恋と憂鬱 ─囚巡暦─

六菖十菊

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乃東枯 ナツカレクサカルル 6/21-6/26

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「ただいま」

微笑み鈴音を見る顔は愛妻家の夫のようだと思う。

「──おかえりなさい」

鈴音の言葉を聞いて更に深く微笑む。

「会社なんて行きたくない。ずっと鈴音さんと一緒にいたいよ」

鈴音を抱きしめながら甘えてくる。

「──ダメ。2人も休めば仕事が回らなくなる。まして貴嗣がいなければ仕事が進まない」

「鈴音さんは真面目だね」

今まで一番真面目だと思っていた人にその言葉を言われるなんて思いもしなかった。

「君の退職願出しておいたよ」

「それなら──約束通り貴方は仕事をしてね」

「僕はこの部屋でずっと鈴音さんと微睡んでいたいよ?」

「ダメ」

冷たく言い放っても彼の微笑みは消えない。

「──閉じ込めて鎖で繋いでる僕のことが憎い?それとも怖い?」

微笑みながら言ってるのに泣いているように思う。

「怖くも憎くもないわ。ただ──酷く悲しくなる」

「鎖で繋がれている自分が?」

「貴方が悲しいの──どうしてこんなになるまで自分を騙して生きてきたの?私は2年間何も出来なかったのね」

唇を軽く奪われる。

「何も出来ないどころか──寧ろ拷問だったよ。君が欲しいのに、欲しいと言えない。僕をあげたいのに渡せない。この部屋が防音なのも君を縛りつけているこの鎖も最近買った訳じゃないんだよ」

以前から貴嗣は鈴音を閉じ込めようと思っていたの?
違う。
きっとそう想像することで自我を保っていただけだ。
本当に使うつもりなんてなかった筈だ。
それが鈴音の心変わりと、会社を半休を取った日に何かがあった。
そこで貴嗣は壊れた。
いや、──今まで被っていた偽物の自分を脱ぎ捨てただけだ。

時期が重なったことで起きた悲劇だ。
きっと、どちらかズレていればこんな事にはならなかったのかもしれない。

「でも僕ももう仕事に行けないかもしれないな。灰谷君も長谷部さんが僕を疑っているからね。今日は帰りに長谷部さんに詰め寄られ、灰谷君に追いかけられたよ。もう車に乗ってたから逃げてきちゃった」

凌が──鈴音を探している。
長谷部さんにも誕生日プレゼントのお礼を未だに言えてない。
カウンターチェアに座り疲れた風に背伸びをする。

「あの2人が僕の悪事を突き止めれば──僕は捕まり君は晴れて自由の身だね」

「貴嗣──お願いよ。私は貴方に警察に捕まって欲しいなんて思ってない。まだ今なら無かったことに出来る。
こんなこといつかバレる。この鎖を外して」

「僕も何度でも言うよ──鈴音さんがいない未来に価値を見出せない。それなら──死んだほうがマシだ」

──まだ殺すと言われたほうが鈴音もどうにか行動に移すことができた。
けれど彼は私がここから逃げれば、死ぬという。
嘘だと思いたい。
──だけど実際、彼は犯罪を犯し鈴音を監禁している。

「──死ぬなんて口にする人ほど死なないものよ」

辛辣に言って除けてもそうだねと微笑む。
その微笑みが鈴音を不安にさせる。
せめて怒ってくれればと思うけれど、彼が怒ったことを一度も見たことがない。

「私の退職願は受理されたの?」

「されたよ。君が仕事で悩んでいた旨を一筆してくれたからね。以前から精神科へ通っていて相談されていたって付け足したらすぐに許可が出たよ」

会社の体制なんてこんなものだ──
リスクある社員を抱えられる企業なんて一握りだ。
けれど簡単に切り捨てられるのも寂しいと思ってしまう。
──助かったと思おう。
これ以上鈴音が会社を休めば貴嗣の犯罪が明るみに出る。彼と別れようと思った時には配置替えも覚悟していたんだ。今は──仕事よりも大事なことがある。

「仕事辞めて、よかったの?」

「──脅したのは貴方でしょう?」

「そうだね。退職願を書かないと避妊薬をあげないよって──なんだか万能の妙薬みたいだね」

そう笑う貴嗣に苛立つ。
自分で自分が分からなくなる。
この人を助けたい気持ちと、逃げ出したい気持ち。
どちらもあって混乱する。

気が済むまで付き合えば終わるのか──
ここから逃げ出せたら終わるのか──
それとも聖母の様に救いの手を差し伸べられるのか──

出口を見つけられない。
けれど──このまま行けばいずれ貴嗣が犯罪者として捕まる。
それは鈴音にとって吉報なのか悲報なのか──今は……まだ貴嗣を助けたい気持ちが大きい。
脅されたのもあるけれど、助けたいから退職願を書いた。
貴嗣の気が済めば──終わると思っていたけれど──もし、この生活に終わりがないとしたら──不安が込み上げる。
貴嗣を助けたいと思っていても、鈴音がしたことは犯罪を増長させたことと、ただ監禁されているだけで、彼を特別癒した訳でも、心のギズを救済した訳でもない。
自分の不甲斐なさだけが募る。
せめて、完全に堕ちて欲しくない。

「明日も──明後日も──貴方は会社に行くの」

「それならどうしたらいいか……分かるよね?」 

イヤらしい言い方だ。
なんだか腹が立つ。鈴音は貴嗣を助けたいのに、本人はその気が微塵もない。
破滅的な思考しかない。

「──分からないわ。どうしたらいいの?」

わざと冷めた言い方をする。
その鈴音の反抗的な態度を微笑んで見ている。
立ち上がり鈴音の方に来る。

「そうだね……ずっと僕だけの鈴音さんでいて」

怖いと思えない。
悲しい──彼を救えない。
鈴音では貴嗣を変えられない──
それが酷く悲しかった。












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