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終結
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翌朝、二人はフェリーに搭乗した。船の全長は100メートル以上ある。目の当たりにすると圧巻された。船内も広く、エントランスはホテルのロビーの様に明るく、綺麗だった。二人は一番安いスタンダード席の部屋に向かった。
スタンダード席と言っても、椅子があるわけではない。床に座るタイプだった。
広い部屋にグループでワイワイするには良いが、赤の他人同士が集まっているので、気を使わざるを得ない。
二人は指定された番号の床に座った。
「3時間位あれば、芽依ん家に着けるな。芽依、もう一度聞くけど、ここに残らない?」
「残らない。覚悟決めて来てるから。…あいつらの仲間も船に乗ってるかな?」
「乗ったとしても襲わないんじゃないか?お互い、密室で海の上じゃ何もできない。襲うとしたら降りてからかもな」
芽依の顔が青白くなっていた。
「船酔いした?」
「ちょっと、朝起きてから、少し具合悪くて」
直人は芽依の額に手を当てた。
「熱いな。熱あるんじゃないか?飲み物買ってくるから待ってて」
「うん」
直人が飲み物を買って、すぐに戻る。芽依は壁にもたれていた。青ざめて、ぐったりしていた。
「大丈夫か⁈あっちに着いたら、病院に行こう!」
「大丈夫。私、保健証持ってないし。市販薬飲めば落ち着くよ」
芽依は二日酔いで買った、鎮痛剤を手にしていた。
「旅の疲れが出たんだな。これで飲んで少し寝てろ」
「ありがとう」
芽依は薬を飲むと、床に横になった。
フェリーは大きな汽笛を上げ、出航した。多少揺れるが、芽依は起きなかった。本土から離れ、周辺は海に囲まれていた。
熱を出さなければ、芽依は、はしゃいで船内を歩き回っていただろう。
直人はぼんやりと海を眺めた。出航から40分函館港に到着するアナウンスが流れた。
思いの外早くついたので驚いた。
芽依を起こすと、体が熱くなっていた。熱が上がって来たのだろう。
「具合大丈夫か?熱上がってきただろ」
「うん。でも、やっと着いたんだね」
芽依は辛そうに笑った。
「車まで歩けるか?」
「大丈夫。歩く」
直人は芽依を支えながら、船内の一階に降りた。車に乗り込むと、助手席のシートを倒し芽依を寝かせた。
船内からターミナルを降り、芽依の故郷へ走った。
「近くまで来たら起こすから、ゆっくり寝てな」
「ありがとう」
芽依の呼吸は、浅くさらに荒くなっていた。
海岸沿いをひた走る。海は穏やかで、果てしなく広がり、偉大で広大さを感じた。
あと1時間程で芽依との旅が終わってしまう。
もしかしたら、芽依はこの後、自分の知らない所で死ぬかもしれない、そう考えると胸を締め付けられた。
気がつくと芽依の故郷の手前まで来ていた。
「芽依、そろそろ着くよ」
芽依は目をトロンとさせ、ゆっくり起きた。
「あぁ、久しぶりに帰って来たなぁ」
「この道でいい?」
「うん。10分位走って、左に曲がればうちに着くよ」
大自然の中を走っていたかと思うと、急に住宅地に入った。徐々に家々が見え、人間の暮らしが見えてくると思っていたが、ここは違った。一気に生活感が見え、自然界と人間界の境がただ一線で引かれてるように感じた。
途中、左に曲がり、芽依が指差した家に入った。
青い屋根の二階建ての家に着いた。
「やっと着いたね。我が家だよ」
芽依はぼんやりとした意識で家を見つめた。二人は車から降りた。
「やっと着いた」
芽依が静かに涙を流した。
「良かったな」
「直人さん、ありがとう。ありがとう」
芽依は直人にしがみ付いたが、力が弱々しかった。
近隣には家があるが、敷地が広いので密集感がない。
