ラスボス戦

戸田 猫丸

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魔王の城の、最後の扉の先へ

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 俺は意を決して、魔王の城の最奥部の一際大きな扉を開けた。 
 そこは何と、自宅の俺の部屋だった。 

 見慣れた光景に俺はぽかんと口を開けつつも、部屋の中を見回した。最終ボスである魔王の姿は、どこにもない。

 壁にかかった鏡を見る。当たり前のように自分の姿が映る。 
 鏡に映った自分の顔を見ると、眉間にくっきり2つのしわが目立つ。飢えた獣のような目で睨みつける、もう1人の俺。

 俺は笑ってみた。
 鏡の自分も笑った。 相変わらず獣のような眼差しのまま。
 少しだけ、曇った心に晴れ間が見えた気がした。

 ふと、何かに気付く。

 さらに俺は笑ってみる。大笑いしてみる。何か面白い事があった訳でもないが、馬鹿になったつもりで、声を上げて笑った。
 鏡に映った自分も同じように、大笑いしている。 獣の目は、ただの馬鹿者の目に変わっていた。

 心にかかっていた雲が、全て無くなった。
 俺は、はっきりとわかった。


 魔王は——世界を恐怖に陥れた大魔王は、俺自身だった。 

 俺は俺自身で恐怖に満ちた世界を創り、人々が恐怖におののく様を自分自身のまなこに映していただけだったのだ。


 という事は、俺は俺自身を倒すため、数々の恐怖や怒り、憎しみと戦い抜き、ここまでたどり着いたというのだろうか。
 その感情すらも、俺自身が創ったものなのだろうか。
 今まで倒してきた敵も、出会った仲間たちも、全て俺自身の、心の投影だったのだろうか。

 俺は血塗られた剣を鞘にしまい、傷だらけの自分自身を、回復呪文で癒した。 


「ごめんよ、俺。今までは俺は、俺自身の心を見ようともせず、外の世界に幸せを求めていた。外の世界の見知らぬ誰かが、俺自身に幸せや恐怖を与えているのだと思っていた。だが、全ては俺自身の心の投影だった。俺は、俺自身と向き合わなきゃいけないんだ」


 鏡の自分に向かって誓い、手を伸ばした。 
 鏡の向こうの自分も、こちらに手を伸ばしてくれた。 
 手と手が合わさると、旅の途中で出会った仲間の顔が、次々と思い浮かんできた。 


 自分を幸せにできるのは、結局は自分だ。
 魔界に住むか天国に住むかを決めるのも、自分だ。

 ならば、皆が幸せになるにはどうしたらいいだろう? 

 今はわからない。
 まず俺は、俺自身のことをよく知らない。

 これからは自分のことをもっと知ろう。
 それが出来たなら、次は自分らしくいよう。 
 そうして初めて、一人ひとり異なる仲間たちの幸せに気付き、貢献できるのかもしれない。 

「自分が幸せにならなきゃ、他人を幸せになんて出来ないよ」という、よくある自己啓発本に書かれているようなありきたりなの言葉の意味が、少しだけ理解できたかも知れない。


 最終ボスが安堵の笑みを見せた瞬間、目に映る世界がパアッと輝き始めた。


 そっと鏡をしまうと、俺は新たな旅に出る決意をした。
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