だから淫魔じゃないって!

ダンディ須賀尾

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第2話 「これが素だ」と認めたら貞操の危機でした

「……ほう」

 メディオルの大きな掌が、俺の背中に触れた。
 ゴツゴツとした肩甲骨の隆起を、確かめるように指が這う。

「前から見てもそうでしたが、背中も素晴らしい。僧帽筋そうぼうきんから広背筋こうはいきんにかけての筋肉が驚くほど発達している」

 指先が筋肉の溝をなぞり、手のひら全体で背中の広さを味わうように撫で回す。

「硬く、充実した肉の厚みだ。それでいて、無駄な脂肪は一切ない」
「くっ……触んな!」

 ゾワリとした悪寒に、俺は身をよじった。
 だが、吊り上げられた腕のせいでバランスが取れず、逃げられない。

 その抵抗を待っていたかのように、メディオルが背後から覆いかぶさってきた。
 彼の胸板が俺の背中に隙間なく密着し、心臓の鼓動がドクドクと伝わってくる。

「暴れないで。……もっとよく確かめさせてください」

 メディオルの腕が、俺の脇の下を通って前へと回された。
 背後から抱きすくめられる形だ。
 大きな手が、俺の胸板を鷲掴みにする。

「ああ……。背中から胸にかけての、この厚み。なんて強靭な骨格だ」

 メディオルの指が、大胸筋の弾力を楽しむように深く食い込んだ。
 俺の体温と骨格の厚みを全身で味わうように、彼の手は執拗に胸をまさぐり続ける。

 そして――広い背中から下へと滑り落ちた手が、腰のくびれに差し掛かった瞬間、ピタリと止まった。

「……なんだ、これは」

 メディオルの声色が、驚愕に震えた。

「肩周りにはこれほどの筋肉量があるというのに……腰が、異様に細い」

 彼の両手が、俺の脇腹を挟み込むようにして、腰のラインを何度も、何度も往復し始めた。
 広い背中から急激に絞り込まれたウエストライン。
 鎌腕族特有の、腹部が長く伸びた体型だ。

「あり得ない……。どんな擬態術を使えば、このようなアンバランスな造形を維持できるのです?」

 シュッ、シュッ。
 布越しではなく、素肌に直接触れる指が、俺のくびれを執拗しつようになぞる。
 骨盤の出っ張りを親指でグリグリと押され、背筋に電流のような痺れが走った。

「ひギッ……!? や、やめろぉおおッ!!」

 俺は陸に揚げられた魚のように、激しく体を跳ねさせた。
 ただくすぐったいだけじゃない。
 俺たちの種族は、人間のような中枢集中型の神経ではない。腹部に太い神経索しんけいさくが通っており、そこを刺激されると、脳で処理する前に全身の筋肉が勝手に収縮してしまうのだ。

「……素晴らしい反応だ」
「ちが、う……! そこは、勝手に……ッ!!」

 俺の意思とは無関係に、腹筋が痙攣し、脚が空を蹴る。
 まるで全身のスイッチを直接連打されているような、逃れようのない感覚。
 俺は空中で足をバタつかせ、必死に身をよじった。
 だが、吊るされた腕と、腰を固定するメディオルの腕がそれを許さない。
 逃げようとすればするほど、敏感な腹部が彼の手のひらに擦り付けられる。

肋骨ろっこつの下から骨盤までの距離が、人間より拳二つ分は長い。そのせいで、上半身の重厚さが際立ち、腰の頼りなさが煽情せんじょう的に強調されている」

 メディオルは俺が暴れる振動すら楽しむように、ブツブツと独り言を漏らしながら、俺の腰を両手でガシリと掴んだ。
 完全にロックされる。
 彼の大きな手なら、力を入れればこのまま俺の腰をへし折れるだろう。

「……おかしいですね」

 メディオルの指の爪が、俺の脇腹の皮膚をカリカリと引っ掻いた。

「あ゛っ、ひグッ……!!」

 過敏な皮膚を爪で刺激され、俺の背中が弓なりに反った。
 白目を剥きそうなほどの刺激に、足の指がギュッと丸まる。

「魔法で継ぎ足しているなら、魔力の継ぎ目シームがあるはずだ。なのに、どこにもない。……皮膚の質感、体温の伝導率、すべてが連続している」
「痛い、爪立てんな……! 死ぬ、死ぬって……!」
「失礼。下も確認させていただきます」