「田舎って言ってたけど、俺ん家より町に住んでるじゃん。俺ん家なんて、五分歩かないと次の家がないんだぞ」
「青森もステキな所だよ。せっかくだから、家に上がって」
芽依は玄関横にある小ぶりの岩を持ち上げた。
岩の下からジップロックを取り出した。
「良かった。鍵、ここに隠してるんだ」
芽依がジップロックから鍵を取り出した。鍵穴に差し、鍵を回すが、芽依の表情が曇った。
「鍵、開いてる」
「えっ⁈」
ゆっくりドアを開くと、芽依が小さい悲鳴を上げた。
「遅かったなぁ。芽依」
「橘…」
玄関には中年の男が構えていた。その後ろには、直人と同年代位の男もいた。
橘は、オールバックに紫色がかった眼鏡をかけており、自ら悪と言ったような風貌である。
「先回りして待っていたが、お前ん家カビ臭くてたまらん!早く戻るぞ」
「何であんたがここに」
「お前の動きはお見通しだ。首に埋めたチップのおかげで」
芽依は首の後ろを押さえた。
「前に、うなじのほくろ除去したろ?ほくろ除去を名目にチップを埋め込んだんだ。金の卵が脱走したら困るだろ?」
橘はニヤリと笑った。こちらの動きが手に取るように分かり、おかしかったのだ。
「私は戻らない」
「芽依はお前に渡さない」
直人は芽依の前に立った。
「お前、人の嫁に手を出して、あちこち連れ回したな。不倫と住居不法侵入、その他の罪で詰んでやれ」
橘は、後ろにいた男に顎で合図した。
「妻の監禁、モラハラ、パワハラヤローに罪人呼ばわりされたくねぇな」
直人は、一瞬で飛んできた橘の手下に捕まり、揉み合いとなった。
直人は髪を掴まれると、額を床に叩きつけられた。
「直人さん!」
「嶋ぁ、あんまり血を広げるなよ。処理が手間だ。お前もだ!」
「きゃぁぁあ!」
橘は芽依の髪を掴み、壁に顔を叩きつけた。
「あんなに大事にしてきたのに!お前は商品としての価値しかないんだよ!2度とこんなことすんな!!」
芽依は鼻血を出し、唇も切れ、顔中血まみれになった。
「直人さん!」
芽依は倒れていた直人に覆い被さった。
「直人さん!顔!」
芽依は血だらけの顔で、直人の額にキスをした。
「何してんだ?」
「傷口と傷口の接触。これで、私の力はなくなる」
「くっ!」
橘は眉間に皺を寄せ、悔しそうな顔をした。しかし、途端に笑い出した。
橘は二人に近づき、芽依の髪を掴み上げた。
「あれは嘘だ」
「え?」
「人はやってはいけない事をしたがる。教えてやろう。お前の血液に他人の血液を交わらせても、お前の血液の威力が強すぎて、交わる事がないのだ。ふふ。嘘を擦り込ませておいて良かった。そして、お前がバカで良かったよ」
橘は芽依の頭を床につけた。
「さぁ。分かったら帰るぞ。無駄に血を流したくない」
「そんなの嘘だね」
「あ?」
「だって、俺傷治ってないぞ」
直人の額から流れる出血は止まっていなかった。
「本当だ」
「て事は、芽依は普通の女の子だ。昨日、やっといて良かったな。わざわざ、傷口作って、傷口を合わせたんだ」
橘は鼻息を荒くした。
「はは。そうか。騙されなかったか。なら、お前には用はない。二人の手足を縛れ」
橘は、嶋に合図を送った。
「お前がいなくても、代わりはいくらでもいる」
「代わり?」
「治験と称して、数人にお前の血を数的投与して、お前のように治癒ができる人間を作っているのだ。今はお前の血液成分2割行かない位までの値だが、投与し続ければお前と同等の力を得るだろう。何かの為に、保険は作っておかんとな。嶋、やっとけ。俺は、先に行く」
「ぉおら!」
嶋が直人の腹に何度も蹴りを入れた。
「手足縛る前に気が済むまで殴らせろよ!」
嶋は直人の髪を掴み、顔を何度も殴った。
「やめて!!」
芽依は嶋にしがみ付いたが、思い切り払われた。
「女!!邪魔すんなぁ!」
