ヤンデレだらけの乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、美形執着騎士に迫られています

兎束作哉

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1巻

1-1

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    プロローグ


 しつけか、あるいはご褒美か。
 私はベッドに深く腰掛け、床に膝をついて私を見上げる彼に、ガーターを口で外すように命令した。自分でも恥ずかしいことをしている自覚はあるが、これは、彼の忠誠心と理性を試すために必要な行為だった。
 夜の闇に包まれた寝室。天蓋付きのベッドに、私と彼だけ。成人を迎えた男女が夜に二人きりなんて、いかがわしいことが行われる予感しかしない。けれど、これは違うのだと、私は自分に言い聞かせる。落ちてきた銀色の髪を耳にかけ、目の前にひざまずいている艶やかな黒髪を見下ろす。
 私の護衛騎士――ファルクス・グレイシャルはこうべを垂れたあと、まくし上げたドレスからさらけ出された脚を、熱く狂気めいた瞳で見つめていた。飢えた獣の目をしている。そのぎらついた目で射殺され、脚に歯を立てられ、殺されるかもしれない……そんな想像が容易にできてしまうような彼の獣の目に、私は息をのんだ。

「何をしているの? 早く、外してちょうだい」
「……仰せのままに」

 ファルクスは一瞬大きく目を見開いたが、命令通り、ガーターに歯を立て器用にずらしていく。そして、少しずつ現れる白い肌と黒いガーターに彼は何度も喉を鳴らしていた。
 それでも、噛みつくことも、舐めることも決してしない。私がそう命令したからだ。もし破れば、どんな罰が与えられるか、彼は理解している。ファルクスは私が買った奴隷。でも今は、護衛……護衛騎士である以上は、主人に逆らうことは許されていない。

「これで……よろしいでしょうか?」

 ファルクスが私の右足から口を離し、見上げた。その眼は心なしか潤んでいて、息も荒い。彼の唾液で濡れた右足が空気に触れてスースーするのが気になってしょうがないが、顔には出さず、彼の頭を右足の裏で撫でる。
 ファルクスは、そんな屈辱とも言える行為にすら喜びを感じているようで、耳を赤く染めていた。彼をこんなふうにしたのは自分だと分かっていても、さすがにしつけの方法を間違ったのではないかと、私まで恥ずかしくなってくる。
 青と紫が混ざった神秘的な彼の瞳の奥に渦巻く何かを、私は見ないふりをして続けて命令を下す。

「いいえ、もう片方もよ。早くしなさい」

 彼の返事を待たず、私は催促するようにつま先でファルクスの頬を撫でた。すると、彼は嬉しそうに目を細め、再び左足へと口を近付ける。もう片方のガーターを外し終わったところで、私は脚を組み替えた。

「いい子ね、ご褒美をあげるわ」

 外気にさらされた細く白い自分の足を、ファルクスの顎先に突きつける。彼は、この行動の意図を理解したのか、両手でそっと私の右足を包み込み、足の甲にキスを落とした。左足も同じように甲に、そして足の裏にキスをしていく。足の甲への口付けは強い服従心、足の裏は忠誠心や依存心だったか。
 彼は、私の足を舐めるように見つめ、そしてまたキスを落とした。くすぐったくてしかたがない。こんなことをいつまで続けていればいいのか。そう思っていると、ファルクスは私の足の指に歯を立てた。

「いたっ……」

 何をされたか理解するまで時間がかかってしまった。見下ろすと、ファルクスがあの獣の目で私を見上げている。もっとくれと、そう催促しているようだった。

「何をするの。これは、命令違反じゃないかしら」
「ご褒美をくださるんですよね」
「もうあげたじゃない。由緒正しき公爵令嬢の私の足に触れさせてもらっているだけでも、感謝しなさい。これ以上、何を望むというの」

