人類レヴォリューション

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英雄集結

アナナキンヌの憂鬱

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 チサト・チカゲ。21歳。
 150cm41kg。国籍、日本。

 漆黒の髪を靡かせ、縦横無尽に動き回り、近接戦も他を寄せ付けない圧倒的な格闘センス。
 しかし、彼女の本領はそこで発揮されてはいない。
 今まで観測されたことの無い、美しい気魄を以ってして放たれる気魄弾。
 気魄弾等と表現するには、余りある悍ましさ。
 自身を魔王と称する彼女のことを、誰一人笑うものはいないだろう。

 それだけに、魔王を前にしても一歩も引かず、それに食らいつき、熾烈を極めた戦闘を繰り広げた対戦者にも、無類の賞賛を送りたい。

 途中で見せた雷撃。
 最後に重なった、禍々しい気魄弾と、それを真っ向から破裂せしめた一閃。
 身が震えてしまった。
 あのような戦闘を前にして、どんな感動の言葉を使っても足りないもどかしさと、それを上回る高揚。

 私は、チサト様の担当になれた事を心から、その自分の豪運に感謝した。


「愛しています」

 少しの間、モリヤを離れていた私の目に飛び込んできた美しい光景。

 私は脳の回路をショートしつつも、今この胸の内に滾る愛を!  どうにか言葉に出来た喜びを噛みしめる。

「どうしたアナナキンヌ。顔見せないと思ったらそんな恍惚とした表情で現れて」

 先の戦闘で破損したジャージの替えを手に持ち、上着を脱ぎ捨て、その洗練され、美しさを凝縮したような小さな腕を露出させるチサト様に私はまた興奮が高まってきた。

「ふんすふんす言ってるよ?  大丈夫?」

 私の腕から替えのジャージをお取りになられた際、触れた。
 チサト様の御指が、触れた!

「はうあ!!」

「うわっ!  吃驚したーどこか痛いのか!?」

 お気遣いまで!?!?
 はぁ、なんとお優しい。
 しかし、無闇に御心配お掛けするには分部不相応!!
 撤回せねば。

「頭が少々」

 おかしいのである。
 と、自覚はあるので、それをどう言葉にしようかと逡巡していると。

「頭痛え痛えか?」

 なんと!?
 嗚呼、なんと慈悲深い!!!

 私の粗末で愚鈍な脳が、不始末な言葉を発したがために、それを慮ったチサト様は、私の頭部を柔らかに!  甘やかに!  撫で付けてくださっていた。

 エリームには悪いが、私はここで息絶えるかもしれない。


「本当にどったの?  なんかいつもと違うな」

 そんな!?  嗚呼なんとお厳しい。
 今までの私の愚行を、思い返させないで下さいませ。
 出会い、直ぐに私はこの御方の内に秘めたる、清廉さに感動していたものの。
 まさかここ迄とはと、侮ってしまった私の究極の汚点。
 当初より、気軽にお話しして頂いていたその慈悲に甘え腐り、さも新しい友人かの如く接してしまった私を!  私を、殺してください!!

「まさか!?  妊娠!?」

 へ?

「いえ、違いますが?」

 はっ!?
 いつもの如く、塩対応してしまった!!

「あ、そなの?  てっきりアナナキっちとの待望の第一子を授かったかと」

「え!?  何故私達が結婚していると!?」

「あ、結婚してたの?  冗談だったのに」

 …………。
 拝啓、エリーム。
 私はチサト様の掌の上で御座います。

「か、か、隠してたわけでは無いのですよ!?」

「良い良い。其方の忠義をなんら疑ってはおらぬよ」

 度量がパネエ。
 エリーム(旦那)と話し合い、頃合いを見て私達の情報も開示していこうなどと結論に至っていたが、度返し!!
 もうダメ、エリーム。
 私この方に一生ついていくわ。

「チサト様!!  私、チサト様にもう一つ言わなければならないことが!」

 アナナキンヌ。
 とても気に入っている、チサト様から頂いた愛称。
 それは、親愛を惜しげも無く与えてくださるチサト様の御加護そのもの。
 私はその愛に、秘匿を持って裏切りを行なっているのだ。
 罪悪感。
 今まで長い年月を生きてきた私だが、ここまで心揺さぶられた経験はない。

 言わなければ!!
 本当の名で、私を呼んでほしい!!

「え?  なに?」

「エレーヌ。私の名はエレーヌといいます」

 言った!  言ったった!!
 エリームの時ですら、200年をかけて明かした名前。
 それをこの数日の……。
 愚考!!
 今しがた心に決めた愛を、私は!
 馬鹿だ!!


「あ、アナナキンヌ・エレーヌさん?」

「え、違います。エレーヌです」

「アナナキンヌはどこに?」

「アナナキンヌはここに」

 え?  なにこの雰囲気。
 誰だお前みたいな顔されてるんですけど!?

「チサト様。アナナキンヌは愛称であって、本名がエレーヌなのです」

「あ、そゆこと!?  アナナキンヌが本名だと思ってたよ」

 アンタが、つけたんだろうが!!

 はっ!  いけない!!
 また愚行を重ねる所だった。

「アナナキからしてみれば本名を明かすということは、最大の親愛を意味します」

「へへへ。ありがとね!  私もアナナキンヌ、じゃなくて、エレーヌ大好きだよ!」

「はうあ!!」

「また頭痛え痛えか!?」


 拝啓、エリーム。
 ふしだらな妻でごめんなさい。
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