嶋は、芽依の腹を何度も殴った。
「やめろぉぉぉ!!」
直人は芽依を庇った。直人は頭を蹴られ、意識が遠のきそうだ。
「くそっ…」
遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「警察だ!手を挙げろ!」
「お巡りさん!まだいる!もう一人逃げた!」
「何?!犯人一人逃走中、周囲に隠れている可能性もある!」
直人の朧げな記憶はそこで途絶えた。
直人が目を開けると白い天井が見えた。
「え⁈ここは⁈」
起き上がった途端、頭と腹部に激痛が走った。
「がぁぁ!痛え!」
「にいちゃん、大丈夫がぁ?看護婦さん呼んでやっから」
隣のベッドのお爺さんが、ナースコールで看護師を呼んだ。
「あれ?俺、何してたんだっけ?何か忘れて…芽依!」
痛みを堪えて、起き上がると看護師と医師が部屋に入って来た。
「工藤さん?トイレですか?」
「芽依は?」
「一緒に運ばれた、佐藤芽依さんですか?」
医師が神妙な顔つきをした。
直人は頷いた。
昨日の騒動後、二人は病院に運ばれた。それぞれの処置を施した事を医師は説明した。
「佐藤芽依さんは工藤さんの…」
「彼女です!芽依はどこに?」
「佐藤さんは鼻骨にヒビが入っています。そして、血液の異常が分かり、今集中治療室に入っています」
「集中治療室!?」
「はい。血液検査の結果、赤血球の異常の多さ、白血球の減少、肺が真っ白になっていました。最前を尽くしていますが、覚悟はしてください」
「それって、死ぬって事ですか?彼女には会えますか?」
「会う事は可能ですが、窓越しでしか会えません」
直人の頭は真っ白になった。自分があの時、傷口を合わせたせいで、芽依が生死を彷徨っていることに。もう少し慎重に考えれば、芽依を救えたかもしれない。自分の行動に悔恨を感じた。
「ここは?」
木造りの橋に、さらさら流れる川の前に芽依はいた。
「これ!!!」
芽依の頭に何かが強打した。振り向くと、亡くなった芽依の祖母が握り拳を作っていた。
「おばあちゃん!なんでここに?てか、ここは?」
「このばがっこ!タバコ吸って、飲んだ事ない酒ばぁり飲んで!体壊して!」
「だって!そうしないと、血が利用されちゃうし!」
芽依の祖母は、芽依の手を取った。
「分かってる。無理して。でも、もう大丈夫だ」
「大丈夫って?」
芽依の祖母は力強く、手を握った。
「さあ、帰るべ」
「おばあちゃん」
生温かいものが頬を伝った。
「あ、おばあちゃん」
「芽依?」
顔を傾けると直人がいた。
「直人さん?おばあちゃんは?ん?ここは?」
「病院だ。心配させやがって」
直人の目から涙がポロポロとこぼれた。
「うぇ⁈直人さん、泣かないで!何があったの?」
直人は芽依に、血液異常により生死を彷徨い、5日間ICUに入っていた事。しかし、一昨日急に体調も血液数値も安定し、一般病棟に移った事を伝えた。
「そんな事があったんだ」
「それと朗報だ。橘が捕まった」
「え?」
「俺は気を失ってたけど、あの後すぐに捕まったみたいだ。良かったな。これで自由だな」
「うん」
芽依は涙を流した。ようやく、橘の呪縛から解放され、自由となれた。
「…芽依ちゃん」
芽依は、涙目で声のする方を見た。
スーツを来た痩せ型の老人が立っていた。
「中田先生」
「体調は大丈夫かい?」
中田は芽依の頭を撫でた。
「大丈夫。ありがとうございます」
「担当医から聞いたよ。血液数値が安定して、一般病棟に移ったんだね。良かったよ。これ、味気ないけどお見舞い」
中田は紙袋を芽依に手渡した。
「鉄剤だ。念願の普通の女性になれたんだ。女性は貧血になりやすいから、気になる時は飲みなさい」
「ありがとうございます」
直人は見舞いに鉄剤を持ってくる中田に疑いの目を向けた。
「退院したら、北海道の自宅に戻るのかい?」
