一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第3部4章

07 真夏の魔物

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 青い空、広がる青い海。波の音に、風の音は疲れた心を癒してくれる。二つの青がまじりあったようなコバルトブルーの海は透けていた。白い浜辺を陛下がさしてくれる日傘の陰に隠れながら歩くのも悪くないな、と思いながら浜辺に転がっていた貝を見つけては拾って、彼に見せる。


「見て、アイン。この貝殻可愛らしいピンク色をしているわ」
「ああ、そうだな。ロルベーアの胸の……ぐっ」
「何でそういう方向につなげるんですか! もう、信じられない!」
「思ったことを言っただけだろ、何が悪い……それに、実際お前の……悪かった! ロルベーア!」


 貝殻のピンク色が、私の胸のあれに似ているといった陛下のみぞおちを殴り、私は彼がさしてくれている日傘の外に出た。陛下は、腹を抑えながら待て、と苦しそうにいうが私は振り返らなかった。


(もう、本当に何を考えているのよ……いくら、羽目を外せるからって、昼間っから!)


 顔が真っ赤になってしまい、日焼けでいたいのか、彼とそういうことを想像してひりひりとしているのかわからなくて、恥ずかしい気持ちになる。陛下はああいうことをサラッというから危険だ。いくら、護衛たちが離れているとはいえ、こんな痴話げんかのような……


「もう、アインのバカ」
「仕方ないだろ。いつもと違うドレスを着ているお前にずっとドキドキしているのだから」
「ドキドキとか、似合いませんね。陛下には」
「いくらでも言っていろ」


 この世界には水着という文化がまだないようで、海辺を歩くのにぴったりな半透明なクラゲのようなドレスにしてもらった。半透明なレース、いつもより少し露出高目なドレス。ヒールではなくサンダルのようなものをはいて浜辺を歩けば、熱された白い砂で足をやけどする危険性もない。白い帽子もかぶってはいるが、肌が焼けないようにと念入りにオイルを塗られた。少し匂いがして、まだ体がぬるぬるとしている。
 オイルも自分が塗りたいと、陛下は手を上げたが、メイドたちに止められ、結局リーリエ含むメイドたちにまんべんなく塗られて今に至る。だめと言われた陛下の顔を思い出したらおもちゃを取り上げられたような子供の顔をしていたから面白い。


「でも、本当に似合っているぞ、ロルベーア」
「ありがとうございます。わざわざ、今日のために仕立ててもらったんですから。アインに見せるために」
「……っ、そういうところだぞ。ロルベーア」
「いつものお返しです」


 着飾るのは威厳を保つためだけじゃない。陛下に喜んでほしいからだ。かわいいといってほしい……
 最も、新婚旅行で羽目を外すのであれば、特別なものを仕立ててもらわなければとそういう思いもあってこの服を選んだ。ウェディングドレスほどではないが、白と青が基調になった涼し気なドレスは、露出が多くて彼のそういう気持ちを高ぶらせないでもないとは思っていたが。
 サッと私に真っ白い日傘をさし、陛下は日焼けをする、と心配そうに言った。


「凍傷もつらいが、日焼けもつらいぞ? これは、戦場での経験だが……」
「確かにあとからいたい思いはしたくないですね。アインは、泳げますか?」
「もちろん。海に入りたいのか?」
「泳ぐまではいかなくとも、足をつけるくらいには」


 この年になってわちゃわちゃと海に入って泳ぎたいとまでは思わなかった。けれど、こんなにも暑いとあの透明な海に飛び込みたい気持ちもわいて出てくる。
 プライベートビーチは静かで、ヤドカリが歩いているくらいでほかには誰もいない。ここに来る途中、船の上からイルカのような生き物を見たくらいで、魔物がいる様子もなかった。平和な海が広がっている。
 潮風に揺られる髪を耳にかけ、私は陛下の姿を見た。彼もいつもよりラフな格好をしており、胸元が空いている。深紅の髪は高い位置でくくられ、指にはヴァイスから返してもらった二人で選んだ指輪がはめられている。


