上 下
9 / 26
邂逅遭遇 【思いがけなく出会えること。巡りあい】

008

しおりを挟む
「なんだ。普通だね」

奏多さんがテーブルに並ぶ朝食を目にした開口一番がその言葉だった。

「普通って何?っていうかどこに行ってたの?」

汗でグレーのシャツが黒く濡れている。

「朝はたまに走ってるんだよ」

そう言って汗を拭う姿は色っぽいとちょっと思ってしまう。

「で、普通って?」

「なんかよく豪華絢爛な朝食とか、ぐちゃぐちゃのご飯が用意されてるとかテンプレであるじゃん?そのどちらかなのかなと思ってたら存外、普通だった」

奏多さん。もう3回も普通って言ってますよ?
納豆とご飯だけにすればよかった。

「あとお味噌入れたら完成だからシャワー浴びてくる?」

「そうする」

ザルで味噌を濾しながら考える。
奏多さんはいつから一人暮らしなんだろう。
お皿も調理器具も単身者レベルしかない。
まだ高校3年で私と二つしか違わないのに。
そう考えれば今年は受験だ。

卵焼きとウィンナーとおにぎり。
それに揚げと茄子の味噌汁だ。
──確かに〈普通〉だ。
思わず笑ってしまう。

お風呂から出た奏多さんに扇風機を当ててあげる。

「涼しいでしょ?」

「涼しいけど、ご飯の邪魔になるからいらない」

「〈普通〉のご飯に邪魔もないでしょう?」

そう言ったのに扇風機を切りロウテーブルの前に座る。

「「いただきます」」

二人の声が重なる。
なんだかおままごとみたいで楽しい。

「美味しい?」

「──おいしいよ」

その言葉に有頂天になってしまう。
まぁ、そりゃメーカーのウィンナーと味噌を使っているのだから美味しくても私の功績ではない。
唯一の卵焼きも〈普通〉だ。
だけど嬉しい。

「本当⁉︎ 嬉しいな。っていうかウィンナーの量が一袋にめちゃ多いの。この20年でどんどん量が減っていったのを目の当たりにした気分だよ」

「緋和の語る未来は微妙な情報しかないなぁ。まぁ、ウィンナーは買い溜めとくよ」

そう言って奏多さんが笑うから──なんだか楽しくなってしまう。
青がどうなったのか考えれば笑っている状態じゃないかもしれないのに……

「久しぶりだよ。こんな普通の朝ご飯食べたの」

──その言葉に──奏多さんが〈普通〉を求めていたような気がして──ここに一人だったと思い出す。

「奏多さんのご両親は?」

聞いてはいけないだろうか?
でも奏多さんの口から聞きたい気がした。

「一年前に車の衝突事故で死んだんだ。ある程度節約すれば大学行って成人出来るくらいにはお金は残してくれてたから生活は困らないけれどこんな普通は久しぶりだ」

寂しいのだろうか?
そんなこと──聞かなくても当たり前だ。
寂しくて、辛くて、不安だ。
そう考えて府に落ちる。
私がそうだったから──奏多さんはこの家に招いてくれたんだ。
誰も知らないこの世界で寂しくて不安だった。
そんな私を見て──きっと拾ってくれたのかもしれない。
私が辛い目にあってないのは奏多さんが直ぐ様に手を差し伸べてくれたから。
寂しさも不安もないわけでは無いけれど、絶対的に比重が違う。
奏多さんが手を差し伸べてくれなかったら今も──野宿しお腹を空かせ、心は傷だらけになっていただろう。

「──ありがとう。奏多さんが助けてくれなかったら──きっと怖くて寂しくて泣いてた。私、この世界に来てまだ泣いてもない。まだ現実味がないのもあるけれど──ご飯作って笑ってる。奏多さんがいたから笑えてる」

「──4年後には子供がいるってことは、僕もこんな普通が4年後には手に入れてるってことなんだね」

そうとも言えるし──そうとも言えない。
瞼を伏せ下を向いてしまう。
いつから──あの家が冷めてしまったかなんて私には分からない。
けれど奏多さんと莉緒さんが愛し合って結婚した過去未来があるのは事実だ。
顔を上げ笑顔で未来を語る。

「──奏多さんの家にはピアノがあるんだよ。青の家に行くと奏多さんが偶に弾いてくれてた」

そう言えば意外そうな顔を此方に向ける。

「趣味でピアノ弾いてだんだけど、アパート住まいになったから流石にね。そっか……未来の僕はまたピアノのある生活しているんだね」

ふっと嬉しそうにするから──胸が痛くなる。
私は間違っているんだろうか?
奏多さんが幸せそうに見えなかったなんて──言えない。

「少ししたら買い物に行こう。布団もだけれど服や他にも必要なモノがあるだろう?」

「いいの?──買ってもらっても返せるあてなんてないよ?」

「20年後に返してもらうよ。利子もつけようかな」

冗談だと分かる。
奏多さんはやっぱり優しい。

「じゃあ遠慮しないで買っちゃお。化粧品も欲しいな」

もう甘えちゃう。
だって真夏の紫外線は流石に怖すぎる。
昨日はクレンジングなしでメイクを落としたから肌がちゃっと引きつっている。

「高一で化粧して恋人もいるなんてマセガキだね」

「この度、同棲経験も加わりました」

スカートの縁をもち丁寧にお辞儀をする。
目線を上げ奏多さんを見れば呆れた顔をする。

「マセガキからアバズレに昇格?」

「それ昇格?」

「わかんない」

そう2人で笑う。

「もういいから──出掛ける準備して。出来たら行こう」

「うん」

奏多さんの部屋着から昨日のうちに洗濯した自分の服へと着替える。
この時代のファッションは分からないけれど、それは行き交う人たちを見て勉強しよう。

「──奏多さん──この格好で歩くの変?」

奏多さんは黒いパンツにグレーのシャツとシンプルだ。
男の人はいつになってもそんなにファッションが変わらないから羨ましい反面、寂しいな。
緋色のワンピースに少しヒールのある真珠のビジュー付きのサンダル。
シンプルだと思うけれど、一緒に歩きたくないと思われないだろうか?

「かわいいよ」

その言葉だけで勇気づけられる。

「行こう!」

街に行けば真実が分かる。
男の人の言葉は信用しちゃいけない。
ファッションの違いにちょっと凹んだ。





しおりを挟む

処理中です...