「うん」
「担当医として伺ってもいいかい?」
「はい」
「ありがとう。長居すれば疲れるだろう。そろそろ、帰るよ」
「ありがとうございます」
中田が部屋から出ようとした時、数人の男が部屋の出入り口を塞いだ。
「中田勝彦だな」
「いいえ」
「殺人ほう助、その他の罪で逮捕する」
「何を言ってるんですか?」
中田がたじろいだ。
「今、彼女に渡したのはなんですか?」
「何でもないですよ」
「何でもないなら、鑑識に回しますね」
「やめろぉぉぉ!!!」
急に中田は激情し、男にしがみ付いた。
「何でもないんだ。やめてくれ!ただの鉄剤なんだ!」
「鉄剤なら、私が飲んでも構わないですよね」
「んな訳ないだろう!あれは、あれは私が作った!増血…」
「増血?」
中田は青ざめていき、部屋から走り去ろうとした。しかし、出入り口で構えていたラガーマンのような男達に取り押さえられた。
「言え!あれは何だ⁈」
「あれは、芽依の血液を凝縮させた増血剤だ。こんなことがあろうと思って、用意していたんだ。クク。芽依なら分かるよね。もう一度始めよう。俺は橘のような事はしないから」
「先生」
芽依の唇が震えていた。
「何言ってんだ。お前はもう外には出られないだ」
中田は手錠をかけられると、男達に連れられた。
「佐藤さん。目が覚めてすぐに、こんなことに巻き込んでしまい申し訳ない。しばらく、襲われることはないと思いますが、まだ事件は解決していないので、用心していてください」
「はい。ありがとうございます」
病室はしんと静まり返った。
「俺も芽依が落ち着くまで、ここにいるから」
「ありがとう」
芽依は嗚咽を漏らしながら、大粒の涙を流した。中田と言う男は、前に芽依が言っていた、飴をくれた人だろう。芽依の涙は、安堵と言うよりは、最後に裏切られたような悔し涙の様に見えた。
芽依は検査を受け、2日後に退院となった。鼻骨のヒビは通院治療となった。血液は正常値に戻っていたが、あの力がなくなったかは分からない。
直人が試そうとしたが芽依は断った。
直人の額の傷が治らないのを見て、もう力はないと信じる事にした。
数日かけ、芽依の家のライフラインを復旧させ、直人と別れる事になった。
「ライフラインも復旧したし、買い出しもしたから大丈夫だな」
「ごめんなさい。あれこれ手伝ってくれて」
「芽依はこれからどうするんだ?」
直人は何となく聞いた。
「人生を楽しむ!まずは、仕事を探して、お金貯めないと。それから、橘に離婚届を書いてもらって、橘と中田に慰謝料を請求する!直人さんは?」
「とりあえず、アパートを出て、実家に戻るよ。そんで、頭を下げて、農家の仕事を教えてもらう」
「農家継ぐんだね。お金貯めて、遊びに行くよ!また、水族館行きたいな」
「じゃあ、元気で。あ、これ俺の連絡先」
直人は、メモ用紙を芽依に渡した。
「気が向いたらでいいよ」
メモには携帯番号、メールアドレス、実家の住所が書いてあった。
「ありがとう。毎日連絡していいの?」
「いいよ」
「ふふ」
二人の間に沈黙が流れた。
「じゃあ、行くから」
芽依は、直人に抱きついた。
「ぐぁぁぁ!」
直人の悲鳴にびっくりして、芽依は離れた。
「え!あ!ごめん!肋骨のヒビ」
「だ、大丈夫」
芽依は、今度は優しく抱きしめた。
「直人さん、本当に本当にありがとう」
泣き出した芽依を、直人も抱き返した。
「また、会いに行くから。待ってろよ」
「うん」
名残惜しさを胸に二人は別れた。小さくなっていく二人の姿。お互い見えなくなるまで見送った。
2カ月後
「まだかなぁ。そろそろ、着くと思うんだけど」
自宅前で芽依がウロウロしていた。10分前からこの状態だ。落ち着きなく、歩き回っているとクラクションが鳴った。
芽依の家の駐車に、黒い軽自動車が止まった。車から降りて来たのは直人だった。
