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第6部4章 幸せな未来と宝物
09 未来で待ってる
気づく要素はいくらでもあった。
まず前提に、彼――ヨルと名乗った青年は、実は記憶喪失ではなかった。どういった経緯で、ドラーイコルク島にたどり着いたかもわからないし、彼がどこから来たのかもいまだによくわかっていない。
でも、一つだけ確かだったのは、彼が使う剣と彼が俺とセシルに向ける瞳。それがすべてを物語っていた。
なんでもっと早くに気づかなかったんだろうと、自分が情けなくなるくらいには、彼の些細なアピールを見逃してしまっていた。
「……お父様」
彼の口から父親の名前が出る。
すでに、俺たちに正体がバレているので隠す気もないのだろう。取り繕っていた他人としての顔がはがれていく。最後に残ったのは、不安でいっぱいな青年というには幼い少年の顔。今にも泣きそうで、それをこらえているのがよくわかった。
「フィル、お前がすべて背負う必要はない」
「……いつ」
「ん?」
「いつ分かったの……わかったんですか。俺が、フィルマメント・プログレスだって」
フィルマメントは、震える唇を何とか開いてそういった。
セシルはその質問に対し「割とすぐにだ」と答えて剣をしまった。俺はフィルが手放した剣をサッと回収しセシルのもとへと走る。パシャパシャと水がはね、破門があちこちに広がっていく。
「この剣……さ、俺たちの剣を一度溶かして作ったやつじゃない?」
「……ニル……父上正解です」
俺が剣を見せれば、フィルマメントあっさりと認めた。
見たときから目を引いたその剣はどこかで見覚えがあった。でも、まさか俺とセシルが所有している剣――相棒を溶かして作り直した剣だとは思わないだろう。
だから、基本は夜空色で、時々澄んだ真昼の空のようにも見えたのだ。
魔鉱石で作られているため、そもそもが特殊なのだがそれをさらにブレンドして作った剣ということで扱いは非常に水かしいはずだった。魔鉱石で作られた剣なんて、使う人間の技量が足りなければ真価をはっきりないのだから。
フィルマメントは視線を下に落としたまま顔を上げようとしなかった。
(よくよく見れば、俺たちの子どもだってすぐわかるのにね)
まあ、それでも気付かなかったのは様々な要因が積み重なってだ。まだ赤ちゃんのフィルマメントとも顔を合わせているし、彼は本当にうまく隠し通していた。何故俺たちに言ってくれなかったのかは分からないけど、それがもし、本来ここにいるはずのないフィルマメントだからという理由であるのなら納得がいくような気もした。
とにかく、彼は自身がフィルマメント・プログレスであることを認めたのだ。
「セシルは本当にいつ気付いたの?」
「……今回は俺のほうが早かったのだな。こういうことにはニルのほうがすぐに気付きそうなのに」
「い、嫌味!? えーっと、それで、いつなのさ」
「だから言っただろう。割とすぐにだ。お前が浜で拾ってきたと聞いて剣を交えたとき。あの時、お前と同じような受け止め方をした。それが理由になったわけじゃないが、ニルに重なる部分があったしな。それに、あいつの腕力は俺譲りだろうし。他にも気づく要素はあったんだ。それを、ニルに言うかどうかは少し迷ったが」
そうセシルは言って「すまない」と俺に謝ってきた。
確かに、セシルの言う通り気づく要素はあったが、確証はなかったというか。俺の場合は、彼が竜殺しの呪いを受けているがために彼を拒絶する本能のほうが勝ってしまったというか。多分それが原因なのだろう。
でも、懐かしさや心で感じるものはあったし、俺が彼を気にかけていたのは息子だったからというわけだ。
セシルがヨルという人間に少し甘かったのもそれが理由だろ。
セシル自身、今目の前にいるフィルマメントが記憶喪失だと嘘をついていることに関しては知っていたのだろうか。
(まあ、聞きたいのはそこじゃないんだけど……)
