうを見た。
場を温めたのは、突然家にやってきたディーデリヒ先生の用事は何か聞き出すためだ。話題を戻すと、ディーデリヒ先生は、難しい表情になったのち、膝の上で握っていた拳をさらに握り込んだ。
「悪い知らせがある」
「と、突然ですね……いや、俺から聞いたんですけど。悪い話?」
「私が、ある組織に所属していることは話しただろう。前魔塔のやり方と反する思想を持ったがために、魔塔から独立した存在。そして、我々は前魔塔を崩壊させるという悲願を間接的だが達成した。しかし、我々の組織にスパイが紛れ込んでいたのだ」
ディーデリヒ先生は、そういうと息を吐いた。
突然のことで頭がついていかなかった。
守秘義務のため、組織の名前も分からないし、どこで活動しているかもいまだ不明である。規模も分からないし、安全かどうかも。
そこを聞いたところで教えてくれないのは明白だ。
「つまりは、二重スパイがいたってことですか?」
「そうだ。魔塔も我々の存在に気づいていたようで、いつの間にかこちら側にスパイを送り込んでいた。そのため、魔塔が崩壊した今、厄介なことになっているんだ」
「それを俺に知らせたわけは?」
俺が訪ねると、急かすなと制されてしまった。
なんだか焦らされている気がしてならない。
(でも、二重スパイ……魔塔……)
嫌な思いでしか蘇ってこない。
ゼラフのことも、あそこで受けた拷問まがいの実験も、竜を崇拝していたおぞましい男も、その男の末路も……母の死も。
解決したこととはいえ、強烈な記憶を俺に残したのが魔塔だった。現在、改革をし、新たな帝国のための魔法機関とするために動いているらしい。だが、魔法という特殊で便利なものにのめり込むものは多く、それを悪用しようとするものは後を絶えない。
また、ズィーク卿のような人間が出てくるとも考えられる。
俺が、眉をひそめていると、ディーデリヒ先生は「辛い話だが」と前置きし、続けた。
「その二重スパイは、ズィーク卿と竜を崇拝……信仰していたそうだ。また、あのような悲劇が起こりかねない状況であるということだ」
「……っ、ズィーク卿を」
血の気が引いていく。
ディーデリヒ先生の言い方から察するに、その人間を取り逃がしたということだろう。現在追っている最中のようにも思うが、あのズィーク卿を崇拝し、信仰していたとなるとかなりのやり手ではないだろうか。しかも、二重スパイを完遂した人間ともなれば、簡単には捕まえられない。
「その男が何をしようとしているっていうんですか」
「ズィーク卿の意思を継ごうとしているらしい……が、これは我々の組織の見立てだ。私は、もっと恐ろしいことをしようとしていると考えている」
「恐ろしいこと?」
「……ズィーク卿の失敗を踏まえ、自らが竜になるのではなく、竜の血を引き継ぐもの、もしくは竜自体を暴走させ、支配下に置こうとしているのではないかと」
「そんなことが可能なんですか?」
前のめりに聞くと、ディーデリヒ先生は懐からとある本を取り出した。それは、神やけしており、表紙もかなりボロボロだ。文字も削れておりなんて書いてあるかわからない。そもそも、その文字は、現代で使われているものではなかった。
「これは?」
「私が、組織内でひそかに調べているものだ。竜は神聖な存在であると同時に、人を滅ぼしかねない存在だ。しかし、人に害を直接与えようとするのは稀……」
「つまり、何かの要因で人に害をなす存在になると?」
俺の質問に対し、ディーデリヒ先生は深く頷いた。俺は、ますます眉間にしわが寄るのを感じ、不安をぶつけるように、先生に視線を送った。
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