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番外編SS
マルティンside
しおりを挟む突然ですが、わたし――マルティン・イエルクは、フォルモンド帝国皇太子、アインザーム・メテオリート殿下につかえる補佐官。数多の戦場にて、彼を支え、時には助けられ、身を救い、彼につかえることがわたしの一生の仕事であると誇りを持ち、今日まで仕事を続けてきました。
殿下に付きまとう英雄の話や、それとは比なる悪い噂。それらすべてを情報として頭に入れ、殿下がどれだけ悪いように言われても、隣で見ているわたしだけは、彼を信じ突き進んでまいりました。彼の歩く道に、いくら死体が出来ようとも。それが、彼の功績であり、背負う十字架であり、未来への道なのだと。
まあ、そんな素晴らしい殿下につかえて早数年と経ちますが、あまりにも……あまりにも、性格に難があり、癇癪を起された際には、わたしでさえもどうにも手が付けられず、嵐が去るのを待つしかありませんでした。愛も、人すらも信じられない殿下が、呪いに侵されて、きっと、彼を救える愛し、愛されてくれる人間など現れないと思った時、彼の番……現、婚約者であるロルベーア・メルクール公爵令嬢が現れたのです。
彼女の噂も、悪いものばかりでしたが、実際にあった彼女は、聡明で、殿下の小言も皮肉も、デリカシーのないところも、それとなく包んでくださり、殿下に愛を教えてくださいました。彼女がいなければ、殿下の呪いは解けず、帝国の未来は暗かったでしょう。そんな、ロルベーア様に、感謝の気持ちを抱きつつも、最近、魔性の女のようにも見え……殿下が仕事をさらにしなくなったことに、少し、いや、ほんのちょっとだけ苦言を呈したいと思いまして。
「殿下……頼まれていた資料を持ってきました……でん……また居ないじゃないですか! どこ行ったんです!? 本当に!?」
どれだけ徹夜することになろうが、多少の無茶ぶりも、仕事の押しつけも給料アップのために黙ってこなしてきました。そして、皇太子の補佐官として、どんな時も凛と、彼の隣になっていても恥じぬ人間として、それなりに身なりも、立ち振る舞いも頑張ってきたのです。
頼まれた資料を執務室に運んでこれば、扉を開けたらもぬけの殻!
今日中にとお願いした書類は、まだ半分も終わっておらず、机の上には書類の山が三つほどできている状態。書類仕事も、皇太子の立派な仕事だと、あれほどきつく言ったのにも関わらず、それを放棄し、どこかに行ってしまった殿下を、今から探しに行かなければならない。そんな、新たな仕事が増え、ため息が一つ、二つ出るどころの騒ぎではなかった。
(ロルベーア様は、確か、離宮の方に泊まっていたので、公爵家にはいっていない。皇宮の庭園の薔薇がお好きと言っていたから庭園の方に……いや、今日は雨が降っているから、庭園ではない。では、どこに?)
逆算し、ロルベーア様がいるところを探し、そこに殿下がいると目星をつけます。殿下は、ロルベーア様のいるところに出現……いや、ストーキングして、ロルベーア様にべったりとくっついているのです。それはもう、仕事などどうでもよくなるくらい。
(癇癪を起され、そのまま剣を振るっておられる方が、こっちとしては楽でしたあ……!)
もう、今は尻に敷かれる、ロルベーア様のとりこ……別にいいのですよ。婚約者同士、仲がいいことは! しかし、そのせいで仕事を放棄するのだけはやめていただきたい。
バンッと書類を執務室の机に乱暴に置き、扉を閉め、殿下とロルベーア様を探しに、わたしは皇宮の廊下をいそいそと歩く。その途中で、持ってきた書類に必要な資料がないことに気づき、書斎によってから探すことにしようと、方向を転換し、書斎に向かう。
皇宮の内の書斎は、限られた人間しか出入りできず、書斎の奥のほうともなれば、皇族しか入れない空間となっている……が、基本はそんなところまで深く潜り本を探すことはないので、書斎の少し入り組んだところまでいけば、目当ての資料があるはずなのだ。
「……開いている」
書斎にいけば、扉が半開きになっており、誰かが中にいることは明白だった。不用心だな、と思ったが、開けられる人間など限られており、皇宮に侵入することすら難しいため、わたし以外の上級職の人間が入っているのだろうと、思い、邪魔にならないよう資料をとって返ろうと、静かに扉を閉め、中に入る。
(早く持ち帰って帰ろう……おぉ?)
ひとよりも、耳が敏感な方で、気配にも気づきやすいほうで、すぐに先客の存在に気が付いた。それも、棚を三つか四つ隔てたところにだった。
「――殿下、こんなところでっ。書類仕事、まだ終わっていないでしょう!」
「公女、書斎では静かにしていないといけないぞ? 人の出入りが少ないとはいえ、誰も来ないわけではないからな」
「だ、だったら……あっ」
「人が来ると言った瞬間これか……ロルベーアに、そういう趣味があったとは」
「ち、違います!」
(殿下――ッ! と、ロルベーア様!)
