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第1話 俺はただ蛾を食べていただけなのに
路地裏の空気は、腐った水とカビの臭いで満ちている。
華やかな大通りから一本入っただけで、世界はドブ川の底のように暗い。
けれど、今日の俺にとってはこの淀みさえも極上のスパイスだった。
「……よし、射程圏内」
俺は息を殺し、指先に神経を集中させる。
視線の先には、魔石を動力にした古びた街灯。そこに群がる羽虫の中に、一匹だけ異質な輝きを放つ個体が混じっている。
魔力を帯びた蛾、ダストモスだ。
人間にとっては害虫だが、俺のような下級魔族にとっては、貴重な栄養源である。
俺の種族――鎌腕族の特徴である、異様に長い指が音もなく伸びた。
関節が一つ多いんじゃないかと錯覚させるような、奇妙な動き。
ヒュッ、と風を切る音すら置き去りにして、俺の指先は正確に蛾の羽を挟み込んだ。
「っしゃあ! 大物!」
バタバタと暴れる蛾を両手で包み込む。羽の粉が指に付く感触。
俺は誰に見られることもなく、大きく口を開けた。
人間よりも鋭く尖った犬歯を、蛾の胴体に突き立てる。
――じゅるり。
喉の奥に、微量だが純度の高い精気が流れ込んでくる。
甘い。買い出しで歩き回って空っぽになった胃の腑に、熱が染み渡るようだ。
「ふう……。ま、今日のデザートはこんなもんか」
干からびた残骸をポイと捨て、俺は手の甲で口元をぬぐった。
足元には、先ほど市場の安売りで買い叩いた日用品入りの麻袋が置いてある。
わざわざ人里離れた自宅から、人間の街まで下りてきたかいがあったというものだ。
さきほどの市場でのやり取りを思い出す。
俺が商品を手に取った瞬間、店主の親父は悲鳴を上げて、釣り銭を放り投げるように渡してきた。
『頼むから早く行ってくれ』という無言の圧力。
まあ、いつものことだ。
商店の暗い窓ガラスに、俺の姿がぼんやりと映る。
身長ニメートル近い、痩せぎすの男。
肩幅はあるのに腰はやたらと細く、手足の節々が不気味に長い。
加えて、生まれつきの三白眼だ。
俺は、巨大な昆虫そのものの鎌腕族から生まれた、突然変異種だ。
魔法で化けているわけじゃない。生まれつきこの「人型」なのだ。
おかげで同族からは「奇形」と気味悪がられ、人間からは恐れられる。
路地裏に立っているだけで通報レベルの不審者扱いだ。
「……さっさと帰って寝るか」
ため息をつき、麻袋を抱え直して歩き出した、その時だった。
キィンッ!
耳をつんざく高音が響いたかと思うと、視界が白く塗りつぶされた。
「な、んだ!?」
足元から幾何学模様の魔法陣が展開される。
光の鎖が蛇のように伸び上がり、俺の手足を瞬時に締め上げた。
「ぐあっ……!?」
抵抗する間もない。
内臓が押し出されるような凄まじい圧力に、膝から崩れ落ちる。
受け身も取れず、湿った石畳に顔面を強打した。
泥水が口に入る。
「捕獲完了。抵抗値、想定の範囲内です」
頭上から降ってきたのは、絶対零度の冷徹な声だった。
ズキズキと痛む頬を押さえながら、なんとか顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の男だ。
夜闇そのものを仕立てたような高級なローブ。皺ひとつないスーツ。
月光を反射する銀縁眼鏡の奥には、感情を切り離したアイスブルーの瞳が光っている。
人間だ。それも、俺たちのような有象無象をゴミ屑同然に見下ろす、魔術師。
男は懐から、懐中時計のような形状の魔道具を取り出し、チロリと文字盤を確認した。
針はレッドゾーンを振り切り、けたたましく明滅している。
「このエリアで観測された、高濃度の『精気摂取反応』……。発生源はあなたの胃袋のようですね」
男はパチンと蓋を閉じ、革手袋をはめた手で眼鏡の位置を直しながら、無表情に俺を見下ろした。
まるで、靴底についた泥を見るような目だ。
「現行犯で確保しましたよ。――凶悪な淫魔め」
は?
