みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第6部4章 幸せな未来と宝物

10 いってらっしゃい

 
 フィルマメント・プログレスは俺たちにお別れの言葉を継げる。

 そして、オセアーンの心臓に向かって歩いていった。オセアーンの心臓は、彼が近づいたことにより、ドクンドクンと早鐘を討ち始める。きっと、彼が自分を殺す存在であることに気づいたからだろう。


「オセアーンは……俺にも優しくしてくれました。父上の息子ということもあって、それなりに。好きでした。かっこいい人……竜だったから」


 でも――と、フィルマメントは口を一度閉じた。


「父上を殺した存在でもあったから。もちろん、オセアーンだけが悪いわけじゃなくて、魔塔のやつらが悪かったんだけど……この世界では、初めから俺のこと敵だってね。ちょっと寂しかった」


 フィルマメントの口からぽつぽつと語られるのは、彼のいた世界で体験したこと。
 彼の言うように、オセアーンは、この世界ではフィルマメントを『竜殺し』としか認識していなかった。でも、彼が未来からやってきた存在であったがために自分を殺した人間であるかどうかまでは予想がつかなかったのだろう。俺たちとのつながりが消えたことで、結果的にフィルマメントの中から竜の血も消えてしまって、オセアーンに好かれる要素は限りなくゼロになってしまった。
 しかし、オセアーンも特殊な生き物である竜であるため、彼の存在を不快に感じつつも殺害までには至らなかったのだ。
 それは、オセアーンの良心か、彼と触れ合った際に向こう側の記憶が流れてきたからなのかはわからない。


(オセアーンや、ディーデリヒ先生が言っていた時空の裂け目みたいなやつってフィルのことだったんだろうな)


 ディーデリヒ先生がフィルマメントの存在について異質と言っていたわけは解決されたし、オセアーンのいう最悪の予言やら、この世界での変化やらもフィルマメントがこちら側に来たことによって引き起こされた何かだろう。
 まあ、俺が転生してきたというのもイレギュラーでありつつも、最大の要因はフィルマメントがこちら側に来たことだろう。
 本来なら、俺は今回の事件によって死ぬはずだったが、フィルマメントのおかげで難を逃れることができたと。フィルマメントがいなかったらどうなっていたか、そう考えると恐ろしくてたまらない。


「フィル、いいのか。本当に」
「はい。だって、それが俺がここに来た理由だと思っているから。お父様、貴方が背負う必要はないです」
「……そうか。あんなに小さいお前が、未来ではこんなに大きくなるのだな。俺の身長も越して、たくましくなって」


 セシルは感慨深そうにそう言うと彼の背中を見守った。
 俺もそうするのが正解だとは思いつつも、呪いのことが気になって仕方がなかった。もう一つ呪いを受けたら。彼は俺たちのためと言ってすべてを背負うつもりでいる。その覚悟を俺たちも感じているわけで、止める理由をあれこれ考えたが思いつかなかった。
 ただ彼に背負わせていいのか、救われていいのかと思ってしまうけれど。でも、フィルマメントはそれを望んでいるのだ。俺たちが幸せになる未来を切り拓くためには自分がこの件に関して決着をつけなければならないと。
 俺には彼の背中がまだ幼く小さなものに見えた。いろんなものを背負ってきたと分かる背中でありつつも、寂しくて、目を離せない存在で。親バカなのかな? と単純に思う。
 セシルは、彼に任せようと自分の心を押し殺して決めたようだ。セシルとて、自分の愛する子どもが自分たちのために辛い目に合うことを望んではいない。でも、彼の覚悟も否定できないし、受け取らないなんて言うこともできない。
 俺たちの息子だから、きっと頑固で、一度言ったことは曲げない性格だっていうのは分かってるんだけど。


「父上」
「何、フィル?」
「俺のこと、見つけてくれたのが父上でよかったです。というか、父上、俺が物心ついたときと買わない姿でびっくりしました」
「ねえ、それって童顔って言いたいの?」