思わず、叫んでしまいそうなところを、どうにか口を押え、息を殺す。
皇宮の書斎で何をやっているんだと言いたくなりましたが、ロルベーア様は巻き込まれただけ、どうせ、また殿下が……! と、言い聞かせ、ロルベーア様を疑った日には、殿下に首を言い渡されると全身が震える。
(そうですよ! ロルベーア様の言う通り、書類仕事終わっていないですし、書斎なんですよ! 殿下!)
一応、ロルベーア様の方が常識があると思っているので、同感しつつも、殿下に流されてしまうことで定評のあるロルベーア様が、殿下を拒めるはずもなく、艶っぽい声が静かな書斎に響く。かなり奥の方ということもあり、確かに人に気づかれにくいとはいえ、わたしがいるのに!
(ははは、早く出なければ。ロルベーア様の声など聞いたら、殿下に!)
一度、下半身についているものを切り落とされそうになったことがあるため、もうあんな恐ろしい思いはしたくなかった。だが、資料をもって帰らないことには殿下の書類仕事が……
「ん、……あっ」
「ロルベーア、声が漏れているぞ。誰かが聞いているかもしれないだろ? な?」
(待ってください、ぜっっったいに、バレてるじゃないですか!?)
こちらを見た気がした。棚をいくつも隔てているのに確かに目があった。睨まれた気がしたのだ。
(ああ、今日が命日です。すみません……)
殿下は気づいていて、続ける。もう何も聞いていない、わたしは壁だと言い聞かせ、資料をさっと棚から引き抜いて書斎を出る。その間も、ロルベーア様と、殿下の行為の音が耳の薄い鼓膜を刺激する。これは、殿下の機嫌がいい時に、わたしから謝らねば、本当にまだ一度も使ったことのない下半身のあれとおさらばしなければならないだろう……
「……なんで、わたしが」
命からがら、資料を、無事執務室に届け、もう見る限り減っていない書類の山を睨みつける。睨んだところで、勝手に書類が動いてくれるわけもなく、ハンコを押すだけでいいものもあるのに、それすらわたしがやることが出来ない。早く、殿下が戻ってこなければ……
執務室に戻ってくるまでに、これほど体力を使うとは思わなかった。少しの間、執務室のソファで倒れこみ、仮眠をし、そろそろ殿下が帰ってくるころだろうかと目を覚ます。時間は一時間ほど経っており、最近寝不足だったことが祟ったと、そもそも寝る時間がなくてこうなっているですが? と心の中で文句を言いながら、執務室を出ようかと立ち上がる。
(わたしも他に仕事があるし、帰ろう……)
「――どこに行こうとしているんだ。マルティン」
「で、殿下!?」
ふらりと立ち上がり、顔を上げれば、聞きなれた声、血のような真紅の髪の主君がそこには立っていた。何やらにやにやと、肌つやのいい顔をわたしに向けて出入り口をふさいでいる。
「そ、そのお……殿下の仕事に必要な資料を届けに来てですねえ……あはは」
「あの場にいただろ、マルティン」
「ひっ」
「ああ、別に怒っていないさ。おかげで、ロルベーアもいつも以上に興奮してくれて、いい汗を流せた。礼を言うぞ」
ポン、と肩を叩かれ、クビを言い渡された気分になり、魂が抜けそうなところを、殿下にぎゅっと掴まれた気がし、我に返る。やはり、バレていたのだ。さすが、殿下……ではなく。
「あああ、あの、なにも、なにも……!」
「まあ、今回のことは見逃してやろう。ロルベーアも気づいていなかったしな。だが、今度、ロルベーアの声を聴いてみろ。使ったこともないそれが、使い物にならなくなるぞ?」
「は、はい、肝に銘じております……はい」
「返事がいいな。マルティン。いつも、頑張ってくれているお前に、褒美をやろうか」
はっはっはっ、と機嫌良さそうに、書類の山の前に座り、殿下が足を組む。
その姿は、魔王そのもので、わたしは、ずっとこの人に振り回されるんだろうな、という未来に絶望と、彼の輝か
しい未来の糧となるのなら……と、わたしは魂が抜けるのすら甘んじて受け入れ、カサカサな口をどうにか動かした。
「殿下、わたしに胃薬を恵んでくださいませんか」
「そんなものでいいのか。実家に送り付けておいてやる」
「いや、今欲しいです……はい」
どうやら、婚期も、再就職もできなさそうにありません。
胃が軋むばかりです。穴が開かないことを祈ります。
わたしの前で、殿下はぷっと笑うと、小切手だけわたし、書類の山を片付け始めた。
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