弟の恋人〜はじめての恋は最後の恋〜

樹沙都

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§ 炎節

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『学業と生活に必要な費用が親の責任なのは当然だが、亜弥はもう高校生だ。半分は大人になった。なんでもかんでも親がかりでいい年齢ではないのだから、自分の小遣いくらいは自分で稼いでみて、お金のありがたみを知るのは、いいことだよ』

 父親のありがたい教育方針は、自由になるお金が欲しかった亜弥にとって渡りに船で。

 日中は自宅近くのコンビニエンスストアでアルバイトに勤しみ、夜は予備校に通うという、肉体的精神的に過酷で充実した暑い夏休みを熟していた。

 あれは、アルバイトを始めたばかりの七月の終わり。

 慣れ親しんだ自宅の近所でもあり、夜の遅い時間帯に一人歩きをしても恐い想いなんぞ一度もしたことがなかったが故の、気の緩みもあったのだと思う。

 人手が足らず、勤務時間を過ぎてまで品出しに追われたあの日、予備校への遅刻を畏れた亜弥は、つい、近道をしようと、普段ならけっして通らない夜の公園へと足を踏み入れた。

 日中は幼子の歓声も多く、駅への近道として通り抜ける人々で賑わうこの公園も、夜ともなれば様子が一変。

 鬱蒼と生い茂る木々は闇を落とし、薄暗い街灯の下には、ガラの悪そうな少年たちが屯している。

 そんな彼らのすぐ脇を、素知らぬ顔を装い通り抜けようとする一人歩きの少女が、見過ごされるはずがなかった。

「ねえ彼女、どこ行くの?」

「かわいいね~。俺たちと遊んでかない?」

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべた少年たちに行く手を阻まれ、振り返れば背後も囲まれて、逃げ道を塞がれた。

 無遠慮に掴まれた腕を振りほどこうともがいてみても、男の力に敵うわけもない。

「いたいっ、やだぁ……離してっ」

「なんだよ、そんなに嫌がらなくてもいいじゃんか」

「ちょっとくらいいいだろう? 減るもんでもあるまいし」

「やっ……やめてっ」

 ぐいぐいと腕を引っ張られてバランスを崩した亜弥の腰を、もうひとりの少年が抱き込んだ。

「へぇ……こいつ、いいカラダしてんじゃん」

「おまえだけいい思いしてんじゃねえよ。俺にも触らせろ」

「おらっ、逃げんなって」

 汗ばんだ手で身体を弄られ、見る間に服が乱される。

「やあぁっ……うっ、うう……」

 見知らぬ男たちに弄ばれる恐怖。人通りのない夜の公園では、呼べども叫べども、助けなんて来るはずもなく。

 気持ちが悪い。吐き気を催し、涙が溢れたところで——。

「おいおまえら、俺の女になにしてくれてんだ? ああっ?」

 凄味のある低い声とともに、暗がりから突然、男の人が顔を出した。

 短く刈り上げられた黒髪。暗がりでもわかるほどに日焼けした皮膚と、タンクトップを押し上げる無駄の無い筋肉をひけらかす、見ず知らずの大男。

 仄暗い笑みを口角に乗せ、こちらを鋭く睨みつけるその男の登場に、不良少年たちは顔色を変え立ち竦んだ。

「どうするよ? やるのか?」「そんなの俺に訊くなよ」と、腰の引けた少年たちが、ぼそぼそと相談している。その横で、新たな男の存在の是非を、亜弥は計りかねていた。

 悪い遊びをしていそうな彼らよりも、よほど凶悪で恐ろしげなこの男が、自分を助けてくれるわけがないだろう。

 それはつまり——その先に起こるであろう未来を想像した亜弥の顔から、血の気が引いていく。

 亜弥の動揺を他所に、双方睨み合うことものの数秒、決着は呆気なくついた。

 凄味を利かせる大男に恐れをなした少年たちは「おっ、男がいるんだったら先に言えよバカヤロウ」と、震える声で捨て台詞を吐いて亜弥を突き飛ばし、一目散に逃げ出していく。

 一歩、また一歩、と、近づいてくる大男の鬼のような形相に竦み上がる亜弥は、砂利敷きの地面に尻餅をついたまま、がくがくと身体を震わせていた。

「ばかやろうっ! 若い女がこんな時間にひとりで公園を歩くなんてなにを考えてるんだおまえはっ! コンビニの店員なんてやってるくらいなんだから、目の前の公園が不良のたまり場だってことくらい知ってんだろう! ああっ?」

「あ、あ……ぇ?」

「襲ってくださいって言ってるようなもんだろうが。そんなこともわかんねえのかよ」

 男の叱責は、綾乃耳には届かなかった。

 火事場の馬鹿力、とでも言えばいいのだろうか。恐怖に駆られた亜弥は、手元に投げ出されていたバッグの持ち手を無意識につかんで立ち上がり、走った。



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