人類レヴォリューション

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はじまり

Part 7

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 退屈な授業は終わりを告げ、朝練をサボったサークル活動へといざ出陣。

 昨夜大分はっちゃけた我らは、大方の予想誰も朝から部室に来ている"部員"はいないと推察できる。

 魔王1名、部員6名のコンマイサークルではあるが、しっかりとした指揮体制の下、統率がとれた完璧な飲み会を遂行できる、陰キャサークル屈指の飲みサーでもある。

 言わずもがな熊本くんは弄られまくり「熊本くんの良いところが見てみたい」などと煽られた結果、大量のアルコールを摂取していた。

 ボツボツと旧校舎に位置する部室へ向かう道すがら、その未だ抜け切ってない様子のアルコール貯蔵庫が手を振って此方へ走ってきた。

「案外走れるほどには元気なんだな」

 血色が悪そうな顔とは裏腹に、軽快な足取りで駆け寄ってきた熊本くん。

「昨晩はお疲れ様っした。いやー飲んだっスねぇ。血中濃度とかいう問題前に血がウイスキーになるところでしたよ」

「なにその顔色とテンションの差は。そんなゾンビみたいな顔して陽キャみたいな発言しないでもらえる?」

 青白い顔が溌剌と、昨晩のパーリーピーポーを語るのはどう見ても違和感を覚えさせて気持ちが悪い。

「しっかし部長にしては珍しく酔っ払ってましたよね?  あの後大丈夫だったんスカ?」

「は?  あの後ってなに?」

 もうすぐ部室というところでゾンビからの不可思議な発言。

 ん?  知里ちゃんは昨日ちゃんと帰ったのか?
 そんな不安が頭をよぎり、昨晩からの連絡が無いことに顔の血の気が引いていく。

「え?  昨日先輩と帰ったんじゃないんすか?  先輩が抜けた後から姿見てないっスよ?」

「……は?」

 全身から血の気が引き、相対して変に筋肉に力が入った。

 僕は昨晩三次会を終え、まだまだ飲み足りないと騒ぐ部員を尻目に帰宅した。
 その時にはもう知里ちゃんの影はなく、あの猫のような性格の彼女はもう先に帰ってしまったのだと完全に思い込んでいた。
 が、この調子ではそれも怪しい。

「おい。昨日僕は知里ちゃんと帰宅していないぞ?  僕が帰る時にはもうあの場に居なかった」

「うぇ!?  それってちょっとヤバくないスか?」

 いくら我が強い傍若無人な知里ちゃんでも、一般的には21歳のピチピチ女子大生。
 なまじバカ可愛いが故に、傍目では性格までわからないとなるとかなり心配になるのはいうまでもない。

「とりあえず部室を見てみるぞ!」

 焦った僕たちはもうすぐ目の前となりつつある部室に勢いよく飛び込んだ。

「もぬけっスね」

「いよいよヤバイな」

 あの部室大好きっ子が、飲み会の次の日だからといって正午過ぎに現れていないのはどう考えても普段の彼女からは想像出来ない。
 彼女と言えば部室。そう誰もが認識して疑わない彼女の日常。

「先輩電話してください!」

「わかってる!」

 青白かった顔が今では焦りからか少し赤みが戻ってきている熊本くん。

 若干の焦燥とも取れる不安定な心情からか、携帯を握る手が軽く震えているのを自認する。

「出ない。これはちょっと洒落にならんな。熊本くん!  僕は知里ちゃんの家に向かう。君は昨日の行ったお店に電話してみてもらえるか?  三次会のお店の店長は友人だったろう?」

「はい!  電話してみます!  先輩も道すがら部長が電話に出られたら連絡おなしゃス!」

「わかった!  ちょっと行ってくる!」

 僕は急いで振り返り、来た道を走って戻る。
 その手には携帯を握りしめ、スピーカーフォンにして走りながら彼女に電話をするが、出る気配がない。

 ふと、先ほどの交番のお巡りさんが言っていたことを思い出す。

 ヤバイなこれ。
 何故自分の彼女の心配もせず、のうのうと帰宅についてんだ僕は。

「出てくれよぉ」

 懇願してみても相手には通じていない。
 大学を出て、僕の家とは逆方向に全速力で走る。
 走っているからなのか、それとも言い知れぬ不安感からか、汗が湧き出し、目にちょくちょく入ってくるのを腕で拭き取りながら僕はデパートで母と逸れてしまった子どものように今にも泣きそうになりながら走っていた。

 周りの視線が痛いなどと感じている暇もないほどに懸命に走り続け、大学からそう遠くない僕の実家がある町の隣町にある彼女の家まで5分ほどで辿り着く。

「すみません!」

 平屋建ての少し古い彼女の家は、玄関にあるインターフォンを鳴らすよりも、庭の方へ入って居間の窓から中に声をかける方がいっそ早い。

「あれ?  ムネさん。どしたんすか?」

 寝っ転がってテレビを見ていた知里ちゃんの弟、一紀くんが驚いてすぐ様、体を起こし網戸を開けてくれた。

「お姉ちゃんは?  いる?」

 僕の焦った顔を見て、只事ではないと直ぐに察したのか「いや昨日から見てないすけど、一緒じゃなかったんですか!?」と、若干の責められていると感じてしまう口調で問い返してくる。