「久しぶり。ぶっ飛んできたよ」
久しぶりに会う直人は、日に焼けて、少し黒くなっていた。
「会いたかった」
芽依は勢いよく抱きついた。
スタンダード席と言っても、椅子があるわけではない。床に座るタイプだった。
広い部屋にグループでワイワイするには良いが、赤の他人同士が集まっているので、気を使わざるを得ない。
二人は指定された番号の床に座った。
「3時間位あれば、芽依ん家に着けるな。芽依、もう一度聞くけど、ここに残らない?」
「残らない。覚悟決めて来てるから。…あいつらの仲間も船に乗ってるかな?」
「乗ったとしても襲わないんじゃないか?お互い、密室で海の上じゃ何もできない。襲うとしたら降りてからかもな」
芽依の顔が青白くなっていた。
「船酔いした?」
「ちょっと、朝起きてから、少し具合悪くて」
直人は芽依の額に手を当てた。
「熱いな。熱あるんじゃないか?飲み物買ってくるから待ってて」
「うん」
直人が飲み物を買って、すぐに戻る。芽依は壁にもたれていた。青ざめて、ぐったりしていた。
「大丈夫か⁈あっちに着いたら、病院に行こう!」
「大丈夫。私、保健証持ってないし。市販薬飲めば落ち着くよ」
芽依は二日酔いで買った、鎮痛剤を手にしていた。
「旅の疲れが出たんだな。これで飲んで少し寝てろ」
「ありがとう」
芽依は薬を飲むと、床に横になった。
フェリーは大きな汽笛を上げ、出航した。多少揺れるが、芽依は起きなかった。本土から離れ、周辺は海に囲まれていた。
熱を出さなければ、芽依は、はしゃいで船内を歩き回っていただろう。
直人はぼんやりと海を眺めた。出航から40分函館港に到着するアナウンスが流れた。
思いの外早くついたので驚いた。
芽依を起こすと、体が熱くなっていた。熱が上がって来たのだろう。
「具合大丈夫か?熱上がってきただろ」
「うん。でも、やっと着いたんだね」
芽依は辛そうに笑った。
「車まで歩けるか?」
「大丈夫。歩く」
直人は芽依を支えながら、船内の一階に降りた。車に乗り込むと、助手席のシートを倒し芽依を寝かせた。
船内からターミナルを降り、芽依の故郷へ走った。
「近くまで来たら起こすから、ゆっくり寝てな」
「ありがとう」
芽依の呼吸は、浅くさらに荒くなっていた。
海岸沿いをひた走る。海は穏やかで、果てしなく広がり、偉大で広大さを感じた。
あと1時間程で芽依との旅が終わってしまう。
もしかしたら、芽依はこの後、自分の知らない所で死ぬかもしれない、そう考えると胸を締め付けられた。
気がつくと芽依の故郷の手前まで来ていた。
「芽依、そろそろ着くよ」
芽依は目をトロンとさせ、ゆっくり起きた。
「あぁ、久しぶりに帰って来たなぁ」
「この道でいい?」
「うん。10分位走って、左に曲がればうちに着くよ」
大自然の中を走っていたかと思うと、急に住宅地に入った。徐々に家々が見え、人間の暮らしが見えてくると思っていたが、ここは違った。一気に生活感が見え、自然界と人間界の境がただ一線で引かれてるように感じた。
途中、左に曲がり、芽依が指差した家に入った。
青い屋根の二階建ての家に着いた。
「やっと着いたね。我が家だよ」
芽依はぼんやりとした意識で家を見つめた。二人は車から降りた。
「やっと着いた」
芽依が静かに涙を流した。
「良かったな」
「直人さん、ありがとう。ありがとう」
芽依は直人にしがみ付いたが、力が弱々しかった。
近隣には家があるが、敷地が広いので密集感がない。
「田舎って言ってたけど、俺ん家より町に住んでるじゃん。俺ん家なんて、五分歩かないと次の家がないんだぞ」
「青森もステキな所だよ。せっかくだから、家に上がって」
芽依は玄関横にある小ぶりの岩を持ち上げた。
岩の下からジップロックを取り出した。
