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第2章 公爵子息と駄犬
02 ちょーかわいい!!
しおりを挟むその獣人の傭兵を売り出している店は、闇市の奥のほうにあった。奥のほうに行けば行くほど、鬱々とした空気が充満しており、怪しげな薬も魔道具も、見たことのない不気味な仮面を打っているお店だってあった。そんなお店の店主とは目を合わせないように、俺は施設の中に入る。
カランコロンとベルの音が鳴ると、中から太った男が俺たちを出迎えた。
「いらっしゃいませ、お客様。今日はどういったご用件で?」
「傭兵を雇いに来た。もちろん、引き渡しだ。お金はある」
「ほうほう。傭兵でいいですかな? なんなら、性どれ……ごほん、失礼しました。かわいい獣人もそろっていますが?」
「いい。俺は、護衛にできるくらい強い獣人を探しに来たんだ」
かしこまりました、と男は俺たちを店の中に案内する。
「あの店主、気味が悪いな」
「だいたい、ここにいるやつが気味悪くないなんてことないだろ。それに、胡散臭いやつらばっかりだ。ゼロは、こういうの苦手だろうな」
「いや、俺も傭兵時代、最悪なクライアントと仕事したことあるからな。別に、久しぶりに見るってだけだ」
「へえ。ちなみに、どんな奴らだったんだ?」
「いや、金と仕事内容が見合わない。それに、最後は金さえ払わず逃げやがった」
「ああ~前払い制にしとかなきゃな」
商売上手というよりかは、詐欺師だな、とゼロの話を聞いて思った。
闇市にはそんなやつ山ほどいる。だから、自分で吟味して舐められないようにしなければならないのだ。店主の男は、歩きながら、うっすらとしか毛が生えていないスキンヘッドを上等なシルクのハンカチで拭きながら、部屋の鍵を開ける。俺たちの会話などどうでもいいように鼻歌まで歌っていた。客が来るのは久しぶりなのか、俺たちをカモにしようとしているのか。どちらにしても、思い通りにはさせない、と思いながら俺は案内された部屋の扉をくぐる。
扉の先には、いくつもの檻があり、その中に鎖につながれたやせ細った獣人が入っていた。
「……ハッ」
あまりにもひどい光景に俺は絶句し、言葉が出なかった。腐ったにおいもするし、絶えずうめき声もする。衛生管理なんてあったものじゃない。闇市だからと覚悟していたが、こんなの本当に名前だけで、奴隷として扱っているようなものだった。
ゼロの表情も確かめたいところだったが、俺は目の前の光景にこれは現実か? と何度も自問自答して、最後には何も考えられなくなって頭が白くなった。
この中から、屈強な獣人の傭兵をなんて……そもそも、戦えるような体つきをしていなかった。
「おやおや、こういうのを見るのは初めてですかな」
「……っ、は、まあ。元から興味があって、でも、そうっすね、初めてで」
「そうでしたかあ~いやあ、貴族の方はね、よく来られるんですが、みんな最初はびっくりして。こんなところで買えるか! って怒って出てっちゃう人もいるんですよ。獣人を人間のように扱うわけないじゃないですかね」
「……」
「ああ、大丈夫ですよ。まだまだ若いので、寿命はありますから」
と、店主の男はにこりと笑った。その笑みの裏に何が隠されているのか、考えるも恐ろしい。
俺があまりにも無知だったと、拳を握る。こんなところで獣人を買ったら、それこそこの男と同類になるのではないかと思った。脱悪役を目指しているのに、こんなんじゃゼロにいい印象を与えられない。
こんなときまで、自分の体裁を気にしてしまい、俺は自分自身に嫌気がさした。
わかっていたら、こんなところ連れてこなかっただろうから。
「それで、どうします? 護衛というのであれば、肉食の獣人がいいですかねえ。ただ、ちょーっとばかし、扱いが面倒ですが。魔法で拘束しちゃえば、いうことは聞きますからね」
「……いい、自分で選ぶ。下がってろ」
「かしこまりました。ごゆっくり~」
男は、へらへらしながら答え闇の中に消えていった。
男がいなくなって、あたりはまた鬱々とした空気が流れ始める。助けてと檻を掴む音、檻の中をひっかくような音、そしてこいつもまたろくでもない野郎なんだろうなという軽蔑の目。四方八方からその目を向けられ、俺は気が狂いそうだった。今すぐにでもここから出たいが、それでは今日、ゼロにここまでついてきてもらった意味がない。
ゼロも、俺のこと軽蔑しているのだろうか。
「おい、主」
「……っ、何。ゼロ」
「早く決めて帰るぞ。ここにはいくない」
「そ、そーだよな。悪い」
俺の口からは謝罪の言葉しか出なかった。それはここに連れてきてごめんとか、何も知らなくてごめんとか、きっといろんな意味が含まれていたのだろう。
そして、ゼロの傭兵時代のことを考えて、お前のこと軽率に扱ってごめんな、という意味も。
「主、そう簡単に謝るな」
「え……何だよ、急に」
「主は、ここ最近俺にあやまってばかりだ。そんな薄っぺらい謝罪は聞きたくない」
「ごめ……いや、お前のいう通りだよ」
俺がそう返すと「また誤解しているな」とゼロは言う。何を誤解することがあるんだと、ゼロを見てやれば、ゼロはわからないのかと言わんばかりに俺を睨んできた。
