重愛の配信

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
3 / 32
初めまして

3

しおりを挟む

 配信者イベント当日。
昼の部、夜の部とある中で、YOriは昼、NARIは夜として呼ばれた。

お客さんが二万人を越えました、配信だと既に二十万人を超えて見てます!とスタッフさんが嬉しそうに話す声が聴こえる中、ヨリは広めの楽屋と呼ばれる大部屋の端でメイクに勤しんでいた。

 そもそもの話ではあるのだが、ヨリは通常自分から他人に話しかけたりなどするタイプではない。
根暗と言われることもあるのかもしれないが、常日頃から笑って騒げるなど凄いを通り越して狂人ではないのかとさえ思う。
 幕が上がる、会場のライトが落ちて舞台に光が集中する。


 「…会場にお越しのすべてのお客様!今日は楽しんでいってください!」









 昼の部が終わると夜の部まで出る人たちは慌ただしく次の打ち合わせに走り、終わった面子は夜の部を見て帰るか直帰するかの選択に悩まされる。

 予定はなかったが、ヨリは夜遅くなると次の日の講義遅れそうだなと考えた結果直帰することにした。
貴重なナリの生姿は見たい、がそろそろ試験が近くなることが悩ましい。
 恐ろしい集中力で悩みながらメイクや着替えをしていくヨリに近付く影が二つ。


 「お疲れ様です、YOriさん。初めまして。実況配信してます鯉布りふです。
御忙しそうなところすいません。
 どうしてもが挨拶したいって言うもんだから」


 鯉布、登録者数二百万人越えの人気配信者。
ヨリからしても高嶺の存在が突然話し掛けてきたことに、思考が一瞬フリーズするも、鯉布の後ろにいたコイツと呼ばれていた存在を視界にいれた瞬間それまでの悩みから何から何までが吹き飛び真っ白となった。


 「…お、お逢いできて嬉しいです、YOri様のファンです……。
…そ、その…六周年お祝いできて嬉しかったです」


 百九十二センチの猫背、うねりのある癖毛が特徴の深緑色のマッシュ。
白い肌に黒色のマスク、目元にある隣に並ぶ二個の黒子。
イベント用のブランド物の洋服に包まれた愛しい人。
 白いシャツに黒いボンタンのようなズボン、革靴というシンプルな格好でさえ、イケメン過ぎる。

 突然の推しの供給に呼吸と心拍数が合わない。
推しに名前を呼ばれたということは、今日が命日か?と天をも仰ぐ気持ちにヨリはなったが無視していると思われるわけにはいかない。


 「お…お祝い有難う御座いました!嬉しかったです!
改めまして、初めまして。YOriといいます。
私もNARIさんの大ファンです。お逢いできて嬉しい…」


 満面の笑顔を浮かべるヨリは、身長が百六十六センチと小柄で、肩まで伸びたストレートの髪を一括りに纏めている。
ナリよりかは健康的な肌はメイク落とし後すぐということもありオイルでテカテカしている。
smileと書かれた白いTシャツに紺色のパーカー、ジーパンというラフな格好。

 イベントで着たメイド服をしまい、素っぴん私服という形で推しに逢ってしまった。と後悔が襲ってきてももう遅く後の祭りだった。

 そんなヨリにナリが震える手で差し出したのは、夜の部の観客席のチケット。


 「…帰るつもりだったかも知れないけれど、俺は帰したくないから…俺のこと見ててくれないかなって…」
しおりを挟む

処理中です...