防遏の恋──ぼうあつのこい──

六菖十菊

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決断

016

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静まり帰ったリビングの時間を動かしたのは母だった。

「まぁ!お姉ちゃん。それじゃあプロポーズを受けるのね?」

「……うん」

ハルは微動だにしない。
瞬きひとつしていない気がする。
微笑み、にこやかな母の横の海都に瞳を合わせる。
真っ直ぐに向き合っている筈なのに微妙に視線が合わない。
それでも──今しか言える自信がない。
歩み寄り、瞳を無理矢理合わせた。
一瞬だけ合った瞳は直ぐにズラされたけれどそれでよかった。

「海都。お姉ちゃんね……海都が好きよ。結婚しないでって──面倒見てくれるって言ってくれて……ふふっ。私もブラコンだから……嬉しかった──」

嬉しかった。
大好きよ。
海都を抱きしめる。
ビクッと身体を揺らす海都を逃げられないように更に強く抱きしめる。
久しぶりに海都に触れた気がする。
いつから触れていなかっただろう?
思えばハルと付き合ってから触れた記憶がない。
そう思うと随分の間触れてもいなかったんだ。
抱きしめ返しては貰えないけれど──幸せだ。

「大人になるって……少し寂しいね」

トンっと軽く突き放される。
海都が無意識だったのだろうか自分の行動に驚いている表情だ。
海都に拒絶され──まるで裏切り者の気分だ。
でも──これでいい。

「──お母さん。ハルと少し話がしたいからもう一度出るね。明日の仕事はハルのマンションからそのまま行くから心配しないで。ごめん海都、お母さんをよろしくね。行こう──ハル」

呆けたままのハルを引っ張る。
海都も無言のままだし母さえも戸惑っている。
母に一礼をして去るハルを見ながらハルらしいなぁと思ってしまう。
車に乗り込んだまま言葉をどちらも発せられないでいるけれど、ここで話あっても集中できない。
マンションまでは無言の帰路となった。

少し前にこの部屋で別れ話をした。
その時の状態で出掛けたので食べかけの葡萄がテーブルに置きっぱなしだ。

「急に出ちゃったからなぁ」

片付けようとテーブルに近づこうとするが腕を掴まれる。

「──湖都子。さっきの──なに?」

「さっきのって?」

分かっているのに惚けて見る。
いつものハルなら余裕のある態度で躱すのに顔の強張りが解けない。

「結婚だよ!──僕と結婚してくれるの?」

「その許しを得に私の家に行ったんじゃないの?」

「──そうだけど」

きっとハルは私がOKするとは思っていなかった。
私自身もあの時までは結婚なんて考えていなかった。
ハルを止めることしか考えられなかった。

「あんなことしたら私に嫌われると思わなかったの?」

ほら、悲しそうな顔をする。
それでも──もう……ハルも限界だった。
嫌われたくないのに反対の行動をとってしまう。
苛立ちをぶつけてしまう。
それは──私にも経験のある行動だ。
限界なら私なんて捨てたらいいのにそれでも離さない。

「私はきっと海都を愛してる……それでも結婚したいの?」

「君と一緒にいたい」

「──寂しくない?そんな女と一緒にいてもハルは──私を捨てるだけで幸せになれるのに」

「──湖都子は僕との結婚は寂しいものなの?」

ほら、傷付いた顔をする。
私はハルを心配して聞いているのに私の心配をする。

「ハルは──私が最低な女だって知ってる」

その言葉を否定せず受け入れてくれる。
そんなところが安心する。
『君は最低ではないよ』なんて言われても響かない。
そんな型に嵌められたら私は息が出来なくなる。
ハルはそのままの〈最低な私〉を肯定してくれる。

「だから──言っていい?それを受け入れてくれるかはハル次第でいいから──言わせて」

「──どうぞ?」

「私はずっと海都を愛してたし、きっとこれからも愛してる。けれど〈家族〉も大事なの。家族も愛も……どれも捨てられない。捨てられなかった。苦しかった私をハルは助けてくれた。こんな──最低な女の側にいてくれた。この五年、付き合って三年もの間、貴方より弟を好きな女の側にいてくれた。そんな私と結婚したいって……もう、ハルはおかしくなっちゃったの?」

ふっと笑う。
その表情好きだなぁと思ってしまう。

「何度も言うけれど──苦しいし苛立ちもするけれど、それでも湖都子が欲しいだけだよ」

「私ね──海都が好きなの。それなのに……ハルに求められると……」

どうしよう。
恥ずかしい。

「──僕に求められると?どうなるの?」

「胸が苦しくなる……貴方を抱きしめたくなる」

「何で?」

「分からないわ」

「湖都子は分からないんじゃなくて、分かりたくないんだよ。一途に弟を好きだった自分が僕に愛されて──抱かれ続けたただけで心変わりした自分を見たくないだけだ。海都への恋心がただの母性だったと……過去の自分を認めたくないだけだよ」

「それほど阿呆じゃないわ。母性も多分にあるけれど……愛してるのは事実よ」

ムッとし返すもハルは受け流す。

「では僕への気持ちは?母性?愛情?──それとも憐み?」

そうやっていつも自分を傷つける言葉を使う。
ハルはマゾなのだろうか。

「憐みよ」

「憐みでも湖都子が僕のものになるのなら歓迎だけどね」

悔しい。
そんな気持ちなら要らないと憤ってくれたら私も耐えられる。
それなのに──涙目で睨んでもハルは微笑むだけだ。

「貴方は憐れだわ。こんな──女に好かれるなんて──」

「湖都子は僕を好きなの?」

言ってはいけないと──ずっと思っていた。
言えばハルを更に縛る。

「好きよ──」

「……もう一回言って」

「ハル──好きなの」

「もう一回」

「ヤダ」

「湖都子、お願い。もう一度だけ言って?」

ハルの物欲しそうな顔に心臓が甘く疼く。

「大好きなの──ハル」

もういつからなのか分からない。
海都とハルを天秤にかけたつもりは無かった。
それなのに──ハルを好きなんて言っていい筈は無いのに。

「──なんで泣きながら言うの?これは悲しいことなの?海都を裏切る自分が許せない?」

ハルが一定の距離から近づかない。
私との間に明確に距離を置いているのが分かる。
なんで自分が泣いているのか分からない。
──ハルの言うように海都への気持ちが心変わりした自分の愛の薄さに目を背けたいからだろうか?
それとも──ハルに拒絶されるかもしれないから?