「やっぱり、海に入りましょう! 羽目、外していいんですもんね」
「ああ、思う存分な」


 陛下はふっと笑って日傘を折りたたむ。私はそんな彼に背を向けて波打ち際まで走った。砂に足が取られて、こけそうになったが何とか透明な海の近くまで来た。指先にひんやりとした水の冷たさが伝わってくる。もうちょっと入ってみよう、そう思って足を前に踏み出した瞬間、透明な海に黒い影が映った。かと思えば、水しぶきを上げて、大きなイソギンチャクのような魔物が飛び出した。


「へ?」
「ロルベーア、今すぐこっちへ戻れ!」
「え、え、え?」


 魔物などいない、いるのは平和な動物だけ……先ほどまでそう思っていたのに、いきなり表れた五メートルを容易に超すイソギンチャクの魔物に、私は驚き、その場でこけてしまった。幸いにも、地面は砂で柔らかく痛みはなかったものの、白いドレスが砂だらけになってしまう。陛下がこちらへ走ってくるのを見ながら、私は何とかその魔物から離れようと砂に足をと取られつつ走る。
 振り返れば、イソギンチャクの魔物はピンク色の触手を揺らし、グロテスクで卑猥な口をカパと開き悲鳴にも似た咆哮をする。刹那、ぴゅっ、ぴゅっと何かがこちらに飛んできた。


「いやあっ」
「ロルベーアッ!」


 狙ったわけではなく、本当に四方八方にまばらにその液体は吐き出されたようで、私はそれに被弾してしまう。べっとりと緑とピンク色が混ざった体液のようなものが付着し、磯の匂いに鼻をつまむ。もし、人の体を溶かすものだったら、と、毒があるのではないかと心配したが、その心配は無用だった。しかし、においとべたべたとした体液は私の服を溶かしていった。


「い、いやあああっ!?」
「なっ……!?」


 見る見るうちにドレスだけが解かされていく。着ていた下着さえも、まるでそれだけを溶かす液体のように、私はイソギンチャクの飛ばした液体によって丸裸にされてしまった。ドレスも布切れとなってしまい、隠すものが何もない。
 陛下は裸の私を抱きしめると、腰に手を当てたが、そこにはいつもはあるはずの剣がなく、彼は舌打ちをする。


「チッ……」
「あ、アイン……」
「とりあえず離れるぞ!」


 駆け付けた騎士たちがわらわらとイソギンチャクの魔物に向かっていくが、悲鳴が上がり、あの液体に被弾したということが分かった。防具を解かされてはどうにもならない。彼らは、魔物から距離を取り、どう攻撃したらいいものかと、私たちの盾になるように剣を構えて顔を見合わせていた。


(こ、こんな姿じゃ……)


 今すぐ体を隠せるものが欲しかった。陛下も、騎士たちがいつこちらを振り向くかわからず、それはもうものすごい形相で彼らを睨んでいる。騎士たちもその視線にびくびくしつつ、魔物と対峙し、場は混沌を極めていた。


(もう、最悪!)


 せっかくの新婚旅行が! 卑猥な魔物によって台無しにされるなんて!
 この日のために仕立ててもらったドレスも台無しになり、真昼間から裸をさらすことになるなんて思ってもいなかった。誰も尊像しなかっただろう。魔物がいるという情報もなかったし、安全だと思っていたのに……
 どうして? と、なぜここに魔物がいるのか、と分析しようとしていればまた空中を大きな影が横切った。
 あれは――! と、誰かが叫んだと同時に、イソギンチャクの魔物に灼熱の太陽よりも暑い何かが被弾した。


『ギァギョァァギャアアアアアア!』
「――と、お嬢大丈夫か?」
「ぜ、ゼイ!?」


 イソギンチャクの悲鳴か、あたりの水が蒸発するような音とともに聞こえてきた声は聴きなれたもので、陛下の腕の中から顔を出せばそこにはあの水色の髪の男が立っていた。また、私や陛下、騎士たちの横を切ってイソギンチャクに向かっていった人影が、致命傷を負い逃げようとしていた魔物を真っ二つに両断する。プシュゥウゥと、完全に空気が抜けたような音とともに、こちらもまた知っている声が耳に響いた。


「公女様……皇帝陛下、皇后陛下、お怪我はありませんか?」


 ゼイの横に立つように、剣をさやにしまった灰色の頭のもと護衛シュタールが私に問いかける。
 助かったと、気が抜けつつも、なぜ彼らがここにいるのが、そっちのほうがわからなくなり、私は口を開けたまま呆然と彼らを見つめることしかできなかった。


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