だから淫魔じゃないって!

ダンディ須賀尾

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おまけ 奇跡という名の特大燃料

 キールが悲鳴と共に走り去った後の、静まり返った尋問室。
 そこには、まだ熱の冷めやらぬ面持ちで、空中に浮かんだ魔力分析データを眺める変態――もとい、特級魔術師メディオルの姿があった。

「はぁ……素晴らしい」

 メディオルはうっとりと、先ほどまでキールにかけられていた手錠を、名残惜しそうに撫で回した。

「あの細い腰。人間離れした骨格の配置。それでいて、触れた時の皮膚の質感は人間そのもの……」
「ちょっと、あんたたち」

 不機嫌そうな声が、陶酔するメディオルの思考を遮った。
 本物の淫魔、メリナだ。彼女は豊満な胸の前で腕を組み、心底呆れたようにメディオルを睨みつけていた。

「あの貧相な虫男を逃して、本物のあたしを放置ってどういうこと? あんな最底辺と間違われるなんて、サキュバスとしてのプライドが傷つくんだけど」
「……まだいたのですか」

 メディオルは汚いものを見るような目でメリナを一瞥した。

「ムヒード君。早くこの『脂肪の塊』を魔法騎士団に引き渡しなさい。視界に入ると目が腐る」
「なっ……!?」

 メリナがカッとなって身を乗り出した。だが、すぐに視線をメディオルの下半身――まだ隆起がおさまっていない股間へと移し、妖艶な笑みを浮かべた。

「ふん、でも体は治まってないみたいじゃない。……ねえ、そんなに有り余ってるなら、あたしが処理してあげてもいいわよ?」

 メリナが甘い香りを漂わせながら、メディオルの胸元に指を這わせる。

「あのカマキリ男じゃ満足できないでしょ? 特級魔術師様の精気、あたしなら一滴残らず美味しく搾り取ってあげられるわよ……?」
「……触るな」

 バチィッ!!

 拒絶の電流が走り、メリナの指が弾かれた。

「きゃっ!?」
「失せろ、と言ったのです。……私の神聖な興奮を、その安っぽい香水の臭いで汚すな」

 メディオルは心底軽蔑した表情で、ハンカチを取り出して触れられた胸元を拭った。

「ブヨブヨとした脂肪など興味はない……おい、魔法騎士!」

 メディオルの呼びかけに応じ、廊下から重武装の魔法騎士たちが雪崩れ込んできた。

「ご苦労様です! 被疑者メリナ、確保します!」
「ちょ、ちょっと! 乱暴しないでよ! ……フン、あんたみたいな変態、こっちから願い下げよ!」

 メリナは捨て台詞を残し、魔法騎士たちに連行されていった。
 再び静寂が戻った部屋で、メディオルはハンカチをゴミ箱に捨てると、ムヒードに向き直った。

「やれやれ……。さて、邪魔者は消えました」
「はぁ……(本当にブレないなこの人)」

 一部始終を見ていたムヒードは、深いため息をついた。

「さて、ムヒード君。鎌腕族マンティスの集落がどこにあるか把握していますか?」

 メディオルの眼鏡が、ギラリと怪しく光った。

「彼のような個体が群れをなして生活しているのなら、そこは私にとっての『約束の地(パラダイス)』に違いありません。今すぐ休暇を取って視察に行きます。ああ、右を見ても左を見ても、あの鋭利な鎖骨とくびれがある光景……想像するだけで脳が沸騰しそうだ」

 ムヒードはペンを置き、眉間に深い皺を刻んだ。
 そして、理解不能な生き物を見る目で、特級魔術師である上司を見据えた。

「先生。……あなたほどの強者が、正気ですか?」
「ん? 何がです」
「相手は下級魔族ですよ? それも、魔界のヒエラルキーじゃ最底辺の『虫』です」

 上位魔族としての矜持を隠さず、鼻で笑う。

「我々上位魔族にとって、昆虫種なんて言葉も通じない害獣と同じです。知性も魔力も低い、ただの有象無象。……正直、彼が共通語を流暢に話していたこと自体、僕にとっては驚きでしたよ」

 さきほどのキールとの会話を思い出し、信じられないといった風に首を振る。

「……先生は我々とも渡り合えるほどの魔力をお持ちだというのに、なぜあんな『路傍の石ころ』に欲情するんです? 趣味が悪いにも程がある」
「石ころ? 彼が?」

 メディオルは心外そうに眉をひそめ、そして夢見るような表情で語り出した。

「君は何も分かっていない。あの清涼な森のような香り……そして、人間のような皮膚の下に隠された、外骨格由来の硬度としなやかさの絶妙なバランスを」

 メディオルの指が、空中にキールの曲線を描くように動く。

「特に腹部、そして脚にかけては神経索しんけいさくが密集しているのでしょうね。指でなぞっただけで、あれほどビクビクと愛らしく反応するのですから……。ああ、あの震えを思い出すだけで……」