俺は目を瞬かせた。
いま、こいつ何て言った?
(精気摂取反応って……さっき食った蛾のことか!?)
タイミングが悪すぎる。
確かに精気は吸ったが、それは害虫の微々たるカスみたいな魔力だ。
だが、この高性能そうな魔道具は、それを「捕食行動」として拾ってしまったらしい。
「ちょ、ちょっと待て!」
光の鎖にきりきりと食い込まれながら、俺は叫んだ。
「人違いだ! 俺はただの鎌腕族だぞ!? 見て分かんねぇのかこの顔! どこが淫魔だ!」
淫魔といえば、あの色気ムンムンのサキュバスやインキュバスのことだろう。
対して俺を見ろ。
猫背で、目つきが悪くて、不気味な関節をした昆虫男だぞ。
だが、男は聞く耳を持たなかった。
コツ、コツ、と革靴の音を響かせて俺に歩み寄ると、侮蔑と……奇妙な「探求心」の混じった視線で俺を見下ろす。
「往生際が悪いですね。あなたの放つフェロモンが証拠です」
「フェロモン!? 蛾の粉っぽさの間違いだろ!」
「ほう……あくまでシラを切りますか。いいでしょう」
男の指先が、俺の顎をくい、と持ち上げた。
革手袋の冷たい感触。
至近距離で見る男の顔は、腹が立つほど整っていた。
いわゆる「氷の貴公子」というやつだ。
けれど、その瞳の奥には、何か決定的に話の通じない狂気が渦巻いている。
「尋問室で、その化けの皮を剥がして差し上げます」
◆
「――それで? まだ認めないおつもりですか?」
場所は変わって、治安維持局の対魔尋問室。
窓のない石壁に囲まれ、空気循環の魔道具が低い唸りを立てている。
乾燥しきった空気が、湿気を好む俺の肌をチリチリと刺す。
頑丈な金属椅子に縛り付けられ、手首は魔封じの手錠で固定されていた。
「だーかーら! 俺はキールだ! 善良な一般市民! 吸ってたのは人間じゃなくて蛾だって!」
ガチャガチャと手錠を鳴らすが、メディオルは無表情のまま近づく。
「ていうか、あんた何なんだよ! いきなり捕まえて、何様の――」
ダンッ!!
言葉の途中で、重厚な金属プレートが机に叩きつけられる。
王家の紋章と魔術師ランクが刻まれた身分証だ。
「……っ」
「失礼。名乗っていませんでしたか」
男――メディオルは、冷ややかな手つきで眼鏡を押し上げ、氷のような声で告げる。
「治安維持局特別顧問、特級魔術師メディオル。……これで満足ですか?」
特級……?
この国に数人しかいない、国家戦力レベルの化け物じゃないか。俺みたいな下級の羽虫が逆らえる相手じゃない。
一気に血の気が引く。
「黙りましたね。では、続きを」
メディオルは身分証を懐にしまうと、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
その視線が、俺の全身をねっとりと舐め回す。
まるで解剖台の標本を値踏みするような、冷たく貪欲な目だ。
「口ではなんとでも言えます。ですが、肉体は嘘をつかない」
指先が、安物のシャツの第二ボタンにかかる。
「ちょ、何する気だ!」
「触診です。衣服の上からでは、微細な魔力の揺らぎを見落とす可能性がある」
プチッ。
乾いた音とともにボタンが弾け飛び、シャツが左右に開かれる。
市場の投げ売り品が、無残に剥ぎ取られた。
「うわっ、やめろ! 寒ッ!」
上半身裸にされ、冷気が汗ばんだ肌に突き刺さる。
身を縮めると、背骨と肩甲骨がゴツゴツ浮き上がる。
普通の人間なら「ガリガリで気持ち悪い」「昆虫みたいだ」と顔をしかめる場面だ。
だが、メディオルの反応は――正反対だった。
「……ほう」
彼の喉がゴクリと鳴る音が、静寂に響く。
眼鏡の奥の瞳孔が、すぅっと開く。
「なんて……」
革手袋を外した指が、俺の鎖骨をなぞる。
不気味なほど熱を帯びた指先が、くぼみをねっとりと押し込んだ。
「ひっ……!」
「素晴らしい。この鎖骨の鋭利なライン。まるで刃物のようだ」
痛くはない。だが、事務的な確認作業にしては、あまりにも手つきが粘っこい。
まるで骨董品の真贋を確かめるような手つきで、指先が這う。
