龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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番外編、テストルの華

テストルの華(3)

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 アロン帝国への道のりは長い。
馬を休まず走らせ二日、ゆっくりならばそれ相応に延びていく。
盲目の女と年配の女を乗せた馬車であれば、ゆっくりと進むのは仕方のないことで、アロン帝国に向かう道中に二ヶ所の町を通り、その町にある旅館に素泊まりするという選択が取られた。


 一つ目の町からエルーシャにとって不思議な事が続いた。
盲目の者にとって、最初に部屋の配置を覚える時間が何よりも大事で杖が使えない寝起きなどに怪我をしないためにも必要なことなのだが、最初に案内された部屋はエルーシャの実家の部屋に家具の配置が近しかった。
 妙な奇遇もあったものだ、とマシェリと共に笑ったが、二つ目の町で泊まった宿屋もほぼ同じ部屋が用意されたことでこの偶然が作られたものだと感じとる。

 けれど、共にアロン帝国へ向かう一行は同時間で動いているし気配が突然一つ抜け出たりなどはしていなかったようにエルーシャは感じていたことから、この偶然が元より誰かによって作られているという不穏さと妙な気遣いをされている現実に小さな不快さを覚えていた。


「…ねぇマシェリ、私の内情はすべて見透かされているということよね。ここには私の居場所はないみたい」


 まるで全てを見透かし、内情も把握されていると感じることはよい気分ではない。
少なくともエルーシャは誰にも支配されんとし、支配を許しているわけではない。婚姻すらまだの状態で皇帝に支配されているような感覚は味わいたくすらない。


 杖をつき、カツンッカツンッと小気味良い音を立てながらエルーシャはマシェリと共に夜の中、散歩と称して部屋を出た。
従者や旅館の者は何事か、何か粗相がありましたかと慌てた声で制止してきたがエルーシャはただ夜風を浴びに。邪魔はしないでくださいとだけ言い残し外へと歩みを進めた。

 背中に見知らぬ気配を感じつつも知らぬ存ぜぬでエルーシャは町の端にある小さな池へと足を進め畔に腰をおろした。

 これから向かう帝国の主は既にエルーシャを所有物のように把握している。この事実が交渉をするために意気揚々と出てきただけのエルーシャには耐え難い屈辱で、盲目の女一人を把握しているという事実に愉悦を感じる皇帝なのかと軽蔑もした。
 猛烈な怒りに似た感情を押し殺すように水辺に素足を晒し冷たい水に足をつける。
そんなエルーシャの姿を見てか、先ほどから感じていた見知らぬ気配は堂々と動きを開始した。エルーシャに近付き膝を地面についてエルーシャとマシェリに馴れ馴れしく話しかけてきたのだ。


「素敵な時間を邪魔してしまい申し訳ないのですが、私の話を少し聞いていただきたいのです……立派なレディがこんな夜更けに宿から抜け出し素足を晒すのはいかがなものかと存じますが…」

「どなたかは存じませんが要らぬ助言です。
そうです……あなたがもし騎士の方ならば私の泊まっている部屋を変えるように伝えていただけませんか。
あの部屋で寝ることはできそうにないので」


 声の主は深く海のように広いディープな声の男性で、エルーシャのことを見透かすように声をかけてきた。
それに反発するようにエルーシャは対抗したが「部屋を変える理由を聞いても?」と相手も負けじと質問に質問で返す。
 エルーシャは咄嗟に貴方達の行いのせいよと大声上げそうになったが一人の騎士に当たったところで。と冷静を取り戻した。落ち着くように心を宥めながら問いかけられた質問に答えた。


「盲目の人間にはその人が悪意があるか、ただの善意かどうかが見える人より感じ取りやすいんです。
あの部屋には私への『支配欲』が感じとれた。私はまだ誰にも支配を許していないし、人の手が加わりあるべき姿でないあの部屋には私の居場所はないに等しい。
 馬車で先へ進むか、私はここで野宿するか。騎士様はどの選択を正しいと感じますか」
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