悪役令息の俺、元傭兵の堅物護衛にポメラニアンになる呪いをかけてしまったんだが!?

兎束作哉

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第2章 公爵子息と駄犬

07 ポメ……ゼロに見合いの話が!?

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 女性はゼロの様子に気づいていないようだった。
 感動の再会というようにゼロに近づいて手を取ると、べたべたと彼に触れては大袈裟に涙をぬぐっていた。これだけを見ると、家出をした不良息子にようやく会えた心優しい母親に見えるのだが、ゼロの話を少なからず聞いているとそうではないのだとわかる。


(現にゼロのことみてねえもんな……)


 シュヴェールト伯爵夫人。確か、ゼロのフルネームが、ゼロ・シュヴェールトだったから。あっているとするのなら。
 ゼロがどれだけ嫌そうで、虫けらを見るような目で見ているか、伯爵夫人は気づいていなかった。化粧の濃い顔をずびずび言わせて、柄物のハンカチで涙をふく。茶色い髪は光の反射とかではなく、明らかに白髪が混じっていて、あまり手入れが行き届いていないように見えた。
 隣の国の景気が悪いのか、この伯爵家が財政難なのか知らないが、伯爵位の夫の妻としての自覚が足りないのではないかと思うくらいみすぼらしい。本人からしたら着飾っているのだろうが、騙されて買ったようなほつれが多い生地のドレスを使っているところを見ると、財政難なのがうかがえる。この夫人が産材して、お金がないのか。


「それで、伯爵夫人はなぜここに?」
「伯爵夫人って、もう他人行儀なねぇ。でも、ゼロ。変わってなくてよかったわ」
「伯爵夫人もお変わりないようで」


 ゼロの嫌味に相手は気づいただろうか。
 いや、気づいていないのだろう。伯爵夫人はゼロに会えたことで上機嫌になって、彼をべたべた触りながら話しているのだから。それはまるで、なくした宝石を見つけたような顔。その宝石が大事だから、というのではなくて、高く売れるからというような邪な思いが入り混じる眼でゼロを見ているような気がした。
 ゼロが嫌いな目であることは一目瞭然だ。
 今にも、彼は伯爵夫人を引きはがしたいようだったが、それをしなかった。いつものゼロなら無理やりにでもひっぺはがすのに、やはり相手が、一応家族だからだろうか。伯爵夫人とは血がつながっていないが伯爵家の一員だったからだろうか。ゼロにそんな家族に対する未練があるようには思えないのだが。


「そうねえ。いいえ、いいえ、いいえ! ゼロ、変わったのよ。ちょっと、困ったことがあって」
「困ったこと? そもそも、この国にはなぜ?」
「旅行よ、旅行。気分転換にね」


 と、夫人はおほほおほほ、と現実では聞きなれない笑い声でそういうと口元を隠す。
 旅行、というのは間違いではないのだろう。だが、何かに困っているような人間が旅行をする余裕があるのだろうか。どう考えても、この女はお金に困っているようだし。関わらないのが吉だとわかってはいても、ゼロはツルのように絡ませられた腕から逃れられないようだった。


「そういえば、ゼロ。貴方は今何の仕事をしているの? ほら、言い方はあれだけど、あれでしょ? 貴方は、そのね、家出、してね」


 と、夫人はこそこそと周りの目を気にしながら言う。ゼロはそれを聞いてようやく、はあ、と大きなため息をついた。夫人は一瞬ムッとした顔をしたが、次に俺のほうを見て、目をぱちくりとさせた。


「気になっていたんだけど、貴方は誰? ゼロの何かしら」
「ああ、俺は……ゼロ?」
「口の利き方に気をつけたほうがいい伯爵夫人。彼は、この国でかなり権力を持つ公爵家の跡取り息子だ。それと、俺が今仕えているお方だ」


 ゼロは、珍しくそう説明すると夫人の手を振りほどいて、俺の前にサッと出た。夫人が俺に危害を加えるとでも思ったのだろうか。護衛として俺を守るような仕草に、俺は心なしか口角が上がる。いつも不愛想だが、やっぱりいいところあるじゃないかと見直す。
 夫人は、目を丸くしてまた口元に手を当てる。まあ、なんてちょっと高い声で言った後、舐めるように俺を見る。隠した口元が歪んだのを俺は見過ごさなかった。


「そうだったんですか。ゼロがお世話になっていますわ。ええっと」
「ラーシェ・クライゼルです。父である公爵がそちらの国とも交易をしているようで。お似合いですよ、その生地」
「え、ええ。そうね。これは高いものなの! このネックレスについている宝石もね、わが国でしか取れない貴重なもので」


 俺が外向きの笑顔で褒めれば、夫人は見栄を張るように身に着けているものをあれやこれやとプレゼンし始めた。別にそんなのどうだってよく、俺もゼロもここから離れたい一心だった。だが、逃げたら血眼になっても俺たちを探すだろうと、容易に想像がついたため逃げることはしなかった。ゼロに声をかけた目的も知りたい。
 俺は、立ち話もなんだからと言ってわざと高いカフェを選んでそこへ夫人を誘導する。道中ゼロに「いいのか、そんな店。どうせ払えないぞ?」と耳打ちされたが、それを承知で俺は連れていくことにしたのだ。夫人はおごってもらえると思っているのかとても嬉しそうな顔で俺たちについてきた。壺の勧誘とか簡単に引っかかりそうな性格をしてるなあ、なんて考えながら、俺はついたカフェの一番いい席に座る。


「いいですよ。お好きなの頼んで」
「いいんですか。そうねえ、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。小公爵様」
「ははは、ゼロの家族ですから一応」


