一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第2部2章

06 竜人の男

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 日の光を浴びて輝く深い青色の鱗は、一枚一枚が宝石のように煌めいていて、その鋭い鮮血の瞳は真っ直ぐにクラーケンを捉えていた。大きな翼を広げ、空へと飛び上がった彼は、ふっと息を吸うと、口を大きく開け火球を吐きだした。


「グオオオオオオオ!」


 大気を揺らすような唸り声はあたりに響き渡り、水面には水しぶきが上がる。ぶくぶくと泡立つほどに煮えたぎるマグマのような火球はやがて炎の渦となり、クラーケンの触手を振り払いながら飲み込んでいく。
 クラーケンは断末魔の叫びをあげ、触手を空に伸ばしてもがき苦しんでいる。海の中へと沈みかけていく船にしがみ付くようにもがくが、その触手を火炎ブレスで薙ぎ払い、クラーケンはその巨体の半分を海に沈めた。


「す、すごい……」
「俺も初めて見るが、かなりの迫力だな」


 殿下は、見ものだ、と言わんばかりに腰に手を当ておお、と感嘆を漏らしていた。
 もしかして、楽したかっただけで殿下でも倒せたのでは? と一瞬思ってしまったが、彼も彼で海賊の相手で疲労しているのだと、飲み込み、咳払いをする。


「殿下は、いつあの男が竜人? だと気付いたんですか」
「剣を交えてすぐな。公女も見ていただろ? ほかのものと明らかに、身のこなしが違うと」
「確かにそうですが、それだけで?」
「まあ、確かにそれだけでは判別はつかない。だが、あの顔の鱗や、鋭い爪を見れば、奴がただの人間ではないことに気づくだろう。だから、目深にフードを被って、その正体を隠していたと」


 殿下は、竜人が賊にまじってか……とため息をつくようにつぶやくと、手をぽきぽきと鳴らしていた。
 まだ、竜人というのがどういう種族なのか理解が追いついておらず、殿下の口ぶりから、知っていて当然、みたいなものが見て取れるため、聞くべきか、気かないべきか迷ってしまった。だが、その迷いも、すぐに感づかれ、殿下はにやりと笑った。


「何、昔のことだからな。公女が知らないのも無理はない」
「それなりに、勉強しているのですが」
「公女が博識なのも、行動力があるのも認めよう。他の令嬢とは違う、そこが公女の魅力だ。ああ、それで竜人が何か知りたいようだな」


と、殿下は、クラーケンと竜人の間で巻き起こる風で髪をあらぶらせながらこちらを見た。相変わらず、褒めているのか、少し馬鹿にしているのかわかりにくいその態度に、私はいつものこと、と流しつつ、それで? と話を続けるよう促した。


「竜人族とは、はるか昔、ゲベート聖王国があの島に建国される前から、今の場所に住んでいた一族だ。彼らはほかと違って、とても長寿でな……五百年は余裕で生きると聞く」
「ご、五百年!?」
「そうだ。見た目は人間と同じでありながらも、寿命が長いのが特徴だな。だが、その分繁殖能力が低くてな……」
「す、すごい……」
「あの男の口ぶりからするに、すでに数百年は生きているんじゃないか? だが、まだひよっこ同然……伝承に聞く竜人族は天変地異を起こせるほどの力を持っていると」


 すでに、成人男性と同じ体つきだったのだが、竜人族と人間ではそこも違うのだろう。某願いをかなえる球を集める漫画のように、その個体が一番力を発揮できる年で体の成長が遅くなるのだろうか。
 それにしても、ゲベート聖王国とつながりがあるということは、帝国の敵なのではないかと、私は一瞬思ってしまった。だが、殿下は、それを否定したうえで「魔導士と、竜人族は仲が悪かった」と、ゲベート聖王国に魔導士が来てから、その個体は減ったと教えてくれた。その後、竜人族がどこに行ったのかはわかっていないと。わかっていることと言えば、ゲベート聖王国からは離れ、どこかで暮らしていることくらいか。


(じゃあ、せいぜいしているでしょうね。帝国が、ゲベート聖王国を滅ぼしたことに関しては)


 敵とまではいかなくとも、生き残りたちとはいい関係が築けるのではないかと思った。ただ、集団で暮らしているわけではないようなので、そういった交渉、とか関係を築く、というのは難航しそうではあるが。


