恋と憂鬱 ─囚巡暦─

六菖十菊

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麦秋至 ムギノアキイタル 5/31-6/5

008 麦至秋

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「灰谷。お願いがあるんだけれど……」

「何だ?」

前回の鈴音の発注ミスをもう一度、取引会社に謝りたい。電話での謝罪と灰谷が会社としての対応と謝罪をしてくれているし実際、大した内容のミスではないのだけれど──責任者は鈴音だ。それにあの会社にはトップよりも声の大きなお局様がいる。
お局様は小さなことを突くのが大好きな人なのだ。
会社自体は問題無いのだけれど出来ればもう一押しの謝罪がしたい。
その為には灰谷にも来てもらいたい。

「──あそこの安田さん。男と女だと露骨に対応違うからな」

うっ。灰谷わかっている。

「安田さんは灰谷が来てくれて私を目の前で叱ってくれると気分良く過ごせると思うんだ」

「デキル女とかキライだよなあの人。OK。安田さんがドン引きするくらい罵ってやるよ」

灰谷がそう言ってくれるとありがたい。

「ごめんね。ありがとう」

「今から行くのか?」

「今日から3日間、安田さんお休みみたいだから木曜日にお願いできる?」

「──なぁ、榊課長と仲直りしたの?」 

周りに誰もいないけれど唐突にその名を出さないで欲しい。

「灰谷に関係ないよ」

「お前にプロポーズした男が関係無いなら、どんなヤツが関係あるんだよ」

「──冗談でしょ?」

「本気だと思われてないならもっと露骨にするけど?」

灰谷の瞳がなんだか怖い。

「仲直り──と言うか……ただ、私が欲深いだけだから……私の想いと榊さんの想いの重さが違うだけ」

たださっきの榊さんはいつもと違う雰囲気で怖かった。

「あの人、エゲツないからな……」

「えっ?」

平等に優しいから灰谷にはそう見えるのかもしれないけれどエゲツないは大袈裟な言い方だ。

「俺も欲しいものには欲深いけどな。雨野は課長の愛じゃあ不足な訳?」

不足という言葉が合っているのだろうか?

「──ねぇ……灰谷にとって私はどこまでが〈私〉になるの?」

あっ、灰谷が固まった。
表情から意味不明な事を聞かれたと思っているだろう。

「よく分からないけど──雨野が大事にしているモノまでが雨野だと思う」

「……なにそれ……私がこのボールペン大事なのって言えばこのボールペンも私なの」

「大事なんだろ?それが失くなるとお前が悲しむならお前同様に大事さ。ソレ──就職の記念に父親が買ってくれたって前話してたよな」

「……帰る」

片付け整理を始めるが実際はまだ勤務時間だ。

「お前なぁ、自分の中で折り合い付かなくなったら逃げるのヤメロよ」

「そんなんじゃない。そろそろ出ないと」

本当はもう少し時間があるけれど冷静を装って伝える。

「今、お前のバランスが俺に傾いたんだろ?で──怖くなった?」

──怖い。
目を落とすとデスクの七十二候カレンダーが目に入る。
〈麦秋至〉
撒いて育てた小麦の収穫時期を表す。
今まで灰谷の撒いた種が鈴音の中でどんどん育っている気がする。

「じゃあ木曜日お願いね」

「ああ」

木曜日は──私の誕生日。
 
お願い──信じさせて欲しい。


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