一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

文字の大きさ
40 / 128
第1部4章

09 アインザームside

しおりを挟む

「殿下、私は貴方を愛せませんので、どうか私を自由にして下さい。貴方には、必ず、呪いを解いてくれる人がこの一年の間に現われますから」


 番契約――

 生涯を誓い合う、愛し合うもの同士が互いを縛るための契約……全くくだらないと思った。愛も、恋も、何もかも。そこに愛があるから何なのだ。子供を産む際に愛が必要でも何でもない。ただの相性と、運だろう。そんな、愛があるからといって子供が生れる確率が上がるのか。そんなわけがない。そう思い込んでいるだけだ。
 幼い頃より、戦場に投げ出され、右も左も分からない状態で人を殺した。殺されると思ったから殺した。単純なことだ。そうでなければ生きていけない。幼い頃からそうたたき込まれたせいで、俺の思考は曲がってしまった。戦争によって、力によってねじ伏せる。それが、父親から教わった生き方だった。力がなければ、権力がなければ誰も従わないと。
 戦争で勝ち続けることが俺の存在意義だった。それ以上は何もない。
 父親が受けた呪いのせいで、俺は生れ、呪いを解くには真実の愛が必要だといわれた。
 親の不始末、親の副産物である子供は、親の柵から抜け出すことはできないと。そういわれているような気分だった。
 真実の愛――
 愛など信じていなかった。愛があれば、戦争などそもそも起きないはずなのだ。だから、俺は愛を信じていなかった。ましてや、真実の愛などと。何が、真実だ、愛に真実もクソもないだろう。

 しかし、父親は、上の連中はそれを許さなかった。皇太子という身分からか、番を作らせ、愛を芽生えさせようとした。始めに送られた来たのは、伯爵令嬢だったか。戦争など無縁の着飾った女だったのを覚えている。しかし、俺が冷たくすればそれまであったプライドが傷ついたか何とかでヒステリーを起こし、挙げ句俺を殺そうとした。女はそうなのか、と呆れた瞬間でもあり、殺される前に殺した。そして、番契約は破棄された。その後も何度も貴族令嬢が送られてきた。俺の好みが分からないせいか、色んなタイプの女が送られてきた。まるで貢ぎ物……いや、生け贄だなとさえ思った。俺は、彼女たちを愛することができず、殺した。

 そして、俺は血も涙もない暴君だといわれるようになり、誰も近付かなくなった。
 考えもしないのだろう。戦争によって帝国の平和が守られているというのに、俺は厄介者扱いだ。そして、一年……残りの寿命が、呪いによって殺されるタイムリミットが一年になった時、俺は彼女と出会った。
 掴めば折れそうな陶器のような白い肌に、銀色のダイヤモンドのような髪、退屈そうなアメジストの瞳。こいつもどうせ、政略番契約の為に押しつけられてきた女なのだろうと俺は思った。一応、俺自身それなりの容姿をしていると思っているため、俺の本質を知らない女は顔につられてベタベタと触ってくる。だが、中身が分かった時点で、どうだ。皆血相変えて飛び出していく。
 どうせその口だろうと俺は思った。
 俺の最後の番である、ロルベーア・メルクール公爵令嬢も。


「――わざわざ、公爵家まで、来るなんて。皇太子殿下は暇なんですね」
「せっかく、番が来てやったというのに。何だその、顔は。そうか、公女は噂と違ってシャイなんだな」


 だが公女は、これまでの番と違い、俺に興味を示さなかった。それどころか、俺に運命の相手まで現われると断言したのだ。そんな女初めて出会った。だからか、俺は公女に興味を惹かれた。俺がからかっても、嫌そうに眉をひそめて、軽蔑するような顔を向けてくる彼女に、たまに出る頬を赤らめて恥ずかしそうにする彼女に、俺の名前を呼んでどこか嬉しそうにする彼女に……いや、はじめからか。俺は、彼女に一目惚れをしていたんだな、と今となっては思った。

 運命という言葉は嫌いだが、きっと、惹かれる運命だったのだと――
 ならば……



「公女」
「皇太子殿下、娘は」
「黙れ、外に出ていろ。貴様も、公女を傷付けた罪人だ。公女に指一本でも触れてみろ。その手を切り落とすからな」
「……」


 嫌な胸騒ぎがしていた。胃がキュッとなるようなそんな思いを最近やたらとするようになった。公女から拒絶されたあの日から、俺は公女のことを考えない時間は無かった。離れれば離れるほど、拒絶されてしまったあの言葉が蘇って、仕事も手につかなかった。何がダメだったのか。
 公女は、俺に愛の言葉を求めていた。愛を求めていた。そんな素振り、今まで一度もみせたことがなかったのに。でも、直感的に思った。公女は、俺からの愛を求めていると。でも、俺はそに答えてやれなかった。そもそも俺は、公女に愛していると言われたことさえなかった。もしかしたら、愛していると伝えて馬鹿にされるのが嫌だったのかも知れない。だから、言えずにいた。慢心していたのかも知れない、いってくれると。だから、言われたらそれに応えてやらんでもないと。同じ気持ちであるから――だが、そんなプライドがこの結果をもたらした。
 シュテルン侯爵家の子息に襲われている公女を見たとき、目の前が真っ暗になった。それは俺のだ、俺の番だと、俺の番を傷付けた触れたこいつを殺せと本能的に子息に刃を立てた。しかし、公女は俺を制止した。優しさからか、同情からか……しかし、公女はこの男がまだ利用できるとそんなことを言っていた。そして、思い出したのは、公女が血が嫌いだったこと。暴力を嫌っていたこと。それらを思い出して、俺は剣を捨てて公女を抱きしめた。冷たくなっていた彼女の身体は震えていた。今にも消えそうで、不安だった。そんな彼女を抱きしめて、俺はあの時言えなかった言葉を言おうと思った。

