重愛の配信

安馬川 隠

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初めまして

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 ヨリの家は所謂エリート家族。
父親は大学の教授で、母親は弁護士。
弟はヨリよりも偏差値の高い大学への入学が決定している。

 ヨリ、いや、閣戸家にとって世里という存在は出来損ないでしかない。
中学を入学しナリという存在を追いかけるということに全ての降り幅を持っていってしまったが為に、落ちぶれた結果。
父親からは見損なったと突き放され、母親からはなんで産んだのだろうと罵倒される日々。
弟はそんな格差を知っているからこそ世里を兄として見たことはない。
出来損ないの要らない子として、居ないものとして扱われてきた。

 多忙を極める両親が雇った家事代行の人しか話を聞いてくれる人はこの家には無かった。

 そんな家族にも関わらず、強めのノックで部屋に入ってきたのは母親だった。
久し振りに合わせる顔としてはいかにも不機嫌そうではあったが、まるで子供を見る目ではない視線が頭から爪先までを突き刺していく。
そんな視線に不快だと感じていてもなお、表情ひとつ崩すことなくいれるのは、今までの経験の賜物だろう。

 半ば強制的にリビングまで突き出された世里を待っていたのは書類に目を通しながらソファに座る父親。
弟は塾でいないからこそ、呼び出されたのだろう。
最後のなけなしの慈悲として弟の前で断罪しないことだけは親子の情がミリ単位ではあるものの、存在はしているのだと感じさせてくれる。

 ただ、叩き付けるように出された紙にはネットニュースの記事。
 『人気配信者の本当の姿は…エリート一家の長男?!』
という見出しから始まるその文章に背筋だけではない、全身が悪寒で凍りつき鳥肌が立つ。
 何かを言わなければ、そう思えば思うほどドツボにハマったかのように言葉が出てこない。


 「……お前の動向など知ったことではないが、記事を職場の人間に指摘された。その人は週刊紙の上層部にコネがあるから先に読ませてもらった。
 明後日にもこの記事は大きく世に出ることになるだろう。
何故、こんな恥さらしが出来るのか皆目検討もつかない。愚か愚かと思ってきたが、ここまでの馬鹿とは思っていなかった。
 世里、これ以上恥を晒して行く気ならば、家族の縁を切る。閣戸家にお前は必要ない」


 全て決められた運命のように。
母親は畳まれた自分で組み立てる段ボールを数枚、世里に渡し出ていく先は勝手に当たればいいわ。貴方にはいるんでしょと突き放し、外食だと言って両親共に塾へと行った弟を迎えに家を出た。


 認められくなかったわけではない。
努力すれば報われるなんて幻想を抱き続けたくなかった。
小学生の時、百点に満たないテストは要らないと言われ必死に努力した。
けれど、凡ミスが多かった為に最高でも九十九点しか取れなかった。
たった一点の差だというのに、壁があまりに高く挫折した。

 部屋に戻りあまり家具や私物が無い部屋からナリのグッズや必要な衣類等を纏めて段ボールに詰めていく。
こういう時に何か思い出して涙するなんてドラマチックな事は起きやしなかった。

 荷物を持ってどこに行けば良いというのだろう。
当分はネカフェでも泊まりつつ仕事もしなきゃだし、大学にも退学届け出さないとなぁ、なんて考えながら少ない荷物の段ボールに封をした。


 ピンポン、という来客を告げる音が鳴る。
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