「良かった。鍵、ここに隠してるんだ」
芽依がジップロックから鍵を取り出した。鍵穴に差し、鍵を回すが、芽依の表情が曇った。
「鍵、開いてる」
「えっ⁈」
ゆっくりドアを開くと、芽依が小さい悲鳴を上げた。
「遅かったなぁ。芽依」
「橘…」
玄関には中年の男が構えていた。その後ろには、直人と同年代位の男もいた。
橘は、オールバックに紫色がかった眼鏡をかけており、自ら悪と言ったような風貌である。
「先回りして待っていたが、お前ん家カビ臭くてたまらん!早く戻るぞ」
「何であんたがここに」
「お前の動きはお見通しだ。首に埋めたチップのおかげで」
芽依は首の後ろを押さえた。
「前に、うなじのほくろ除去したろ?ほくろ除去を名目にチップを埋め込んだんだ。金の卵が脱走したら困るだろ?」
橘はニヤリと笑った。こちらの動きが手に取るように分かり、おかしかったのだ。
「私は戻らない」
「芽依はお前に渡さない」
直人は芽依の前に立った。
「お前、人の嫁に手を出して、あちこち連れ回したな。不倫と住居不法侵入、その他の罪で詰んでやれ」
橘は、後ろにいた男に顎で合図した。
「妻の監禁、モラハラ、パワハラヤローに罪人呼ばわりされたくねぇな」
直人は、一瞬で飛んできた橘の手下に捕まり、揉み合いとなった。
直人は髪を掴まれると、額を床に叩きつけられた。
「直人さん!」
「嶋ぁ、あんまり血を広げるなよ。処理が手間だ。お前もだ!」
「きゃぁぁあ!」
橘は芽依の髪を掴み、壁に顔を叩きつけた。
「あんなに大事にしてきたのに!お前は商品としての価値しかないんだよ!2度とこんなことすんな!!」
芽依は鼻血を出し、唇も切れ、顔中血まみれになった。
「直人さん!」
芽依は倒れていた直人に覆い被さった。
「直人さん!顔!」
芽依は血だらけの顔で、直人の額にキスをした。
「何してんだ?」
「傷口と傷口の接触。これで、私の力はなくなる」
「くっ!」
橘は眉間に皺を寄せ、悔しそうな顔をした。しかし、途端に笑い出した。
橘は二人に近づき、芽依の髪を掴み上げた。
「あれは嘘だ」
「え?」
「人はやってはいけない事をしたがる。教えてやろう。お前の血液に他人の血液を交わらせても、お前の血液の威力が強すぎて、交わる事がないのだ。ふふ。嘘を擦り込ませておいて良かった。そして、お前がバカで良かったよ」
橘は芽依の頭を床につけた。
「さぁ。分かったら帰るぞ。無駄に血を流したくない」
「そんなの嘘だね」
「あ?」
「だって、俺傷治ってないぞ」
直人の額から流れる出血は止まっていなかった。
「本当だ」
「て事は、芽依は普通の女の子だ。昨日、やっといて良かったな。わざわざ、傷口作って、傷口を合わせたんだ」
橘は鼻息を荒くした。
「はは。そうか。騙されなかったか。なら、お前には用はない。二人の手足を縛れ」
橘は、嶋に合図を送った。
「お前がいなくても、代わりはいくらでもいる」
「代わり?」
「治験と称して、数人にお前の血を数的投与して、お前のように治癒ができる人間を作っているのだ。今はお前の血液成分2割行かない位までの値だが、投与し続ければお前と同等の力を得るだろう。何かの為に、保険は作っておかんとな。嶋、やっとけ。俺は、先に行く」
「ぉおら!」
嶋が直人の腹に何度も蹴りを入れた。
「手足縛る前に気が済むまで殴らせろよ!」
嶋は直人の髪を掴み、顔を何度も殴った。
「やめて!!」
芽依は嶋にしがみ付いたが、思い切り払われた。
「女!!邪魔すんなぁ!」
嶋は、芽依の腹を何度も殴った。
「やめろぉぉぉ!!」
直人は芽依を庇った。直人は頭を蹴られ、意識が遠のきそうだ。
「くそっ…」
遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「警察だ!手を挙げろ!」
