星影のソードマスター

武蔵野純平

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第2話 月下の剣士

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「いてて……。腰が痛い……」

 横になりながら、俺は一人でボヤく。
 ここは冒険者ギルド裏の訓練場だ。
 もう夜、月明かりだけで薄暗い。

 訓練場は石畳だけのだだっ広い屋外訓練場だ。
 隅っこの屋根のあるスペースに俺は寝っ転がっている。
 ここが今夜の俺の寝床なのだ。

 夜空を見上げると、真っ黒な空に沢山の星が輝いている。
 東京と違って、星が良く見えるな。


 シンシアさんに紹介されたドブさらいをやって来た。
 二十人でノンビリと作業するので何とかこなせたが、久々の肉体労働で腰が痛い。

 冒険者ギルドに戻るとシンシアさんから銀色の金属製カードを渡された。
 これがギルドカードで、俺の冒険者としての活動が記録されるそうだ。

 シンシアさんからの説明によれば――。

 ・このギルドカードが身分証になるので失くさない事。
 ・ギルドカードは魔法で処理をされているので他人のカードは使えない。

 ――と言う事だ。

 魔法処理とか、いかにも異世界で感動した。
 ギルドカードは大事に財布にしまう。

 今日、働いてみて分かったが、この世界は日本とはまったく違う世界だ。
 しいて言えば中世ヨーロッパか?
 文明レベルは日本よりは低そうな感じだが、魔法があるから一概に比較は出来ない。

「しかし腹が減った……」

 ドブさらいの報酬は途中から参加だったせいか、銅貨三枚だった。
 パンを買ったら銅貨は無くなってしまった。
 買ったパンは半分だけ食べ、残りは明日の朝飯だ。

 宿代がないとシンシアさんに相談したら、冒険者ギルド裏の訓練場で寝て良いと言われた。
 訓練場と言っても屋根がない屋外の訓練場だ。
 早く稼ぐ手段を見つけて、ちゃんとした旅館に泊まるとか、部屋を借りるかしたいな。

「何か売れそうな物はないかな……」

 ポケットの中をあさってみるが、何もない。
 家を出る時に持っていた所持品は消えてなくなっていた。
 所持品ゼロだ。

 おまけに服も変わっていた。
 いつものジャージにスニーカーだったのに、ボロイ茶色のシャツにズボンと革のショートブーツ姿だ。

 なぜかは、分からない……。

 ただ、ラーメン屋に行こうとしたら異世界に来てしまった。
 それも体や服装もリニューアル済み。

「何かないかな……。そうだ……ステータスオープン!」

 こう言う異世界に行ってしまうストーリーのアニメを見た事がある。
 ゲームのように自分のステータスを見たり操作したり出来るのだ。
 その真似をしてみたのだが……何も起きなかった。

「異世界なら何かあっても良さそうだが……俺には何もないのか?」

 昼間のドブさらいでわかったが、身体能力はそのままだった。
 俺の体でリニューアルされたのは、外見だけらしい。
 力が強くなるとか、俊敏さが上昇するとかは無かった。

 目にした物の情報が瞬時に分かるとか、人の心が読めるとか、そう言った特殊能力も無いみたいだ。

「魔法もダメだったよな……」

 暗い中一人でぼやく。
 昼間シンシアさんに魔力を計測してもらったが、『無いよりはマシ』レベルの魔力量だと言っていた。

「言葉だけはわかるが……あとは何にもないのか……俺は……」

 あえて口に出して見る。
 厳しい現実……。

 ドブさらいの合間に一緒に働いている人たちとお喋りをして情報を集めた。
 会社員経験を生かして商人になれないかと思ったが、俺はこの世界の文字が分からない。

 それに商人は子供の頃から弟子入りして修業をするらしい。
 見た目十八才の俺では、弟子入りは無理だ。

 どうやらこの冒険者ギルドで仕事を貰って生活していくしかなさそうなのだ。

「とは言えなあ……。ドブさらいばかりじゃなあ……」

 また、一人でボヤく。
 冒険者ギルドにも色々と仕事があるらしく、俺が今日やったのは最低レベルの雑用仕事だ。
 これが魔物退治や護衛の仕事になると、グッと報酬が上がる。