俺は、フィルマメントのほうを向いた。
彼はうつむいたまま黙っている。
「フィル、何で俺たちに嘘ついたの……? それに、何で君がここにいるのか、知りたい……放せる範囲でいい。ゆっくりでいい。でも、君が傷つくようなことをしようとしているのであれば、俺たちは全力で止めるつもりだよ。だって、俺は君の親だから」
オセアーンをすぐに殺そうとしたのもきっと理由があってだろう。そうでなければ、俺たちの子どもが命に対してそんな軽率な方法を取らないだろうし。
これは、勝手な俺の想像だけど。
フィルマメントは、視線を漂わせたのち「話すと長くなります」と一言言って顔を上げた。その目には少し涙が溜まっているように思う。
訳ありだな、と俺は背筋を伸ばした。セシルも隣で「言える範囲でいいからな」と優しく声をかけている。
フィルマメントはそんな俺たちに背中を押されるように「俺は」と口を開いて事の経緯を話し始めた。
「……俺は、未来からやってきた貴方たちの息子であっています。フィルマメント・プログレス……それが俺の名前で、サテリート帝国の皇太子。その剣も、父上……ニル・プログレスから譲り受けたもの、というか父上の遺品とお父様……殿下の愛剣を一度作ったものであっています」
言いにくそうに彼はそういって、剣を返すよう促してきた。
俺はセシルと目配せし、彼に剣を返す。
きっと変な行動に出たりしないだろうと思ったからだ。それに、彼にとって大切なものでお守り替わりともなっていれば返さないわけにはいかない。彼の心のほうが大切だ。
フィルマメントはそれを受け取ってありがとうございます、と頭を下げる。
ただ先ほどの言葉に物騒な単語が含まれていたことを俺は聞き逃さなかった。まあ、彼が前に言ってくれた夢の話から想像はついていたものの、実際にその話をされると心に来るものがあった。
しかも、それは俺の望まぬ形での死だったのだろうし、周りが望まなかった死でもあっただろうから。
寿命を迎えて死んだのであればそれでいい。でも、そうじゃないとしたら未来の俺……あるいは、平行世界線の俺はやるせなかっただろうなと思う。結局未来まで行っても俺の死亡フラグは消えていないというわけだ。
死にキャラなのだから仕方がないと言われればそれまでだが、誰もが望まぬ形で死ぬことはその人たちの心に傷をつける行為となる。
「俺、死んだんだ……」
思わず、ぽそりと口から出てしまい慌てて口をふさぐ。隣で聞いていたセシルは、俺の肩を抱き寄せギュッと抱きしめた。
「フィル、お前は過去を変えにやってきたのか? ニルが死なないために」
「多分ですよ。俺が過去に行きたいって願っていけたと言えばそうかもしれませんけど、時間や時空に干渉する魔法は神話の時代に潰えてしまった。人間がそんなことできたら、歴史上の主要人物を暗殺し放題でしょうし……だから、本当にこれは奇跡だった」
「そうか」
「けど、俺は何も父上だけを助けようと思ってここに来たわけじゃない。お父様は……殿下は、父上のこと大好きでしょうけど、俺も大好きで。でも、俺が好きなのは、父上、だけじゃ、ない、から……」
消えるようにそういって俺たちが返した剣をぎゅっと握りしめた。
俺はその言葉を聞いて、そういうところは俺に似ているのかと感じた。セシルは、ん? というように首をかしげているが、俺にはよくわかった。
(フィルにとって大切なのは、俺だけじゃなくてセシルもなんだよね)
セシルは自身がフィルマメントに嫌われていると思っていた。でも、最近はフィルマメントはセシルにも懐いて「ちぇち」なんて呼んでいる。それが大きくなったらどうかは分からないが、きっと今目の前にいるフィルマメントはどちらも好きで、親だと思っていて、守りたいと思っているのだと。
そして、俺が死んだらセシルが傷つくことを知っている。フィルマメントはセシルの心も守りたかったのだ。かつて俺が、自分が死んだら彼の心に傷をつけることになると分かって、自身の死亡フラグを回避しようとしていたように。フィルマメントもまた、俺とセシルの二人を守りたいと思っていてくれるのだと。