 メディオルの手が、腰からスルリと下へ滑り落ちた。
 臀部の丸みを鷲掴みにされ、揉みしだかれる。

「ひゃうっ!?」
「ほう……。薄い。脂肪が極端に少ない」

 感嘆の混じった吐息が、うなじにかかる。

「人間なら座る時に痛むほどの薄さだ。だが、その下にある筋肉の反発力が凄い。バネのようにしなやかで、硬い」

 手は止まらず、そのまま太腿の裏側へと這っていく。
 俺の種族特有の、細く、長く伸びた大腿部だ。

「この太腿の長さ……。人間とは比率がまるで違う。膝の位置がこんなにも低い」

 メディオルの指が、膝裏のくぼみを丹念たんねんに弄った。
 そこは俺たちにとって、脚の動きを制御する神経節が集まる急所だ。

「あ゛っ、ひグッ……!!」

 グリグリと腱を押された瞬間、俺の膝がガクンと折れ、反射的に跳ね上がった。
 まるで電気ショックを受けたかのような痙攣。

 キィン!

 鋭い風切り音と共に、俺の足がメディオルの側頭部を目掛けて振り抜かれる。
 ――しまった。
 急所を刺激された防衛本能で、無意識に「蹴り」が出てしまったのだ。

 だが、メディオルはそれを避けるどころか、飛んできた俺の足首を空中でパシリと掴み取った。

「や、そこは……っ! 離せ!」
「おや。これほど無防備な体勢から、私を殺す気で蹴り上げてくるとは……。なんて気性の荒い、魅力的な脚でしょう」

 殺意のこもった一撃さえも、彼にとっては「ご褒美」らしい。
 彼は掴んだ足首を引き寄せ、内腿へ――より際どい場所へと侵入してきた。

「静かに。……ああ、なんて美しい構造だ」

 ビクンッ、ビクンッ!
 俺の足が勝手に痙攣し、空を蹴る。
 脚部全体に張り巡らされた神経が悲鳴を上げている。内腿への愛撫は、今の俺にとって拷問に近い刺激だ。

「細いのに、決して折れない強靭さを感じる。指先一つでこれほど愛らしく震えるとは……。この脚は、獲物を逃がさないための『捕食者』の脚ですか。……戦慄せんりつしますね。この華奢な足首が、私の腰に絡みつく光景を想像するだけで」

「なっ、何言って……!」
くるぶしの骨の出っ張り具合、アキレス腱の浮き方……すべてが芸術的だ。いっそこのままホルマリン漬けにして、寝室に飾りたいくらいですが……今は、生きたままの質感を確かめたい」

 スーーッ、と。
 メディオルが俺の首筋に鼻先を擦り付け、深く匂いを吸い込んだ。

「……ん?」

 予想外だったのか、彼の動きが一瞬止まる。
 俺は人里離れた森の奥で、ひっそりと暮らしている。
 主食も昆虫や植物の精気だ。
 淫魔なら人間の精気を吸って甘ったるい体臭を発するはずだが、俺からするのは森の土や、草のような匂いだけのはずだ。

「甘くない……。まるで深い森の奥、静謐な夜気のような香りだ」

 メディオルは再び、今度はより深く、陶酔するように俺の匂いを吸い込んだ。

「ハァ……。一般的な淫魔のフェロモンとは一線を画す、無機質で清潔な香り。……これも計算なのですか? 私の嗅覚すら欺くとは」
「だから、計算じゃなくて……!」
「継ぎ目も見つからない。匂いも完璧すぎる。……中身はどうなっているのです?」

 彼の手が再び腰に戻り、今度は下腹部あたりを弄るように押した。

「内臓の位置は? これほど細い腹部にどう収めている? まさか、空間魔法で容積を誤魔化しているのですか?」
「してねぇよ! 俺は生まれつき胴が長いんだよ!」

 俺が必死に反論すると、メディオルの手がピタリと止まった。
 背後から、スゥ……と息を吸い込む音がする。

「……生まれつき?」

 メディオルが、俺の耳元に唇を寄せた。
 まるで恋人に愛を囁くような、甘く、けれど毒を含んだ声で彼は言った。

「嘘をおっしゃい。……もし、この奇跡的な造形が『作り物』ではなく『天然』だとしたら」

 背筋に、冷たいものが走る。
 メディオルの腕に力がこもり、俺の腰を引き寄せ、彼の硬い下腹部に密着させた。

「私はあなたを騎士になど突き出しませんよ。今すぐ私の屋敷に連れ帰り、地下室に閉じ込めて――一生、私の『恋人』として飼い殺しますから」
「……は?」

 思考が停止した。
 え、いま何て言った?
 恋人? 飼い殺す?

