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はじまり
文学サークル
しおりを挟む「我が名はドラグーンドラコ。其方に一つ栄誉ある力を授けよう」
漆黒の翼、豪炎を思わせる鶏冠、暗黒の球体に纏った蒼き炎は此方を一点に焼き付かせる程微動だにしない。
一眼見ただけで怖気を覚えさせるその巨体は、今目の前で此方に語りかけている。
「栄誉ある力。竜をも超えし、人間のみに与えられたその力を。今、我が其方に!」
巨竜はそう言って眩いばかりの光を全身から放ち、瞬く間に姿を消す。
一瞬の出来事に呆けていると、それは直ぐ様形になって押し寄せてきた。
全身に漲る抑えきれない膨大な量の力。
溢れ出る力は白い靄のように全身のあらゆるところから洩れ出し、熱気の中に身を置いた様な錯覚に陥る。
熱くはない。だが、身体の芯に燃えるような何かを埋め込まれたようだ。
「こ、これが古代から伝わる竜の秘宝。竜から授かりしモノ! 覇王の力を得、竜人となりて世界を救世する。賢聖様の仰った通りだ! この漲る力で、魔王を討つ!」
拳を握り、天高く掲げる。
曇天としていた空は拳から突き上げられた波動によって割れていき、やがて晴天へと変貌していく。
伝説の始まり。
これから先、迫り来る不安を消し去るかの如く、晴天は此方を祝福していた。
「なんじゃこりゃ」
僕はそんな夢物語に鼻をほじりながら真摯に答えた。
「なにその竜の名前。ドラグーンドラコって。ドラゴンドラゴンじゃん。ゴリラ・ゴリラ的な? 学術的な見地なの?」
小指についた鼻くそを対面の人物に知られぬようそれとなく座っている椅子の足に付着させる。
「マジ厨二病、異世界厨乙。こんなもん現実世界に希望を見出せない愚者が悦に浸るための愚物です。目を覚ましなさい」
「異世界を馬鹿にしたっスね?」
僕の一刀両断に異を唱えるこの愚者。
やや青味がかった黒が特徴の前髪ウザい系陰キャな年下の男の子、同じサークルの唯一無二の後輩、熊本くんはそう上目遣いで僕に問う。
「もし! 異世界があったと仮定して! 何故にこの世界から引っ張っていきなさる? 見よ! この非力な我等を! 向こうの世界に行ったらいきなり魔法使いだしたり、こちらの科学を用いてあちらで無双したり、神的存在の手違いで転生させるお詫びに能力提供されたり。舐めんな娑婆を! 大体なんで揃いも揃って中世ヨーロッパ風なんだよ! しかも! そんな事できる神的存在がいるなら! 飢餓で飢えている子ども達を救え! 親を失い、生きる為に戦う貧困層の子ども達を救え! 治らないと知りながらも決死にその病と戦う僕を救え!」
リア王ばりのオーバーリアクションで僕は片足を座っていた椅子に掛けながら天を仰ぐ。
我ながら至極論理的な思考を開示したと言わざるを得ない。
なにが魔法だ。
チートだ。チーターだ。
マジ片腹痛え痛え。
ンなこと出来る神様いるなら、なに引きこもってんだって話だよ。
テメエ引きこもってるから世界は混沌でひっちゃかめっちゃかだよ!