「そろそろ倒せるだろうな。船ごと焼き払われたらどうしてやろうか考えていたが、そこも考えているらしい」
「……沈んだら、元も子もないですもんね」


 ドラゴン……飛竜の姿へと変化した竜人族の男は、クラーケンだけを狙い、極力船に被害が出ないようにと攻撃を放っていた。対してクラーケンは、生き残るために船にしがみつき、船もろとも沈ませようとして来ていたため、かなり船は傾いている。だが、あのクラーケンの重しさえなくなれば、立て直すことはできるだろう。穴が開いたり、船の部品が壊れたりしていたら話は別になるが、そこも問題ないらしい。


(……人間では、なせない技よね)


 人外と人外の衝突。そこに人間が入る隙もなく、巨体と巨体のぶつかり合いは、その余波で波が起こるほど。
 海賊たちも、逃げ場を失い、訓練を受けていた騎士たちのお縄にかかったようで、甲板の上にはすでに人が固まっていた。先程までまばらだったが、目を離したすきに……さすが、帝国の騎士と言ったところだろうか。


「クオオオオオオオオンッ!」


 とどめと言わんばかりに、咆哮し、竜人族ノブレスが、クラーケンの頭めがけて火炎球を放った。火球は見事に直撃し、クラーケンに決定的一打をくらわせる。
 かなりの間、水の上を漂うように力なくもがき苦しんだ後、やがて海の中に消えていき、辺りを静寂が包む。濁っていた海は、鮮やかさを取り戻し、傾いていた船もゆっくりと平衡になっていく。
 それを見届けると、飛竜と化した男は人へと変化し、さっきまでそこにいた甲板へと舞い降りた。
 その場にいた全員があっけにとられ、唖然とする中、彼はシュン――と先ほどの人の姿に戻ると、ふわあと欠伸を零して伸びをする。
 そして、つかの間の静寂の後――大きな歓声と拍手が巻き起こり、あたりは、竜人族の男がクラーケンを倒し、船を守ったぞと一気に賑わしいムードとなる。喜びに涙を流している騎士たちは、先ほど、この男が殿下に刃を向けていたことなど知りもしないのだろう。私も、巻き込まれたんだけど? と、冷たい視線を送っていれば、男は、汗なのか、水なのか分からない水滴を、内まきになっている水色の髪を払い飛ばしながら、こちらに向かって歩いてきた。黒いローブはすでにどこかに捨てられ、賊と間違うような、ラフな胸元の空いた服から見える胸襟を見せびらかしながらこちらに歩いてくる。


「これで、チャラだな。あ、お嬢さんの方は怪我無かったか? まっさか、船にアンタみたいなきれいな人が乗っているとは思わなくってなあ」
「……何よ。まあ、助けてくれたことには感謝するわ。竜人族の男……」
「ひっでぇ。竜人族の男って。オレは、命の恩人なんだからよ、もっとちゃんとさあ。つか、名前もあるんだしよ」


と、私が誰なのか分かっていない調子で歩いてくるので、サッと殿下が私と男の間に割って入り、私を守るように、剣を鞘から抜くようなそぶりを見せる。

 男は、革の靴を履いた足を止め、殿下を睨みつけた。殿下とはまた非なる赤色が、真紅の暴君を睨みつけている。竜人族だからか、その瞳孔は縦に長く伸びており、猫のような、爬虫類のような不思議な感じがする。ただ、落ち着いて間近で見ればその違いが一目瞭然で、彼が人間でないことが彼の魔塔空気からわかった。


「だったら、名を名乗れ。竜人族の男」
「今名乗る流れだっただろうがよ。せっかちだなあ、帝国の人間は。ああ、オレは、ゼイ。竜人族の生き残りで、クラーケンのテリトリーに入らないよう見張っていた海の番人だ。よろしくな、お嬢さん――っ」


 スパン、とその手をはねのけ、彼の首に目にもとまらぬ速さでみねうちを打ち込むと、殿下は、フンと鼻を鳴らした。先程の、竜人族の男の技も人間業じゃないと思ったが、今の殿下のも……


「この男を今すぐ縛り上げろ! 今すぐにだ!」


 暴君の怒号が、歓喜のムードを凍り付かせる。
 どうやら、私に触れようとしたことに激怒したみたいで、彼の顔は、その真っ赤な髪以上に赤く憤怒で染まっていた。


(ご、ご愁傷様ね……)


 倒れた男は、気を失っているだけだと信じたい。そう思いながら、二つの青が交差する光景を、潮風になびかれながら息をつき私は眺めた。


 
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