セシルには分からないか、と俺は彼の身体にすり寄った。
「愛されてるんだね、俺たち」
「そう、だな……」
「フィル、ありがとう。そう思って行動してくれて」
「……でも、結局解決はしてない。あまり、言いたくないけど……そう、夢の話。あれが、本当に起きたんだよ」
フィルマメントは語ってくれた。
自分が生きていた未来では、俺たちの新婚旅行はもう少し後だったらしい。そのときにはフィルマメントは物心ついており、一緒に行くこととなった。新婚旅行といっても長旅ではなく、短い旅で。でも、その旅行の後調査が入って、そこで目覚めたオセアーンに俺が殺されたと。
ちなみにフィルマメントの生きていた世界――未来では、ヴォーゲ卿が死ぬことなく、竜を支配する術を手に入れていたらしい。そのため、魔塔の残党は力をつけ、手に負えないほど勢力を伸ばしてしまっていたらしい。考えられる中で最悪のシナリオだ。
そして、運よくセシルとフィルマメント、残りの人たちは逃げることができたものの、ドラーイコルク島を中心に嵐が起き帝国とアルカンシエル王国に甚大な被害が出た。その竜の討伐が行われることとなったが、幾度も魔塔の残党と衝突し、そのたび戦力が削られたらしく、長期的な作戦となったそうだ。
そのときにはフィルマメントは十五歳になっており、十年ほどの月日が流れていたらしい。
セシルは俺を失った孤独と憎しみから、ただひたすらに復讐することだけを考えていたというのだ。
本来ニルはゲームが始まる前に死ぬ存在で、ニルを失ったセシルは精神が崩壊寸前まで追い詰められていたが、アイネという主人公によって救われた。
しかし、未来ではそれ以上の悲劇に見舞われ、セシルは壊れてしまったと。
(酷い話……俺が死んだらってずっと考えていたけど、考えていた以上の悲劇だな)
一時的にオセアーンを弱体化させ、眠りにつかせることには成功した。オセアーンという竜はとにかく天候を操り、水害を起こすために一番厄介だったそうだ。魔塔の残党たちが狙っていたのがよくわかるほどに、支配下に置いてしまえば兵器と言っても差し支えないほどに恐ろしい存在へと変化を遂げた。
だが、オセアーンを弱体化させたものの、魔塔の残党は次々に各地で眠る竜たちを目覚めさせ、竜と人の戦争が起こったそうだ。それがさらに四年ほど続き、どうにか魔塔の残党の首、つまりはヴォーゲ卿をうち倒すことができた。
だが、タイミング悪くオセアーンが目覚め、セシルは重傷を負い昏睡状態。そのときには十九歳になっていたフィルマメントがセシルの代わりに、オセアーンを殺したと。いわば敵を討ったというのだ。
しかし、十四年も続いた戦争の傷はすぐには癒えず、帝都は崩壊していたし、人々も生きる気力を失っていた。竜がもたらした被害は計り知れなかった。
セシルがこん睡状態に陥ったことで、フィルマメントが次期皇帝にならなければならないと、即位式の準備をしていたそうだ。そんなとき、この世界……過去に飛ばされたと。
「お父様が目覚めないので、俺が皇帝ニルしかない状態でした。そのときにはすでに、アルカンシエル王国もファルファラ王国も甚大な被害を受けていて、国の復興のために疎遠になっていたんです。国際的に協力し合おうとかそういう話じゃないくらいに、大陸はめちゃくちゃになりました。それを暗黒時代と呼んで、次の世代……俺たちに託されてしまったんです」
「……フィルは、そんな未来から」
俺が死んだことがトリガーとなった、というよりかは、オセアーンが暴走したことで怒ってしまった悲劇とでもいうべきか。
それに俺は巻き込まれて死んだ被害者ではあるが、セシルや帝国全体の士気は下がっただろうし。
