本当は、女なの ─椛川家の因習─【夫人叢書②】

六菖十菊

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──甲【キノエ】──

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『──楓乃──君は私のモノだ』 
やめて。
『この香りも美しい肌も全部私のモノ──勿論心も』
違うわ!
『どうしてそんなに反抗する?楓乃の全ては私だ。他には何もない──そう育てた』
兄様も知らない私はいるわ。
そう叫びたいけど兄様に反抗する自分なんて
今までいなかった。
無言の反抗をする。
『思春期特有の反抗期は可愛いが苛立たせる──いい加減大人しく私に従って欲しいな』
『私は名雲楓乃じゃない。兄様の本当の妹でもない。そうでしょう?──だからこんなことをするの?』
こんなこととは?と兄様が微笑む。
『私は楓乃を愛しているだけだ』
『──椛川かばがわって何?』
『──どこで聞いた?』
声に疑念が混じる。
兄様が動揺した姿を初めて見た気がした。
『──どこまで知ってる?』
無言で答えない。
すると楓乃に再び甘い顔を見せる。
いつもの余裕のある兄様だ。
さっきの表情が幻だったのかとさえ思える。
『知っても、知らなくても楓乃は私のモノだ』
律動を再開され声が漏れる。
『やだっっ……兄様やめて……っ』
『妹ではないと知っているのだろう?なら何故、楓乃はここにいると思う?』
胸をゆっくりと優しく触られる。
『……んっ……知ら──ない』
『そう、知らなくてもいい──いい子だ』
『兄様ぁ‼︎』



「やめて‼︎」
自分の叫び声に一瞬にして眠りから覚醒する。
ベットから跳ね起き辺りを確認する。
──誰もいない。
ワンルームの小さな部屋に人がいない事は一目で確認できる。
心臓が痛いほど脈を打つ。
汗で全身がじっとりも濡れている。
2年前の出来事を今でも夢にみる──
あの夜から続いた日々を忘れることも出来ず、
ひたすら悪夢から逃げる日々を送っている。
……気持ち悪い。ベットから逃げ出し汗ばんだ身体を洗い流す為にシャワーを浴びよう。
長かった髪を切りショートの髪はボーイッシュに、
ポディーシャンプーはメンズ系のシトラス系、
晒しを巻いたぺちゃんこの胸の上からシャツを着る。
下着はボクサーパンツで、化粧もしない。
そうやって男として生きようとしたが、
背は164センチと女性にしては高めだが、男性として生きるには低い。
声も低くしようと思っていても限度がある。
所詮、女が男の真似をしても簡単にバレてしまう。

『ならトランスジェンダーということにしましょう』

あの日、楓乃を助けてくれた人はそう言って楽しそうに微笑む。
『トランスジェンダー?』
『そう。貴方は本当は男。だけど心は女。心に体が引き寄せられ女性らしさが滲み出ても納得するわ』
『そんな人いるの?』
『トランスジェンダーの割合は100人に3人程度。沢山いるわ──それに……この世には見た目とは裏腹な人は沢山いる』
含みのある言い方だ。
『貴方は逃げた……名雲家からすぐに追手が掛かる。わたくしが匿うことも出来るわ……けれどそれでは……名雲家からわたくしに飼われることになるだけ──面白くない。貴方には自分の運命を踊るさまを見せて欲しい」
……この夫人という人を信用して良いのだろうか?この人に会ったのも名雲家の屋敷だ。
あの家に出入りしていた人間だ。
……兄様側の人間ではないだろうか?
そうでなくても楓乃の味方とは限らない。
何しろ、会ったのは今までたった数分だけだからだ。
『──貴方に困った事が有れば連絡頂戴と言ったのが6年前。正直、忘れていたわ』
6年前のあの会話を何故かずっと誰にも──兄様にも言えなかった。
『貴方はあの時、私を名雲なぐもではなく椛川かばがわと呼んだ。それはどういうことですか?』
兄様に聞いても教えてくれなかった。
そして兄様は楓乃を妹ではないと言った。
『楓乃さんは小さい頃の記憶は何歳からあるのかしら?』
そう言われて思い起こす。
現在18歳、兄様とは12歳の歳の差がある。
兄様と揉め出したのは16歳。
夫人に会ったのは12歳。
8歳の頃にはあの屋敷の一画のあの部屋にいた記憶はあるが──その前の記憶が思い出せない。
『8歳の誕生日をあの屋敷で祝って貰った記憶があるわ』
『誰に?』
『兄様』
『ご両親は?』
父も母も楓乃に会いに来なかった。
何度か見たことはあるけれど、目を合わさない。
遠目に楓乃を見る。
──まるで楓乃がここにいるのが罪かの様に目を逸らす。
『忙しい人であまり会えなかった』
嘘もあったが本当に忙しそうだった。
時が経つにつれてどんどん忙しくなっていた様に思う。兄様は忙しくとは言わなかったし楓乃の前ではゆっくりとしていたけれど、兄様こそ時が経つにつれ忙しそうだった。
『ご両親はいなくなった貴方を必死に探すわ』
そうだろうか?そんなに鈴鹿を大切に思っていてくれていた様には思えない。
『名雲家に戻れば、今度は軟禁ではなく監禁されるでしょうね……一生』
言葉と表情が合わない。
恐ろしい事を言っているのに、夫人は微笑む。
『──私はあまり両親に大切にされていなかった。兄様は分からないけれど、きっとあの家から居なくなって清々していると思う』
『いいえ。貴方は必要』
『何故?』
『名雲家は貴方の手を離せない事情がある。そして何より当主の玄馬さんがそう決めた』
楓乃はただあの屋敷にいただけの存在だ。
必要とされる事はしていない。

『モノには所定の位置がある。そこから外れれば違和感を感じる。価値が変わる。楓乃さんは──自分の居場所を価値を変える事が出来るかしら?』
楓乃の居場所はあの屋敷だと言いたいのだろうか?

『──少し、お手伝いをしてあげるわ。けれど偽りの人生は相応の因果がある。全ての行為は運命を廻す──それでもあの名雲家からのがれたいの?』
──逃れたいと思った。
『お願いします』

この生活を用意する代わりに〈条件〉を夫人から提示された。
──それは男性として生きること。
女だとバラしてはいけないこと。
その条件を呑んでも兄様から離れたかった。
──寧ろ男に生まれたかった気もする。

ワンルームマンションでの生活が始まりひと月。
名雲楓乃に与えられた別の名は〈柏木栬かしわぎせい
18歳だけど20歳。
性別は女から男へ。
学校に通ってない楓乃だが家庭教師やお稽古などはあった。全く知識が無いわけではないが社会に出るのは初めてだ。
夫人は働き口も紹介してくれた。
今日から出勤だ。
──気を引き締めて部屋を出た。
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