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第2部3章

04 白い貴族の男

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「お嬢様、ばっちりです。頑張ってください」
「ええ、ありがとう。リーリエ」


 帝国創立記念パーティー当日、昼は、パレードや催し物、屋台などが立ち並び、夜は皇宮にて皇族による貴族のためのパーティーが行われていた。昼の部に関しては平民が楽しむもので、公爵邸から少し帝都まで距離があったこともあり、移動で時間を費やしてしまうという話になり、夜のパーティーにだけ出席することにした。
 家でリーリエ含むメイド何十人という大人数で、ドレスを着こみ、髪も結ってもらい化粧を施した。いつも以上に念入りに風呂にも入ったことで、肌の艶も、髪のまとまりもいつもと違っていた。
 髪を結んだ時なんかは、メイドたちが「お嬢様の髪の毛がダイヤモンドのように輝きすぎて目がつぶれます!?」とか言っていたが、確かにいつも以上に輝いて見えたので、気のせいではないだろう。目はつぶれるほどではないと思うけど。
 今日は、他の令嬢たちも気合を入れてくるだろうとのことで、周りがかすむくらい気合入れて仕立てます! と宣言通りにしてくれた。
 真っ赤なドレスも一応候補に入れたけれど、さすがに派手だし、殿下と同じ色なのは嬉しいけれど、赤々しすぎて見栄えが良くないとのことで、薄い藤色のドレスを着せてもらった。瞳の色と似ている、尚且つ、髪の毛の色ともマッチするドレスで、装飾もそこそこに、レースの手袋と靴、ネックレスにイヤリング。シンプルで上品な装いだ。


「お嬢様、本当に美しいです……これで、皇太子殿下の心もいちころですね!」
「あ、ありがとう……でも、会場内で倒れられたら困るわ」
「お、お嬢様!」


 ハッ、としたようにリーリエは口元を抑えた、いったいどうしたのだろうかと振り返れば、目に涙を浮かべフルフルと震えていた。いったいどうしたのかと聞こうとすればリーリエが抱き着く勢いで叫んだ。


「お嬢様、自己肯定感が回復したんですね!」
「え、え?」


 想像もしなかった言葉に、私は口をぽかんと開けるしかなかった。
 それでもリーリエは、喜ばしいことだと、涙をぬぐいながら「よかったです……本当によかったです」と何度も何度も口にする。


「お嬢様は、聖女様が現れてから自信を無くされていると思っていまして。ですが、もう心配ないようですね……お嬢様は、美しいんですから。自分に自信をもって……うぅ」
「ちょ、ちょっと!?」


 確かに思い返してみれば、自己肯定感の低さや、不安になることが多かった気がする。でも今は、そこまで自己肯定感が低いとは思わないし、不安になることも少ない。社会的に……と言ったらいいのか分からないが、自分が皇太子妃に……いずれは皇后になると思うと、そこらへんは不安ではあるが、殿下との未来のためなら頑張っていける気がした。


(ちょっと、さっきのは言いすぎたかもだけどね……)


 私のドレス姿を見て、殿下が倒れる――なんてことはさすがにあり得ないと思う。建国記念パーティー中に抜け出して……ということも、さすがに今回はしないだろう。でも、喜んでもらいたいという気持ちはあるし、きれいだって褒められたい我儘な気持ちもあった。


「リーリエたちのおかげでもあるわ。ありがとう」
「とんでもございません! さ、行きましょう、お嬢様」


と、涙をぬぐったリーリエに連れられ馬車に乗り込み、いざ皇宮へ。

 道中、平民たちの間で行われている屋台の出し物を見て、少々心が躍る。


「お嬢様、祭りが終わっても出店している地域もあるみたいですよ。今度はそこで食べ歩きというのもいいかもしれませんね」
「そうね……今度は買い物だけじゃなくて、夜市を回ってみたいわ」
「いいですね! お供します」


と、リーリエともそれなりに楽しい会話が出来た。

 そうしているうちに、皇宮につき、最終チェックをリーリエにしてもらった後、会場入りをした。中に入れば、すでに貴族たちは集まっているようで、すぐに挨拶に回ることにした。


(で、殿下と一緒に来た方がよかったかしら……)


