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番外編SS
白薔薇は赤で染め上げるものだ
しおりを挟む「本当に真っ赤ですね。皇宮の庭園の薔薇は」
「そうだな……」
「何か嫌な思い出でも? 私は、殿下の髪の色みたいできれいだと思いますけど……それに、公爵家の薔薇は、食欲が失せそうな青ですから」
「あの青は落ち着くぞ? 公女の家に来たという感覚になる」
月が光輝き、私たちを照らす夜。夜の散歩にと、殿下に皇宮の庭園を案内してもらっていた。燃えるような赤い薔薇は、どっしりとしていて、その花弁一枚一枚が分厚く染色されたように均等な色だった。香りも上品で、公爵家の偽物のような青原とはまた違った、これぞ薔薇というような気品と美しさを兼ね備えていた。
しかし、私の後ろを歩く殿下は、あまり気乗りしない様子で、あくびをし、つまらなそうに私の後ろをついてきていた。書類が溜まっているということもあり、眠れていない、とマルティンから聞いたこともあって、今日は気晴らしに、と連れてきたのだが、一緒に寝た方が殿下のためだっただろうか。しかし、最近雨が続いていたこともあり、こうして、薔薇を直接見ることが出来なかったため、楽しみにしていたのだが……
「もう帰りますか?」
「いや、公女の気が済むまでいるといい」
「……それって、殿下は帰ってしまうということですか?」
「まさか。お前を置いて、一人で帰れないだろう。寂しいこと言わないでくれ」
「じゃあ、何でそんなつまらなそうな顔しているんですか?」
「いや……これをいうと、せっかく楽しんでいる公女の気分を害すると思ってな」
と、殿下はどこか言いにくそうに口ごもる。
ん? と首を傾げれば、観念したように口を開き、はあ、とため息をついたのちぽつりぽつりとしゃべり始めた。
「赤、本当は嫌いなんだ……公女が、俺の髪色を好きだと言ってくれるから、好きになりつつあるが、赤から連想するものが、どうしても俺の中では血なんだ。だから、その薔薇も血で染まっているように思える。もしくは、切り落とした首がついていた断面図か……」
「……っ」
「ほら、怖がるだろ? だから、言いたくなかったんだ」
殿下はそういって、済まない、と私の肩に触れた。今殿下がいったことがあまりに恐ろしくて、思わず肩を揺らしてしまい、殿下に、申し訳ないと眉を下げられたのが、こっちこそ申し訳なくなって、聞くべきじゃなかったかな、とも思ってしまった。
それでも、殿下の言った私のおかげで好きになりつつある、という言葉は聞き逃すことなく、「これからも好きになってください、自信をもって」と、殿下の髪色に関しては、フォローを入れた。女性でもうらやむくらい美しいその真紅は、めったに見られないだろうし、私の銀色の横に立つと、さらにその赤色が目立つ。その色は、殿下のためのものと思うくらいには、私は彼の髪色が好きだった。
「怖いですけど……殿下の話、聞くのは好きですよ。貴方が、何を経験して、どんな過去があって……それを聞いて、貴方をもっと理解していくこの瞬間が、私は好きです」
「公女はそういう話はないのか?」
「私ですか? 私は……」
そんな質問をされると思っていなくて、返答に困てしまった。
私は約一年半ほど前に、この世界に転生してきて、ロルベーアの知識など、小説に記されたものしか知らない。だから、クラウトの思いとか、シュニーとのかかわりとかも全く知らなかった。私が知っている、私が保持しているロルベーア・メルクールの記憶は少なく、あるのは、鮮やかな殿下との記憶だけだった。
転生者ということは、別に言わなくてもいいと思っている。けれど、それに気づいたヴァイスという男は、本当に恐ろしいし、もし、私の記憶が見られていたらどうなっていただろうか。彼は好奇心の化け物で、この世界が作られた娯楽小説の世界だと知ったら、どうなるだろうか。自身も、物語を描き、その世界に入り込む術を探すのか、それとも、私がいた世界にいくための術を探すのか。考えると恐ろしくなってくるので、これ以上はやめた。