 憎たらしい口を利けるようになるのか。
 フィルマメントの成長はゆっくり見守りたい俺からしては、なんだか未来をネタバレされた感じもする。しかも、その憎たらしい口を利く人間、というか男を俺は知っていたからこそ、彼の影響なんだろうなと分かってしまった。


(……まあ、懐いていたもんね)


 セシルが気付いたら怒りそうだけど、俺は彼にとってその人が大切であるなら別にいいかなとも思う。どういう感情をいだいているのかいまいち見えてこない部分はあったけど、フィルマメントを未来で支えてくれる人がいるということは、俺にとっては少し安心できる要素でもあったのだ。


(オセアーンは救えない、のか……)


 心残りがあるとすれば、オセアーンを救うことができないということ。
 この水の心臓を貫けば、さすがのオセアーンも絶命するだろう。竜の体の構造に関してはよくわからない。でも、生き物全てに心臓があるとすれば、それを貫けば終わるということだ。


「フィル、寂しくない?」
「寂しくないです。二人が幸せそうに暮らしているの見て、俺は自分の世界に戻らなきゃって思ったんです。本当は、もっと甘えたいし、父終え哉お父様と手合わせをしたい。一杯やりたいことがあるんです。でも、俺がここにいたらもしかしたら二人の幸せを壊してしまうかもしれない。そう思ったら、戻るしかないって……それに、言ったでしょう。あっちで待っている人がいる。だから、俺は戻ります」
「そっか……本当に君は強いね」


 俺がそういうと、一瞬だけフィルマメントがこちらを向いた。
 その表情はやはり寂しそうで、強がっていることが見て取れた。抱きしめてあげなきゃと何度も思わされる顔。平行世界線とはいえ、息子。
 でも、ここで引き留めることはしない。
 彼の覚悟を揺らしてはいけないから。
 俺がそう思っていると、セシルが、俺の手を握った。指を絡めて恋人つなぎをし「ニル」と俺の名前を呼ぶ。


「俺たちの息子は立派だな」
「……うん、そうだね。すごく立派だと思う」
「フィル、未来で俺が目覚めたら殴ってもいいぞ。お前のことを疎かにした俺を、一発殴っても怒らないだろう」
「怒られますよ、きっと」
「怒られない。何故なら、そいつも俺だからだ」


 セシルはそんなぶっ飛んだことを口にした。それが、彼を安心させるための、未来へ送り返すための言葉であることは俺も気付いていた。
 俺からも何か最後に言いたい。
 言葉を探しているうちに、足元の水が増えてきた気がした。


(時間が、ないのかな……)


 そもそも、なぜ俺たちがオセアーンの内部に入り込んでしまったか皆目見当がつかない。
 何もわからないままここにきて、オセアーンを一度殺したことがあるフィルマメントが最善をと行動している。俺たちは、彼に任せっぱなしだった。
 外のことも気になるから、ここを早く脱出しなければならない。


「フィル」
「父上?」


 言葉は決まった。この言葉を俺はフィルマメントにかける。今もずっと彼に言っている言葉だ。


「愛してるよ。フィル。頑張って……俺は、ここで応援してる。君のそばに。君の心の中に。思い出は消えないから。君の未来が輝かしいことを祈ってる」


 未来は彼が作っていく。ならば、俺はいつでもそばにいるよと言ってあげる。
 それは、本来ゲームでニルが死に際にセシルに言いたかった言葉だ。そして、セシルもそれを思い出して前へ進む。この言葉を送りたい。
 未来の俺は死んでいるけれど、だからと言って思い出が消えるわけでも、ニル・プログレスが生きた軌跡が消えるわけでもない。心はいつもそこに、そばにいると。
 フィルマメントは、俺の言葉を受け、グッと舌唇を噛んだのち「はい」と笑った。彼の目じりに溜まった涙が真珠のように光って宙を舞う。