「一般的な淫魔は柔らかな肉と甘い香りで人間を油断させる。……ですが、あなたは違う」
メディオルが一歩、さらに距離を詰めてきた。
革靴が、俺の足の間に割り込む。
太腿が押し広げられ、逃げ場が完全に消える。
「贅肉を極限まで削ぎ落とし、骨格という『機能美』を晒したこのフォルム……『隅々まで味わい尽くしてくれ』という誘惑なのでしょう?」
「は? 何言って……」
「とぼけないでください」
メディオルの手が、下へと滑る。
胸板の薄い皮膚を撫で、浮き出た肋骨の一本ずつ数えるように這う。
「ちょ……、くすぐったいって!」
「この肋骨の浮き方……皮膚一枚の下に硬質な外骨格の気配を感じる。無防備で……中身を暴きたくなる造形だ」
耳元に熱い吐息。
ハァ、ハァと荒くなった息遣い。
アイスブルーの瞳が、熱っぽく濁り始めている。
冷徹だった「尋問官」の仮面が、剥がれ落ちようとしていた。
「人間とは異なる、わずかにズレた関節……ゾクゾクします。あえて『鎌』の気配を残したこの造形……私を誘うための計算された擬態ですか?」
「いや、計算も何も、これは種族的な特徴で……」
「あくまでシラを切りますか。……いいでしょう」
パチン。
メディオルが軽く指を鳴らした。
ガシャン!
金属音が響き、俺の手首を拘束していた鎖が、天井に向かって巻き上げられた。
「うわっ!?」
腕を引かれ、俺は強制的に椅子から立たされる。
つま先立ちになるギリギリの高さで鎖が止まった。
完全に無防備な立ち姿だ。
その隙に、メディオルが俺の背後に回り込んだ。
視界から姿が消えた恐怖に、俺の体が強張る。
直後、背中に男の体温が覆いかぶさってきた。
「ならば、私が直接確かめてあげます。この完璧な外殻の、どこに継ぎ目があるのかをね」
華やかな大通りから一本入っただけで、世界はドブ川の底のように暗い。
けれど、今日の俺にとってはこの淀みさえも極上のスパイスだった。
「……よし、射程圏内」
俺は息を殺し、指先に神経を集中させる。
視線の先には、魔石を動力にした古びた街灯。そこに群がる羽虫の中に、一匹だけ異質な輝きを放つ個体が混じっている。
魔力を帯びた蛾、ダストモスだ。
人間にとっては害虫だが、俺のような下級魔族にとっては、貴重な栄養源である。
俺の種族――鎌腕族の特徴である、異様に長い指が音もなく伸びた。
関節が一つ多いんじゃないかと錯覚させるような、奇妙な動き。
ヒュッ、と風を切る音すら置き去りにして、俺の指先は正確に蛾の羽を挟み込んだ。
「っしゃあ! 大物!」
バタバタと暴れる蛾を両手で包み込む。羽の粉が指に付く感触。
俺は誰に見られることもなく、大きく口を開けた。
人間よりも鋭く尖った犬歯を、蛾の胴体に突き立てる。
――じゅるり。
喉の奥に、微量だが純度の高い精気が流れ込んでくる。
甘い。買い出しで歩き回って空っぽになった胃の腑に、熱が染み渡るようだ。
「ふう……。ま、今日のデザートはこんなもんか」
干からびた残骸をポイと捨て、俺は手の甲で口元をぬぐった。
足元には、先ほど市場の安売りで買い叩いた日用品入りの麻袋が置いてある。
わざわざ人里離れた自宅から、人間の街まで下りてきたかいがあったというものだ。
さきほどの市場でのやり取りを思い出す。
俺が商品を手に取った瞬間、店主の親父は悲鳴を上げて、釣り銭を放り投げるように渡してきた。
『頼むから早く行ってくれ』という無言の圧力。
まあ、いつものことだ。
商店の暗い窓ガラスに、俺の姿がぼんやりと映る。
身長ニメートル近い、痩せぎすの男。
肩幅はあるのに腰はやたらと細く、手足の節々が不気味に長い。
加えて、生まれつきの三白眼だ。
俺は、巨大な昆虫そのものの鎌腕族から生まれた、突然変異種だ。
魔法で化けているわけじゃない。生まれつきこの「人型」なのだ。
おかげで同族からは「奇形」と気味悪がられ、人間からは恐れられる。
路地裏に立っているだけで通報レベルの不審者扱いだ。
「……さっさと帰って寝るか」
ため息をつき、麻袋を抱え直して歩き出した、その時だった。
キィンッ!