 大丈夫だ、きっと、そう、大丈夫だ。と言い聞かせて。

 いや、拒絶されても、俺は公女を愛そうと誓った。それが俺ができる公女への償いだと思ったからだ。もう一人にしない。腕の中に閉じ込めて、彼女を幸せにすると。
 しかし、彼女は俺に何かを言う前に意識を失ってしまった。あの忌々しい呪いが発動したのだろう。そして、今日がその呪いの日――公女は一週間以上も眠り続けている。
 公爵は、俺の言葉に萎縮したのか、部屋を出ていった。部屋には俺と、ベッドで死んだように横たわる公女がいる。銀色の髪の毛も相まって、死人のようだった。もし、このまま目を開かなければ……俺は、この場で死んでもいいとすら思った。番契約は、相手が死んでも継続する。公女がいない世界など生きている意味なんてなかったからだ。


「公女……ロルベーア」


 名前を呼んでも、公女が何か返事してくれるわけでもなかった。
 公女は、勘違いしていたのだろう。俺が、あの聖女と恋仲になっているのでは無いかと。そんなはずないのに。俺は、ずっと公女だけを見てきたのに。でも、俺の曖昧で傲慢な態度が彼女を傷付けたのだ。俺がもっと素直になっていれば、今頃公女は俺の隣で笑ってくれていただろうか。


『……お互い様でしょ。貴方も、私のこと、信じられないって目で見るから』


「ハッ……女々しいな。全く、自分が嫌いになる」


 自分を好きだったことなど一度もない。どうせ、呪いか、戦場で死ぬ運命。元から俺の命など軽かった。そして、戦うことでしか己を肯定できない、惨めな自分が大嫌いだった。だが、公女と出会って、少しだけ自分を肯定できるようになった。でも、今はそれすらも地におちている。
 俺はこんなにも弱い人間だったのだと。
 人を信じられずにいた。だから、心の何処かで、慢心しつつも、彼女からの好意を疑っていたのかも知れない。跳ね返ってきた言葉は、全て自分が公女に向けてきたものだ。


「公女……目を覚ましてくれ。公女が気にくわないところは全て直そう。謝罪だってしよう。地面に頭をこすりつけて、公女に許しを乞おう。公女に許して貰えるまで、犬なってもいい。公女の……いや、そんなこと、公女は求めていないだろうな」


 彼女が求めているものはそんなものじゃないはずだ。これは、公女と関わってきたから、番だから分かることだ。公女は、きっとそんなこと望んでいない。
 俺は、俺しか与えられないものを、与えることができなかったのだ。
 公女の頬をなぞり、そして、その髪の毛にキスを落とす。それでも、彼女は死んだように動かなかった。視界が歪み、枯れたはずの涙が溢れてきそうだった。まだ、悲しいとか、不安とかいうそんな感情があったのかと、自分でも驚きだった。とっくの昔に、戦場で捨てた感情だと思っていた。でも、公女がそれを――


「公女……俺は」


 母親だったか。俺に、呪いで眠ってしまった姫にキスをして目覚めさせた王子の話をしたのは。そんな子供じみた絵本のことを何故今思い出したのか分からない。でも、もしあれが、真実の愛だというのなら、キスで目覚めるなんて馬鹿らしいことがあるのなら、試してみたいと思った。いや、もう何でもいいから縋りたかったのかも知れない。
 俺は、公女の唇をなぞる。 
 何度もキスなどしたはずなのに、緊張している自分がいた。いや、きっとこれで目覚めなかったら、俺の公女への愛はその程度だと否定されるのが怖かったからかも知れない。不甲斐ない、意気地なしだ。


「……」


 愛、などくだらないと思っていた。でも、公女が俺に愛を教えてくれた。俺は、不器用だ……器用な方だと思っていたのだが、それも打ち砕かれた。
 けれど……それでも、これが俺の愛し方なんだ。目覚めたら、公女が生きたくなるような、そんな大きな愛を与えよう。もう、公女を手放さない。片時も離れず、愛を囁こう。嫌だと拒絶されても、俺は公女だけを愛し続けよう。


「公女……ロルベーア。俺は、ロルベーアを愛している」


 そういって、彼女の冷たい唇に自分の唇を重ねる。
 冷たくて、でも柔らかかった。彼女の息が止まっていないことを確認して、安心する自分がいた。
 これで駄目なら……もう、公女は目覚めないのではないかと心配になったからだ。
 だが、やはり物語のように上手くいくわけもなく――彼女は……


「やはり、ダメか」
「――でん、か……?」


 諦め、落胆した次の瞬間だった。彼女が、俺の名前を呼んだ気がしたのだ。触れた唇が温かくなる。振返れば、そこに、アメジストの瞳に涙を浮べた公女が俺を、俺だけを見つめていた。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

処理中です...