龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

14.15

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 一方。
 王国内に広く領土を持つ伯爵邸。
数ある伯爵の中でも特に優れた一族であるエトワール家は、三年前より使用人や領民を含む多くが悲しみに暮れていた。

 活気溢れる市場は早い時間に閉まり静かな場所となり、よく育っていた作物たちは取れる数が急激に減少した。
理由は全員がわかっていても、どうしようもない。神に愛され加護を貰い名も貰った彼女が居なくなってしまったから。


 そんなエトワール家に手紙を運ぶ鳥がやってきたことで、少しだけ慌ただしくなった。
同国内であれば事情もある程度把握されているが、隣国とはいえ異国になる。理由を一から説明しなければならないのかと溜め息すら出る。

 エトワール家長男ランゼルは、父であり領主であるオズモンドが登城の命により不在であったため代理として準備に勤しんでいた。
長年、オズモンドの仕事の一部である帝国付近を一任してきたが事情も事情なだけに緊急で家へと戻る。
 母でありオズモンドの妻であるシャルロットも同様に準備を手伝ってはいたが、三年前より発症した不眠症は重く、フラフラとした足取りに周りが更に神経を奪われていく。

 余裕など何処にもなくランゼルは「母さんは邪魔になるんだから部屋で休んでいてくれよ」と冷たく言い放ってしまう。
あの日から、エトワール家は何処か歯車が止まり壊れてしまったのだ。









 シザーがエトワール伯爵邸に到着したのは出立より三日後の午後であった。
王国は、シザーの記憶よりも治安が悪化し、魔物と呼ばれる瘴気に寄って集まる生き物たちが増え廃墟と化した領地すらあり道すがら見て驚いたものだ。
 王国には聖女と呼ばれる存在がいて、その一人が国内にいるだけで確約される平穏と豊かな自然、そして魔物達から国を守る役目が果たされると聞く。ここまで衰退しているということはその聖女とやらの力が弱まったか何らかの事情で病にでも伏しているのか。

 こうして考えながら馬を走らせていて思う。
公国での魔物の目撃や被害などの声が失くなったな、と。


 エトワール伯爵邸の門番に「リュド公国より参りました」と声を掛ければ窶れた顔の門番は「すぐに案内が参りますので」と頭を下げる。
 数分後に綺麗な格好ではあるもののこれまた窶れた顔を隠せずにいる男性が迎えにきた。

「御連絡は承っています。エトワール伯爵家当主不在の為代理のランゼル・デュ・カルデン・エトワールです」


 シザーは表情を変えることは無かったが、ランゼルを見てあの奴隷だった娘とよく似ていると感じた。
他人の空似とは違う違和感は、顔の形や雰囲気が似ていて髪の色はあの娘と同じ黒でも、瞳の色が違うからだろう。
 シザーは違和感をどうしても溜め込めず不意にランゼルに向かい「唐突な質問お許しください、ご家族の中に蒼い瞳を持つ方はいますか」と声をかけた。

 ランゼルはシザーと目を合わせ言葉を聞いていたが『蒼い瞳を持つ』という言葉に腰が抜けたように門から玄関へのレンガが敷き詰められた道の上に膝をついた。
 流石に動揺したシザーが大丈夫かと手を伸ばそうとしたが、ランゼルはそれらを振り切って「い居ますッ、妹が……妹のラウリーが……俺と同じ黒い髪に白みがかった蒼い瞳を……ッ」と矢継ぎ早に言った。

 シザーはその場で全てを話したい気持ちになったが、伸ばした手を引くことなくランゼルを掴み立たせれば「中で全てをお話します」と告げた。


 ランゼルは焦ったように玄関の扉を開け、中に入れば使用人に「母を応接間に呼んでくれ」と言いシザーを応接間に案内した。
シザーは案内された応接間に入ると、魔法具の一つである通信機を一言許可を貰いテーブルに置いた。起動をいつでも出来るように。