 これでお別れだ。

 そう思うと俺の目からも涙がこぼれた。笑顔で送り出してあげなきゃいけないのに、どうしても視界が曇ってしまう。俺は、今できる精いっぱいの笑顔を作り「いってらっしゃい」と彼にかすれた声で言葉をかけた。
 フィルマメントは俺とセシルの形見である剣を構え、オセアーンの心臓に向かってその剣を振り下ろした。
 水の心臓は、見る限り透明で形を保っているだけに見えたが、彼の剣はスッとその心臓に入った。そして、水の心臓は青白く発光し始めると、瞬く間に俺たちの視界を白く染めていった。


「ありがとう、お父様、父上。俺はきっと大丈夫だから――」


 最後に聞こえたフィルマメントの声は、優しくて、そしてどこかあどけない幼い声だった。



 ◇◆◇◆


 身体が重い。でも、瞼の上は明るくて、目が開くのを拒んでいる。


「……んん」


 喉が渇いていた。その渇きに目が覚めてしまったのか、俺は眩しい太陽が照り付ける下、目を開いた。
 目を開けるとそこには、白い砂浜が広がっており、海がすぐそこにあった。寄せては引いていく波打ち際。まるで、漂流したかのように、俺は砂浜の上で倒れていた。体を起こす気力もなく重たい頭だけを動かしてみると、隣にセシルが倒れているのが見えた。


「せし……る……?」


 彼は死んだように眠っていたが、俺が名前を呼ぶと、長い指の先がピクリと動いた。
 そして、長いまつ毛の瞳をゆっくりと開き「ニル?」と寝ぼけたような声で俺の名前を呼んだのだ。
 途端に俺の身体は軽くなり彼のほうへと身体を這わせながら近寄った。


「セシル!!」
「ニル……ん、頭が痛いな」
「お、俺も……ここは……」


 身体は重たいものの、なんとか上半身を起こすことができた。
 その後、もう一度あたりを見渡せば、そこがドラーイコルク島の浜辺であることに気が付いた。また、そこは彼と出会った場所でもある。


「……っ、フィル!! う……」
「ニル、あまり身体を動かさないほうがいい」
「でも……」
「大丈夫だ、深呼吸をしろ」


 そうセシルに言われてしまう。彼の心配そうな夜色の瞳が俺を捉えていた。彼の瞳に映る俺は、死にそうな顔をしている。
 いったい何があったのか、まだ頭が追い付いていない。ぼんやりと記憶はあれど、かすみが買ったように、ところどころ記憶が飛んでいるようだった。
 でも、確かに彼はいたし、彼と言葉を交わして抱きしめた。
 俺は、右腕にはめている銀色のリングを見ながら彼の顔を、剣を思い出していた。
 セシルに言われた通り深呼吸を繰り返し、乱れた呼吸を整える。口の中には砂が入っていたのか、じゃりっとした音が口内から響いた。


「落ち着いたか?」
「うん、まあ、何とか……俺たち、オセアーンの中から出てこれたってこと? 他のみんなは?」
「分からない。とりあえず、帝国の騎士団の拠点に行けば何かわかるかもしれないな。それすら、壊されているという可能性はあるが」


 セシルは、眉を寄せてそういった。
 確かに、オセアーンが暴走した後であれば、ドラーイコルク島は無茶苦茶になっている可能性が高い。しかし、現状荒れているということもなく、空も青く、海も静か。まるで、その出来事すらなかったような平凡な風景が目の前にはあったのだ。

 夢だったのだろうか。そう一瞬でも思わせるほど平和だ。

 俺は、先に立ち上がったセシルの手を取って体を起こす。まだ、頭は痛くて、身体も重たかった。
 先ほどまで俺たちはヨル――フィルマメント・プログレス、未来からやってきた息子と会話した。彼が来た未来がいかに悲惨で絶望に満ちたものだったか。思い出すだけでも恐ろしかった。
 けれど、今この世界はそんな絶望が漂っているわけではない。むしろ、このドラーイコルク島に関しては不気味なぐらい平和だった。
 もちろん、神殿のこととか、ゼー卿や、この島に潜伏していた魔塔の残党などのことを考えると、平和とは程遠くも感じるが。
 俺は、セシルの指に自らの指を絡ませた。彼の手は相変わらず熱くて溶けてしまいそうだ。