 獅子が守護するといわれるリオーネ王国は、長い歴史の中で、一度も戦争に敗れたことがない軍事国家だ。先の戦いでも小国を滅ぼし、領土を広げている強国。そんなリオーネ王国を支える柱が、レーツェル公爵家である。私は、そのレーツェル公爵家の公女、スティーリア・レーツェル。王太子とは婚約関係にあり、未来の王妃になるはずの女なのだが――
 ならばなぜ、護衛騎士とこんな不貞行為ともとれる行為に及んでいるのか。それは、ここが成人向け乙女ゲームの世界で、私は断罪される悪役令嬢だから。バッドエンド回避のために、私はどうしても彼――攻略キャラの一人であるファルクスを手懐けなければならなかった。彼は最も危険な人物で、私を最悪なバッドエンドに陥れる存在だから。
 奴隷商人から彼を買い、しつけという名の調教を施したはずなのに。これもそのしつけの一環だったのだ。

「ファルクス、やめなさい。これは命令よ」

 叫んでみるが私の声は届いていないようで、ファルクスは、今度は私の足の親指にしゃぶりついた。先ほど噛みついたところに歯形ができ、その歯形をなぞるように舐めた。舌先で指と指の間を舐められるとゾクゾクする。ファルクスの舌が動くたびに彼の唾液が絡まって、生暖かくて気持ち悪い。
 ああ、これは犬だ。舌なめずりをして、もっと欲しいとねだる駄犬。そんな駄犬を、私はしつけることができなかった。誤算だ。見誤った。こんな駄犬を護衛に選んだ私がバカだった。
 そもそも彼は極端に口数が少なく、無表情で何を考えているかさっぱり分からないため、攻略難易度が相当高いキャラだ。さらに、他の攻略キャラともめごとを起こすだけでなく、誘拐・監禁バッドエンドがあるぐらいのどうしようもない危険人物。とくにすごかったのは、悪役令嬢スティーリアへの態度だった。
 ヒロインと結ばれたファルクスは、かつてヒロインを虐め抜いたスティーリアに徹底的に復讐する。社交界から追放し、とことん絶望を味わわせて、プライドをへし折り、顔をずたずたに、身体なんてもう誰も抱きたくないというような悲惨な姿に変えさせた。そして、これでもかと絶望にたたき落としたあと、最終的にスティーリアを殺す、そんな残忍なキャラなのだ。

「スティーリア様は誤解しているようですが、俺は『待て』のできるお利口な犬じゃないです」
「……っ」

 私の足にわせた指を、まとわりつかせるように太ももまでじっくりと撫で、そこにまたキスを落とす。ちゅぅっと強く吸われると、赤い花が咲く。
 これはまずいと本能的に察し、私は彼を蹴り飛ばす勢いで足を振り上げようとしたが、いとも簡単に受け止められてしまい、足を拘束された。

「ファルクス、やめなさいっ!」

 ファルクスはスカートの裾をまくり、内ももに舌をわせてくる。その感触にゾワリと肌が粟立つ。そして下着に手をかけられそうになって、私は慌ててその手を掴んだ。

「何をしているの!」
「ご褒美の続きを所望します」

 そう言ってファルクスは、私をベッドへ押し倒した。逃げようと暴れれば、頭の上で手を縛り上げられ、馬乗りになってくる。

「……っ、やめなさい。これ以上やったら、貴方を解雇するわ」
「酷い人ですね。貴方が俺をこんなふうにしたのに」

 冷たい瞳が私を見下ろし、私の両手を片手で押さえつけ、もう片方の手であっという間に下着を脱がしてしまった。ファルクスの指に引っ掛けられたそれは私の足元へ落とされ、私は羞恥で顔を赤く染める。
 ファルクスの獣のような瞳には、オパールの瞳に涙を浮かべている自分が映っている。そんな私の表情に興奮したのか、ファルクスは獲物を目の前にした野獣のごとく喉を上下させると、太ももに思い切り噛みついた。彼の歯が深く突き刺さり、またそこにできた赤いあとを舐められる。

「甘い」
「この変態っ」
「ああ、今すぐ貴方が欲しいです。スティーリア様。この駄犬にさらなるご慈悲を、ご褒美をくれませんか」
「何を今さらっ」

 するりと、私の頬を撫でるファルクス。私よりも年下で、少し甘えたがりなところがある彼に、心を許してしまった私がバカだったと今になって思う。だって、そんな目で見つめられたら、求められたら、どうしようもない気持ちになるから。少しだけなら……と、思ってしまった。それが間違いであることに、私は気付くことができなかった。