続けてフィルマメントは、オセアーンが俺を殺してしまったことでさらに手が付けられなくなったというのだ。支配下に置かれていても、同族殺しをしてしまった『家族』と言っていた俺を殺したことで、オセアーンは悲しみと自暴自棄に陥った。それがオセアーンが暴れまわった理由だというのだ。
聞けば聞くほど胸の痛くなるような話だった。
ただ、やはり新婚旅行の時期がずれたということで、もしかしたらフィルマメントのいた未来というのは平行世界線なのかもしれない。
でも、その未来に行きつく可能性は十分にあるわけだ。オセアーンが暴走しているのは、その最悪の未来のピースの一つでもあるから。
(ここにいるフィルは、俺が目の前で死んだのを見てるんだよな……)
息子の心にも傷をつけてしまった。俺が間抜けなばかりに。
だからこそ、今俺を守ろうとフィルマメントは躍起になってくれている、そう思うと嬉しいような、申し訳なさも感じるというか。
「父上が、死んだ状況に似ていたから……絶対に助けたいと思ったんだよ。でも、すぐに疑われたし、何だったら、オセアーンにすら感づかれた。島の人間にも俺が悪者に見えたんだろうね。だから、こっちもすぐに動けなかった」
フィルマメントは「もっと早く行動していれば」と口にしていたが、十分だった。
呪いを受けているため、彼はオセアーンに早かれ遅かれ気づかれていただろう。そして、ドラーイコルク島の怒りをかうことも。
(フィルは初めから、ヴォーゲ卿が敵だってわかってたんだよな。だから、動こうとしたけど、うまくいかなくて)
「こんなことになる前に終わらせたかった。この悲劇を終わらせるのが俺の役目だと思っている」
「……それじゃあ、オセアーンを借りに殺したとして、フィルはどこに帰るの?」
俺の疑問に、フィルマメントは少しだけ目を丸くした。しかし、すぐに顔を暗くして「分からない」と首を横に振る。
彼はどういった経緯で過去……あるいは、平行世界線に来たのか分からない。俺を助けるためにという願いのもと飛ばされたのだとすれば、いずれ彼は元の場所に戻るのではないかと。でも、もし戻れなかった場合、彼はどうするのだろか。
竜殺しを再び行い、彼は呪いを受ける。その呪いだって、今ある呪いともう一つ受けることになるのかもしれないわけだし。
俺が不安になってフィルマメントを見ていると、彼はもう一度首を優しく横に振った。
「この件が終わったら、元の世界に帰れたら帰りたいって思ってる。だって、俺がいなくちゃお父様は二人も大切な人を失うことになるし、俺は皇太子だから」
そういって笑ったフィルマメントは無理しているのが分かった。
俺たちが産んだ存在とはいえ、俺たちじゃない俺たちの子どもなわけで。複雑な思いだった。でも、彼がどこかの世界の俺たちの子どもであることには変わりがないのだ。
(そうやって皇太子であろうとする姿はセシルみたいだな……)
自らの身分に堅苦しさを感じつつも、彼は一度も弱音を吐いたりしなかった。そういう意味では、フィルマメントはしっかりとしてサテリート帝国の未来の皇太子と言えるだろう。
彼がもとの世界に戻らなければ、サテリート帝国を誰が導いていけるというのだろうか。だから、彼の言う通り、彼は元の世界に戻る必要がある。
しかし、戻っても彼は一人だ。
セシルを一人にしたくないって気持ちはよくわかるけど……セシルは話によれば昏睡状態で――
「ニルみたいだな」
「え?」
そういったのはセシルだった。フィルマメントは、その言葉を聞いて「よく言われます」とだけ返す。
「俺に似てるって、セシルに似てるんじゃない?」
「どちらにも似ているだろう。なんていったって、フィルは俺たちの子どもだからな。そうやって、大切な人を放っておけないところはニルの優しさを受け継いでいると言えるだろう。立派に育ったな、フィルマメント」
「………………きょう、しゅくです」
フィルマメントは戸惑いながらそう言った。
セシルは俺の肩から手を放し、フィルマメントのほうへと歩いていく。
