龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

32.33

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 荒れた公国の状況など知らぬ帝国内では、センガルが意気揚々と情報を集めていた。
多くのツテを辿り、孤島の要塞と化した王都の学院の一つでも仔細な情報を、と。

 夫の一人にとても重要な重すぎる重荷を背負わせながら動いてもらうことになったのは気が引けるが、あのアウスがやっと重い腰を上げたのだ。今攻めいる他に王国に復讐など出来やしない。


 『メフィ、ごめんなさい。気づかれた可能性があります。当分連絡が取れないかもしれない』


 アウスに日記を見せ、動き始めて数日。学院内にいる夫から来た手紙はセンガルの動きを止めるには充分すぎる状況だった。
外から公国と帝国が動いている、という情報でも漏れたというのか。内部にいる可能性は。嫌な想像だけはとても豊かに広がっていく。

 夫達は慰めてくれた、大丈夫、彼は強いから、その言葉のどれも理解できるからこそ不安は大きくなる一方で。
何としても夫の無事を確認したい一心でいた時、センガルの元へ一通手紙が届いた。相手は夫がいる王都の学院に通うシェルヒナという女生徒から。


 突然の手紙を申し訳なく思う旨の謝罪文から始まり、夫が調べていた内容の一部であったエトワール家息女の件についてのお願いが書かれていた。

『エトワール家息女、ラウリー嬢が奴隷となる瞬間を見ておりました。あの方の消息が途絶え約三年。今年度卒業という年となります。私はラウリー嬢の敵討ちすら、己が立場と権威の象徴である家柄に傷を付けることを恐れ出来ぬ愚か者です。
私の持ち得る全ての情報を提示します。
ですのでどうかあの方が無事に生きていらっしゃるかどうか調べてほしい』

 事細かに書かれた密告書に近い手紙はあまりにも悲惨で、奴隷として辛い道を歩んできたセンガルですら良い顔を出来ない内容。
ふと最終文の近くにあった、妖精王であれば記憶を取り出し他者に見せることが出来ると聞いたことがありますが、という何気ない一文が目に留まる。


 妖精王の話は以前にも聞いたことがあった。奴隷の刻印を唯一消すことが出来る、と風の噂を耳にして迷いの森を夫達に止められ引きずりながら連れ戻されるまで探し続けたことすらある。

 妖精王が本当にいるのなら。勝算はぐっと上がるというのに。
この世界における三人の神とすら言われる存在に会う、という言葉があまりにも非現実的過ぎる。
けれど、センガルの頭の中でふと思い出した事。ラウリーは確か聖女として王国で崇められ、現状力がどうかはわからないにせよ妖精たちと意志疎通ができる唯一無二なはず。


 テレパシーを使える種族はいるが、どれも一方通行。相手が考えていることがわかるが話し掛けは出来ない。両方が出来るのは神の領域だ。
 聖女はセンガルの知識の中では、聖女は守りの力や万物の声を聞くだけで会話にはならなかったはず。

けれど…もし、本当は聖女には『万物と話せる力』を持っていたら。
 王国が彼女を手離せない理由が、瘴気や魔物から国を守る以外にあるのだとしたら。


 夫の一人に声をかけ魔道具を取り出し、アウスへと通信を繋げる。
鈴のような音が響き、何度目かの鈴の後雑音が混じり、そして『誰ですかァ』という声。
何度も会ったことがあるからこそすぐに分かる。

「…キディ、言葉には気を付けるべきだと何度も言っているでしょう?」

『おぉっと、これは失礼しましたァ。帝国の光にご挨拶致しまァす』

 アウスに代わるように言えば、今の御当主では人として話すことは難しいでしょうと言われ何故か嫌な予感に駆られる。


『お嬢さんが消えたと?』
「えェ、もう十日はゆうに超えてます」
『連れ去られる所をみた?』
「報告によればまるで神隠しにでもあったように忽然と消えたとォ」


 センガルは焦ったかのようにアウスに代わるように再度強い口調で言った。




 アウスの怒りは収まることを知らなかった。
ラウリーの消息が不明となり約四時間で国境を封鎖厳しい検問を敷き、近衛の兵が大勢稼働し探して十日が経ってもなおただの一人を見つけられないのだから。

