あいつの宝は身近にあった

くるみ

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終結

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 翌朝、二人はフェリーに搭乗した。船の全長は100メートル以上ある。目の当たりにすると圧巻された。船内も広く、エントランスはホテルのロビーの様に明るく、綺麗だった。二人は一番安いスタンダード席の部屋に向かった。
 スタンダード席と言っても、椅子があるわけではない。床に座るタイプだった。
 広い部屋にグループでワイワイするには良いが、赤の他人同士が集まっているので、気を使わざるを得ない。
 二人は指定された番号の床に座った。

 「3時間位あれば、芽依ん家に着けるな。芽依、もう一度聞くけど、ここに残らない?」
 「残らない。覚悟決めて来てるから。…あいつらの仲間も船に乗ってるかな?」
 「乗ったとしても襲わないんじゃないか?お互い、密室で海の上じゃ何もできない。襲うとしたら降りてからかもな」
 
 芽依の顔が青白くなっていた。

 「船酔いした?」
 「ちょっと、朝起きてから、少し具合悪くて」
 
 直人は芽依の額に手を当てた。

 「熱いな。熱あるんじゃないか?飲み物買ってくるから待ってて」
 「うん」

 直人が飲み物を買って、すぐに戻る。芽依は壁にもたれていた。青ざめて、ぐったりしていた。

 「大丈夫か⁈あっちに着いたら、病院に行こう!」
 「大丈夫。私、保健証持ってないし。市販薬飲めば落ち着くよ」

 芽依は二日酔いで買った、鎮痛剤を手にしていた。

 「旅の疲れが出たんだな。これで飲んで少し寝てろ」
 「ありがとう」

 芽依は薬を飲むと、床に横になった。
 フェリーは大きな汽笛を上げ、出航した。多少揺れるが、芽依は起きなかった。本土から離れ、周辺は海に囲まれていた。
 熱を出さなければ、芽依は、はしゃいで船内を歩き回っていただろう。
 直人はぼんやりと海を眺めた。出航から40分函館港に到着するアナウンスが流れた。
 思いの外早くついたので驚いた。
 芽依を起こすと、体が熱くなっていた。熱が上がって来たのだろう。

 「具合大丈夫か?熱上がってきただろ」
 「うん。でも、やっと着いたんだね」

 芽依は辛そうに笑った。

 「車まで歩けるか?」
 「大丈夫。歩く」

 直人は芽依を支えながら、船内の一階に降りた。車に乗り込むと、助手席のシートを倒し芽依を寝かせた。
 船内からターミナルを降り、芽依の故郷へ走った。

 「近くまで来たら起こすから、ゆっくり寝てな」
 「ありがとう」

 芽依の呼吸は、浅くさらに荒くなっていた。
 海岸沿いをひた走る。海は穏やかで、果てしなく広がり、偉大で広大さを感じた。
 あと1時間程で芽依との旅が終わってしまう。
 もしかしたら、芽依はこの後、自分の知らない所で死ぬかもしれない、そう考えると胸を締め付けられた。
 気がつくと芽依の故郷の手前まで来ていた。

 「芽依、そろそろ着くよ」
 
 芽依は目をトロンとさせ、ゆっくり起きた。

 「あぁ、久しぶりに帰って来たなぁ」
 「この道でいい?」
 「うん。10分位走って、左に曲がればうちに着くよ」
 
 大自然の中を走っていたかと思うと、急に住宅地に入った。徐々に家々が見え、人間の暮らしが見えてくると思っていたが、ここは違った。一気に生活感が見え、自然界と人間界の境がただ一線で引かれてるように感じた。
 途中、左に曲がり、芽依が指差した家に入った。
 青い屋根の二階建ての家に着いた。