今は私が、ロルベーア・メルクール。まだ生まれたばかりの一年半ほどの公女。
「貴方と出会って、私は生まれ変わったんです。だから、貴方とのこの数年の記憶しか、私には必要ありません」
「なんだか、はぐらかされた気分だが、確かに、公女の噂は、俺が知っていたものと違ったな。公女もなんだ。俺と出会って変わったんだな」
「前も言ったじゃないですか。でも、殿下の話は本当に気になるので、少しでもいいので……気が向いたら話してくださいね」
「ああ。ロルベーアが聞きたいならそうしよう」
殿下はそういって、私の額にキスを落とす。
静かに噴水の音が響き、真紅の薔薇が咲き乱れる庭園には私たち二人。満天の星空の下、私たちを邪魔するものは誰もいなかった。
それから、他愛もない話をしながら、庭園を一周し、ひと際はきれいな薔薇の前で私は中腰になり、薔薇に触れようとすると、殿下が私の手を掴んだ。
「薔薇には刺がある。触って、ロルベーアが怪我したら大変だ」
「綺麗な薔薇には棘がある……ですか。大丈夫ですよ。気を付けているので」
「……」
「あ……っ」
「何だ、次はどうした」
そんなに過保護にならなくても、と思いながら、気にかけてくれる殿下のことは愛おしくて、私は立ち上がって、薔薇を見ることにすると、その大きな薔薇の近くに、いくつか白い薔薇が咲いていることに気づいた。
「雑種か」
「ざ、雑種って……白い薔薇、初めて見たかもしれません」
「……きれいじゃないな」
「薔薇には、何の罪もないと思いますが?」
私も、一瞬あの男のことが頭をよぎった。殿下もそうなのだろう。だから、機嫌が悪くなった。
真紅の薔薇に混ざる純白の薔薇。確かに、どこからそれがやってきたのか、皆目見当がつかず、不思議で仕方がなかった。でも、こんなにも、真っ赤な中に、真っ白があったら目立つに決まっているのだ。なのに、今生えてきたとでも言わんばかりに、その白薔薇は主張する。それも相まって、あの男が嫌でも思い起こされて気持ちが悪くなる。
「引っこ抜きたいところではあるが……ロルベーアの言う通り花に罪はない。なら――」
「あ、アイン!?」
懐から短剣を引き抜くと、殿下はその刃を握り手のひらから滲んだ血を、白薔薇の上に垂らした。あまりに突飛すぎる頭のおかしい行動に、私は言葉を失ったが、血を浴び、赤く染まっていく薔薇を見ていると、なんとも言えない気持ちになり、そして、真紅に染まり切ったその薔薇は、周りの薔薇よりも赤く主張しているような気もした。
「あ、アイン! 何やっているんですか!」
「白い薔薇は、赤く染めるものだろ? 白薔薇がこの庭園に咲くなど俺は認めない。だったら、俺がその血で染め上げてやる」
「はあ……もう、どういう人生を送ったら、そんな発想に至るんですか。手、出してください」
「……」
私は、自分のうちにある少しの魔力を殿下に注ぎ、彼が切り付けた手のひらを治癒する。少しずつその傷はふさがり、残ったのは、乾いた赤黒い血だけだった。
「もう、私の前ではやらないでくださいね。痛々しいので」
「善処しよう」
「……絶対ですから」
「わかった。ロルベーアの前ではやらないと約束しよう」
「私がいなくてもです! アインに傷が出来るの、私嫌ですよ?」
「ははっ、本当にやさしいな、ロルベーアは」
「それ、何度も聞きました。アイン、もう帰りましょう」
「いいのか?」
「はい。もう、見て回ったんで。それに、その血を洗い流してから、一緒に寝ましょう。返事は?」
「……フッ、分かった」
と、殿下はどことなく嬉しそうに言うと、私の横を歩き、血のついていない方の手で私の手を包み込み、指を絡めた。彼の左手にはめてある指輪がぶつかり、なんだか温かい気分になる。
月は私たちを祝福するように優しく照り、真紅の薔薇園に私たち二人の影が寄り添って後ろに伸びていた。
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