 応接間のテーブルを挟んでシャルロットとランゼルが座る位置の向かいにシザーは座った。
話を始める前に「突然の来訪となりご無礼を申し訳ない」と謝罪した。
 そんなことはないので大丈夫ですと謝罪を受け入れた二人にシザーは続けて「お願いになりますが、これからする話を上の方には内密に願えますか」と言った。

 ランゼルたちからして上の人、つまりは王族。
貴族位のカーストでいえば伯爵の上にはもう二つほど爵位はあれど隠す必要がある事柄が無い場合必然的に階級は上がる。
 王族に隠さねばならない話とは何なのだ、と苛立ちすらあったが話を聞けないことが一番あってはならないことだったため「わかりました」と渋々ながら許諾した。
その許諾の言葉を聞いたシザーはゆっくりと話せる範囲で話をはじめた。


 事の始まりは半年ほど前、戦争の為一年以上国を空けていた公主が国に帰還したことから。
その日は帰還した公主を讃えるパレードのようなものがありお祭り騒ぎだったのだが、貴族が一人の人を撃った事件があった。
 被害者は国内で存在があってはならない奴隷で、結果的には百名以上の奴隷を保護し、撃たれた一人は公主によって即座に保護され、治療を行えた。

 その奴隷だった者が半年後である一昨日、意識が戻り目を覚ました。
 その者がまず調べて欲しいと頼んできたのが『エトワール伯爵家の存在が王国内であること』『エトワール伯爵家全員の無事と安全の確認』の二点であった。

 故に私がここに来た、ということを伝えていく内にある程度の内容が理解できたからこそ二人は下を向く。
シャルロットはポロポロと涙を拭うことなく瞳から溢し、手を震わせる。


「……心苦しいお願いではありますが、先ほど仰られていたラウリー嬢の姿絵などを見せていただくことは可能でしょうか?本人だと確認できれば……」


 シャルロット、ランゼルは躊躇うことなく使用人にラウリーの姿絵をと言えばパタパタと廊下が忙しなくなる。
数分の沈黙は普段の倍以上時間経過が遅く感じた。

 バタバタと動く音が聞こえ、勢いよく扉が開けば少しだけ歳を重ねたメイドが絵を抱き締めている。
「失礼よ、ヨーコ。お客人に謝罪を」
シャルロットが叱咤すれば、ヨーコと呼ばれたメイドは深々と頭を下げて「申し訳ございません」と謝った。
さほど気にしていなかったが、大丈夫です。といえばヨーコは少しだけ悲しそうな顔をして再度頭を下げた。


「……お嬢様、ラウリーお嬢様の乳母をしておりましたヨーコと申します。お嬢様の姿絵は此方に…」


 コトンッという音を立て少しだけ大きい額縁に目をやれば、写る姿にシザーの心臓は掴まれたように息が上手く出来なくなる。
 自分にまだこんな慈悲があったのか、心があったのかなんて乾いた笑いすら出そうになる。

 テーブルに置いた通信機の電源を入れ、カチカチとスイッチを押せば数秒ほど砂嵐の音がしたがすぐに『……シザーか?』と男の声がした。
意味がわからないままに進むシザーの姿を目で追うことしか出来ない三人を前にしながら、シザーはハッキリと通信機の向こうの人物に向かい言葉を落とした。

「……御当主あの方のお名前が分かりました。王国内伯爵家ご令嬢、ラウリー嬢に間違いありません」

 通信機の向こうの人物は張り詰めた息づかいをしていたが、名前を聞きフゥッと息を吐けばわかったと声をかけ、改めて向き直るように言葉を紡いだ。


 「……ご挨拶が遅れましたこと申し訳御座いません。リュド公国公主、アウス・リュドヴィクティーク・ド=シュヴァイス・フィークと申します。
 不躾を承知で単刀直入にお伝え致します。
彼女…ラウリー嬢が私の番であるという事実が判明致しました。
ですが、番であるという事実を抜きにしたとて、彼女を王国内に帰すことは現状不可能である。ということをご理解願いたい」
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