悪役令息の俺、元傭兵の堅物護衛にポメラニアンになる呪いをかけてしまったんだが!?

兎束作哉

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第2章 公爵子息と駄犬

04 名前を呼んで、ワン

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 ツェーンが、クライゼル公爵家に来て三日ほどが経った。
 彼は、見事に使用人の心を掴んですっかり溶け込んでしまった。護衛は向いていないだろうということで、意外と几帳面な性格を生かし、庭の剪定や、屋敷の掃除などを買って出て、今はそこに配属されている。しかも、メイド服を着て。男の娘要素はいらないのに、何勝手に属性を増やしたんだと抗議したかったが、周りから受けが良かったため、耳にリボンをつけて時々俺のところに会いに来る。一人称吾輩の、独特な喋り方で、子供と思ったら成人していて、ライオンの獣人で、メイド服着て……これ以上盛らないでくれ、と彼が変な扉を開かないのを祈るばかりだった。

 それはそうと、ツェーンがきてから、ゼロがまたポメラニアンになる率が高くなってしまった。一日一回はポメ化しており、酷い時は、数時間後に、ということもざらである。ツェーンは、屋敷の人に受けがよくて、かわいがられているが、ゼロは一人でジョギングや鍛錬に打ち込んでいるだけでその存在感は薄かった。
 そして、時々ツェーンに絡まれてはピキッて攻防の末にポメラニアンになるという屈辱を受けていた。


「んで、またポメになったのかよ」
「……ぐうぅうぅ」
「もう、人語も話す心の余裕ないくらいに疲れてるって感じか。よしよーし」
「主から、あいつの匂いがする」
「何か、朝すり寄られたからな。あいつの挨拶? らしい。ネコ科っつっても、ライオンだし、いきなり噛みつれそうで怖いんだよなあ」


 膝の上にゼロを乗せながら、俺はツェーンのことを思い出す。ライオンの獣人とはいえ、ネコ科であり、猫要素がかなり高くて、ツェーンは甘えただった。だが、こっちから触ろうとすると、触らせないという気まぐれ猫ちゃんを発動しては、自分の匂いを擦り付けてくる。あれで、成人しているのだから脳がバグるし、小さい身体のせいで、叱ることも躊躇してしまうのだ。
 いいようにされている感が半端なく、まったく手のかかる猫だと思った。
 まあ、ゼロもゼロで手のかかるポメラニアンなのだが。
 ゼロは、ツェーンの話をすると、あからさまに嫌がって俺の膝に爪を立てる。そして食いちぎる勢いでズボンを噛みだすものだから、止めるのに苦労した。


「お前、仲良くする気ないのかよ」
「ないな。本当に主は見る目がない」
「いや、前一回見る目があるっていったよな。ないっていわれたことのほうが多いけど……はあ。結局、護衛としては使えないし、ゼロにしてもらうしかないのに、お前がポメになってばっかりじゃ、俺も安心できないんだけど」


 ため息が漏れる。
 ゼロが悪いわけじゃないし、俺のせいでそういう体質になっているだけで、呪いがかかっていなければただその身でストレスを感じているだけで済んだだろう。だが、ストレスを感じてしまうことでポメラニアンになってしまうのだから、本当にめんどくさいことこの上ない。そのたび、俺が癒さなきゃいけないわけだし。


「ボール遊びするか?」
「ああ……」


 魔法で赤いボールを作って、それを部屋の隅へと投げる。そうすると、ゼロはボールを追いかけていって、しばらくしてそれを加えて帰ってきた。だが、いつもよりも元気がない。


「楽しくないな」
「飽きた?」
「そうじゃない。何か、根本的に違う」
「前までは、楽しんでたのになあ。なんでだろうなあ……」
「…………わかってるだろ」


 ぼそりとゼロは何かつぶやいたみたいだったが、俺は聞き取ることができなかった。
 ゼロはボールを口から離し、ぺたんと耳を垂れ下げる。ゼロの口から離れたボールはぽん、ぽよんと、転がっていき、ベッドの下に潜り込んだ。
 癒されないということは、人間に戻れないということで。それでは困ると、俺は他の方法を考えようと思った。
 散歩や、他の遊びも試してみるか、と腰を上げれば、ゼロは俺の足元によってきて、その身を摺り寄せた。


「主、俺を構え」
「いや、かまってんじゃん。これ以上どうしろって?」
「……あの下種をかまうな。俺だけよしよししろ。臭いもつけるな。不愉快だ」
「はは……そうしたいんだけど、あっちも勝手にすり寄ってくるしなあ」


 ゼロがこんなふうに意見するなんて相当だった。
 だからといって、ツェーンを解雇しようにも理由がないし。でも、ゼロがそれでストレスをためるのもよくないわけで。二人を強引に仲良くさせようとすればするほど、二人の間に溝は生まれるだろう。
 一体どうすればいいんだろうか、と俺は頭を抱えるしかなかった。
 すると、一段と激しく、ゼロは俺にぶつかってきて、身体を摺り寄せる。


「俺しかかまうな、主」
「ゼロ?」
「……俺の呪いを解くのが最優先だろ。だから、俺しかかまわなくていい。主は、俺のことさえ見ていればいいんだ」
「ええ、何それ。独占欲的なやつ?」
「呪いが解けないと不便だ」
「ああ、まあ、そうだけど」