 それがお世辞にもなっていないとわかっていたが、ゼロは俺を睨みつけた。よっぽど、この夫人と家族だったことを思い出したくもないのだろう。いまだってずっと不機嫌で、いつポメラニアンになるかわからない、そんな状況だった。
 運ばれてきた宝石のようなケーキを前に、ちゃっかり本当に一番高いセットを頼んだ夫人は目を輝かせながらティーカップに手を伸ばす。俺はそれを遮るように質問を投げた。


「それで気になっていたのですが伯爵夫人。伯爵夫人はどうしてこの国に?」
「そんな、まあ、旅行ですわ。気分転換の」
「それは、さっき隣で聞いていたので。ゼロに話しかけてきたってことは、ゼロに用があったんじゃないですか?」


 ゼロと似ても似つかない容姿。当然だ、この女の血がゼロに入っているわけでもないのだから。ゼロは身分の低い女性との間に生まれた私生児。だが、この女の血が入っていないことは不幸中の幸いだろう。
 夫人は、ひきつった笑みでこちらを見て、ごまかすようにまた笑っていた。気味が悪いから笑わないでほしいのだが、何か下手いって機嫌を損ねるのも面倒だと俺はこらえる。


「ええ、ゼロに。ゼロに用事があったんですよ。ゼロの雇い主様である小公爵様なら聞いているかもしれないですけど、まあゼロはね、一応伯爵家の血が入っていて」
「前置きはいいので、端的にお願いします。この後用事が入っているので」


 と、俺は入っていもない用事を捏造しながら圧の笑みをかける。こういうのは悪役令息っぽいな、なんて内心笑いながら、夫人をせかした。


「……うちの息子が、ああ長男がね。病気で長くないのよ。それで、いいところのご令嬢との縁談が進んでいたんだけど、白紙に戻りそうで。今、うちはお金に困ってて、飢饉とか、まあ、ね、いろいろ。それで、そのご令嬢と縁談が結べさえすれば伯爵家は」
「家の都合で、追い出したゼロを取り返しに来たと」
「そんな、人聞きの悪い!」


 夫人はヒステリックに叫んで机をたたいた。ガチャンと陶器が音を立てて揺れる。周りの視線も一気に集まり、夫人は恥ずかしそうに着席する。
 まあ、なんとなく予想できていたことだったが。


(ゼロを都合のいい道具としか見てないわけか。こいつは)


 ゼロが伯爵家を出ていったのはこいつや、私生児であるゼロを差別したやつらが原因だ。ゼロだって、ある程度の暮らしができれば、私生児であっても伯爵家にしがみついたかもしれない。だが、それすらも選択肢から除外したということは、そうとうこいつらにいじめられたのだろう。もともと、ゼロがストイックすぎて、ばっさり切り捨てた可能性もあったが、その線も入れつつ、この女の今回の魂胆を知ったら、まあ。
 ゼロは何も言わなかった。もう諦めたように目を閉じて足を組み替える。時々ため息をつくが、気を使ってなのか、小さな声で。
 不憫でたまらない。
 そんなゼロを俺はこき使っていた。ゼロが一番嫌うであろう人間だったんだ俺は。好かれるはずもない。


「ゼロは、伯爵家の血が流れているんですよ。それに、相手は侯爵家のご令嬢。しかも事業に成功した私たちの国では今を時めく実業家! こんないい縁談蹴るほうがおかしいわ。ね、そう思うでしょ、ゼロ」


 夫人は、俺では話にならないと思ったのか、ゼロに話を振った。ゼロは聞いていたのか、聞いていなかったのか「さあ」と他人行儀にこたえる。夫人は真っ赤になった顔を抑えつつ、怒りを吐くようにため息をつく。
 どういうコネかつながりか。財政難にある伯爵家にそんな縁談が舞い込んできたのだろうか。もしかしたら、ゼロの兄がその家のご令嬢とひそかに恋仲だったのかもしれない。それで、自ら伯爵家の長男と結婚したいと言い出したのかもしれないし。
 まあ、そこはどうでもよかった。それが白紙になりそうで焦っていると、ただそれだけのこと。


「ねえ、お願いよ。戻ってきて、ゼロ。いい話じゃない。とても素敵な令嬢なのよ」
「それは、兄の婚約者になる予定だった人だっただろう。俺がとったら、兄は祟って俺を殺すぞ、きっと」
「そんなことないわよ。今は寝たきりだけど、ずっと貴方のことを気にかけていた優しいお兄ちゃんじゃない」
「とにかく、俺はそんな縁談うけないからな。第一、誰があの家から追い出したと思っているんだ」


 そういったかと思うと、ゼロはようやく目を開いて、殺意に満ちたターコイズブルーの瞳で夫人を睨みつけた。夫人はひっ、と短い悲鳴を上げつつも、まだあきらめていないように猫なで声でゼロにすがる。ゼロは今にも噛みつきそうな勢いで夫人をにらみつけていたので、手を出す前に止めなければと俺は立ち上がる準備をする。


「主、何とか言ってくれ。俺は、断固として、その縁談を受けるつもりはないと」
「いや、だから、今自分で言っただろ……はあ」


 ゼロもゼロで抑えたのか、俺に助けを求めてきた。こうなったら、俺がどうにかしてやらないとな、とは思いつつも夫人のほうを見れば、俺を敵視するように睨んでいた。二人にはさまれていい気はしなかったが、それでも俺はゼロの味方でいようと決めている。


「夫人、ゼロが縁談を受けるメリットもう一度お聞かせ願えますか?」


 俺は、わざと悪役らしい笑みを浮かべて夫人に挑発的にそう問いかけた。


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