 密着した背中越しに伝わる、熱と、明らかな固形物の感触。
 ゴリッ、と腰骨に何かが当たった。

(……え?)

 俺の脳内で、警報がけたたましく鳴り響いた。

 待て。待て待て待て。
 こいつ、ただのマッドサイエンティストじゃないのか?
「骨格が好き」とか「標本にしたい」とか、そういうアカデミックな変態だと思っていた。

 だが、「恋人」?
 それに、この腰に押し付けられている硬いモノは、まさか。

(う、嘘だろ……?)

 俺は恐る恐る、背後の気配をうかがった。
 耳元にかかる吐息は荒く、俺の腰をまさぐる手つきは、尋問というより完全に愛撫だ。

(こいつ、俺を『そういう目』で見てるのか!?)

 食われる。
 物理的な意味じゃなく、性的な意味で。

 俺みたいなガラが悪くて、デカいカマキリ男を相手に、欲情しているというのか。
 どんな悪食あくじきだよ! 人型でも半分虫だぞ!

「毎日この骨格を眺め、この細い腰が折れる寸前まで愛で抜き、二度と外の世界に出しません。……そうされても構わないと言うなら、『これが素顔だ』と認めなさい」

 メディオルは楽しそうにクスクスと笑った。
 彼は確信しているのだ。
 俺が「尋問を逃れるために嘘をついている」と。

 だが。

(……これ、詰んでないか?)

 俺の額から、嫌な汗がドッと噴き出した。

 俺は変身なんかしていない。これが正真正銘の素顔だ。
 つまり、俺が「無実」を証明するために「これが素顔だ」と主張することは――。
 即ち、『変態魔術師の監禁・濃厚セックスライフ』への同意を意味するのでは?

(い、言えねぇ……!)

「これが素顔だ」という言葉が、喉元まで出かかって引っ込んだ。
 言えない。言えば貞操が終わる。
 かといって黙っていれば、この拷問に近いセクハラが続く。

「ほら、どうしました? 沈黙は肯定と取りますよ?」

 メディオルの指が、スルスルとズボンの背中側、際どいラインへと侵入してくる。
 薄い筋肉に覆われた臀部の割れ目を、なぞるように押された。

「グッ……!? あ、あ゛あッ!!」

 指先が触れた瞬間、俺の体は雷に打たれたように硬直した。
 そこは全身の神経が集約する、俺たちにとっての急所だ。
 思考するよりも早く、背骨に沿って走る太い神経束が弾かれ、手足の先までバチバチと強制的な信号が駆け巡る。

「おや……?」

 あまりの反応の激しさに、メディオルが驚いたように目を丸くした。

「すごい痙攣だ。まるで壊れた人形のようだ……。淫魔の演技にしては、あまりにも生々しい」

 本能的な拒絶で体が跳ねるが、吊るされた状態では逃げ場がない。
 むしろ、痙攣で腰が浮くたびに、指を招き入れるように押し付けられてしまう。

「さあ、早く楽になりなさい。醜い正体を晒せば、私も興味を失って解放してあげますから」

 違う!
 俺の正体は、あんたにとって「醜い」どころか「特大のご褒美」なんだよ!
 正解したら即アウトって、どんなクソゲーだ!

「ち、ちが……俺は……っ」

 俺が必死に身をよじると、背後のメディオルが、苦しげな、それでいてどこか陶酔とうすいしたようなため息を漏らした。

「はぁ……ッ。恐ろしい……」
「え?」
「これが……噂に聞く、上位淫魔の魅了チャームですか」

 メディオルは俺の首筋に顔を埋め、深く匂いを吸い込んだ。
 眼鏡のレンズが、俺の汗ばんだ肌に触れて曇る。

「私の理性が崩れそうです。……異常だ。普段の私なら、こんな見え透いたハニートラップになどかかるはずもないのに」

 彼の剛直ごうちょくな欲望が、俺の臀部でんぶにゴリと押し付けられ――そのまま、ゆっくりとグラインドするように腰を回される。 
 硬い熱が、下着越しに俺の割れ目をなぞるように擦りつけられ、熱がじわじわと広がる。 

「ひいいッ!?」
「体中が熱い。思考が溶かされるようだ。……精気を吸い尽くされて干からびても構いません。今すぐあなたを貫いてしまいたい……ッ」

 メディオルは震える声で、さも「強力な精神攻撃に耐えている」かのように語った。

「なんという……なんという恐ろしい魔性の力だ……!」

(ち、ちがう……!!)