 それって、ただかまってほしいだけなんじゃないかと思った。それを素直に言えないだけで。そんなふうに思えてしまうのだ。
 そりゃ、いい年下大人がさ、かまってほしいなんて素直に言えるわけないだろう。かまわれないと癒されないという理由をつけてゼロは俺にすり寄ってくる。ゼロが俺をどんなふうに思っているか知らないし、教えてももらえない。でも、ゼロがポメになるたびに、犬らしい素直な気持ちが芽生えているのだとしたら、ゼロの行動は全部素直なものなのだろうと思う。
 まだまだ、対話が足りていない。だから、ゼロの心のうちはわからない。
 呪いが解けたら、どこかに行ってしまいそうだし、そこまで深くかかわってもいけない気がするのに。


「ほら、ゼロこいよ」


 俺は、靴を脱いでベッドの上に寝転がった。そして、手を広げてゼロが飛びつきやすいように胸元を空ける。
 ゼロは、とてとてと短い足でベッドに近づいて、必死に登ると、俺の横まで来た。


「何の真似だ」
「いや、癒してやろうと思って。いっぱいほめられたくない?」
「別に」
「ゼロって素直じゃねえよなあ。でも、身体は素直じゃん。ほら、しっぽ動いてるし」
「不可抗力だ」


 と、ゼロは頑なに認めなかった。ブンブンブンとしっぽを揺らして、飛びつきたいその欲求を我慢しているようにも思える。それが、身体に毒なのに、こいつは自分の欲求を閉じ込めようとしている。犬としての本能なのだから、従ってしまえば楽なのに。


「もー意地っ張りな、ゼロには、こーだ! おりゃあ!」
「なっ……!?」


 あっちから飛びつかなければ、こっちから飛びついてやる作戦で、俺はゼロを抱きしめた。フワフワな毛並みは、いつもより硬いような気もしたが、俺はわしゃわしゃとゼロの身体を触ってやる。やめろ、クソ! と口の悪い言葉が聞こえたが、俺は構わず撫でまわし続けた。だって、しっぽがバカみたいに揺れていて、目もうっとりとしていたから。
 それは、ゼロが喜んでいるのではなく、犬としての身体が喜んでいるだけかもしれない。思えば、癒されるって、どっちのことをさすのかわからなかった。精神的になのか、身体的になのか。
 俺は、グッとゼロを高く持ち上げて顔を合わせてやる。
 クリンとした丸い目は人間のときと同じターコイズブルーで、アホみたいにしまい忘れた舌はピンク色で。見ていて、こっちが癒されるポメラニアンがそこにはいる。


「おい、主、おろせ」
「おろしたら、落ちるんじゃねーの?」
「クソッ……」
「俺は、ゼロのほうが好きだよ」


 俺の言葉に、ピクリと前足が動くゼロ。
 口から出た言葉は、何というか情けないような弱々しいものだったが、嘘は言っていない。


「比べちゃだめだけどさ、どう考えてもゼロのほうが長いこと一緒にいるわけで。お前のほうが知ってるし、お前が隣にいてくれたほうが安心する。でも、お前は俺のせいで安心できなくて、ポメになっちゃってさ。それを、申し訳なく思ってんだよ。結局、変わるって言って、俺はお前を振り回してばっかりだな」


 俺は、ゼロを下ろして、手を離してやる。てっきり逃げるものだと思っていたが、ゼロはベッドの上で四足歩行をしながら俺のほうを見る。
 ゴロンと寝転がって、俺はゼロの黒い鼻先をチョンと指の腹で押す。


「お前が安心できるような空間を作らなきゃいけないのに、俺、目先のことばっかりにとらわれて、変に走っちゃってる。お前に嫌われたくないんだけどな」
「主……」


 ゼロは、ぺたんとベッドに座ると、警戒を解いたように、しっぽをくたりとさせた。
 俺が、ゼロに嫌われたくないのは、もちろんこいつが俺の運命を最悪なものにするかもしれないから。モブ姦エンドは嫌だし、快楽づけエンドなんて考えたくもない。そのために、こいつにいいように見せようとか、好かれようとかしているのも事実だった。
 でも、闇市に行ったときもそうだし、パーティーに行ったときも。こいつは、無意識かもしれないが俺を気遣ってくれた。同情とか、俺が本当にひどい奴じゃないって、その理由があるんじゃないかって考えてくれた。それが俺にとっては嬉しかった。
 精神的には相いれないけれど、周りに敵だらけの俺に寄り添ってくれるのは、ゼロだけなんだと最近気づいた。嫌われてきたもの同士、ってくくったらゼロは怒るかもだけど。俺は、ゼロの憎まれ口も、最近は当たり前になってきているし、突っかかってこないほうがつまらないとさえ思う。


「ゼロ……ゼロ、俺さ」
「……主、もっと俺の名前を呼べ」
「え? なんで?」


 ほら早くしろ、といきなり命令され、俺はよくわからずにゼロの名前を連呼する。すると、しばらくたってボフンと音を立ててゼロは人間の姿に戻った。本当にどういう原理なんだ、と思いながらも、人間の姿に戻ったゼロに、思わず抱き着いてしまう。


「よかった、戻ったな……」
「ああ、主のおかげでな」
「俺の? 俺は、名前を呼んだだけだけど」
「……それでいい、主は。俺のしてほしいことをしてくれるだけで、いい。深く考えるな。また、から回る」
「そ、だな。まあ、そうだよな」


 今のままでいいとそう言われている気がして、俺はうっすらと目に涙が浮かぶ。彼の胸筋に顔を埋めて、俺は「ゼロ」ともう一度こいつの名前を口にした。


(なんだよこいつ、クソかっこいいだろ……)


 ときめいたのは気のせいだと思いながら、俺は再度「ゼロ」と名前を呼んでみたのだった。

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