「お巡りさん!まだいる!もう一人逃げた!」
「何?!犯人一人逃走中、周囲に隠れている可能性もある!」
直人の朧げな記憶はそこで途絶えた。
直人が目を開けると白い天井が見えた。
「え⁈ここは⁈」
起き上がった途端、頭と腹部に激痛が走った。
「がぁぁ!痛え!」
「にいちゃん、大丈夫がぁ?看護婦さん呼んでやっから」
隣のベッドのお爺さんが、ナースコールで看護師を呼んだ。
「あれ?俺、何してたんだっけ?何か忘れて…芽依!」
痛みを堪えて、起き上がると看護師と医師が部屋に入って来た。
「工藤さん?トイレですか?」
「芽依は?」
「一緒に運ばれた、佐藤芽依さんですか?」
医師が神妙な顔つきをした。
直人は頷いた。
昨日の騒動後、二人は病院に運ばれた。それぞれの処置を施した事を医師は説明した。
「佐藤芽依さんは工藤さんの…」
「彼女です!芽依はどこに?」
「佐藤さんは鼻骨にヒビが入っています。そして、血液の異常が分かり、今集中治療室に入っています」
「集中治療室!?」
「はい。血液検査の結果、赤血球の異常の多さ、白血球の減少、肺が真っ白になっていました。最前を尽くしていますが、覚悟はしてください」
「それって、死ぬって事ですか?彼女には会えますか?」
「会う事は可能ですが、窓越しでしか会えません」
直人の頭は真っ白になった。自分があの時、傷口を合わせたせいで、芽依が生死を彷徨っていることに。もう少し慎重に考えれば、芽依を救えたかもしれない。自分の行動に悔恨を感じた。
「ここは?」
木造りの橋に、さらさら流れる川の前に芽依はいた。
「これ!!!」
芽依の頭に何かが強打した。振り向くと、亡くなった芽依の祖母が握り拳を作っていた。
「おばあちゃん!なんでここに?てか、ここは?」
「このばがっこ!タバコ吸って、飲んだ事ない酒ばぁり飲んで!体壊して!」
「だって!そうしないと、血が利用されちゃうし!」
芽依の祖母は、芽依の手を取った。
「分かってる。無理して。でも、もう大丈夫だ」
「大丈夫って?」
芽依の祖母は力強く、手を握った。
「さあ、帰るべ」
「おばあちゃん」
生温かいものが頬を伝った。
「あ、おばあちゃん」
「芽依?」
顔を傾けると直人がいた。
「直人さん?おばあちゃんは?ん?ここは?」
「病院だ。心配させやがって」
直人の目から涙がポロポロとこぼれた。
「うぇ⁈直人さん、泣かないで!何があったの?」
直人は芽依に、血液異常により生死を彷徨い、5日間ICUに入っていた事。しかし、一昨日急に体調も血液数値も安定し、一般病棟に移った事を伝えた。
「そんな事があったんだ」
「それと朗報だ。橘が捕まった」
「え?」
「俺は気を失ってたけど、あの後すぐに捕まったみたいだ。良かったな。これで自由だな」
「うん」
芽依は涙を流した。ようやく、橘の呪縛から解放され、自由となれた。
「…芽依ちゃん」
芽依は、涙目で声のする方を見た。
スーツを来た痩せ型の老人が立っていた。
「中田先生」
「体調は大丈夫かい?」
中田は芽依の頭を撫でた。
「大丈夫。ありがとうございます」
「担当医から聞いたよ。血液数値が安定して、一般病棟に移ったんだね。良かったよ。これ、味気ないけどお見舞い」
中田は紙袋を芽依に手渡した。
「鉄剤だ。念願の普通の女性になれたんだ。女性は貧血になりやすいから、気になる時は飲みなさい」
「ありがとうございます」
直人は見舞いに鉄剤を持ってくる中田に疑いの目を向けた。
「退院したら、北海道の自宅に戻るのかい?」
「うん」
「担当医として伺ってもいいかい?」
「はい」
「ありがとう。長居すれば疲れるだろう。そろそろ、帰るよ」
「ありがとうございます」
中田が部屋から出ようとした時、数人の男が部屋の出入り口を塞いだ。
「中田勝彦だな」
「いいえ」
「殺人ほう助、その他の罪で逮捕する」