「少し、だけ……なら。きゃあっ」
「ああ、本当に貴方は……バカで、優しすぎます」
「ファルっ、あ、ああっ」

 彼は私の返事を聞く前に、私の脚の間に顔を埋めた。嫌だと叫んだのも束の間、蜜口の中に舌先が遠慮なく入ってくる。羞恥と痛みで悲鳴を上げてもやめてはくれず、むしろ彼は舌を絡めながらじゅるじゅると出し入れを繰り返したり、奥を掻き乱しながら吸い上げたりと好き勝手している。
 どこで間違ったのか、私にはよく分からない。でも、ただ一つ分かることと言えば、私にこの駄犬は手懐けられないということ。

「ファル、ダメ、お願い、まってぇ」
「待てなんてできません。俺を買ったのは貴方なんですから、最後までちゃんと面倒見てください。そもそも、俺が『待て』のできる従順な犬だと思っていたんですか?」

 そう言って、ファルクスはクリトリスを思い切り吸い上げた。私は悲鳴と共に背中を反らせるが、彼は私の腰を押さえ逃げることを許してくれない。

「ファル、クスッ……も、やっ」

 舌先が器用に膣内を蹂躙じゅうりんし、ぐちゃぐちゃに掻き回す。やがて指を入れられ、迷うことなく、私の感じるところを重点的に攻め立てる。私はひたすら喘ぎながら彼を止めようとするが、まったく効果がない。
 彼の舌が、指が、私の敏感な部分を執拗に攻めるたびに腰が浮く。まるでもっととねだっているかのようで屈辱だ。再びじゅるじゅると水音を立ててクリトリスを舐め上げられると、大きく身体が弓なりに反り返る。それと同時に、目の前が真っ白になってびくびくと絶頂を迎えてしまう。けれど、彼は許してくれなかった。
 ああ、神さま。どうかこの駄犬に首輪をつけてください。私では、到底飼い慣らすことはできません。

「ああ、ははっ、スティーリア様……っ」

 恍惚の笑みを浮かべ、私を見下ろすファルクスは、とても幸せそうだった。彼は私に再びキスの雨を降らした。




    第一章 悪女と駄犬


「いやあああっ!」

 頭が割れるような痛みで目が覚める。ぐっしょりと濡れたシーツに、頬を伝う涙。木々に止まっていた小鳥が一斉に羽ばたき、葉が舞い散った。私は、呼吸を整えるために、胸に手を当てなんとか息を吸った。けれど、変なところに入ったのかむせ込んでしまう。
 レーツェル公爵家の私室。あるのは天蓋付きのベッドと、鏡台。暗い色合の家具が揃えられた部屋で一人、私は頭を抱えていた。最悪の目覚めだった。

「ありえない……」

 呼吸は落ち着いた。しかし今度は恐怖による震えがやってきた。細い指はガタガタと震え、寒気さえする。

「私が、悪役令嬢……だなんて」

 レーツェル公爵家の公女、スティーリア・レーツェル――それが私の名前。前世の記憶はおぼろげだが、この世界が、前世で何度もプレイした成人向け乙女ゲームの世界であることを私は思い出してしまった。しかも、ドロドロとしたヤンデレばかりが出てくる、ヒロインですらバッドエンドが存在する乙女ゲームだと。
 監禁、誘拐、心中はもちろん、特殊な性癖を持ったキャラまでいて、よくゲームとして売り出せたな、と思うくらいのシナリオだったのを覚えている。
 私は、そんな最悪最狂の乙女ゲームの悪役令嬢、スティーリア・レーツェルに転生してしまっていた。気付けばこの世界で生きていたし、貴族令嬢としての教養を身につけ、王太子と婚約している。あとは順調にいけば、王妃になれるはずなのだが……