耳をつんざく高音が響いたかと思うと、視界が白く塗りつぶされた。
「な、んだ!?」
足元から幾何学模様の魔法陣が展開される。
光の鎖が蛇のように伸び上がり、俺の手足を瞬時に締め上げた。
「ぐあっ……!?」
抵抗する間もない。
内臓が押し出されるような凄まじい圧力に、膝から崩れ落ちる。
受け身も取れず、湿った石畳に顔面を強打した。
泥水が口に入る。
「捕獲完了。抵抗値、想定の範囲内です」
頭上から降ってきたのは、絶対零度の冷徹な声だった。
ズキズキと痛む頬を押さえながら、なんとか顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の男だ。
夜闇そのものを仕立てたような高級なローブ。皺ひとつないスーツ。
月光を反射する銀縁眼鏡の奥には、感情を切り離したアイスブルーの瞳が光っている。
人間だ。それも、俺たちのような有象無象をゴミ屑同然に見下ろす、魔術師。
男は懐から、懐中時計のような形状の魔道具を取り出し、チロリと文字盤を確認した。
針はレッドゾーンを振り切り、けたたましく明滅している。
「このエリアで観測された、高濃度の『精気摂取反応』……。発生源はあなたの胃袋のようですね」
男はパチンと蓋を閉じ、革手袋をはめた手で眼鏡の位置を直しながら、無表情に俺を見下ろした。
まるで、靴底についた泥を見るような目だ。
「現行犯で確保しましたよ。――凶悪な淫魔め」
は?
俺は目を瞬かせた。
いま、こいつ何て言った?
(精気摂取反応って……さっき食った蛾のことか!?)
タイミングが悪すぎる。
確かに精気は吸ったが、それは害虫の微々たるカスみたいな魔力だ。
だが、この高性能そうな魔道具は、それを「捕食行動」として拾ってしまったらしい。
「ちょ、ちょっと待て!」
光の鎖にきりきりと食い込まれながら、俺は叫んだ。
「人違いだ! 俺はただの鎌腕族だぞ!? 見て分かんねぇのかこの顔! どこが淫魔だ!」
淫魔といえば、あの色気ムンムンのサキュバスやインキュバスのことだろう。
対して俺を見ろ。
猫背で、目つきが悪くて、不気味な関節をした昆虫男だぞ。
だが、男は聞く耳を持たなかった。
コツ、コツ、と革靴の音を響かせて俺に歩み寄ると、侮蔑と……奇妙な「探求心」の混じった視線で俺を見下ろす。
「往生際が悪いですね。あなたの放つフェロモンが証拠です」
「フェロモン!? 蛾の粉っぽさの間違いだろ!」
「ほう……あくまでシラを切りますか。いいでしょう」
男の指先が、俺の顎をくい、と持ち上げた。
革手袋の冷たい感触。
至近距離で見る男の顔は、腹が立つほど整っていた。
いわゆる「氷の貴公子」というやつだ。
けれど、その瞳の奥には、何か決定的に話の通じない狂気が渦巻いている。
「尋問室で、その化けの皮を剥がして差し上げます」
◆
「――それで? まだ認めないおつもりですか?」
場所は変わって、治安維持局の対魔尋問室。
窓のない石壁に囲まれ、空気循環の魔道具が低い唸りを立てている。
乾燥しきった空気が、湿気を好む俺の肌をチリチリと刺す。
頑丈な金属椅子に縛り付けられ、手首は魔封じの手錠で固定されていた。
「だーかーら! 俺はキールだ! 善良な一般市民! 吸ってたのは人間じゃなくて蛾だって!」
ガチャガチャと手錠を鳴らすが、メディオルは無表情のまま近づく。
「ていうか、あんた何なんだよ! いきなり捕まえて、何様の――」
ダンッ!!