 語るにつれ、メディオルの呼吸が荒くなる。
 それと同時に、ようやく鎮まりかけていたローブの下の隆起が、再びピクリと脈打ち、元気を取り戻し始めた。

「……」
「……んっ、ふぅ」

 ムヒードは絶対零度の冷ややかな視線で、自律駆動し始めた上司の股間を突き刺した。

「ええ。……で、今回の件が表沙汰になったらどうするんですか。ただでさえ、淫魔の事件で人間と魔族の関係がピリついているんですよ?」

 ムヒードは視線を上げ、軽蔑を隠そうともせずに言った。

「そんな時期に、治安維持局のトップが、無実の下級魔族を監禁して性的搾取……なんてスキャンダルが出たら、即刻クビですよ。いや、社会的に抹殺されますね」
「……ふん。彼が私を受け入れてくれれば、それは合意の上での愛ですよ」
「特級魔術師と最底辺の魔族ですよ? そんな言い訳、世間が信じるわけないでしょう」

 呆れ果てたようなため息が漏れる。

「どう見ても、権力にモノを言わせた強制わいせつです。それに、先生は勘違いしているようですが……あんな美形(?)は彼一人だけですよ?」
「……どういうことですか」
「鎌腕族なんてのは普通、二メートル超えの巨大カマキリそのものなんです。人型になれる個体なんて、文献ですら見たことがない」

 淡々と、しかし残酷な事実を突きつける。

「魔法で化けているわけでもないとなれば、彼は生物学的な『エラー』です。数万、いや数十万に一体の確率で生まれる、先祖返りか突然変異ミュータント。同族からも排斥されるような、はぐれ者ですよ」

 肩をすくめてみせる。
 キール個人への興味など皆無だ。ただの珍しいサンプル、それ以上でも以下でもない。

「だから、先生が『楽園』を期待して集落に行ったところで、そこにいるのはスベスベの美青年たちじゃありません。キシャアア!と鳴いて襲ってくるデカい虫の群れだけです。……お分かりいただけましたか?」
「…………」

 メディオルの動きが止まった。
 彼はゆっくりと眼鏡を外し、手袋のまま顔を覆った。

 沈黙が落ちる。
 ムヒードは「ようやく現実を見て、高尚な自分に釣り合わない相手だと理解してくれたか」と安堵しかけた。

 だが。

「……くっ、くくく」

 メディオルの肩が震え始めた。

「先生?」
「はははははッ!! そうか、そうだったのか!!」

 メディオルがバッと顔を上げた。
 その表情は、失望どころか、今までで一番の狂喜に歪んでいた。

「彼はこの広い世界でたった一人、ゴミのような有象無象の中から生まれた、奇跡の突然変異体ユニーク・モンスターだと言うのか!」
「はぁ!? いや、だから底辺だって……」

 メディオルは興奮で紅潮した顔で、キールの残り香が漂う空間を鷲掴みにした。

「素晴らしい……ッ! 神は、私を満たすためだけに、彼という『奇跡』をあつらえてくれたと言うのか!」

 彼の思考は、ムヒードの常識的な階級意識など軽々と飛び越えていた。

「最底辺の種族から生まれた、孤独で美しい突然変異……。それが私の前に現れるなど、運命以外の何物でもないでしょう!」
「いや、なんでそうなるんですか! 格が違うから諦める流れでしょ!?」
「ムヒード君、彼の住所を特定する魔法陣を用意しなさい。大至急だ。……ああ、愛しいキール。この世にたった一人のあなたを、私が責任を持って一生愛し抜いてあげなくては」

 メディオルは恍惚とした表情で、キールの分析データを愛おしそうに抱きしめた。

「逃がしませんよ……私の、世界でたった一匹の可愛いカマキリちゃん」

 ムヒードは天を仰いだ。
 上位魔族の常識として「価値がない」と説明したつもりが、変態コレクターにとっては「限定品(一点モノ)」という最高の付加価値になってしまったらしい。

(……はぁ。もう勝手にしてください。僕の知ったことじゃない)

 エリート魔術師の歪んだ性癖に、最高級の燃料を投下してしまったことを自覚しつつも、ムヒードは思考を放棄した。
 この後、間違いなく巻き起こるであろう騒動と、その尻拭いをさせられる自分の未来を想像して、彼は深く、重いため息をついたのだった。
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