「建国記念パーティーは!? もうすぐじゃない! 嘘! ゲームが始まっちゃう」

 カレンダーに目を移し、ゲーム開始の日が近いことに気付き、私は青ざめる。
 リオーネ王国建国三百年の記念パーティー。そのパーティーが、この乙女ゲームの最初のシーンである。ヒロインは男爵家に養子として引き取られたばかりの少女。そんな少女が紆余曲折あり、攻略キャラたちに見初められ、ドロドロエッチな展開になっていくというのが大筋だ。
 ヒロインはお告げの聖女だったということが判明し、王妃の座まで奪える立場になる。攻略キャラであり、スティーリアの婚約者である王太子はそんな彼女に惚れ、スティーリアとの婚約を破棄し、ヒロインを妃に選んで……みたいな展開になったりもする。それに嫉妬したスティーリアがヒロインを虐めるといったお約束の展開になるのだが、最終的にスティーリアは断罪され、修道院送りか国外追放、最悪殺されてしまうかわいそうなキャラなのだ。
 聖女と結ばれれば、リオーネ王国はさらに繁栄するとかなんとかで、だから公爵令嬢の私を切っても大丈夫だろうと国王は考えたらしい。そんな言い伝えがあるならしかたない、と諦めるしかないのか。

「嫌よ。そんなの!」

 私はベッドから飛び降りようとして床に転げ落ちた。足に力が入らない。それでも、ってでも逃げなければと必死だった。しかし、無情にも部屋の扉が開かれてしまう。
 慌てて振り返ると、専属メイドのラパンが立っていた。彼女は薄い桃色のツインテールを乱しながら、私に駆け寄ってくる。

「スティーリア様!?」
「死にたくない、死にたくないっ」

 ラパンは、床に倒れ込んでいる私を抱き起こした。そして、その姿を見て絶句しているようだった。

「スティーリア、さま……どうされたんですかっ」
「ラパン……私は一体どうすればいいの?」
「どう、どうすればとは……」

 彼女は、困惑気味に眉尻を下げ、私の顔を覗き込んだ。そんな反応をされてもしかたないと、私は視線を下に落とす。
 ヒロインがお告げの聖女だろうがなんだろうが、どうでもいい。ただ、このスティーリアという女は婚約破棄され、断罪されるに至る理由を持つ絶世の悪女なのである。
 例を挙げるなら、このラパンというメイド。彼女は元暗殺者で、レーツェル公爵家当主であるお父様の首を狙っていた。しかし、スティーリアに見つかり、彼女はあっさりと捕まってしまう。公爵の首を狙っていた理由はお金のため。雇われの暗殺者だったらしい。
 公爵を殺そうとした罪はもちろん重く、そのまま処刑されるはずだったのだが、スティーリアの気まぐれによって、ラパンはメイドになる。スティーリアのお眼鏡にかなって助かったものの、元暗殺者という危険な人物のため、スティーリアは彼女に隷属契約を結ばせた。この隷属契約というのは非常に厄介で、主人に逆らえない、主人を殺せないのはもちろん、自死もできない、完璧な服従人形にさせてしまうのだ。そうして、スティーリアは、なんでも言うことを聞く元暗殺者のメイドを手に入れた。
 そう、このスティーリアという女はとにかく人を陥れることに躊躇ちゅうちょがない。使える手駒、面白そうな人間は自分のものにしたいという強欲な性格なのだ。他にも、胸糞なエピソードが、ヒロインのハッピーエンド、バッドエンドの数だけ存在する。それはもう数え切れないほど。しかも、スティーリアはかなり魔法に長けており、そんじょそこらの魔道士では歯が立たないほどである。
 そんな最狂最悪の悪女がスティーリア・レーツェル――私なのだ。

「そうよ……こんなところで、打ちひしがれている場合じゃないわ。一刻も早く彼を手に入れないと」
「スティーリア様?」
「ラパン、着替えを手伝ってちょうだい。それと、顔を隠せるものが欲しいわ」
「わ、分かりました。でも、なぜ?」
「つべこべ言わずに私の指示に従ってちょうだい。早く準備して」

 ラパンは戸惑いの表情を浮かべていた。私はそこでしまったと思う。

(ダメよ。こんなの、悪役令嬢そのものじゃない!)