フィルマメントは、身体を硬直させまた俯いていた。まるで、怒られるのではないかとおびえる子どものようだ。実際に子どもなのだろうが、彼は壮絶な幼少期を過ごし、あれよあれよという間にいろんな責任を背負うことになった。
そんな彼に俺たちはどんな言葉をかけてあげられるだろか。俺に関しては、彼の心の傷になっているだろうし。
「お父様?」
「今のお前に俺がかけてやれる言葉はないだろう。ニルしか見えていなくて、お前のことを疎かにしてしまった俺が言えることはきっと何もない。お前に与えなければならない愛を、与えたかった愛を復讐心で燃やしてしまったのだから。でも……よくやったな、ときっと昏睡状態にある俺が目覚めたらいうだろう」
「……っ」
セシルは、フィルマメントを抱きしめた。
彼はセシルよりも背が高いため、ちょっとだけセシルを見下ろす形になっている。セシルは、これまで弟であっても自らぎゅっと抱きしめたことがなかった。でも、自分の息子だからこそ、抱きしめなければと思ったのだろう。
それが、セシルの中にあるフィルマメントへの愛だ。
俺はその光景を見て、セシルと同じように歩み寄った。
「フィル」
「父上……っ」
「よく頑張ったね。そっちの俺は、君を残して死んじゃったし、俺も君に守られちゃったけど……本当に君は一人でよく頑張ってるよ。ごめんね、気づけなくて」
「いえ……いいえ」
セシルと一緒に包み込むようにフィルマメントを抱きしめた。すると、彼の瞳から大粒の涙があふれ出し、ずびっと鼻をすする音が聞こえてきた。
そして、次第に涙の量も鳴き声も堪えられなくなったフィルマメントの悲痛な子どもの声が響く。
俺たちがしてやれることは抱きしめて愛を伝えることだけだろう。それしかできなくても、それでも、俺たちは愛しているって伝えなきゃいけないと思った。
言葉で、行動で。彼の孤独を包んであげなきゃいけない。それが、俺たちが彼を産んだ理由。生まれてきてくれてありがとう、これからも愛をいっぱい伝えるからねって、セシルと話し合ったから。
フィルマメントはひとしきりないた後、落ち着きを取り戻した。
それから、俺たちの顔を交互に見てぎゅっと唇を噛む。
「……お父様が、父上のこと、すごく愛しているの伝わってきて。だからこそ、あんなふうにお父様が壊れたんだって理解できました……お父様にとって父上はなくてはならない存在だったんですね。子供に嫉妬するくらいに」
「セシル、言われてるよ」
「……そ、そうだろう。だからと言って、フィルのことを愛していないわけじゃない。同じように愛している」
「それも分かってます。だって、こっちの俺は二人に愛されて幸せそうですから。俺、多分意地っ張りで、頑固で……二人のちょっと悪いところを引き継いでいるので、こんな性格ですけど。でも、愛されて嬉しくないわけないじゃないですか。二人にたくさん愛をもらって育ってきた。だから、二人のこと失いたくない」
「……フィル、どうするの?」
でも、ここから出ることができなければ意味がない。それこそ、今皇宮のほうにいるフィルマメントを一人にしてしまう。
フィルマメントは、意を決したように俺のほうを見た。
「先ほど言ったように、俺が呪いを受けます。オセアーンを殺すのは俺です」
「君の、君の呪いはなんだったの……」
俺がそう聞くと、フィルマメントはフッと笑った。それは自嘲気味な笑みで、俺は胸がきゅっと締め付けられる。
「大切な人と幸せになれない呪い、ですかね……俺の瞳の色が変わったのも、この髪の色が白っぽくなったのも……呪いを受ける前はつながっていた血が、今はつながっていないんです」
「それって……つまりは、血縁関係がなくなったってこと?」
どんなファンタジーだろうか。
しかし、彼はそうなのだと頷いた。
そうなれば、彼は天涯孤独の身になる。誰から生まれてきたかもわからない、この世に生まれ落ちたこと自体が不確かな存在へとなってしまっているのではないだろうか。それを、人間として誰が認めるか。
(俺とセシルとのつながりが一切なくなったってこと……?)