 「やっと着いたね。我が家だよ」

 芽依はぼんやりとした意識で家を見つめた。二人は車から降りた。

 「やっと着いた」

 芽依が静かに涙を流した。

 「良かったな」
 「直人さん、ありがとう。ありがとう」

 芽依は直人にしがみ付いたが、力が弱々しかった。
 近隣には家があるが、敷地が広いので密集感がない。

 「田舎って言ってたけど、俺ん家より町に住んでるじゃん。俺ん家なんて、五分歩かないと次の家がないんだぞ」
 「青森もステキな所だよ。せっかくだから、家に上がって」

 芽依は玄関横にある小ぶりの岩を持ち上げた。
 岩の下からジップロックを取り出した。
 
 「良かった。鍵、ここに隠してるんだ」

 芽依がジップロックから鍵を取り出した。鍵穴に差し、鍵を回すが、芽依の表情が曇った。

 「鍵、開いてる」
 「えっ⁈」
 
 ゆっくりドアを開くと、芽依が小さい悲鳴を上げた。

 「遅かったなぁ。芽依」
 「橘…」

 玄関には中年の男が構えていた。その後ろには、直人と同年代位の男もいた。
 橘は、オールバックに紫色がかった眼鏡をかけており、自ら悪と言ったような風貌である。
 
 「先回りして待っていたが、お前ん家カビ臭くてたまらん!早く戻るぞ」
 「何であんたがここに」
 「お前の動きはお見通しだ。首に埋めたチップのおかげで」

 芽依は首の後ろを押さえた。

 「前に、うなじのほくろ除去したろ?ほくろ除去を名目にチップを埋め込んだんだ。金の卵が脱走したら困るだろ?」

 橘はニヤリと笑った。こちらの動きが手に取るように分かり、おかしかったのだ。

 「私は戻らない」
 「芽依はお前に渡さない」

 直人は芽依の前に立った。
 
 「お前、人の嫁に手を出して、あちこち連れ回したな。不倫と住居不法侵入、その他の罪で詰んでやれ」

 橘は、後ろにいた男に顎で合図した。

 「妻の監禁、モラハラ、パワハラヤローに罪人呼ばわりされたくねぇな」

 直人は、一瞬で飛んできた橘の手下に捕まり、揉み合いとなった。
 直人は髪を掴まれると、額を床に叩きつけられた。

 「直人さん!」
 「嶋ぁ、あんまり血を広げるなよ。処理が手間だ。お前もだ!」
 「きゃぁぁあ!」

 橘は芽依の髪を掴み、壁に顔を叩きつけた。

 「あんなに大事にしてきたのに!お前は商品としての価値しかないんだよ!2度とこんなことすんな!!」
 
 芽依は鼻血を出し、唇も切れ、顔中血まみれになった。

 「直人さん!」

 芽依は倒れていた直人に覆い被さった。

 「直人さん!顔!」

 芽依は血だらけの顔で、直人の額にキスをした。

 「何してんだ?」
 「傷口と傷口の接触。これで、私の力はなくなる」
 「くっ!」

 橘は眉間に皺を寄せ、悔しそうな顔をした。しかし、途端に笑い出した。
 橘は二人に近づき、芽依の髪を掴み上げた。
 「あれは嘘だ」
 「え?」
 「人はやってはいけない事をしたがる。教えてやろう。お前の血液に他人の血液を交わらせても、お前の血液の威力が強すぎて、交わる事がないのだ。ふふ。嘘を擦り込ませておいて良かった。そして、お前がバカで良かったよ」
 
 橘は芽依の頭を床につけた。

 「さぁ。分かったら帰るぞ。無駄に血を流したくない」
 「そんなの嘘だね」
 「あ?」
 「だって、俺傷治ってないぞ」

 直人の額から流れる出血は止まっていなかった。

 「本当だ」
 「て事は、芽依は普通の女の子だ。昨日、やっといて良かったな。わざわざ、傷口作って、傷口を合わせたんだ」

 橘は鼻息を荒くした。

 「はは。そうか。騙されなかったか。なら、お前には用はない。二人の手足を縛れ」

 橘は、嶋に合図を送った。

 「お前がいなくても、代わりはいくらでもいる」
 「代わり?」
 「治験と称して、数人にお前の血を数的投与して、お前のように治癒ができる人間を作っているのだ。今はお前の血液成分2割行かない位までの値だが、投与し続ければお前と同等の力を得るだろう。何かの為に、保険は作っておかんとな。嶋、やっとけ。俺は、先に行く」
 