「すまない。昨日の夜の飲み会から行方がわかってないんだ」

 一気に押し寄せる罪悪感。
 僕と一緒にいると安心してくれていた知里ちゃんの家族への裏切りのような気持ちになり、その罪悪感は押し寄せる波の如く僕を飲み込んでいく。

「ま、マジすか!?  と、とりあえず上がって下さい。母ちゃんに電話してみます」

 賢明な一紀くんは僕に当てがないと悟ったのか、怒るよりも焦りの方が強く表情に現れている。
 どうしようもなく、居ても立っても居られない心持ちの僕は、何か進展がないかと熊本くんに電話を掛けてみる。

「もしもし!  熊本くん。そっちはどうだった!?」

「ダメっス。三次会の店には来てたみたいですけど店長も気がついた時には既にいなかったみたいです」

 電話先の声は風の音でノイズ混じりだった。
 熊本くんもまた放っておいた責任感が自身を苛む気持ちで一杯の様子だ。
 恐らく熊本くんも走って別の心当たりを目指していたのだろう。
「また後で掛け直します!」と言って通話が途切れた。

「母ちゃんもどこにいるかわからないらしいです。昨日の夜は帰ってきてないって言ってたんで、丸々夜中どこにいるのかわかってないってことっす」

「もう昼過ぎだ。こんなに長くどこにいるってんだ。酔っ払ってどこかで寝てたとしてももう起きて帰ってくるだろう時間は経ってるし、友達の家っていったってそんな友達は僕の知る限りじゃ……」

 いない。そう言おうとして目の前の人物が知里ちゃんの弟であったと理解を及ばせる。

「なにかないすか?」

 一紀くんは縋るようにそう問うが、そんなものがあれば僕も呑気に足を止めていたりしていない。

「大学の部室、昨晩のお店、実家。知里ちゃんの行動範囲は粗方僕も思いつく限りではその辺ぐらいしか」

「自分の姉ちゃんながら俺も思いつかないっすね。そんなに出歩く方じゃないですし」

 思考が良い方向に転ばない僕らは、口に出すのも憚られて無言になる。

 まさか。
 なにかしらの犯罪の被害に……。

 不安が不安を呼び、更に不安は増していく。
 朝起きて、大学に向かって、事の次第の大きさに気付くまでに、知里ちゃんがどのような状態であったのかを想像するだけで肌が粟立つ。

 なんでちゃんと帰宅したのかを確認しなかったのだろう。
 どうにもならない後悔がずっと頭の中を反芻している。

「警察に行きましょう」

 一紀くんは決心したかのように携帯から目を外して僕を見据えている。

「今母ちゃんが急いで仕事場から帰ってきてます。とりあえず事の次第がわからない今は警察でもなんでも頼れるところには頼れって連絡がきました」

 母からのメッセージを読みながら、落ち着いて対処しようと尽くす一紀くん。

「そうだね。ひょっこり帰ってきても万々歳だし、もし……もの時は早めに警察を頼る方が良いよね」

 自分の言葉で現状を理解していく。
 二十歳を越えた女性が一晩帰ってこなかった。そう聞くだけなら大したことはないだろうが、それが知里ちゃんとなると話は別なのだ。

 僕にも連絡がなく、後輩に言付けして居なくなったわけでもなく、一晩明けて翌日の正午を回っても実家に帰るわけでもなく連絡もない。

 考えたくない結論が徐々に真実味を帯びていくのが理解出来ていく。

 tururururu

 携帯の着信が静寂な空間に鳴り響く。

「もしもし!?  どうした!?」

 着信の相手は熊本くん。
 何か進展があったのかと返答を急く。

「すみません。今部長の行きそうかなと思える図書館や本屋さんを見て回ったんですが見つかりませんでした」

 それは空砲な情報だったが、僕は自分の不甲斐なさが際立っていることを自認した。

 なにが見当がつかないだ。
 熊本くんの方がよっぽど我武者羅に探してくれている。

「いやこっちこそすまん。今から一紀くんと警察に行ってみる」

 なにがすまないのか。熊本くんからしてみれば理解出来ないだろうが、僕は彼に謝るしかなかった。

「どこの警察ですか?  僕もそっちに向かいます」

 そんな必死な熊本くんに僕も奮い立たされる思いになり、一紀くんと目配せして警察へいく準備を促す。

「中央警察署だ。直ぐに向かう」

 通話を切るや否や、素早く家の戸締りを終わらせた一紀くんと共に警察署へと急いで飛び出した。
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