フィルマメントは笑っていったが、そんなの大問題だ。
確かに、血がつながっていなくてもお父様と呼べるだろう。けれど、これまで唯一つなぎとめていたものさえ消滅してしまったら、それでこそ彼が彼である理由を証明できなくなる。
祝福の花から生まれている時点で、人間だと思っていない人もいる世界。血のつながりすらなくなってしまったら、彼は人間と呼べなくなってしまうのではないだろうか。誰とも血がつながっていない人間なんていないのだから。
だから、俺はなんとなく勘づきつつも、彼を家族だと思えなかったのかもしれない。もうすでに、彼の中に俺とセシルのつながりが立たれてしまっているから。気づくのに遅れた理由のもう一つはそれだろう。
彼が受けた呪いは、天涯孤独になる呪いと言ってもいいだろう。
(いや、他にも大切な人と幸せになれない呪いって、何かあるのかも……)
例えば、大切だと思った人が死んでしまう……とか。考えたくないことが頭をよぎり、俺は額を押さえた。
彼はそれにずっと耐えてきたのだと。
「いいんです。別に。家族とのつながりがなくなったとしても、俺の中から二人の存在は消えませんし……他に大切な人を作ってもいけないって」
「そんな孤独に君は耐えてきたっていうの?」
「耐えれますよ。だから、言ってるじゃないですか。お父様が生きている以上、俺は死ねない。目覚めたお父様に、誰だお前って言われても、目覚めてお帰りなさいって俺が言わなきゃ……俺、お父様も父上も大好きなんですから」
心の中につながりはある、思い出はある。
そういって、フィルマメントは屈託のない笑顔を向けた。その笑顔が寂しそうに見えたのは俺は口にしなかった。彼の覚悟を受け取った気がしたからだ。
「俺は、最悪の未来にさせません。自分のいた世界が今は絶望の淵にあったとしても、いつか自分の手で導いて見せますよ。皇太子として……それが、フィルマメント・プログレスの責務ですから」
フィルマメントはそういって俺たちから離れ剣を引き抜いた。
彼の剣は、彼にとっての形見でありおまじないであり、相棒だ。
夜色に、時々真昼の色に染まるその剣は、確かに俺たちのもだ。
「未来は明るいものだと思います」
「フィル」
「愛してくれてありがとうございました。俺も愛しています。俺を産んでくれてありがとう、俺のこと愛してくれてありがとうございます。お父様、父上」
絶望の未来から来た俺たちの息子。
俺たちの未来が幸せであるようにと願ってくれた息子。
彼の笑顔は、俺ともセシルとも似ているが、彼にしか表現できない表情だった。
複雑な思いを胸に抱きつつも、フィルマメントも俺たちをずっと愛してくれている。それが、たとえ血のつながりがなくなったとしても。
(ああ、彼の呪い……幸せになれないって、フィルはこのさきもずっと……)
どうしようもないこと。
じゃあ、きっとフィルマメントとはここでお別れだろう。彼が、俺たちといることを望むのであれば、それが彼の幸せになってしまう。
彼はまた絶望の未来へと戻される。けれど、彼なら……そんな絶望も希望に変えてくれるだろう。彼自身が希望となって――
だって、フィルマメント・プログレスは俺たちの息子だから。
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