実らなかった啜を

安馬川 隠

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愛ほど単純なものはない

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 鶴羽 京介の結婚報告はまるで決められていたかのように、結婚報告の三日後には写真集の発売、その二日後には写真集のサイン会が行われた。

 玲子は自分の弟の旦那になる人の写真集だからと二冊買った。サイン会二枚分のチケット。
眞希とサプライズで行こうととっておいたというのに。
 流れたニュースを見て、焼いたパンを乗せたお皿を落とした。


「Ωだから裏切られても仕方ない、信じない」


 眞希が高校生の時、Ωであることで虐げられ友人だった者に裏切られた事を自分のせいだと責めて泣いていたのを知っている。二度とこんな姿にしないと、βなりに一生懸命に勉強し第二の性のサポートが出来る仕事に就いた。

 幸せになれると、彼を幸せにするために頑張ると、笑顔だった弟を持ち上げるだけ持ち上げて地に落としたこの男だけは赦すことが出来なかった。
 夫の裕太が止めるのを聞かず、鶴羽 京介のサイン会にチケットを二枚分握りしめて参加した。

 周りが着飾りキラキラした世界で、着飾ることなくいつも通りの姿で。
イベントが開始され黄色い声援が響く中、玲子は静かに顔を合わせたら何を言うかを纏めた。

 お次の方、と案内されて個室のような空間に入れば何故か窶れている京介と目が合う。
「……おッ、お姉さん……」と動揺したように立ち上がり、周りのスタッフを動揺させる。


「お姉さんって誰かに似てるんですかね?私貴方のこと知らないので、他人の空似だと思いますよ。
けど、偶然ですね、私も貴方を知らないはずなのに弟を裏切って女と結婚した最低野郎と似てるなぁって思ってたんですよ」


 散々考えて、色んな言葉を頭の中で紡いだというのに。
京介と目があった瞬間何よりも支配された感情は怒り。更に言えば未だお姉さんと呼ぶのかという不快さすらある。
その場を凍りつかせる発言を後悔したとてもう遅い。
ただ、京介のあんなに悲しい顔は初めて見た。


「……弟さんは、愛想を尽かしましたか」

「…ハァ、信じてましたよ。泣きながらこの部屋に居れないって限界になるまで、ね」

「そう…ですか、今はご実家で療養を……」

「私達はあの子が幸せになることを望み託したんです、裏切る奴には会わせません、どんな手を尽くしても」


 スラスラとサインを書きながら、曇る表情に玲子はおろかスタッフは誰一人として声を掛けられない。
二冊分のサインの時間ではない時間を要し、まるで大量購入した人のようになる。それまでも二十冊など居たから周りからのブーイングも無かったが、殺伐とした空気感だなんて外の人は知らないのだろう。


「……ご結婚、おめでとう御座います。末長くお幸せに」


 全てを書き終わり渋々渡されたサイン本を奪うように取り、吐き捨てるように落とした祝辞はおめでたさなど皆無。
出た本屋の前にいた裕太に「嫌味ばかり言ってしまった」と反省会をしながらサインを確認すると、時間がかかった理由が嫌でも解ってしまった。


『信用出来ないことを重々承知の上です、理由は書けないのですが結婚紛いの偽装結婚です
俺は眞希以外の薬指に指輪などおくりません、愛しているのは眞希だけです、どうか眞希を守ってあげてください』
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