言葉の途中で、重厚な金属プレートが机に叩きつけられる。
王家の紋章と魔術師ランクが刻まれた身分証だ。
「……っ」
「失礼。名乗っていませんでしたか」
男――メディオルは、冷ややかな手つきで眼鏡を押し上げ、氷のような声で告げる。
「治安維持局特別顧問、特級魔術師メディオル。……これで満足ですか?」
特級……?
この国に数人しかいない、国家戦力レベルの化け物じゃないか。俺みたいな下級の羽虫が逆らえる相手じゃない。
一気に血の気が引く。
「黙りましたね。では、続きを」
メディオルは身分証を懐にしまうと、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
その視線が、俺の全身をねっとりと舐め回す。
まるで解剖台の標本を値踏みするような、冷たく貪欲な目だ。
「口ではなんとでも言えます。ですが、肉体は嘘をつかない」
指先が、安物のシャツの第二ボタンにかかる。
「ちょ、何する気だ!」
「触診です。衣服の上からでは、微細な魔力の揺らぎを見落とす可能性がある」
プチッ。
乾いた音とともにボタンが弾け飛び、シャツが左右に開かれる。
市場の投げ売り品が、無残に剥ぎ取られた。
「うわっ、やめろ! 寒ッ!」
上半身裸にされ、冷気が汗ばんだ肌に突き刺さる。
身を縮めると、背骨と肩甲骨がゴツゴツ浮き上がる。
普通の人間なら「ガリガリで気持ち悪い」「昆虫みたいだ」と顔をしかめる場面だ。
だが、メディオルの反応は――正反対だった。
「……ほう」
彼の喉がゴクリと鳴る音が、静寂に響く。
眼鏡の奥の瞳孔が、すぅっと開く。
「なんて……」
革手袋を外した指が、俺の鎖骨をなぞる。
不気味なほど熱を帯びた指先が、くぼみをねっとりと押し込んだ。
「ひっ……!」
「素晴らしい。この鎖骨の鋭利なライン。まるで刃物のようだ」
痛くはない。だが、事務的な確認作業にしては、あまりにも手つきが粘っこい。
まるで骨董品の真贋を確かめるような手つきで、指先が這う。
「一般的な淫魔は柔らかな肉と甘い香りで人間を油断させる。……ですが、あなたは違う」
メディオルが一歩、さらに距離を詰めてきた。
革靴が、俺の足の間に割り込む。
太腿が押し広げられ、逃げ場が完全に消える。
「贅肉を極限まで削ぎ落とし、骨格という『機能美』を晒したこのフォルム……『隅々まで味わい尽くしてくれ』という誘惑なのでしょう?」
「は? 何言って……」
「とぼけないでください」
メディオルの手が、下へと滑る。
胸板の薄い皮膚を撫で、浮き出た肋骨の一本ずつ数えるように這う。
「ちょ……、くすぐったいって!」
「この肋骨の浮き方……皮膚一枚の下に硬質な外骨格の気配を感じる。無防備で……中身を暴きたくなる造形だ」
耳元に熱い吐息。
ハァ、ハァと荒くなった息遣い。
アイスブルーの瞳が、熱っぽく濁り始めている。
冷徹だった「尋問官」の仮面が、剥がれ落ちようとしていた。
「人間とは異なる、わずかにズレた関節……ゾクゾクします。あえて『鎌』の気配を残したこの造形……私を誘うための計算された擬態ですか?」
「いや、計算も何も、これは種族的な特徴で……」
「あくまでシラを切りますか。……いいでしょう」
パチン。
メディオルが軽く指を鳴らした。
ガシャン!
金属音が響き、俺の手首を拘束していた鎖が、天井に向かって巻き上げられた。
「うわっ!?」
腕を引かれ、俺は強制的に椅子から立たされる。
つま先立ちになるギリギリの高さで鎖が止まった。
完全に無防備な立ち姿だ。
その隙に、メディオルが俺の背後に回り込んだ。
視界から姿が消えた恐怖に、俺の体が強張る。
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