「ねえ、どうする? もし、俺たちだけだったら」
「そんなことはないだろう。誰かはいると信じたい」
「だね……もし、誰もいなかったらそれこそ、フィルのいた世界の逆バージョンになってしまうかもしれないし」
「俺は、お前と二人きりであればかまわない」
「フィルは?」
「フィルも一緒がいい」


 付け加えたように言ったが、別に忘れていたわけじゃないだろう。
 俺たちは白い浜辺を歩き続けた。
 波の音だけが静かに響き、砂浜には人の姿も生物の姿もなかった。悠々と流れる白い雲だけが俺たちを見下ろしているのだ。
 もしかしたら、俺たちは別世界に飛ばされてしまったのかもしれない。それとも、まだオセアーンの体内にいるのか。


(ううん、それはない。だって、もう彼の気配を感じないから)


 オセアーンの体内にいたときは、オセアーンの気配を感じていた。匂いが濃くて、俺は彼の中にいるとすら思ったほどだから。
 そのため、ここはオセアーンの中ではない。でも、俺たちが知っているドラーイコルク島なのかは分からなかった。


「フィルは……壮絶な未来から来たんだよね。ちゃんと、帰れたかな」
「帰れただろうな。そうでなければ、俺が泣いてしまう」
「セシルだけど、セシルじゃないでしょ。でも、それはそうかも……セシルって寂しがり屋だから」
「お前も人のことはいえないぞ?」


 少し口をとがらせてセシルは言うと俺の手をぎゅっと握った。
 フィルマメントの未来は暗かった。俺も死んで、セシルは昏睡状態で。目の前で俺が殺されたところをフィルマメントは見てしまっていた。そして、セシルが壊れていくのも目にしていた。
 彼は六歳以降、親の愛を受け取れなくなったのではないだろうか。
 それでも、あんなふうに育ったのは、それまで俺たちが彼をちゃんと愛したからだと思う。ひねくれずに育ってくれたことは、本当に何よりも代えがたく、そして俺が死んでからも俺のことを思っていてくれたフィルマメントはすごく優しい男だと思う。そんなふうに育ってくれたことはすごく嬉しい。
 この世界にいる俺たちの息子である彼が、俺たちが先ほどまで一緒にいたフィルマメントと同じように育つかはわからない。俺たちは生きているわけだし、まだ彼は一切にも満たないのだから。


「結局どうやってきたんだろう。そもそも、未来で俺が死んだのは、フィルが六歳くらいって言ってたし」
「パラレルワールド的な何かだろう。だが、それに干渉できる何かの力があった……もしくは、そういう魔法を誰かが」
「人ができる技なの?」
「できないわけじゃない。ただ、そんなことして、元の世界に戻れなくなったり、他の世界にわたった人間が元居た世界が壊れてしまったり。いろんなリスクはあるはずだ。そんな魔法が使えたとして、世界を巻き込むようなことを平気でできる人間はいないだろう……」
「セシル?」


 セシルは、自分でそういっておきながら、何かがおかしい、引っかかるというような険しい顔に変わった。
 セシルの言うことが本当であれば、そんな魔法が使える人間がいて、フィルマメントを俺たちの世界に飛ばしたことになる。誰がどういう理由でそんなことをしたのか、それこそ見当がつかないが。
 もし、誰か――その人が人間だったとしたら、フィルマメントを思ってくれる誰かか、それとも俺たちを思ってくれていたれかか。フィルマメントを他の世界に飛ばすことで、俺たちを助けてくれるだろうと信じた誰かの犯行ということになる。
 リスクがあるとももちろん知って。それでも、俺たちか、フィルマメントを助けたかったのだとそんなことが想像できてしまった。