 人を見下す態度や、自分の思い通りにならないとヒステリーを起こす性格が染みついてしまっていた。今まさに、私はバッドエンドへ向かっていると思うと頭が痛くなる。
 態度から改めなければ、悪評が広まるばかり。だが、二十年以上もこうやって生きてきたのだから、なかなか周囲の評価は変えられない。
 けれど、今からでも変えようとしなければ、きっと破滅の道を辿ることになる。

「ごめんなさい。ラパン」
「な、なぜスティーリア様が謝るのですか。私が、使えないメイドなばかりに……貴方様の機嫌を損ねてしまい……」
「違うわ。私が取り乱していたから、貴方は心配してくれたんでしょう? ありがとう、ラパン。もう大丈夫。いつも本当にありがとね。貴方は本当に使えるわ」

 私がそう言うと、ラパンはさらに戸惑ったように私を見上げたが、ポッと顔を赤く染め、「はい、ありがとうございます」と床につくんじゃないかというくらい頭を下げた。彼女の大げさなおじぎに戸惑っていると、「今日のスティーリア様は一段と美しく、女神のように輝いています!」と言ってきたので、これまた、一体どうしたのかと驚きを隠せなかった。

(ラパンは、スティーリアのこと……私のこと、嫌いじゃなかったの?)

 こんな横暴な性格なのにどうして?
 まるで、飴と鞭を無意識に使い分けてしまったような感覚だった。ラパンの蕩けた顔を見ているとそれがよく分かる。
 顔を上げたラパンはまるで神に心酔する信者のように、手を組んで大きな黒い瞳で私を見つめていた。ラパンが私に抱いている感情は恐怖ばかりだと思っていたが、彼女の反応を見るに、ラパンはスティーリアという天性の悪女に心を射貫かれているようだ。だから、隷属契約に嫌がるそぶりを見せなかったのだと今思い返して気付いた。
 それでも、私の性格は万人受けするものではないと分かっている。だから、これからは日頃から気を付け、彼女にしてきたこれまでの仕打ちは改めようと思った。
 その後も、怖いくらい「もっと私を使って、なぶってください」と言ってきたが、聞かなかったことにした。

「ラパン、今日の夜少し出かけるけれど、お父様には内緒にしてもらえる?」
「ど、どこに行くんですか。それも、お一人で? スティーリア様、そ、その、メイドの身分で申し上げにくいのですが、三日前に護衛騎士を解雇したばかりでは」
「大丈夫よ。新しい護衛を買いに行くんだから」

 私の言葉に、ラパンはさらに顔を青くした。けれど、彼女は「分かりました」と、悲しそうにうなだれ、静かに部屋を出て行った。前世の記憶と、今世の記憶がぐちゃぐちゃになって、命令してもあまりいい気分ではない。でも、これが当たり前なのだ、と思う気持ちもあって複雑だ。
 ラパンはきっと私が言ったことを守ってくれるだろう。過去に結んだ契約とはいえ、彼女は私の命令には逆らえない、隷属契約に縛られているのだから。ある意味、無条件で信頼できる人間だ。そうでなくとも、彼女が私に心酔しているのであれば、私の邪魔はしないだろう。
 戻ってきたラパンに着替えさせてもらい、日中はいつも通り過ごした。そして、夜になると、ラパンに協力してもらって、屋敷の裏口から外に出た。外に出て一時間後、街外れにあるとあるサーカス団のテントに到着した。

「――ゲームの通りね」

 王国では、サーカスや観劇といった貴族だけではなく平民も楽しめる娯楽が流行っており、このサーカス団も例に漏れない賑わいを見せていた。中から愉快な音楽や、動物の鳴き声が聞こえ、時々大きな歓声が上がる。私は、そんな賑わいを見せる入り口とは反対方向に向かった。
 テントの裏口に回ると、警備員らしき男が二人立っていた。私はフードを被り直し、彼らに声をかける。

「新しい動物は入っているかしら?」

 私がそう言って五枚ほど金貨を見せると、男たちは顔を見合わせ、裏口から中へ通してくれた。中は暗くてよく見えなかったが、つきあたりまで行くと男たちは立ち止まった。男の一人が置いてあった木箱を動かし、地面に埋め込まれるような形でついていた取手を持ち上げると、地下に繋がる階段が現れる。男たちに続いて階段をゆっくり下り、奥の扉を開けた。
 扉の奥にはたくさんの檻があり、中には猛獣ではなく、人が入っていた。
 そう、ここは人身売買を行う施設。表向きはサーカス団を名乗っているけれど、その実態は奴隷市場なのだ。
 私が檻の中を食い入るように見ていると、仮面をつけた小太りの男が近付いてきた。