 「ぉおら!」
 
 嶋が直人の腹に何度も蹴りを入れた。

 「手足縛る前に気が済むまで殴らせろよ!」

 嶋は直人の髪を掴み、顔を何度も殴った。

 「やめて!!」

 芽依は嶋にしがみ付いたが、思い切り払われた。

 「女!!邪魔すんなぁ!」
 
 嶋は、芽依の腹を何度も殴った。

 「やめろぉぉぉ!!」

 直人は芽依を庇った。直人は頭を蹴られ、意識が遠のきそうだ。
 
 「くそっ…」
 
 遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえた。

 「警察だ!手を挙げろ!」
 「お巡りさん!まだいる!もう一人逃げた!」
 「何?!犯人一人逃走中、周囲に隠れている可能性もある!」

 直人の朧げな記憶はそこで途絶えた。



 直人が目を開けると白い天井が見えた。

 「え⁈ここは⁈」

 起き上がった途端、頭と腹部に激痛が走った。

 「がぁぁ!痛え!」
 
 「にいちゃん、大丈夫がぁ?看護婦さん呼んでやっから」

 隣のベッドのお爺さんが、ナースコールで看護師を呼んだ。

 「あれ?俺、何してたんだっけ?何か忘れて…芽依!」

 痛みを堪えて、起き上がると看護師と医師が部屋に入って来た。

 「工藤さん?トイレですか?」
 「芽依は?」
 「一緒に運ばれた、佐藤芽依さんですか?」

 医師が神妙な顔つきをした。
 直人は頷いた。
 昨日の騒動後、二人は病院に運ばれた。それぞれの処置を施した事を医師は説明した。

 「佐藤芽依さんは工藤さんの…」
 「彼女です!芽依はどこに?」
 「佐藤さんは鼻骨にヒビが入っています。そして、血液の異常が分かり、今集中治療室に入っています」
 「集中治療室!?」
 「はい。血液検査の結果、赤血球の異常の多さ、白血球の減少、肺が真っ白になっていました。最前を尽くしていますが、覚悟はしてください」
 「それって、死ぬって事ですか?彼女には会えますか?」
 「会う事は可能ですが、窓越しでしか会えません」

 直人の頭は真っ白になった。自分があの時、傷口を合わせたせいで、芽依が生死を彷徨っていることに。もう少し慎重に考えれば、芽依を救えたかもしれない。自分の行動に悔恨を感じた。

 「ここは?」

 木造りの橋に、さらさら流れる川の前に芽依はいた。

 「これ!!!」

 芽依の頭に何かが強打した。振り向くと、亡くなった芽依の祖母が握り拳を作っていた。

 「おばあちゃん!なんでここに?てか、ここは?」
 「このばがっこ!タバコ吸って、飲んだ事ない酒ばぁり飲んで!体壊して!」
 「だって!そうしないと、血が利用されちゃうし!」
 
 芽依の祖母は、芽依の手を取った。

 「分かってる。無理して。でも、もう大丈夫だ」
 「大丈夫って?」

 芽依の祖母は力強く、手を握った。

 「さあ、帰るべ」
 「おばあちゃん」
 
 生温かいものが頬を伝った。

 「あ、おばあちゃん」
 「芽依?」
 
 顔を傾けると直人がいた。

 「直人さん?おばあちゃんは?ん?ここは?」
 「病院だ。心配させやがって」

 直人の目から涙がポロポロとこぼれた。

 「うぇ⁈直人さん、泣かないで!何があったの?」

 直人は芽依に、血液異常により生死を彷徨い、5日間ICUに入っていた事。しかし、一昨日急に体調も血液数値も安定し、一般病棟に移った事を伝えた。

 「そんな事があったんだ」
 「それと朗報だ。橘が捕まった」
 「え?」
 「俺は気を失ってたけど、あの後すぐに捕まったみたいだ。良かったな。これで自由だな」
 「うん」

 芽依は涙を流した。ようやく、橘の呪縛から解放され、自由となれた。

 「…芽依ちゃん」

 芽依は、涙目で声のする方を見た。
 スーツを来た痩せ型の老人が立っていた。

 「中田先生」
 「体調は大丈夫かい?」

 中田は芽依の頭を撫でた。

 「大丈夫。ありがとうございます」
 「担当医から聞いたよ。血液数値が安定して、一般病棟に移ったんだね。良かったよ。これ、味気ないけどお見舞い」

 中田は紙袋を芽依に手渡した。

 「鉄剤だ。念願の普通の女性になれたんだ。女性は貧血になりやすいから、気になる時は飲みなさい」
 「ありがとうございます」

 直人は見舞いに鉄剤を持ってくる中田に疑いの目を向けた。

 「退院したら、北海道の自宅に戻るのかい?」
 「うん」
 「担当医として伺ってもいいかい?」
 「はい」
 「ありがとう。長居すれば疲れるだろう。そろそろ、帰るよ」
 「ありがとうございます」

