人類レヴォリューション

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英雄集結

マリエフ・アーレフ

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 私は一人、森の中で彷徨っていた。
 鬱蒼と生い茂る針葉樹林。
 まだ肌寒い季節にはほど遠いはずなのに、やけにひんやりとした空気が、私の弱った心を攻め続ける。

 全身黒ずくめの女から連れ去られて、なにやら訳の分からない説明を受けた後、一面の草原が広がる野原を私は駆け出した。

 アナナキと名乗った女が、何やら叫んで私を追っていたが、私はそう簡単に捕まるほどどんくさくは無い。

 ここが何処なのか?
 一瞬にして、元いたカイロの街並みとはかけ離れた草原に連れてこられたが、あの力を体験した限りではここが本当に現実的な世界なのかも定かでは無い。

 見渡す限りの草原の中に、唯一の変化をもたらしている薄暗い森。
 懸命に走り、私は身を隠す為にこの森の中に入った。
 身を隠してどうなる。
 ここが何処かも定かでは無いのに、逃げ出してどうなる。
 そんな不安よりも、これから何かをされると言う恐怖の方が上回っていた。

 選ばれた英雄なのだと、アナナキは言っていた。
 なんの冗談か。
 私はごく一般的な生活を送っていたつもりだ。
 念願のカイロでの寮生活。
 今年から高等科に進み、これから沢山今まで出来なかった楽しい事をするんだと期待に胸を膨らませていたのに。

 神様はどれだけ意地悪なのだろうか。

 地球を救う?
 ふざけるな。
 なぜ、私も救われていないのに、人助けなんかしなくちゃいけない。


 徐々に奥へと進んでいく。
 不思議と怖くはない。
 こんなにも背の高い木々に囲まれていながらも、圧迫感も無ければ、人間が一人しかいないこの空間の中でも、疎外感もない。

 以前来たことのあるような感覚。
 だけど、記憶の中には存在しない。


『マリエフ・アーレフ』

 不意に頭上から名前を呼ばれ、咄嗟に身を屈める。

 さっきのアナナキか?

『賢い子。マリエフ。あなたはそうやって自分を守る事には躊躇がない』

 頭上から聞こえていたと思っていた声は、どうやら頭の中に発生源があるらしい。
 耳を塞いでも聞こえてくる、胸をざわつかせる声。

「だ、だれ?」

『マリエフ・アーレフ』

「なに?」

『私はマリエフ・アーレフ。貴方であり私』

 …………?

『この世界は貴方の精神が作り出した。そこに住むのは私だけ。私はマリエフ・アーレフ。父を亡くし、母を亡くし、居るはずの兄妹さえも見たことの無い可哀想な少女。マリエフ・アーレフ』

 声が出ない。
 何をバカな事をと言い返してやりたいのに、突き付けられた私の証明を、否定する言葉が出てこない。

『この森は貴方の不安。この鬱蒼とした薄暗い森こそが、貴方の抱えている闇。何処からも陽の光を通し、明け透けの状態の、闇とは呼べない薄暗い森。それがこの森であり、貴方の不安。そして私の森』

「な、なにが言いたいの?」

 やっと声が出せた。
 掠れてしまい、相手に聞こえたかも定かではないような小さな声。

『その森に今、私は二人いる。これはとんでもない異常事態。どちらかが死ななければ、私は死ぬ』

「え!?  どう言う事!?  出るわ!  直ぐに出るから!」

 死ぬと言う単語の重みが、やけに身近に感じ、私は恐怖を覚えた。

 ここに居ることが危険だと、私は直感で察した。

『そうやってまた逃げるの?  賢い子、マリエフ・アーレフ。恐怖から逃げ、その先の恐怖からも逃げ、貴方は何処まで逃げ切れるのかしら』

「だって!  ここに居たら貴方も私も死んでしまうんでしょ!?」

『どちらかが死ねば、死なない』

「え?」

『私が貴方を殺すか、貴方が私を殺すか。私がどれだけ、この時が来ることを望んだか解る?  マリエフ・アーレフ。貴方が逃げて逃げて逃げて逃げて来た。逃げるたびに深まる森に貴方は逃げて来た。もういやなの。私だって逃げたい』

 先程までの冷静な、人を打ち負かすような物言いから、次第に人間味を帯び始める声。
 それは、私の心を酷く掻き毟った。

『何故貴方だけ、これから起こる楽しい事に想いを馳せているの?  何故貴方だけ、死んだ父の事を思い出して泣けるの?  何故貴方だけ、死んだ母の事を思い出して泣けるの?  何故貴方だけ、恋をするの?  何故貴方だけ、愛を知るの?  許さない。そんなの私は許さない。マリエフ・アーレフは貴方だけじゃない。私もマリエフ・アーレフなのに!』

 泣こうとはしていなかった。
 だけど目からは止め処なく、涙が零れ落ちていく。


 いいよ、貴方になら殺されても。


 私はなんの躊躇いもなく、そう思えてしまっていた。

「ごめんね。マリエフ」

 もう私には考える気力は無くなっていた。
 ただ頭に浮かんだ言葉をそのまま発するだけ。

「ごめんなさい。マリエフ」

『やめろぉぉ!  謝るなぁ!  酷い女だ!  自分の事を理解していて!  よくもそんな!!』

「許して。マリエフ」

『ぁゔぁあかぁぇぇいー!!』

 言葉にならない声とともに現れた私は、森の奥から勢いよく走ってこちらに向かってくる。

「殺して。マリエフ」

 私はこの何分間かの出来事で、私の生きてきた全てが嫌になっていた。

 さっきまであれだけ楽しみにしていたカイロでの生活も、不可思議なアナナキという女への恐怖も、唐突に現れた私と名乗る私への嫌悪も。
 全てがどうでも良くなって、投げ出せるのならば直ぐに投げ出したくなっていた。

『見ろ!!  見て目に焼き付けろ!!  これがお前に突き付ける私の憎悪だ!!』

 ぐしゃぐしゃになった自分の顔が、目の前まで来て自分の表情とは違う表情をしている事に違和感を感じる。
 そんな風に私は思い、彼女の訴えを聞かなかった事にした。

『何処までも!  何処までも!  何処までも!  何処までも!何処までも!  何処までも!』

「殺して。マリエフ」

 彼女が手にナイフを持っているのは見えていた。
 あれで刺されるのか。
 痛いのかな。

『苦しめマリエフ・アーレフ』

 彼女はそう言って、自分の喉にナイフを突き立て、抉り、血を噴き出しても尚、私を睨み続けていた。
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