「お嬢さん、今日はお一人かな? ここがどんな場所か、まあ、知ったうえで来ているんだろうけどねぇ」
「奴隷を買いに来たの。敗戦国の第二王子……ここにいるんでしょ」

 攻略対象の一人にして、最狂の超危険キャラ――ファルクス・グレイシャル。私にとってファルクスは、彼がヒロインに出会う前に、どうしても接触しておかなければならない人物だった。自分のバッドエンド回避のため、私をいずれ殺す……そんな男に。
 小太りの男は、私を上から下へ舐めるように見て、顎髭を触った。

「ふむ、なぜその情報が出回っているのかは分かりませんが、安くはないですよ」
「分かっているわよ。これで足りないならまた持ってくるわ。それか、あとで請求してちょうだい。私のメイドの名前を教えておくから。その子に連絡を入れて」

 私は舐められてはいけないと思い、持ってきた包みを床に投げ捨てた。チャリンチャリンと金属音を立てて床にばらまかれたそれは、金貨五十枚。日本円で五億円くらいの価値はあるだろう。さすがは公爵家と言うべきか、お金は腐るほどある。それも、私が使えるお金もかなりの額になる。
 公爵――私のお父様は、私のことを目に入れても痛くないと言わんばかりに溺愛していて、ほとんどのことは許容してくれる。それも、早いうちに妻である公爵夫人を亡くしたからだろう。お母様と瓜二つの私を、お父様は愛してくれている。複雑な感情だけれど、ゲームのスティーリアはそんなお父様さえ利用していた。そこに家族愛があったような描写はなかった。
 ちなみに、スティーリアには兄がいるが、彼女に愛想をつかしたというのもあって、現在は留学している。兄はいずれ爵位を継ぐが、スティーリアが嫁に行ってからがいいと思っているような描写が、ゲーム内で一文だけ紹介されていた気がする。
 お父様に愛されているのをいいことに、自分を咎める兄もいない屋敷の中、スティーリアという悪女は横暴な振る舞いを続けていた。
 我ながら頭が痛くなる。

(そんなことはさておいて、この交渉よ。ファルクスを売ってもらえなかったら、本末転倒じゃない)

 私は、威圧するように男を見る。男は、金貨を数枚数えると下品に笑い頭を軽く下げた。

「分かりました。お売りいたしましょう」
「ええ……」

 男はそう言って、私が投げた金貨をせっせと回収していく。足りないと言われたらどうしようと思ったが、十分だったようだ。
 男は私を、ファルクスがいる檻へと案内した。かなり奥のほうに収監されているらしく、奥へ進むほどだんだん薄暗くなっていく。無数の檻が整然と並んでおり、その檻からは憎しみや殺意、焦燥といった感情が籠もった視線を向けられる。その数多の視線に気味が悪くなり、私は口元を手で覆った。全員買い取って解放してあげたいけれど、私にはそんな余裕はない。
 このサーカス団は、外から仕入れてきた奴隷の他に、サーカスを見に来た子供も攫っている、なんてゲームでは説明されていた。そんな奴隷を買う貴族はあとを絶たない。家の雑用をさせたり、自分の代わりに戦争に行かせたり、扱いはさまざまだ。自分の欲を満たすために買う、なんて輩もいるらしいから、本当に吐き気がする。自分もその一人なんだと思うと、罪悪感で押し潰されそうになった。

(でも、これは私の未来のためよ)

 攻略キャラのファルクス・グレイシャルは、リオーネ王国が滅ぼした小国の第二王子だ。元は小さな島国で、さまざまな海の幸や、珍しい鉱石、薬に使われる万能薬草に恵まれた国だった。そんな国だったから、他国に狙われ続け、交易を断り続けた結果、大国・リオーネ王国に目をつけられ滅ぼされてしまった。
 このサーカス団に収監されている奴隷の中には、ファルクス以外にもその国出身の人がいるかもしれない。

「しっかし、見る目がありますなぁ。あの奴隷を買いたいだなんて。どんなふうに扱うおつもりで?」
「護衛騎士が欲しいの。私の言うことを忠実に聞く護衛騎士が」
「そうですか。まあ、剣術にも長けてますからねぇ。しかし、あの奴隷は」
「隷属契約をすれば問題ないんでしょ? それなら、彼がどんな奴隷であっても関係ないわ」
「その通りですが。あの奴隷は、少々扱いが」

 男の含みのある言い方に苛立ちが募る。

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