「我が先輩ながら中々の枯葉具合っすね。おばちゃんの踵ばりに潤い足りてないっす」
「我が後輩ながら辛辣が過ぎるな。そんなやつがドラグーンドラコとか言ってるとか夢にも思わんぞ。なに、厨二末期になると浮世離れし過ぎて羞恥心失うの?」
類は友を呼ぶとは言い得て妙。
大学入学以来、ほぼサークル内でしか言葉を発しないほど洗練された陰キャな僕の周りには、ふと気づけばこんなんばっかになっていた。
"凡ゆる文学を音読でさけ部"
などとウィットに富んだサークル名を持つ我等が文学サークルは、別に文字通りな活動ではないよ?と毎回勧誘に困るようなサークル名をつけてしまう傍迷惑な変態をトップに、その意を汲んだ奇人変人が集まっている。
あ、ちゃんと自覚はあるから。
僕も、え?なにこの面白そうなサークル!とか思って入部した口なので、ちょっとおかしいなって自分に違和感はある。
「ねえ先輩。ラノベ書きたいって言い出したの先輩っすよ? だったら厨二を卑下して、簡素な比喩を嘲ってたら進まないっす!」
「おまっ!? それが一番ラノベに失礼だと思うぞ!? あるから! 異世界厨二系でも、比喩も厨二度合いも創り上げられてるやつ!」
「あー。うっさいわぁこの人。これだから文学青年気取ってる色んな本の図書カードの既読者名に名前が載ってることこそ至高! みたいなやつ嫌いなんスよ」
机に足を掛け、二点を浮かせた椅子に身を委ね、安楽椅子風に体を揺らしてる後輩がクソ野郎すぎて僕は近くにあった新聞紙を丸めて握りしめた。
「っとぅい!」
対面に座っている後輩の視界から一瞬にして姿を消した僕は、後輩との隔たりとして存在していた机の下に潜り込み、椅子の後ろ足の一本を、丸めた新聞紙で横薙ぎに叩き込む。
ドターッんと大きな音がムワッとした部室に響き渡る。
ティンカーベルの通った後のように舞っていたダスト達が、衝撃から逃げるように霧散していく。
「ってぇ!! やりやがりましたね。この瞬間湯沸かし器が!」
「誰がオイラはボイラーじゃ! 三浦じゃなくて立花ですが!」
「名を名乗ったな? 一騎打ちじゃ! 熊本太郎参る!」
「熊本県の役所に置いてある参考記入欄みたいな名前しやがって! かかってこいやぁ!」
スッと起き上がり、部室後方に移動した熊本くんは、乱雑に放置されていた"見るからに安いやつやん"な箒を剣にして此方に構えを取る。
此方の戦力は薄い。
先ほどの椅子を強打した事によって生じた、武器の破損。
大きく歪曲した新聞紙の剣は、ククリナイフに見えないこともないが、確実に使い物にはならないだろう。
くっ!
隙がない!まるでかの剣豪、柳生十兵衛!
背筋を伸ばした熊本くんは、綺麗な立ち姿で剣先を此方に向けてジリジリと歩み寄ってくる。
昼の日差しが、それを遮断するために閉められたカーテンの隙間から漏れて、先ほどの舞った埃をキラキラと照らし出している。
「いざ! 尋常に勝負!」
意を決した熊本くんが、真っ直ぐに刺突を繰り出してくる。
刺突といっても箒故に毛先の束が襲い掛かってきているため、微細で多彩な刺突になっている。
一歩が深い!
僕は熊本くんの初歩が深い事を察知した。
若さゆえに勇んだ結果と言えよう。
ゆらりと大きく右に揺れて見せた僕に、熊本くんは軌道を外れた刺突を引き、横移動した僕を薙ごうとする。
「踏み込みがズレたな?」
大きく右に揺れていた体を瞬時に逆方向へと飛ぶように入れ替える。
「フェイント!?」
気付くのが遅かった。
熊本くんは僕のロナウジーニョもびっくりな全身エラシコにかかりその剣は空を薙ぐ。
刹那、僕の握りしめていた新聞紙の刀、もとい"圧切"が熊本くんの胴体を真っ二つに切りつける。もとい、へし切る!
「ぐはっ」
物の見事なやられ役。
熊本くんはその場に膝をつき、瞳孔が開いた目で虚空を見つめ、動作を止めた。
「死してなお、その場に倒れ込まぬ魔王その気魄。天晴である」
そう言って僕は、ボロボロになった我が愛刀"圧切"をズボンのポケットに納刀した。
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