「何を言ってるんですか?」
中田がたじろいだ。
「今、彼女に渡したのはなんですか?」
「何でもないですよ」
「何でもないなら、鑑識に回しますね」
「やめろぉぉぉ!!!」
急に中田は激情し、男にしがみ付いた。
「何でもないんだ。やめてくれ!ただの鉄剤なんだ!」
「鉄剤なら、私が飲んでも構わないですよね」
「んな訳ないだろう!あれは、あれは私が作った!増血…」
「増血?」
中田は青ざめていき、部屋から走り去ろうとした。しかし、出入り口で構えていたラガーマンのような男達に取り押さえられた。
「言え!あれは何だ⁈」
「あれは、芽依の血液を凝縮させた増血剤だ。こんなことがあろうと思って、用意していたんだ。クク。芽依なら分かるよね。もう一度始めよう。俺は橘のような事はしないから」
「先生」
芽依の唇が震えていた。
「何言ってんだ。お前はもう外には出られないだ」
中田は手錠をかけられると、男達に連れられた。
「佐藤さん。目が覚めてすぐに、こんなことに巻き込んでしまい申し訳ない。しばらく、襲われることはないと思いますが、まだ事件は解決していないので、用心していてください」
「はい。ありがとうございます」
病室はしんと静まり返った。
「俺も芽依が落ち着くまで、ここにいるから」
「ありがとう」
芽依は嗚咽を漏らしながら、大粒の涙を流した。中田と言う男は、前に芽依が言っていた、飴をくれた人だろう。芽依の涙は、安堵と言うよりは、最後に裏切られたような悔し涙の様に見えた。
芽依は検査を受け、2日後に退院となった。鼻骨のヒビは通院治療となった。血液は正常値に戻っていたが、あの力がなくなったかは分からない。
直人が試そうとしたが芽依は断った。
直人の額の傷が治らないのを見て、もう力はないと信じる事にした。
数日かけ、芽依の家のライフラインを復旧させ、直人と別れる事になった。
「ライフラインも復旧したし、買い出しもしたから大丈夫だな」
「ごめんなさい。あれこれ手伝ってくれて」
「芽依はこれからどうするんだ?」
直人は何となく聞いた。
「人生を楽しむ!まずは、仕事を探して、お金貯めないと。それから、橘に離婚届を書いてもらって、橘と中田に慰謝料を請求する!直人さんは?」
「とりあえず、アパートを出て、実家に戻るよ。そんで、頭を下げて、農家の仕事を教えてもらう」
「農家継ぐんだね。お金貯めて、遊びに行くよ!また、水族館行きたいな」
「じゃあ、元気で。あ、これ俺の連絡先」
直人は、メモ用紙を芽依に渡した。
「気が向いたらでいいよ」
メモには携帯番号、メールアドレス、実家の住所が書いてあった。
「ありがとう。毎日連絡していいの?」
「いいよ」
「ふふ」
二人の間に沈黙が流れた。
「じゃあ、行くから」
芽依は、直人に抱きついた。
「ぐぁぁぁ!」
直人の悲鳴にびっくりして、芽依は離れた。
「え!あ!ごめん!肋骨のヒビ」
「だ、大丈夫」
芽依は、今度は優しく抱きしめた。
「直人さん、本当に本当にありがとう」
泣き出した芽依を、直人も抱き返した。
「また、会いに行くから。待ってろよ」
「うん」
名残惜しさを胸に二人は別れた。小さくなっていく二人の姿。お互い見えなくなるまで見送った。
2カ月後
「まだかなぁ。そろそろ、着くと思うんだけど」
自宅前で芽依がウロウロしていた。10分前からこの状態だ。落ち着きなく、歩き回っているとクラクションが鳴った。
芽依の家の駐車に、黒い軽自動車が止まった。車から降りて来たのは直人だった。
「久しぶり。ぶっ飛んできたよ」
久しぶりに会う直人は、日に焼けて、少し黒くなっていた。
「会いたかった」
芽依は勢いよく抱きついた。
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