「心当たりあるの?」
「……いや。そんなことできる人間が本当にいるのだろうかと思ったんだ。ただ、大切な人のためならば命も、世界もどうだっていいと考えてしまうやつはいるだろう」
「セシルは?」
「俺もそうだ。でも、お前にもフィルにも嫌われたくないからな。お前たちが俺のストッパーだ。たまに、それも外れるかもしれないが。お前たちのためなら俺はどんなことだってする」
「セシルらしいね」


 俺はそういって前を見た。
 すると、俺たちが歩いていた浜辺の向こう側からこちらに走ってくる人影が見えた。


「ニル!!」
「ニーくん!!」
「ゼラフ、アルチュール!?」


 俺の名前を呼びながら走ってきたのは、ゼラフとアルチュールだった。
 彼らは見たところ、服も髪もボロボロで、ところどころぶつけたような痣もあった。俺たちは、五体満足状態なのだが、彼らは違うらしい。


「二人とも、怪我……」
「んなことどうだっていいだろ。まあ、気にしてくれんのは嬉しいけど」
「ありがとうございます。ニーくん……ニーくんは大丈夫ですか?」
「ええ、ああ、うん。大丈夫……」
「おい、貴様ら。俺がいることを忘れているだろ」


 ゼラフとアルチュールは俺の心配ばかりをして、セシルのことを無視していた。それが気に食わなかったのか、俺に二人がべたべたすることが気に食わなかったのか、セシルは二人に苦言を呈した。その後、俺を後ろから抱きしめて腕の中に閉じ込めると、二人に牽制をする。


「もう、セシルは……二人とも、大丈夫だった? その……」


 二人の姿はあるが、他の人の姿は見られなかった。もしかして、他の人は……? と、最悪のことを考えてしまったが、アルチュールがそれを否定してくれる。


「ドラーイコルク島の西のほうへ避難しています。僕たちは、二人を探しに」
「そうだったんだ……えっと、じゃあ、みんな無事ってこと?」
「まあ一応はな。つっても、パニックにはなってる」
「えっ、なのに、飛び出してきてよかったの?」


 アルチュールに関しては、アルカンシエル王国の司令塔だろうし、そんな彼が一人で……ゼラフを連れてでも、ここまで来るなんて普通では考えられない。
 でも、この男に普通が通じないのも言われてみればその通りだった。
 相変わらず、王族っぽくないな、なんて思いながらもパニックになっている……が、無事であるという情報を得てほっとした。しかし、未だどのような状況なのか理解できていない。


(オセアーンは消滅したんだよね……?)


 みんながどれくらいおこった出来事を把握しているか聞きたかった。
 どのようにオセアーンが消滅したのかも、聞きたい。俺たちは、オセアーンに食べられてしまっていたから。


「そのさ、オセアーンはどんなふうに消滅したか覚えている?」


 俺が聞くと、二人は顔を見合わせた。
 そして、こちらを見たときに何とも言えない表情になる。


「さあ」
「さあって……ア、アルチュールは?」
「僕も詳しいことは分からないんですよね。海洋竜が、魔塔の残党によって暴走させられ、竜の姿になったことまでは覚えています。その後、神殿が崩れて足場も崩れ、ニーくんとレティツィアのように地下へと落ちてしまいました。それからの記憶がなくて。目覚めたら、逆側の浜辺にいました。目覚めたときにはすでにことが終わった後で」
「……そ、それは、その、何と言ったらいいか」


 オセアーンの中にいたとき、時間の流れや、時空やらすべてがぐちゃぐちゃになっていたのかもしれない。それこそ、魔法とか軌跡の部類で、オセアーンの消滅と共に、様々な事象が基ある形に戻ったとか、そういうことだろうか。ある意味、何でもありな世界と言ってしまえばそれまでである。
 とにかくは、みんな怪我をせず、オセアーンが暴走したところまでは覚えていると。しかし、誰がどのように倒したかは誰も知らないというのだ。
 ゼー卿が殺されたことや、ヴォーゲ卿が魔塔の残党だったこと。それらは覚えているらしい。
 でも、一つだけ出ていない話題があった。