 中田が部屋から出ようとした時、数人の男が部屋の出入り口を塞いだ。

 「中田勝彦だな」
 「いいえ」
 「殺人ほう助、その他の罪で逮捕する」
 「何を言ってるんですか?」

 中田がたじろいだ。

 「今、彼女に渡したのはなんですか?」
 「何でもないですよ」
 「何でもないなら、鑑識に回しますね」
 「やめろぉぉぉ!!!」
 
 急に中田は激情し、男にしがみ付いた。

 「何でもないんだ。やめてくれ!ただの鉄剤なんだ!」
 「鉄剤なら、私が飲んでも構わないですよね」
 「んな訳ないだろう!あれは、あれは私が作った!増血…」
 「増血?」

 中田は青ざめていき、部屋から走り去ろうとした。しかし、出入り口で構えていたラガーマンのような男達に取り押さえられた。

 「言え!あれは何だ⁈」
 「あれは、芽依の血液を凝縮させた増血剤だ。こんなことがあろうと思って、用意していたんだ。クク。芽依なら分かるよね。もう一度始めよう。俺は橘のような事はしないから」
 「先生」
 
 芽依の唇が震えていた。

 「何言ってんだ。お前はもう外には出られないだ」

 中田は手錠をかけられると、男達に連れられた。

 「佐藤さん。目が覚めてすぐに、こんなことに巻き込んでしまい申し訳ない。しばらく、襲われることはないと思いますが、まだ事件は解決していないので、用心していてください」
 「はい。ありがとうございます」

 病室はしんと静まり返った。

 「俺も芽依が落ち着くまで、ここにいるから」
 「ありがとう」

 芽依は嗚咽を漏らしながら、大粒の涙を流した。中田と言う男は、前に芽依が言っていた、飴をくれた人だろう。芽依の涙は、安堵と言うよりは、最後に裏切られたような悔し涙の様に見えた。
 芽依は検査を受け、2日後に退院となった。鼻骨のヒビは通院治療となった。血液は正常値に戻っていたが、あの力がなくなったかは分からない。
 直人が試そうとしたが芽依は断った。
 直人の額の傷が治らないのを見て、もう力はないと信じる事にした。
 数日かけ、芽依の家のライフラインを復旧させ、直人と別れる事になった。

 「ライフラインも復旧したし、買い出しもしたから大丈夫だな」
 「ごめんなさい。あれこれ手伝ってくれて」
 「芽依はこれからどうするんだ?」

 直人は何となく聞いた。

 「人生を楽しむ!まずは、仕事を探して、お金貯めないと。それから、橘に離婚届を書いてもらって、橘と中田に慰謝料を請求する!直人さんは?」
 「とりあえず、アパートを出て、実家に戻るよ。そんで、頭を下げて、農家の仕事を教えてもらう」
 「農家継ぐんだね。お金貯めて、遊びに行くよ!また、水族館行きたいな」
 「じゃあ、元気で。あ、これ俺の連絡先」

 直人は、メモ用紙を芽依に渡した。

 「気が向いたらでいいよ」

 メモには携帯番号、メールアドレス、実家の住所が書いてあった。

 「ありがとう。毎日連絡していいの?」
 「いいよ」
 「ふふ」
 
 二人の間に沈黙が流れた。

 「じゃあ、行くから」

 芽依は、直人に抱きついた。

 「ぐぁぁぁ!」

 直人の悲鳴にびっくりして、芽依は離れた。
 「え!あ!ごめん!肋骨のヒビ」
 「だ、大丈夫」

 芽依は、今度は優しく抱きしめた。

 「直人さん、本当に本当にありがとう」

 泣き出した芽依を、直人も抱き返した。

 「また、会いに行くから。待ってろよ」
 「うん」
 
 名残惜しさを胸に二人は別れた。小さくなっていく二人の姿。お互い見えなくなるまで見送った。
 

 2カ月後

 「まだかなぁ。そろそろ、着くと思うんだけど」

 自宅前で芽依がウロウロしていた。10分前からこの状態だ。落ち着きなく、歩き回っているとクラクションが鳴った。
 芽依の家の駐車に、黒い軽自動車が止まった。車から降りて来たのは直人だった。

 「久しぶり。ぶっ飛んできたよ」

 久しぶりに会う直人は、日に焼けて、少し黒くなっていた。

 「会いたかった」

 芽依は勢いよく抱きついた。
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