 常に龍の姿から戻らず、邸に帰ってくるや否や「十日経ッタ、彼女ハ何処ダ」と詰めよった。

 何人かの使用人は自らの死を悟り、泡を吹いて倒れた。謝ることしか出来ない現状にデフィーネも頭を抱えた。
シックスたちも多くを探し、裏の世界にも確認しに行ったがめぼしい情報は無く無駄足と呼べる結果となった。

 そんな中でのセンガルからの連絡はあるものからすれば希望の光に見えたかもしれないし、絶望の呼び鈴に聴こえたかもしれない。
キディの大きく、そして何度もアウスを呼ぶ声はそれまでの怒りも相まってアウスのイライラを更に加速させた。


「黙レ、彼女モ見付ケラレナイ無能ガ、何ヲ呑気ニ」


 アウスの言葉はキディには響かない、というよりかは怒りに支配され周りが見えていない状態の者の言葉は、大体が思い付きか誰かに当て付けたい思いが不意に出たものなので気にしていては身が持たない。

「御当主、帝国の主さんより御連絡ですよォ」

 戦場でアウスは一度本気でキレ散らかしその場にいるものの多くが失禁を体験したことがある。
その時の怒りはとある兵士が自らの命欲しさに敵に金を渡すも持ちかけていた事実が表に出たとき。
あの時の怒りは今と比較してもそんなに大差ないように感じる。

 電話など無視しておけと言わんばかりに無視を決め込むことを貫く龍にキディは追い打ちをかけるかのごとく、お嬢さんの居場所がわかるかもしれないって言ってたんすけどねェと呆れた演技を交えてオーバー気味にアピールをした。
これにはアウスも嘘だとしても食いつく他なく、センガルの待つ通信機の元へと行く。
邸の中に入れるほど龍の姿は小さくなく、更に言えば怒りが消えていない状況下で人間に戻ってくださいも無理な話。
キディが抱えて持ってきた通信機を囲う形でアウスはセンガルの連絡に応えた。


『…随分と遅かったね。怒りで我を忘れてるんだって聞いてたから死人でも出たかしら』

「無駄話ハイイ、彼女ハ何処ニイル」

『確かに龍化してるわね、使用人を無駄に怯えさせるのよ龍化してると………まぁ良いわ、お嬢さんについて確認したいのだけど、間違いなく彼女は聖女?』

「何ガ言イタイ?………確認済ダ。蒼白イ瞳モ有ル」

『ならば、仮に誘拐だとしても人間だけが彼女を狙うとは限らないわよね?』


 センガルの言葉にアウスは最初気づけなかった。遠回しに言いやがって、とさえ感じたほど。
だが、数秒の間が瞬間とは言え冷静に判断を下せた。確かに人間が連れ去ったなんて仮定を思い込んだが故に国境を塞ぎ孤立した空間で探し回っていたが、人の形をしていない枠がそもそも違う場合を考えてみれば……

 捜索範囲からも除外していた人が入ることの無い場所。


「……ッ、迷いの森…か」

『あら、声が落ち着いたね。仮説でしかないけれど迷いの森の奥にはこの世界の三大柱の一画がいるのよ。可能性は大きいでしょ?』


 センガルの言葉に動かされるなんて屈辱的ではあった。それでもその言葉にすがるように迷いの森へと一直線に飛んだのは彼女の無事を確認したい焦りもあったのだろう。
森の入り口へは徒歩で行けば何日か掛かるが、空の上から一線を引くように飛べば到着はあっという間で。

森の入り口に降り立ち奥に届くように「ラウリー」と声をかければ、まるで森がそれを拒否するかのように揺れ動く。諦めるつもりなど毛頭無く「彼女が此処にいるのなら彼女を返せ」と強い言葉で威嚇した。


「……返せ、か」
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