「ヨルのことは?」


 その名前を出した時、二人は同じタイミングで首を傾げた。


「ニーくん、ヨルって誰ですか?」
「え……ゼラフは!!」
「俺も知らねえよ。そんな名前のやつ」
「……うそ」


 二人とももう一度首を振る。
 彼はもともとこの世界の人間ではないとはわかっていたのだが、このような形で忘れられるとは思っていなかった。
 二人は嘘をついている感じもなく、ヨル――未来のフィルマメントの記憶をすべて失っているようだった。でも、それではこれまでの記憶に辻褄が合わないのではないかとすら思う。詳しく聞けば思い出してくれるのかもしれないが、すでに記憶の処理が完了しており、彼は本来いないものとして扱われているのかもと……
 覚えておいてほしかったという思いはありつつも、彼の存在自体がイレギュラーだったこともあり、思い出させることで何か起こってしまっては大変だと、俺は心の中にしまうことにした。
 セシルも同じように、ヨルの話題は出さなかった。
 けれど、そうなってくると誰がオセアーンを倒して、呪いを受けたか。皆疑問を持つんじゃないだろうか。


「とにかく、ニーくんとセッシーは拠点へ戻りましょう。二人の姿だけ見当たらなくて、みんな焦っていましたから」
「その割には、騎士団を連れてこなかったんだな」
「ゼラフが飛び出したので」
「俺のせいにすんなよ。お前だって、俺の後ろついてきただろうが」
「……ふ、二人とも、現場を乱さないでね」


 俺言葉に二人はむきになって「二人も十分現場を乱しています」と怒鳴った。
 まあ、それも言われてみればそうか。


(……終わったんだ。本当に)


 釈然としない部分もあるし、奇跡によってすべてが解決してしまっているため辻褄合わせとか、記憶がどうとかそういうレベルでの話ができなくなった。
 みんな腑に落ちない部分はあれどそれを受け入れてしまっていると。


「ニル、大丈夫か?」
「え? ああ、うん。大丈夫だよ。そっか、覚えてないんだなって」
「だな……でも、寂しがる必要はない。俺たちは覚えているのだから」


 セシルは珍しくそういって、俺を安心させるように微笑んだ。
 確かに俺たちだけでも彼のことを覚えていれば十分だろうか。本来であれば、彼はいなくて、俺は死んでいたかもしれないけれど。それすらも、ゼラフやアルチュールたちは知らないし。


(奇跡と、魔法……か)


 風が吹き付け髪を揺らす。
 青い空はどこまでも広がっており、波の音が先ほどよりも大きく聞こえる気がした。
 すべて終わった。犠牲を出さずに。
 いや、犠牲は実際のところ出ているものの本来出るはずの犠牲は出なかったというか。そういう意味では作戦は成功している。
 ゼラフとアルチュールは俺たちがこそこそと話していることに少し腹を立てた様子で「早く戻ろう」と急かしてくる。


「ああ、そうしよう。ニル、戻ろうか」
「……そうだね。セシル」


 彼の手を握り返して、俺は微笑んだ。
 フィルマメントが俺たちを助けてくれて、未来を変えてくれた。それを覚えているのは俺たちだけだけど、俺たちが覚えていればきっと彼も救われるだろう。
 フィルマメントと話したいけど、彼は元の世界に戻ってしまった。
 帰ったら、俺たちの息子にこの話をちょっと聞かせてあげたい。物語みたいだって笑われるかもしれないけど、本当だよって。
 ゼラフとアルチュールはもう一度「早く戻るぞ」と言って背を向けて歩き出す。

 俺たちはそんな背中を見つめ、白い砂浜に足跡を残しながら本来かえ
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