 俺は絶望で白目を剥きそうになった。

 魔性の力? 魅了?
 使ってない。そんな高等スキル、俺は持っていない。
 今の俺は、ただ怯えて脂汗をかいているだけの、一般カマキリ男だ。

 つまり。

 魔法のせいでも、フェロモンのせいでもない。
 こいつは、シラフで、俺みたいなカマキリ男に発情しているということだ。

(こ、こいつ……)

 俺の背筋を、本物の恐怖が駆け抜けた。
 魔法で操られているならまだ救いがある。術を解けば正気に戻るからだ。
 だが、これは違う。
 こいつ自身の、深淵なるド変態性癖から湧き上がってくる、純度100%の天然の欲求だ。

(助からない……っ! 呪いなんかよりよっぽどタチが悪い……!)

「くっ……このままでは、私が私でなくなってしまう……」

 メディオルの吐息が、うなじに直接吹きかけられる。
 火傷しそうなほどの熱量だ。
 彼の体は、俺の背中に隙間なく貼り付き、欲望を遠慮なく押し付けてくる――上下にスライドさせるように、執拗に擦りつけながら。  
 熱い摩擦が臀部の割れ目をなぞり、俺の神経を直接刺激するたび、体がビクッと跳ねてしまう。

「わかりました。……負けを認めましょう」
「は? 負け?」
「あなたがそこまでして欲しがるのなら……くれてやりますよ」

 メディオルが、俺の耳たぶを甘噛みしながら囁いた。
 その間も、腰を前後に押し込む動きを止めない。

「特級魔術師である私の『精気』は、そこらの人間とは純度が違う。さぞや極上の味がするでしょうね」
「い、いらねぇ! 頼んでねぇよ!」
「遠慮しなくていい。その代わり――」

 グイッ。
 メディオルの両手が、俺の腰をガシリと掴み、固定する。  
 さらに、腰を強く引き寄せ、完全に硬くなったモノを俺の中に深く押し込むような動きを繰り返す。 

「ひギッ!?」
「対価として、私も喰わせてもらいますよ(性的な意味で)。……あなたのその、ぞっとするほど美しい肢体をね」
「と、等価交換になってねぇええ!」

 俺の絶叫は、メディオルの低い声にかき消された。

「あなたは私の精気を啜り、私はあなたの骨格を愛でながら、その奥を突き上げる……。ああ、なんて魅力的な契約だ」

 メディオルは一人で勝手に納得し、恍惚こうこつとしている。
 俺の腰骨を掴む指の力強さは、もはや逃走を許さない拘束具そのものだ。

「さあ、覚悟を決めなさい。私がたっぷり精気を注ぎ込んで差し上げますから……あなたも、私を受け入れて内側から溶けなさい」
「やっ、やめ……っ!」

 駄目だ。
 会話が通じないどころか、俺の拒絶さえも「プレイの一環」として処理されている。

(こ、こいつ……マジだ!)

 魔法的な強制力も、催眠も関係ない。
 ただ純粋に、自分の性欲と俺への歪んだ執着だけで、こいつは俺を犯そうとしている。
 しかも「お前も精気欲しいんだろ?」という、最悪の勘違いによる同意の上で!

「待っ、待って! 本当に違うんだ! 俺はただの……っ!」

 ズボンの紐が解かれ、ボタンが弾け飛ぶ音が、死刑宣告のように響いた。
 ずり落ちた布地の隙間から、冷房の効いた室内に俺の生白い尻肉が晒される。

 背後で衣擦れの音がした。
 メディオルが自らの前を寛げている音だ。

「観念しなさい。……いただきます」

 直後、下着越しではない、むき出しの熱と硬度が俺の後ろに押し当てられた。
 ぬらりと湿った先端が、無防備な割れ目を探るように這い、今にもその奥へ滑り込もうとしている。

「助けてええええ!!」

 俺が白目を剥いて絶叫した、その時だった。
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