 魔物と言うのは、ゲームに出て来るモンスターのような存在らしい。
 それに盗賊もいる世界なので、商人や駅馬車の護衛のニーズは結構あるそうだ。

 だが、魔物退治や護衛の仕事を請け負うには、まず装備を整えなくちゃならない。
 最低でも剣や革鎧で武装していなくちゃ仕事にならないそうだ。

 剣や革鎧を揃えるには金が必要だ。
 当然俺にはそんな金はない。

 そして魔物退治や護衛の仕事は、一人では請け負えない。
 パーティーと言われる冒険者のグループに入る必要がある。

 ドブさらいから戻ってから、いくつかのパーティーに声を掛けた。
 入れてくれるように頼んだが、ことごとく断られてしまった。

「まあ、未経験、装備ナシじゃな……」

 なんだか今日はボヤいてばかりだ。
 硬い石畳の上で寝返りを打つ。

「あれは何だ?」

 訓練場の隅の方にボンヤリと何かが見える。
 起き上がり近づいてみる。

 木製の剣や槍が木箱に放り込まれていた。
 おそらく訓練で使う物なのだろう。
 色々な種類がある。
 ファンタジー映画に出て来るような巨大な剣や直刀が多い。

 巨大な剣を木箱から引き抜いてみる。
 俺の身長170センチと変わらないデカさだ……こんなの振れるのか?
 試しに構えてみるが重くて剣先が下がってしまう。

「ダメだな……こんなデカイ剣は扱えない……。この剣はどうだ?」

 次に手にしたのは、幅の広い両刃の剣だ。
 いかにも異世界冒険者と言う感じ。

 試しに構えてから真っ直ぐに剣を振り下ろしてみる。
 上から下に、右、左と剣を振り回してみる。
 振れるが……イマイチしっくりこない。

「むむっ……。何か違うな……」

 子供の頃、近所に住む祖父に剣道や剣術を習った事があるからだろう。
 同じ動きをしても、手にする物が違うと違和感がハンパない。

「もっと木刀っぽいのはないかな……おっ! これ良さそうだな!」

 少し反りの入った細身の木剣を見つけた。
 日本の木刀にかなり形が近い。
 この木剣なら扱いやすそうだ。

 木剣を構えてから、振り下ろしてみる。
 上から下、下から上。
 右、左。

「良い感じだな……」

 もう一度木剣を構えてから、振り下ろす。
 祖父に教えて貰った剣術の型を思い出してみる。

「星影流抜刀術……一の型……」

 正座をして礼をする。
 腰に木剣を差し、ええと……ここから……。
 そうだ!
 向か合って座っている相手のこめかみに、抜き打ち……。

 片膝立ちになって、木剣を左から右へ水平に振る。
 切っ先が下がって剣に鋭さがないが……今は型を思い出すのを優先しよう。

「二の型……三の型……」

 所々忘れてしまっているが、祖父に教わった型を一通り出来た!

 ただし、あちこちの筋肉がプルプル言っている。
 はた目から見たら大した事はないだろうが、ドブさらいの後の運動は、なかなかハードだ。

「少しでも……可能性は広げておこう……」

 実戦経験はないが、剣術を知っている、剣術を使える。
 これは冒険者として、ちょっとでもプラスになるかもしれない。

 そう考えて俺は木剣で素振りをし、祖父に教わった星影流抜刀術の型をひたすら反復した。
 月明かりが照らす訓練場に、俺の木剣を振る音だけが響く。

「こうなりゃやってやる!」

 木剣を振るう。
 運動不足の体が悲鳴を上げるが、俺は止めない。

「ここは日本じゃないんだ! やってやるぞ!」

 腕が重くなり、手の指の皮がむける。
 だが、俺は素振りを止めない。

「やってやるぞ! 剣でノシ上がってやる!」
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