実らなかった啜を

安馬川 隠

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絶胎の格子

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 「…どうか、俺と恋愛してください」


 広々とした部屋に置かれた、それはもう極上の寝心地であるベッドに座った俺はまさに今、

 テレビで見たばかりの男に縛られて告白されている。


 男の名前は鎌田 颯天。
元々の顔の良さから、大手アイドルグループに所属していたが三年ほどで脱退しソロの俳優として今は人気絶頂。
 記憶では会社の同僚が当時そのアイドルグループを好きで、握手会だったかサイン会だったかにチケットがあるからと半ば無理やり連れて行かれたことがあるから、一度や二度はもしかしたら面識があるのかもしれない。


 けれど、本当に突然の事だったのだ。
仕事が十八時に終わり、今日は柚希の為にケーキを買う日だったから馴染みのケーキ屋に向かおうと動いていただけなのに。
ケーキ屋の道中、人が唯一減る一点を狙って拐われると誰が思う。

 しかも二十四のおっさんを、だ。


 「……いや、普通に無理でしょ。帰してください」

 「巡さんに嫌われたら生きていけないので、振られるのなら俺は今日が命日になりますね」


 爽やかな笑顔から発せられる、穏やかでない言葉はどれもふざけて言っているようでどこか本当になるのではないかという冷たさがあった。
だから、下手に追求も拒絶も出来なかった。


 「…やっぱり巡さんは優しい…」


 そう言った鎌田はほの暗い笑みを浮かべて、フラフラと部屋から出ていく。
そして、数分も経たずに湯気の上がるマグカップを持って戻ってきた。

 ─落ち着いて話がしたいからココア作りました、粉のに温かいミルク入れただけですけどね。

 そう言って渡してきたマグカップは熱すぎず、気を遣っているのがわかる温度で、甘い香りが上がって鼻腔を擽る。
 その日の疲れや、突然連れてこられた不安なども相まって甘いものの香りはひどく魅力的に感じる。
鎌田も同じものなのか、湯気の上がるマグカップを口につけている。
 変なものは入れたりしているわけではないのかもしれない。

 そっと貰ったココアに口をつけ、一口飲めば甘い味に心がホッとする。
優しい味が何処か懐かしく、荒れていた神経が少し穏やかになるのすら感じる。

 穏やかになったからこそ、気が緩んでしまう。
飲んで少しすれば落ち着いたが故の疲労から来る睡魔の波。
油断すれば出てしまう欠伸に鎌田は、
 怖がらせたり…疲れましたよね、すいません。少しだけ寝る時間作りましょうか。話は後で、ゆっくりと。
と、優しい声で幼い子を宥めるように言う。

 そんな鎌田に巡は、すみません、少しだけ…と下がり行く瞼に抗えず謝罪を呟きながら意識を手放した。



 「…優しい巡さん、ずっと、ずぅっと見てきた。
初めて会った時からこの時を今か今かと待ってた…。
 やっと触れられる…、少しだけ開いた口可愛い」


 知らなかったのだ。
眠っている間、鎌田が何をしていたかなんて。
次に目が覚めた時自分の世界が変わるなんてこと。
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