「一応、俺たちは主人と護衛、主人と従者の関係だ。そんなペコペコ主人に謝られては、俺もつらいものがある。いきなり、人が変わるわけじゃないと前にも言ったが、主は、ふんぞり返っているのがいい。ガキっぽいのが俺の知っている主だ」
「ガキって」
「そうだろ? どうせ、獣人は強い、なんていう理由だけでここに来たんだろう。どういう環境でそういうやつらが生活しているかも知らずに」
「言い返せねえ……」
本当にゼロはそういうところが目敏かった。俺の無知も、ゼロは許容しているようだったし、特別責めるわけもなかった。
それがなんだか嬉しくて、少しだけこの苦しさから解放された気がした。といっても、俺は今からまた悪人になるのだろうが。
「わかった、ありがとな。ゼロ。ちゃっちゃと決めて帰ろーぜ」
俺はそう言って、獣人たちが閉じ込められている檻を見た。どの檻の獣人も痩せこけていて、汚い布切れ一枚で体を覆っている。全員買い取って介抱してあげたい気持ちもあるが、一人当たりの単価はバカにならないし、全員解放してクーデターでも起こされたら俺の責任にもなる。人間よりも強い獣人だからこそ、数で攻めれば人間なんてすぐに死んでしまうだろう。
買えるのは一人、そう思いながら俺は檻を行ったり来たりした。ゼロがポメになっているときとは違い、人間とは違う位置に耳があって尻尾もある。初めて間近で見ることもあって新鮮だった。俺が目を合わせようとすると、そらす子もいれば、逆に威嚇してくるやつもいた。
そうして、いったり来たりしているうちに、ある檻の前でキレイな毛並みの子供を見つけた。
「……子供、しかも猫?」
金色の瞳は瞳孔が鋭くて、栗色の髪はフワフワとしている。小さな足を折りたたんで、ぎゅっと丸くなっている子供がそこにはいた。俺が立ち止まるとピクっと少し丸い耳を動かして、こちらに首を動かした。性別はやせていてどっちかわからないが、見る感じ子供で、そして美しい子だった。
「あー、そのさ」
俺は檻をノックして話しかけてみるが、こちらをじっと睨んでいるだけだった。声が出せないのか? と首を傾げたが、俺が動くたびにプルプル震えてかわいそうだった。あまり刺激しないほうがいいかも、と俺が他の檻に行こうとすると、待ってとようやく声を出して檻を掴んだ。
「ここから、出して……」
「んんん~~~~!?」
「主、それはどういう感情だ……」
小さな子猫の獣人、恐るべき破壊力。
きゅるるんとした目で見つめられ、そんなことを言われれば心を鷲摑みにされないわけがなかった。
「決めた、ゼロ! 俺、こいつを買う!」
「主、ここに来た目的を忘れたのか? 俺の代わりになる護衛を……」
「でもさ! こんなかわいい子、ここに置いて置いたら何されるかわからないだろ? さっき、あのクソ店主が性奴隷とかほざきやがったから、そういう用途で買おうとするやつも出てくるかもじゃん。だから、俺が、今ここで、この子を買い取って助けてあげなきゃって!」
「……」
「な!? なっ!」
「好きにすればいい。俺には口出しする権利はない」
よっしゃあああ!
ゼロのことだから口うるさく止めてくるかもしれないと思ったが、そこまで興味はないようで、後ろで腕を組んで口を閉じた。
これで、誰も俺を止めるやつはいなくなったわけで、俺はさっそくこの子を買い取るための準備を始めようと思った。
確かに、ゼロのいう通り当初の目的とはずれてしまったが、こういう獣人の保護というのももしかしたらこれから俺の名声アップのために役立つかもしれないと、相変わらず自分のことしか考えていない目的が頭をよぎる。しかしながら、本当にこの子がかわいそうだと思ったのも事実で、汚いモブ男に買われるくらいなら俺が買い取って、俺の家で働かせて上げられればと思ったのだ。ただ、そうなってくるとまた別の問題がありそうだが。
俺は、ゼロに店主を呼んで来もらい、その間先ほどの猫の獣人に歩み寄った。
「なあ、お前、名前は?」
「……ぁ、う」
「えーっと、もしかして、名前がないパターン、とか? 俺、名付け嫌なんだけどなあ」
檻の外側には、その獣人がんの獣人なのか記載したプレートもなければ、名前もない。値段も書いていないので不親切すぎて腹が立つ。
だが、名前がないのは不便だろうということで、俺は名前がないならつけていいかと、目の前の猫の獣人に聞いた。その獣人は、うぅ……とうなった後、こくりと頷いた。どうやら、いいらしい。
俺は、自分の創造力のない頭を回転させながら、この子にかわいい名前を付けてやろうと思った。俺の護衛……にはならないかもしれないが、何か誰かと共通点があったほうがいいかもしれない。そんなことを思っていると、俺はある単語が頭に浮かんだ。
「ツェーン……とか、どう?」
「エーン……?」
「そう。ツェーン」
確か、どっかの国の数字の読み方だった気がする。なんてクソみたいな記憶力の脳から引っ張り出してきたものだった。ゼロは、ゼロだし、だったら数字関係がいいかなと思ったのだ。まあ、ゼロは自分の隣にこんな子猫ちゃんがならぶのはいやだろうけど。
「ツェーンでいいなら、そう呼ばせてもらうからな。ツェーン」
そう俺がいって手を差し伸べると、たしっとその獣人ツェーンは手をのせてニャーと鳴いたのだった。
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