「分かんない!分からないわハル──でも私が苦しい時に傍にいて慰めてくれたのはいつもハルだった。もう──ハルの前でしか泣けない」

「それは──いいね」

頬を優しく触ってくれる。
その手の平に安心し、また涙が溢れる。
キスをしょうとするハルの仕草が止まる。
ハルの唇が欲しいのに──あと少しで触れるのに焦らされる。

「それでも湖都子は海都が好きなんだよね?」

その言葉に……あと少しで重なる唇を離そうと一歩下が──れないように腰に手を回され唇を押しつけてくる。
柔らかい唇の中に、更に滑らかな舌が隠されていると思うと欲しくてしょうがない。
自然と唇を開けばハルの舌と絡み合い口の中を犯される快楽に抗えない。
自然とハルの首に手を掛けてもっと欲しいと懇願してしまう。

「分からない──けど──ハルの前でしか泣けない……」

「──抱いていい?」

その瞳は肯定以外許さないと言うように欲望で塗れているのに、聞いてくれる。

「ハルを──愛してるし──愛されたい」

唇にキスをする。
どうしよう。
なんだか異様にハルが愛しい。

「もう──ゴムつけなくていい?」

ハルが避妊以外にも気持ち的な所で拒絶されている気でいたのを知ってた。
知っていたのに避妊をお願いしたしハルも無理強いはしなかった。
それでも万が一を考えて私はピルも飲んでいた。

「私もピル飲むの止めていい?」

──避妊はもう要らない。

「──赤ちゃん授かってもいいかな……ハルが欲しい」

これから──何度もその行為を交わしてハルの奥さんになりたい。

「──明日の仕事休めないの?君を眠らせてあげられないかもしれない」

恥ずかしくて顔がゆでダコ状態かもしれない。
けれど伝えないと──今まで待っててくれた優しい人に言葉として伝えたい。

「いっぱい愛して。ハルは私の──旦那様になるんだから」

膝の上に乗りハルの胸に顔を寄せる。
明日の仕事は休めないけれどハルが欲しいだけ私をあげたい。
ハルが欲しい。
そのまま抱きしめられて抱えられる。

「ちょ、ハル⁈」

こんな猫を抱きかかえているようなに軽々持ち寝室に連れて行かれるのは恥ずかしい。
せめて歩いて行きたい。

「湖都子の歩幅より僕の方が早いよ。今は時間が惜しい──早く湖都子の中に入りたくて我慢できない」

マンションを出る前はテーブルの上で抱こうとしたくせに。
──それでも構わないのに。
そう言いたかったけれど抱かれてふわふわと揺れるのが揺りかごの様に気持ち良くて──ハルに抱かれているのが気持ち良くて──離れたくない。
ベットに降ろされそうになっても必死にしがみつく。

「奥さん──少し離して」

「ハル──本当に──いいの?」

自分の気持ちがわからない。
ハルが好きだけれど海都とのことも完全に消化出来てないかもしれないし、母の問題もある。

「3年間ずっと湖都子の心が欲しくて仕方がなかったんだ。もう離さないし湖都子が逃げたくなってもこれからは──僕と湖都子の子ども達に味方になってもらうよ。その為に僕の味方を作らないとね」

そう言って下腹部を──子宮の辺りを撫でる。
今までの快楽だけのエッチに子作りエッチが付加されてしまった。
成り行きで自然と授かればと思って言った発言だったけれどハルが孕まそうとしているのを感じて下腹部が──なんか変。せつない。
というか、子ども達って何人考えてるの⁈

「ハル……口でするからちょっと落ち着こう?」

「僕がなんで湖都子に口でして貰ってたか知ってるでしょう?そうでもしなきゃ──湖都子の中に僕は入れて貰えなかったからだよ。今は湖都子の子宮に僕のを流し込みたいな」

ハルのエロオヤジトークには額をペチンと叩く。
寝転び此方を見上げるハルの幸せそうな笑顔が愛しい。
 
「本当は当分の間は湖都子を独り占めしたいけれど湖都子は子ども大好きだものね」

うん──好き。
だけど諦めてた。
好きな人の子供だから欲しいの。
弟を好きな私が望んだらいけないことだと思ってた。
ハルに望むのはいけない事だと思ってた。
でもハルとの赤ちゃんを──今は欲しいと言える。
ハルを愛していると自信を持って言える。
きっとこれからもっと──ハルを愛しいと思ってしまう予感がする。

「ハルは私が欲しいものを次々と与えてくれるのね」

だから──好きなの?
分からない。
けれどハルがそんな私にキスをくれるから──

「ハルにキスされると──ハルの気持ちが感染する」

「それなら君の唇を離さないよ。だからもっと感染して?そして僕しか見えなくなればいいのに」

ハルがキスをする。
ハルにキスをする。
増していく愛しさにキスが止まらない。

もう──感染源はどちらかなんて分からなかった。



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