 とりあえず、リーリエや、マルティンから聞いていた情報を頼りに挨拶をして回るが、誰が誰だか分からないので、愛想笑いでその場を去る。令嬢たちに関しては、私に話しかけてくることはなく、逆に中年の貴族たちが「番契約を切ると噂に聞きましたが」と答えにくい質問を投げてきた。その質問に対しては、それとない、当たり障りのない返答を返し逃げるように、次の場所へ。


(というか、みんな同じ顔に見えているから誰が誰だか……)


 緊張しながら挨拶をしていれば、ふと視線を感じた。
 誰だろうと視線の元をたどればそこには、見慣れない白い頭があった。


(見慣れないって、誰も知らないわよ……)


 ロルベーアの記憶など、断片的にしか持っておらず、そもそもロルベーア自身、あまり交友関係がないので、本当にどの貴族がどこの家のものなのかなど一切分からなかった。見分けるとしたら、立ち振る舞いとか、衣装とか……なんだけど、ただ、そこにいたその真っ白な数多の貴族は、目立っているのに、誰も話しかけていないようだった。そんな彼――と、目があい、なんとなくキレイ、と、話したくないといった矛盾な気持が生まれ、スルーしようかと思ったとき、声をかけられてしまった。


「すみません」
「ええっと、私ですか」
「はい。きれいだったので、つい声をかけてしまいました」


と、その白い頭は、ほほ笑む。

 少したれ目の透き通った水色の瞳が私を捉えているのを感じて、ドキリと心臓が高鳴るのが分かった。殿下とはまた違うタイプの美形だな、と思わされる容貌だった。そしてどこか、近寄りがたいような雰囲気をかもし出しているように感じる。いや、これは第六感が働いたのか。なんかよく分からないけどもこの人に近寄ったら危ない気がする……と本能で感じ取ってしまった。
 しかしここで無視するわけにもいかないので、私はにこりと微笑んでみる。


(というか、私のことを知らないの?)


 年が近いものに、話しかけられたのが、彼が今日初めてだったのだが、まさかロルベーア・メルクールを知らない人間がいるとは思わなかった。
 頼りないその顔も、世間を知らないいいところのお坊ちゃんという感じがするし、はかなげな、白い肌も、顔も、なんというか少し気味が悪かった。


「私を、誰と思って声をかけたんですか? 先に名乗るのが常識じゃなくって?」
「ああ、これは失礼しました。何分、最近貴族になったばかりのものなので……」
「最近?」
「養子として……ああ、僕はヴァイス・クルーガーと言います。クルーガー侯爵家の長男をやらせてもらっています」


と、彼は挨拶をした。その節々に感じる違和感と、やらせてもらっている、というよくわからない言葉に引っかかりを覚えながらも、私はようやく、彼――クルーガー侯爵家について思い出した。


(確か、没落寸前の家門だったわよね……)


 最近容姿を迎え入れたことで、立て直し、富豪になったとか……そんな噂を耳にした気がする。その容姿というのが、このヴァイスという男なのだろうか。


「敬語、堅苦しいからやめてもいいかな?」
「え……」
「ここでは、初めましてだね。ロルベーア・メルクール公爵令嬢」
「……」


 背筋に悪寒が走った。先程は、私のことを知らないと言ったような感じで話し始めたのに、次顔を上げたときには、私のことを知り尽くしているような、すべてを見透かした目で私を見つめてきたのだ。周りに視線があるというのに、階級の上の貴族に対しての態度。誰も何も言わないのかと、周りを見渡してみたが、なぜだか、誰も私たちに注目していなかった。
 私が、問題児だった令嬢だからか、それにしては、あまりに私たちは蚊帳の外すぎるのだ。


(なんなの……なんなのよ……この感じ!)


 どこかで会ったことがあるような、そんなデジャブに、私はその場を動けなかった。
 絶えず、天使の微笑みのような笑みを崩さないヴァイスは、首を傾げ「どうしたの?」と一歩私に近づいてくる。
 本能的に、逃げなければ、と頭の中で警告音が鳴るのに、すくんだ足はその場から動けなくなっていた。


「顔色が優れないようだけど……」


 スッと伸びてきた白い手が、気味悪くて、私は目をつむった。触れないで、と強く念じれば、次の瞬間、パシンと何かをはじくような音が響いた。それと同時に、私の肩に温かい重みが乗せられる。


「――俺の番に汚い手で触れるな。この下種」
「アイン……っ」


 ヴァイスの手をはじいたのは、私が探していた真紅の番、アインザーム・メテオリートだった。

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