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1: Ukyo's side
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しおりを挟む九月八日
葉と結婚をして、三年を祝したディナーをした。
ここ数ヵ月はお互いに仕事が忙しく、家で会う時にはどちらかの寝顔を見ていたような生活で話をしないで過ごしていたことで、胸にぽっかりと穴が空いたような心寂しさで仕事に身が入らずであった。
モデルの仕事は事務所の社長からの精神的かつ物理的な猛アタックのスカウトで出会い始めた。
最初こそ社長は『千年に一度の美男子なのだから、たくさんメディアに露出してちょうだい』と無茶を言っていたが、自分は喋らないと強く主張し続けた結果モデルのみの仕事で納得してもらえた。
昔から人前で喋ることは得意ではない。
いつも「雨鏡くん機嫌悪い?」と問われるほどに抑揚があまり無いのか感情が言葉に乗らない。
自分の中では感情を込めて話しているつもりでいる、笑顔だって心が死んでいるわけではないのだから笑いだってするのに、他人から見た自分はどうしても恐怖の対象になってしまう。
表情筋が適度な仕事さえも放棄してしまうのだ。
だからこそモデルの仕事は転職だったといえた。
冷たい目線も、心の乗らない言葉も、文章や写真になってしまえばそこにいるのは着飾ったモデルの藍澤雨鏡で、本来の藍澤雨鏡は謎に包まれたまま。
見た人が勝手に想像して作り上げる理想像で、自分という存在は生きていてくれる。
けれど、どうしても写真集や何かの節目にイベント事は行わないといけないのは誤算であった。
ファンの人との交流自体は、こんな自分を好いていただけるだけで光栄なことだとはわかっているのに、いざ会ってみて、喋ってみて、彼らは幻滅しないだろうか?そればかりが不安でイベントの前後は普段よりも気を張るばかりだった。
けれどそんなイベントで葉に会えた。
お姉さんの友人が予定が出来てしまったが為に、代打で呼ばれた弟の葉が来てくれたからこそ自分は今こんなにも幸せな日を過ごせている。
あの日のイベントだけは一生をかけて守り抜く大切な記憶だ。
ずっと続いていて欲しい。わがままだと知りながらも。
家に帰り、扉を開けた先で笑いながら「おかえりなさい、雨鏡さん」と呼んで欲しい。
叶うのならば老いて先に自分が旅立つその日まで……いや、自分が居なくなっても葉には再婚しないで共に天で一緒になって欲しい。
Ωとの番契約をした後もαだけが解消が出来るなどもはや昔の話しに過ぎない。
気持ちがそちらへ向かうのならば、Ωであっても再契約や再婚は可能だと自分は考えている。
身体の制限はあろうとも、心に制限など存在しないのだから。
ディナーを楽しむために、本当にたくさんのサプライズを用意した。
葉にだけは嫌われたくない。
自分と葉は七歳も違う、年下だからこそ可愛く見えていると言われればそうなのかもしれない。
話題も少しだけ噛み合わない、そんな自分に葉がいつか愛想を尽かすのではと不安は何時まで経っても拭えないままだった。
ディナーは無事に終わり、葉がここに泊まってみたいとかつて話題にしたホテルを予約したからサプライズで向かう途中。
双京の中でも人が多い街、壬生谷の交差点を手を繋ぎながら歩いていた最中、彼と葉がすれ違った。
葉の甘い香りが、三年という月日共にしていて知らない香りを混じらせて近くの者を誘惑した。
あの絶望を言葉にするのは難しい。
あの怒りを言葉にするのは……耐え難い。
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